14話 契約
黒瀬祐樹。そう名乗った自分と同じ異世界人の突然の来訪にカイトは困惑していた。
(待って……ちょっと待って。少し頭の中を整理させ……昨夜も似たようなことやらなかったけ?)
自身の行動に何かデジャヴを感じながらもカイトは改めて祐樹の方に視線を向けた。
昨夜、森で出会った茶髪の子供。
その正体はなんと自分と同じ異世界人。
そんな人間が今、カイトの目の前にいる。
(……本当に……どうしてこうなった)
ここまで都合の良い展開……まるで誰かがこんな風になるようにしたとしか思えない状況にカイトは空を見上げる。
グ~。
すると、茶髪の子供こと祐樹のお腹が鳴った。
「……悪い。そういえばここまで移動するときに何も食っていなかったから食べながらでいいか?」
そう言って祐樹は背中に掛けた袋から干し肉のような物とパンを取り出しムシャムシャと食べだした。
(あれ?これって……)
カイトはこの袋に見覚えがあった。
(確か、あの時……)
カイトは思い出す。
昨夜、祐樹が持っていたあの袋であることに。
「どうした?」
「あの……これって」
背中にしょっている袋にカイトが指をさした。
「盗んだ物だよ。あそこの村の保存食かな。ここから出る前に回収したんだ」
パンを頬張っている祐樹は自身の袋をカイトに見せた。
「昨日は大変だったぜ。何故か村が騒ぎになっていて、逃げるのが難しかったから近くの森に隠れようとしたんだけど……本当に昨日は災難だったぜ」
祐樹は昨日を思い出したのか軽く溜息を吐いた。
一方、盗んだことを当たり前のようにいう祐樹にカイトは戸惑いを覚える。
カイトの価値観からしたら同じ異世界人だとしてもあまりにも常識が外れていたからだ。
それを感じたのか祐樹は軽く眉をひそめる。
「いや、お前の言いたい気持ちも分かるぜ。前の世界じゃ普通に犯罪だしな。……けど、この世界だとそんな綺麗事は言えないしな」
祐樹はそう言って表情を暗くする。
「……親はどうしてたの?」
「前世の話じゃなくてこの世界での話か?……捨てられたぜ。俺が異世界人だと分かった瞬間にな」
その言葉にカイトは心を痛める。
(……捨てられたか)
この世界がどういう世界なのか。
何故、異世界人だから捨てられたのか分からない。
ただ、実の親に捨てられたと思っているカイトにとって祐樹の境遇に親近感を覚えた。
(うっ……またか)
家族のことを思い出すたびに起きる頭痛が、今度もじくりと頭の奥を刺した。
これ以上、祐樹が何故、捨てられたのかは聞く気になれなかった。
「まぁ、けどおかげで俺と同じ異世界人であるお前に出会えたのはよかったけどな。ついでにというか命を助けられた恩もないわけじゃないけど。……俺が最初に助けたけど」
「えっと、そういえばそうだったね。あの時、助けてくれたありがとう」
「良いって良いって、お前を異世界人と気づかずに攻撃したのは申し訳ないと思ったし」
カイトはお礼を言うと祐樹も昨日のことを軽く謝罪した。
「……さて」
祐樹はパンや干し肉を食べ終えるとそのまま立ち上がった。
「えっと、カイトだっけか?もう立てるか?」
「えっ?」
祐樹が手を出すのに対してカイトは困惑していた。
「決まってるだろ、早くここから出ようぜ」
「はい?」
祐樹の突然のことにカイトは更に困惑した。
「……?いや、ここにいるっていうことは捕らえられているということだろ?」
「えっと……」
なんのことなのかカイトにはさっぱり分からなかった。
何故、そういう発想になったのか。
「あの、俺はここに捕らえられているというより、保護されているというか……」
「はっ?保護されている?騙されてないか?」
「いや、それに俺、まだこの世界に来て数日しか経ってないし、どこに行けばいいか」
「待て。話す前にお前……カイトがこの世界に来た経緯だけでも聞かせてくれないか?」
「分かった」
祐樹の疑問にカイトはこれまでの経緯を話した。
自分が転移したきっかけ、セレナやゼラス達と出会ったこと、そしてそこからここで保護されたこと。
それを聞いていた祐樹は口をぽかんと開けて驚いていた。
「……まじか。転生じゃなくて転移かよ。珍しいこともあるんだな」
「転移ってそんなに珍しいの?」
「いやいや、転移って結構、稀すぎるケースだぜ。俺もその分野について詳しく知らないけど、生き物の異世界転移ってこの世界ではかなり難題な扱いだって聞いたことがあるぜ」
「祐樹は転生者なの?」
「そうだな、俺は転生してから10年くらいか……というより異世界人=転生者っていうのがこの世界の一般認識だな。お前は本当に稀なケースなんだよ」
「なるほど」
(俺のような転移者と祐樹の転生者ってどう違うのかな?……これも書庫で調べれば分かるのかな?)
カイトはアルカード家の館の書庫室で転移や転生についても調べる必要があると頭で記憶していると祐樹は「そんなことより……」と言葉を続ける。
「正直、保護されているということは中々、信じられないけど本当なんだな」
「まぁ、セレナさんや、みんなに良くしてもらっているから」
「一応、聞くけどここから出る気はないんだな?」
「えっと、いつまでもここに居るわけにはいかないけどね。少なくともこの世界について色々と調べてからじゃないといけないかな……」
「そうか……」
カイトの言葉に祐樹は複雑そうな表情を浮かべる。
「言っちゃ悪いけど、お前の保護されている家、アルカード家はもうあまり長くないかもしれないぞ」
「えっ!?」
祐樹の突然の発言にカイトは驚きの声を上げる。
「あぁ、俺がアルカード領に入る前から色々と噂は聞いてたからな。今回の山賊騒動があった感じだと、もしかしてその噂も真実かもな」
「どういうことなの?」
「あぁ、そうだな」
祐樹は今のアルカード領の現状をカイトに話した。
祐樹の口から語られた内容はカイトの想像を遥かに超えていた。
まず、今のアルカード家の状況からだ。
聞くと、5年前、戦争で先代……ゼラスとセレナの父親が亡くなった結果、ゼラスは12歳(その当時、セレナは7歳)の若さで領主となったがゼラスの若さと戦争責任で没落もありえた事態だったらしい。
そこで国王はゼラスを仮領主とし5年間の猶予を与え、問題なく運営が出来たら改めて男爵として認める方針となった。
なお、その後も領地の縮小及び、降爵などで住んでいた場所を今のここに移されるなどあったが領地の運営は問題なかった。
しかし、査定に来る中央貴族により悪意しかない評判が流されていた。
その影響か商人どころか他の貴族もアルカード家から距離を取っている現状だ。
彼らがこうする理由は良く分からないが少なくともアルカード家がそのまま没落した方が彼らにとって利益があるのだろう。
おまけに近年、起き始めた山賊騒動。
アルカード家のゼラスの評価は地に落ちているのが現状だ。
「……そんなことがあったなんて」
「まっ、そういう感じだよ。今回の山賊騒動も響くだろうね」
(知らなかったとはいえ、ここまで深刻になっているなんて……)
アルカード家が没落寸前の危機だったことをカイトは驚愕していた。
(このまま、もしアルカード家が没落したら、セレナさんやみんなは……)
カイトはセレナやティグ、メアリなどアルカード家の人々を思い浮かべる。
自分のために保護してくれた。優しくしてくれた。
そんな人が窮地に陥っているのだ。
「まぁ、つまりこんな泥船にいつまでも乗る必要はないから早めに……」
「ごめん、もしそれが本当なら俺、ここに残らないといけない」
「えっ!?」
カイトの言葉に祐樹は目を丸くした。
「いや、話を聞いていたのか?ここにいたら危ないんだぞ」
「でも、俺にとっては……」
カイトが言い淀んでいると祐樹は「はぁ」と、息を吐いてカイトを説得する。
「あのなぁ、カイト。お前はアルカード家に保護されたのは、偶然だしお前がそれを受け入れたのは行く当てがないというなんとなくの理由のはずだ。住まわせてくれるからってそっちの問題に巻き込まれて心中するまでの義理はないはずだ……何故残る?」
その言葉にカイトは迷う。
確かにカイトがこの世界に来てまだ数日、この世界どころかアルカード家の問題なんて考える余裕もない状態だし知る方法もなかった。
そんな状況の中、カイトがアルカード家に保護されたのはほぼ事故みたいなものだ。
(俺は……)
しかし、カイトはアルカード家を離れることはできなかった。
たった数日とはいえ、カイトは色々な人に助けられた。
「ティグさんやメアリは俺に優しくしてくれた。それに俺がどうしようもないくらい落ち込んでいたのをセレナさんは必死に励ましてくれた。ここにいていいんだと言ってくれた」
カイトは真っすぐな目を祐樹に向ける。
「祐樹にとってたった数日かもしれない。でも俺にとってその数日で色々と救われたんだ。それを我が身かわいさで離れてもし何も知らないところでそんな人たちが苦しんでいると知ったら多分、一生後悔すると思うんだ」
これが本音だった。
カイトはセレナ達に恩を返したかった。
確かに結構、危ないし何ができるか分からないがそれでもここに残りたいのだ。
すると、祐樹は目を見開いた。
(怒らせちゃったかな?……でもそれが本音だし)
「ごめん。祐樹なりに心配してくれたんだよね。でもやっぱり今、セレナさんたちの所を離れるわけにはいかないんだ。今の現状を知ったら猶更ね」
カイトは祐樹に気遣いながら諭すと、祐樹は諦めたのか深い溜息を吐いた。
「確かに、アルカード家がどれだけ頑張っても中央貴族……王都への評価は最悪だ。……でも、もし今悩ませている山賊騒動をどうにかしたら完全解決とはいかないまでも評価を逆転できる目が出るかもしれない」
祐樹はそう言ってカイトに「まぁ、その後の本人たちの努力次第だがな」と付け加えながらカイトに語りかける。
「でも、お前はこの世界に来て数日しかねぇから上手く立ち回る術がない。おまけに立場上、自由に動けないと来た。……でも、ちょうど目の前にこの世界について詳しくフリーな人間がいる」
「さっきから何が言いたいの?」
祐樹の言葉にカイトは疑問に思っていると祐樹は「だからなぁ……」と息を吐く。
「俺も、お前の協力をしてやるって言ってんだよ」
「えっ!?」
まさかの協力にカイトは驚きの声を上げた。
「えっと、良いの?本当に手伝ってくれて」
「しょうがないだろう?ほっとくと勝手に死にそうだしな。せっかく出会えた同じ異世界人がこんな感じで死んだら寝覚めが悪いんだよ」
「……ありがとう」
アルカード家の現状を知ったのはいいが、どうすればいいのか分からないカイトにとって祐樹の協力はありがたかった。
すると、祐樹は「ただし」と付け加える。
「あくまでも条件は3つある。それに従ってくれるなら俺も協力する」
「条件?」
「そうだ。一つ、俺の存在をここの家の連中に言わないこと」
「セレナさんたちに?」
「そうだ。お前にとっては恩人だろうが、俺にとっちゃ”現世人”は信用できない」
「現世人?」
「……俺たち、異世界人とは真逆。他の世界の人格もなければ他世界に飛ばされていない……まぁ、この世界での普通の人間たちをさす言葉だよ」
祐樹はそんな苦々しい表情で話した。
「二つ目、手伝うのは山賊が討伐されるまでだ。それも、あくまで俺たちが主体ではなくできる限り、アルカード家が主体に動けるようにする」
「山賊までか……できればゼラスが無事に領主になれるまでできたら……」
「そんなの、当事者の努力次第だろ。大体、これ以上にできることがあるのかよ」
「うっ……」
祐樹の言葉にカイトは何も言えなかった。
確かに領主だとか中央貴族だとかそんな難しそうなことをカイトにも理解することはできなかった。
そんな中、祐樹は最後の条件を突きつけた。
「三つ目は山賊騒動が一通り、終わったらそれ以降はお前は俺に従え」
祐樹の言葉にカイトは察する。
祐樹に従う、その意味をカイトは理解したからだ。
「……それって、もうアルカード家を出ないといけないという意味だよね」
「そうだな。最後の条件は俺が手伝う見返りってやつだ。俺も協力者がほしい」
「俺と協力してどうするの?」
「それは後で決める。今、決めるとウダウダうるさくなるだろ?」
「……」
その言葉にカイトは迷った。
まだこの世界について知らないまま外にでるのは不安だがそれ以上にセレナ達と別れないといけない。
それがカイトにとって辛かった。
(……でも、それはいつか来ると分かっているじゃないか)
しかし、カイトもいつまでもセレナさんたちの環境に甘えているわけにもいかなかった。
いつか、自分で歩かなければいけない。そのタイミングが少し早まっただけだ。
寧ろ、セレナ達に恩を返せるかもしれないチャンスを不意にするわけにもいかなかった。
「……分かった。君の条件を吞むよ。よろしく、祐樹」
「……」
カイトが祐樹の名前を呼んだのに対し彼は複雑そうに押し黙った。
(あれ?何か変なことを言ったのかな?)
「……アンクだ」
「えっ?」
その行動にカイトは不思議がっていると祐樹は絞り出すようにカイトに語りかけた。
「転生してからはこっちのアンクっていう名前で呼ばれてるからな……悪いが前世の名前は禁止。アンクで頼む」
「えっと、分かったよ。アンク」
(前世の名前……そんなに嫌なのかな?)
前世の名前を呼ばないでほしいという言葉にカイトは疑問に思ったが本人の嫌そうな、辛そうな表情から聞くことができなかった。
そんな中、祐樹ことアンクは話を続ける。
「とりあえず、俺が主に山賊の情報を集めて、その情報をお前がそのアルカード家の連中に渡せ。どんくさいお前と違って俺の方が情報収集に向いてるしな」
「でも、あの時、山賊にやられてたよね?」
「……!!それはお前を庇ったからだよ!!」
「……ごめん」
「全く、とりあえず協力関係としてこれからよろしくな……えっとカイトって呼べばいいか?」
アンクはそっとカイトの目の前に手を差し伸べた。
「カイトでいいよ。よろしく、アンク。」
カイトは手を握ると、その手をアンクは強く握り、真剣な目でカイトを見つめる。
「いいか。これは”契約”だ。お前を助けてやる。その代わりにその後はお前が俺を助けろ」
「……分かった」
カイトは、その言葉の重みを感じながら頷いた。
こうして、ほんの少し顔を出した月に照らされながらカイトは自身と同じ異世界人、アンクと密かな協力関係を結ぶのだった。
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