第7話:【予算無制限】豪快オーク大佐との男の友情と研究費爆盛り
大浴場でひと風呂浴びた後の夜。
改修された領主館の最上階バルコニーで、俺とバールック大佐はテーブルを挟んで向かい合っていた。
夜風が心地よい。眼下に広がるオーク軍の野営地からは、これまで立ち込めていた獣脂の悪臭がすっかり消え、焚き火と温水シャワーの湯気が穏やかに立ち上っている。兵士たちの楽しげな歌声や笑い声まで風に乗って聞こえてきた。
「ぷはぁぁぁっ! 風呂上がりのエールってのは、なんでこんなに美味ぇんだろうな!」
バールックは顔ほどもある特大の木のジョッキを呷り、喉を豪快に鳴らした。
赤銅色の筋肉質な身体には、ゆったりとしたローブが掛けられている。泥汚れ一つない肌は、月明かりを浴びて健康的に光っていた。
「それは入浴によって血行が促進され、体内の水分が消費されたことで、アルコールと糖分への吸収感受性が跳ね上がっているからだ」
俺は小さなグラスでワインを一口舐め、淡々と答える。
「ガハハハッ! いちいち小難しい理屈をつけやがる! だがなゼノ、俺はそういうお前の頭の良さが最高に気に入ったぜ」
ドカン、とテーブルが揺れるほど強く、バールックの太い腕が俺の肩を叩いた。普通の人間なら脱臼するところだが、幸い俺も最近はオークの怪力に慣れてきた。
「帝国のアカデミーだか何だか知らねぇが、こんなすげぇ男を『変態』呼ばわりして追い出すたぁ、人間の偉い奴らは全員脳みそが腐ってんじゃねぇのか?」
「否定はしないよ」
俺は苦笑交じりに肩をすくめた。
「彼らは『伝統』や『前例』を何よりも重んじる。魔導の源はマナや精霊、神の恩寵でなければならないという固定観念に縛られているのだ。人間の感情――それも『プライドが折れる瞬間の屈辱』などという、彼らの美学に反する泥臭いエネルギーを認めるわけにはいかなかったのだろう」
「馬鹿な連中だ。使えるモンは何でも使うのが、戦場で生き残る鉄則だぜ。綺麗事だけで腹が膨れるかよ」
バールックはジョッキを置くと、懐から厳重に封印された分厚い羊皮紙の巻物を取り出し、テーブルの上に放り出した。
黄金の蝋で押された紋章は、オーク帝国の最高意志決定機関――『大オーク帝国元老院』の刻印だ。
「……これは?」
「本国から届いた返書だ。お前の『くっ殺ピストル』の戦果と、大浴場による兵士の士気向上レポートを、ガルガドス師団長が血相変えて本国に送ったんだよ」
俺は封を解き、巻物を広げた。
そこには、達筆な古代オーク文字でこう記されていた。
『特命魔導顧問ゼノ・フォルスター殿の功績を絶賛す。同氏の要求する研究資材、人員、魔導鉱石、その他一切の費用について、オーク帝国本国は「無制限」の枠をもってこれを保証・認可する。思う存分、帝国の城砦を灰燼に帰すべし』
「……無制限、か」
思わず俺の口元が緩んだ。
帝国の魔導アカデミーにいた頃は、研究予算をわずか金貨十枚増額してもらうだけでも、何十枚もの稟議書を提出し、教授会で嫌味をネチネチと言われ、最終的に半分に削られるのが日常茶飯事だった。
それが、ここでは「無制限」だ。
「どうだゼノ先生。オーク帝国は話が分かるだろう?」
バールックがニヤリと笑う。
「ああ、実に合理的で素晴らしい国家だ。研究者にとって、これ以上の楽園はないよ」
「だろ? これで予算も資材も使い放題だ。あとは……お前の言う『巨大なエネルギー源』だな」
バールックの瞳に、歴戦の武人特有の鋭い光が宿った。
彼は立ち上がり、バルコニーの欄干に手をかけて夜空を見上げる。
「昼間、斥候部隊から報告が入った。帝国の連中、俺たちの陣地の変わりように肝を冷やしたらしくてな。前線の防衛を固めるために、帝都から最高戦力を呼び寄せたそうだ」
「ほう……最高戦力?」
「神聖グランベルス帝国・近衛白銀聖騎士団長。名門グランベルス公爵家の息女にして、帝国の至宝と呼ばれる姫騎士――シルフィアだ」
シルフィア。
その名を聞いた瞬間、俺の脳内にアカデミー時代に目にした彼女のデータがフラッシュバックした。
類まれなる神聖魔力の適性、厳格な騎士道精神の体現者、民衆からの絶大な信仰、そして何よりも――天よりも高い自尊心。
「……シルフィア・フォン・グランベルスか」
俺の心臓がトクン、と跳ねた。
胸ポケットに入れてある自作測定器の針が、まだ見ぬ彼女の波形を幻視してカタカタと震えるような錯覚を覚える。
「彼女のプライドの純度は、帝国の全騎士の中でも間違いなく頂点に位置する。もし彼女を生け捕りにし、適切な精神的負荷(VIP待遇)をかけることができたなら……」
「山が吹き飛ぶか?」
バールックが歯を剥き出しにして笑う。
「山どころではない。帝都を囲む七重の古代防壁すら、一撃で消滅させられるだろうね」
「ガハハハハッ!! よし、決まりだ!」
バールックは身の丈ほどの大戦斧を片手で軽々と持ち上げ、肩に担いだ。
「明日の朝、第1打撃連隊の全精鋭を率いて前線へ出る! ゼノ先生、待ってろよ。最高の傷一つない、ピカピカの『S級姫騎士バッテリー』を生け捕りにして持って帰ってきてやるぜ!」
「頼むよ、バールック大佐。くれぐれも彼女の身体を傷つけないようにね。傷がつくと、悔しがる前に痛みに意識が向いて、波形にノイズが混ざってしまうから」
「分かってるって! 羽毛布団で包んで運んでくるさ!」
男二人の乾杯の音が、静かな夜の空に響き渡った。
運命の歯車が、いよいよ大きく回り始めようとしていた。
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