プロローグ
二十歳になった夏も、暴力的なまでの陽射しは変わらなかった。
アスファルトからはね返る熱気が、視界の端々を透明な炎のように歪ませる。家へ向かう坂道を上りきる頃には、Tシャツはべったりと肌に張り付き、鼓動は早鐘を打っていた。日焼け止めを塗らなかったことを少し後悔したが、それもどうでもいいことのように思えた。
築三十年を超える木造の自宅に入ると、外の喧騒が嘘のように遠のく。父が他界してからというもの、母と二人の暮らしは、波風ひとつ立たないほどに静まり返っていた。
居間に入り、壁際の扇風機のスイッチを入れる。首振りに設定されたそれは、左右に動くたびに「カチッ、カチッ」と乾いたプラスチックの音を立てた。
私は、その扇風機が作り出すいやに生温い風を受けながら、部屋の片隅を見つめる。
そこには、何もない。
古いフローリングが剥き出しになっているだけで、椅子も、棚も、座布団の一枚すら置かれていない。以前からそうだったし、これからもそうなのだろう。だが、私の視線は、どうしてもその「空白」に吸い寄せられてしまう。
あの夏、そこには確かに姉がいた。
母と二人の、単調な毎日。私は自分の輪郭さえもぼやけていくような感覚の中で、ただ日々を消化していた。あの日、彼女が現れるまでは。
彼女だけが、私を私として認識し、私に世界の色を教えてくれた。私には、姉しかなかったのだ。
それなのに、今のこの家には、彼女が使っていた箸一膳、彼女が脱ぎ捨てた靴下の一足さえ残っていない。まるで、世界そのものが彼女を拒絶し、最初から存在しなかったかのように、その痕跡を塗り潰してしまったかのように。
私は、今でもその影を追っている。
どれだけ目を凝らしても、そこにあるのは埃の舞う午後の光だけだというのに、記憶をくすぐる夏の匂いの奥に、彼女の気配を探してしまう。
姉と初めて話したのは、十四の時だった。




