22話 突然の来訪
(やることはやったと思う。……多分)
日が出てまだ間もない朝の館の外。カイトは心の中でそう呟いた。
昨日、アンクが渡してくれた山賊の情報、それをまとめた紙を複数作り食堂や階段、執務室の近くに置いたのだ。
アンクからは情報源が自分であることを話さないでほしいと言われているカイトは下手に話しても疑念が生まれるのではないかという不安があったからだ。
そのため、敢えて名前を出さない方が良いとカイトは判断した。
(これでうまくいくよな……いくよね?)
もっとも、それがベストかどうかカイトにも自信はなかったが。
(まぁ、なるようになるしかないか。ダメなら別のやり方を考えよう)
とりあえず結果を見てから判断しようという結論でまとまったのだった。
(それより……)
カイトはセレナに視線を向ける。
「カイト、早く早く!!裏庭に行こう」
現在、カイトはセレナに連れられ裏庭に向かっていた。
どうやら、セレナが気に入っている花、ファブラが一斉に咲いていて一番の見頃のようだ。
「セレナお嬢様、慌てなくても時間はまだありますから」
カイトの手を引っ張るセレナにティグは優しく呼び止めた。
「でも、ティグおじさん。昨日、ファブラが見頃だってムドから聞いて、早くカイトに見せたいし」
早くカイトに見せたいと目を輝かせていたセレナはあることに気が付く。
「……そういえば、ムドは?」
ムドがいないことが気になったセレナにティグが応える。
「ムドは今、自分にしかできない仕事があると言って館から出ていきました。確か、西側の村の用水路の進捗状況の確認だと」
(ムドか……)
ムドの話題にカイトは複雑な感情を覚える。
カイトはこの数週間で多くの人と親しくなったがムドだけは違った。
カイトのことを警戒しているのか出会う度に侮蔑の視線を向けられたり、舌打ちもされている。
カイト自身もムドには少し苦手意識を持っていたのだ。
「カイト、早く行こう」
そんな複雑な感情の中、セレナはカイトの右手を引いていく。
笑顔のセレナを見てカイトはムドのことに対しては考えるのを止める。
(今は、そんなことを考えている場合じゃないよな。山賊の討伐もそうだし、その後のセレナさんが一人にならないようにすることを考えないと)
今は目の前のことをやる。
そう気持ちを切り替えたカイトは裏庭に向かって歩き出そうとした。
ブロロロロ
(ん?)
すると、遠くから複数の……カイトにとって聞いたことがある……機械音が近づいてくる。
(なんだ?)
カイトは門の向こうに視線を向ける。
すると何台もの黒い物体が館の門前の近くに止まった。
(え!?車!?)
それはカイトにも見覚えがある車のような物だった。
黒塗りの車。見覚えのある形だが、この世界で見るとやけに不気味だった。
その車を見たティグの顔が、蒼白になる。
「馬鹿な……どうして?」
ティグが呟く。
その声は震えていた。
「……」
メアリが無言でカイトの肩に手を置き、ぎゅっと掴む。
その手も震えている。
セレナも不安になっているのかカイトの手を握ったまま離さないでいる。
(何だ?どうしたんだ?)
セレナだけではなくティグとメアリの普段、見せない反応にカイトは困惑していた。
そんなカイトの困惑を気にする様子もなくティグはメアリに振り返る。
「メアリさん。カイト様を館の中に……」
「おはようございます!!」
ティグがメアリにカイトを館の中に入れようと言う前に大きな声で搔き消された。
カイトは声のする方に視線を向ける。
するとすでに何人もの人物が車から降りてくる。
全員が黒いコートを着ており、軍靴のようなブーツを履いている。
その集団の中で先頭を歩く一際背の高い人物がカイト達の目の前で声を掛ける。
「特務機関所属、B級士官のフィクス・エネギスです。本日、ゼラス・アルカード男爵に用があって参りました」
一際背の高い人物、エネギスは仰々しく頭を下げた。
(何だ?この人は?)
今までとは違う雰囲気の人物にカイトはただ圧倒されていた。
そんな中、ティグが一歩前に出た。
「私はアルカード家の従者、ティグ・ルターと申します。本日、何用で来たのでしょうか?」
できる限り、相手に失礼のないように用件を聞くティグにエネギスは笑みを浮かべて応える。
「はい、本日は中央貴族の代わりに来た次第です」
「中央貴族の代わり?」
「その通りです。もうじき、5年の期限が来るのでその結果報告と今後について話したいのです」
エネギスの言葉にティグは眉を寄せる。
「何故、特務機関の方々が領地の監査結果の報告を?それにその報告は一週間ほど先ではないのですか?」
本来、報告しにくる者が違うことと予定より早いことにティグは戸惑いを隠せなかった。
「ご心配なく、今回はある理由で我々が報告することになっています。それに監査によるアルカード領の処遇は既に二週間前に王都で決定されています。それを早めに伝えに来ただけのことです」
ティグの言葉に大した問題ではないとエネギスは言い張る。
そんなエネギスとティグのやり取りにカイトは状況を理解した。
(もしかして、ゼラスが男爵として認められるか否かの報告?)
カイトはゼラスがこの5年で男爵と認められるかどうかによる査定結果だと分かった。
しかしその結果の報告はまだ先だとカイトは思っていた。
(間に合わなかったのか?)
しかしカイトの予想に反し今日、来たことにカイトは目の前が真っ暗になる。
セレナとメアリはやや震えておりティグは顔を強張らせる。
その雰囲気を察したのかエネギスは優しく微笑んだ。
「安心してください。今回の報告は少なくともアルカード家の没落するようなことはありません」
(え……?)
エネギスの言葉にカイトは困惑していた。
アンクの話ではゼラスの評価は不当に貶められ、最悪のものだった。
没落も避けられないと思っていたため山賊討伐はあくまでもその評価を逆転できるかもしれない布石のつもりでやっていた。
しかし、没落はないというエネギスの言葉にカイトは驚きを隠せなかった。
そんなカイトを代弁するかのようにティグはエネギスに聞き返す。
「それはどういう意味ですか?」
「言葉のままですよ。今回の決定では少なくとも没落はないということですよ。まぁ、あなた方にプラスになる案件ですよ」
「プラスになる案件……」
「とりあえず、詳しくは中で話しましょう。この報告はアルカード男爵に話したいので」
「……分かりました。しかし、会談するにも準備があります。少し外でお待ち願えますか?」
「勿論です。我々も事前通告無しで来たのですから、それくらい許容しますよ」
ティグの言葉にエネギスは笑顔のまま頷き姿勢を正した。
(どうにかなったでいいのかな?)
そんな会話を見ていたカイトは、アルカード家に悪いことが起きないと知り安堵した。
アンクと一緒に山賊騒動の解決のために色々やってきたのが無駄になったし、まだ山賊問題は残っているがそれはどうにかなるだろうと思えた。
後は、成り行きを見守ればいいとカイトは思っていた。
「ところで……」
エネギスが突然、カイトの方に視線を向ける。
次の瞬間。
シュッ。
地面を蹴る音。
その音共にエネギスが一瞬でカイトとの間合いを詰める。
気づけば、エネギスはカイトの目の前に立っていた。
「あなたは何です?」
エネギスは笑顔で問いかける。
だが、その目は笑っていなかった。
「……従者としては、少し他と比べて浮いてますね」
「えっ?」
エネギスの突然の行動にカイトは言葉を失った。
「エネギス様、一体何を……」
ティグがカイトの前に立とうとしたがエネギスに手を前に出され止められる。
「静かに、私は目の前の彼に聞いている」
エネギスは視線をカイトに向けたまま話し始める。
「君、名前は」
「いっ、一ノ瀬カイトです」
エネギスの圧に圧倒されながらもカイトは応える。
「イチノセカイト、イチノセカイト」
名前を聞いたエネギスは空中で文字を書くように指を動かしながら思案する。
この異様さにカイトは目を離せなかった。
そんなカイトを他所にエネギスは質問を続ける。
「君、どこから来た?」
「えっ?」
「どこの村か聞いている」
「えっと……」
突然、出身地を聞かれカイトは戸惑う。
(ゼラス達も俺が異世界から来たと言ったら理解してくれた。……けど彼らはなんか)
このままエネギスに正直に話したら大変なことになるという予感がカイトにはあった。
エネギスがカイトに詰め寄る。
「……どうした?何故、言わない?自分の生まれが分からないとは言うまいな」
エネギスは笑顔のままだ。
しかし、彼から放たれる殺気はカイトの呼吸を乱させる。
「それとも、言えない事情があるのかな?……例えば、君は“異世界人”だとか?」
ジャキン
「……!!」
エネギスが異世界人という単語を口にした瞬間、周囲から武器を構える音が響いた。
カイトは辺りを見回す。
(えっ!?)
いつの間にかエネギス以外の特務機関の人間達がカイトを取り囲んでいた。
銃。
剣。
それぞれの武器を構え、カイトを睨みつけている。
(いつの間に!?もしかして俺たちがエネギスに気を取られている間にすでに包囲が完成していたのか!?)
カイト達がエネギスの異様な行動に気を取られている間に、他の者が素早く包囲を作っていたのだ。
(いや、それだけじゃない)
自分達を取り囲んでいる特務機関を見てカイトは冷や汗を流す。
(この人たち、強い、今まで出会った山賊達とは比べ物にならない!)
カイトが初めて山賊と出会ったとき殺されかけた。
しかし、今回はそんなレベルではなかった。
彼らの雰囲気はエネギスを含め明らかな強者の部類だった。
その光景に震えているセレナを守るように立つメアリ。
ティグはカイトの前に立てないでいるが万が一の時は身を張って守る姿勢を取っている。
一触即発、そう言えるほどの状況だった。
「一体、何をしているんですか!?」
その時、館の扉が勢いよく開くとともにある人物が外に出る。
声の主はゼラス・アルカードだった。
後ろから執事のクロノとティグの分裂体達が付いてくる。
「おやおや、これは失礼、アルカード男爵。ところで彼は一体何ですか?出身地を聞いても応えてくれないのでね」
エネギスの問いにゼラスはカイトに視線を移し少し間を置いた後、再び視線をエネギスに戻す。
「……彼は我がアルカード領で雇った従者です。東の村、バウネ村から素質があると考え、雇った次第です」
ゼラスの言葉にカイトは驚いた。
確かに今のカイトは従者の服を着ているが正式にはアルカード家の従者ではない。異世界人として保護されている立場のはずだった。
自分を違う身分として偽ったのか。カイトは分からなかった。
そんなカイトを置いて話は進んでいく。
「雇ったばかりで礼儀作法はまだ未熟でした。そのため、余計なトラブルが起きないよう人前では話さないようにと彼には厳命していました」
「……なるほどなるほど」
ゼラスの言葉にエネギスはうんうんと頷く。
しかしその後、とてつもない殺気をゼラスの方に向ける。
「つまりあなたが言いたいのはこういうことだ」
エネギスの声が低くなり空気が凍り付く。
「貴様が我々に対し、余計なトラブルを起こすなと図々しくも物申しているということか」
明らかに不愉快だと言わんばかりの雰囲気でゼラスを睨みつける。
その視線にゼラスは息を吞み後ずさりしそうになる。
「……そういうことになります」
しかし、ぎりぎりの所で踏みとどまりエネギスの視線から目を逸らさない。
「ほぅ?」
長い沈黙が続く。
もう状況に追いつくことができないカイトは、ただ見守ることしかできなかった。
まるで一秒が一時間に感じるようなそんな緊迫した雰囲気が長く続く。
すると、エネギスがふっと笑う。
「……しょうがないですね。確かにあなたの言う通り少々、余計なことをしてしまいましたね」
エネギスはそう言うとゼラスに向けた殺気は消え、周囲に視線を送る。
「総員、武器を収めろ。これ以上、我々が追求できることは何もない」
エネギスの言葉に特務機関の人間も一斉に武器を下ろす。
「お騒がせして申し訳ありません。我々は常に命がけの仕事が多いので。まぁ一種の職業病と思っていただければ助かります」
エネギスは頭を下げた。
ゼラスもエネギスに倣うように頭を下げる。
「こちらこそ、余計な誤解を与えて申し訳ありませんでした。それではクロノが案内しますので会談の準備ができるまで応接室でお待ちいただきたい」
「分かりました。ダルデ君とバートン君、そして彼らの指揮下にいる士官は外で待機」
「「了解です。エネギスB級士官」」
エネギスに命令された一部の部下はそのまま自分たちが止めていた車に戻っていく。
エネギスとゼラスの会話からさっきまであった緊張が嘘のように消えていた。
「それでは、応接室に案内します」
それと同時にゼラスの執事であるクロノが軽く頭を下げ、応接室へと案内する。
「えぇ、よろしくお願いしますよ」
エネギスはクロノに従い館に向かう。残りの部下もそれに追随するように歩き出した。
(……とりあえず大事にならなくてよかった)
カイトは安堵の息を吐く。
「あっ、そうそう」
すると、エネギスは何かを思い出すように立ち止まりカイトに振り向き今度はゆっくりと近づいてくる。
「先ほどは申し訳ありません。これからも長い付き合いになるのでよろしくお願いします」
エネギスはそう言うと“腕時計のような機械”を付けた右手をカイトに差し向ける。
「えっ?」
突然のことにカイトは呆気にとられる。
そんなカイトをエネギスは悲しそうに見つめる。
「……謝罪の意味の握手のつもりだったんですけどね」
「あっ!!」
(しまった。握手を断るのは失礼なのか?)
「失礼しました!!」
相手に失礼なことをしたと思ったカイトは慌てて右手を出す。
エネギスはカイトの手を握った。
ぎゅっ
「えっ?」
するとエネギスはカイトの手を強く握りそのままじっと見つめる。
(な……何?)
静寂が長く続いた。
その間はカイトも気まずく感じるほどだった。
「おや?」
エネギスは小首を傾げる。
「あの?何か?」
「いえ、なんでもないですよ。我々はここで失礼します。お仕事頑張ってください」
エネギスはそのまま何事もなかったかのようにカイトの手を離し館に入っていった。
(なんだったんだろう?これも礼儀、作法とかなのかな?)
さっきの行動に何か意味があったのかカイトには分からず茫然としていた。
ぎゅっ
すると、後ろからメアリが優しく抱きしめる。
「えっメアリさん?」
「……」
いつもならぎゅーなど擬音のようなセリフを入れるメアリはただ震えていた。
「カイト、大丈夫!?」
「えっと、大丈夫です。特に怪我とかは……」
心配な顔でセレナもカイトに駆け寄る。
それに続いてティグが頭を下げる。
「カイト様、申し訳ありません。我々がいながらこんな危険なことに……」
「大丈夫ですよ。自分も何か彼らに変な誤解を与えてしまったかもしれません」
「そんなことは……」
ティグは何か言おうとしたが口をつぐむ。
「そういえば、彼らって一体なんですか?さっき特務機関って言ってましたけど……」
カイトは先ほどやってきた特務機関について気になりティグに聞いてみた。
しかし、ティグは複雑な顔でただ押し黙る。
「……それは、ゼラス様から説明する約束となっています……今は待ってください」
その後、ティグは絞り出すように応える。
「ただ……」
そしてティグはカイトの肩に優しく手を置く。
「これから、何があっても、ゼラス様も我々もあなたの味方です。それだけは……」
それは懇願に等しいものだった。
その姿にカイトは無理やり聞く気になれなかった。
「分かりました。この先、何を知ろうと皆さんの恩は忘れません」
「ありがとうございます」
ティグはそのままカイトに頭を下げる。
すると、カイトの右手をセレナは優しく握る。
「カイト、早く裏庭に行こう。今日は館に立ち入らないほうがいいかも……」
「……分かりました」
セレナの言葉にカイトは裏庭に向かった。
一日の朝だけで数日分に感じるような密度がある出来事だった。
もうこれ以上、大きなことは起きないだろうとカイトは思った。
しかし、それはまだ始まりに過ぎなかった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次回の投稿は7月11日(土)、18時の予定です。
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