表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

引き続き、弟・セルジュからの視点その二です。

ここで待っているようにとある部屋の扉の前で立たされると、アイロス様はノックをして部屋に入って行った。


「アイロス様?どうしたのですか」


中から姉さんの声が聞こえたから、ここは姉さんの部屋と言うわけだろう。となれば、アイロス様はこれから姉さんと何か話をし、その会話の内容をこっそりと僕に聞かせるつもりということだ。親切にも、扉は少し開けられたまま。中の声はしっかりと聞こえていた。


「ねえロスヴィータ。さっきのお茶の席で、随分と暗い顔をしていたけれど…何か理由はあるのかい?」


すぐに返答がこなかったから、言葉に詰まった姉さんの姿が想像できる。どうせまた考えがまとまらずにオタオタしていることだろう。それでもアイロス様が待っていると、姉さんが低い声で


「……私、アイロス様と…公爵家の事が嫌いですわ」


とか言い放ったから、驚きすぎて口がぱっかり開いてしまった。姉さんはツンツンした性格だし、自分の想いや考えを他人に伝えるのが下手な方だ。それにしても、今の台詞は駄目でしょう!?仮にもアイロス様は公爵家の人で、王族にも縁ある雲の上の存在だと言うのにっ!!思わず飛び出そうとしたが、横目でアイロス様が僕の方を見て牽制していたので、ここはぐっと思いとどまった。


「ご存じでしょう?私の父の事を。私は父が嫌いなんです。そしてアイロス様は父にそっくりです…だから嫌いです……」


「…ブッフバルト子爵と似ていると言われたことはあまりないのだけれど?ロスヴィータから見れば似ているの?」


「……はい、似ています……。その美しい容姿も、甘い言葉の数々も。もう気持ち悪くて嫌なんです。私はそんな男性が大嫌いです。だから放っておいてもらえると嬉しいのですがっ」


姉さん、姉さん……お願いだからそれ以上言わないでよ。あまりにもストレートすぎるから!言葉を選んでと叫び続ける僕。焦る僕と反対に、アイロス様は何も慌てていない態度だ。


「まあ子爵と似ているかどうかはさておき…うん、それで?ロスヴィータは他に、私のどんなところが嫌なの?」


「……っ……それは……!これからの…未来のアイロス様のことを考えると……!」


意味が理解できなかったのだろう、アイロス様は首を傾げる。姉さんは相変わらず目をきょろきょろさせて、懸命に言葉をまとめているようだ。


「ア…アイロス様は…私と結婚したら、愛人をつくるのでしょう?父のように!何人も何人も!聞かなかったですけれど、今もどうせ恋人がいるのでしょう?私は次期公爵夫人としての人形でしかない…!子供も外で作って私とは冷えた関係になって……そして私は母のように屋敷を出て楽しく暮らすのですよ、きっと!公爵家はいずれ、アイロス様の愛人の方々とお子さんたちでいっぱいになるのです!」


「……そこまで私の未来を想像してくれるのは嬉しいんだけれど、生憎、私は今も恋人はいないよ。それに愛人を作る程、器用な性格ではないし…。第一面倒だな……」


「……っ…!そ、そりゃあ……アイロス様はだらしがなくズボラだって最近思いますけれど…!もうちょっとビシっと起きたらどうなのって思っていますし、休みの日はぐーたらぐーたらしすぎていますし…。ってそうではなくて…」


「………まぁ…それは否定しない…。私は割と適当な人間だし…。でもそうハッキリ言われると傷つくなあ…」


もう僕は完全に壁となろう。姉さんの言葉を聞いても、何も感じない壁となろうと決めた。怖くて聞いていられないよ…姉さん。


それからしばらく沈黙が続いた。ちらりと中を覗けば、今にも泣きそうな姉さんがいる。アイロス様は静かに立って姉さんを見つめている。これから一体どうするものかと冷や冷やしていれば、やがてアイロス様がゆっくりと姉さんに優しく話しかけた。


「ねえロスヴィータ。君を婚約者にと望んだ理由を教えてあげる。それはね、君は僕の顔に全く興味を示さなかったからだよ」


僕は再び驚きアイロス様を見つめ、姉さんは顔を真っ赤にさせて口をへの字に曲げて怒りだした。


「何ですかそれ…!もしかして、アイロス様の顔に反応を示さなかった私を珍しい玩具のように思っています!?私をオトせたら面白いとか…!それ程までにアイロス様はご自身のお顔に自信をお持ちという事ですか!?」


「ええ!?いやいや、違うから…。何でそういう解釈になるのかな」


ガリガリと頭をかいて困っていたアイロス様は、何かを決心したような顔つきになると、真っ直ぐに姉さんを見つめた。その姿はある種の威圧感があり、誰も寄せ付けない冷たいオーラを纏っているかのようにも見えた。姉さんもその雰囲気を感じているのだろう、驚いて背筋を正した。


「ロスヴィータ、私はね…。この世で一番、自分の顔が嫌いなんだよ。人様から言わせれば、綺麗だとか天使のような顔だとか何だろうけれど…この顔が嫌いで仕方ないんだ」


「……え…?それはどういう…」


「この顔に釣られて寄って来る女と男が多いからだよ。私は、私の顔が好きという輩が苦手なんだ。いや、嫌悪しているかもしれない。何しろ触りたくないからね」


「……」


「自分の顔が嫌いだから、鏡は見たくないんだよ。だから…言い訳をするけれど、朝は髪がぼさぼさなんだ…。起きて間もないのに、大嫌いな顔なんて見たくないだろう?」


姉さんは目を丸くさせて、口をパクパクさせていた。


「………そう…なのですか…?あ、でもアイロス様は甘い言葉で女性を惑わすじゃないですか!それは一体何なんですの!お顔に釣られてくる人達が嫌ならば、無視すればいいじゃないですか!」


「私はいずれ公爵家を継ぐ。貴族の社会ではね、対人関係は最も重要なんだよ。嫌われたらもう終わりなんだ。だから誰にでもいい顔をする必要がある。……全て作っているんだよ。社交界でのアイロス・ダンジェルマイアは全て作りものだ」


「……そんなの…、理屈は…理解しますけれど…でも結局八方美人じゃないですか…」


「付き合いのある人の中から、有益な人物とそうでない人物を分けるのは爵位を継いでからだと思っている。今の私はまだ爵位を継いでいないし、ただの後継ぎにすぎない。それまでは八方美人で通す方がいいと思ってね」


驚きだった。そして姉さんが薄々思っていた通り、アイロス様は外面がいいってことだったのか。だとしたら屋敷の中でだらしないっていう事も納得だ。外でのアイロス様は全て作りもので、屋敷に居る時は素ということだろう。


「ねえロスヴィータ。一つだけ、全力で否定させてもらう。あなたの父上がどういう人間かは…あまり知らないけれど、でも私は子爵とは違う。それだけは、私が知っている私の真実だ」


「………」


何かがストンと腑に落ちた。ああ、そうだ。最初に感じたことはそれだ。父とアイロス様は、何かが違うと感じたけれど…やっぱりそうなのか。噂を信じてアイロス様の全てを知った気でいたけれど、真のアイロス様は違うということだったのだ。僕達は何て愚かだったのだろう。そして何て視野の狭い人間だったのだろう。思わず目に涙が浮かぶ。


姉さんは唇をぎゅっと噛みしめると、僕と同じように静かに涙を流した。アイロス様は黙ってそれを見つめている。


「本当は分かっていたんです…、いえ、気付いたんです…。アイロス様は父とは違うんじゃないかって…。父は見栄っ張りだし美醜に煩い男ですから、屋敷の中でもちゃんとした格好もしていました。でもアイロス様は本当にだらしなくて…これが社交界で一番とされている男性なの!?って疑いましたよ!」


「………はは…」


「でもアイロス様はやるべきことはちゃんとやっていました…。王宮での態度とか、仕事とか…。父も仕事はきちんとこなす人間でしたが、でもやっぱり違うって気付きました」


「…へえ?ちなみにどんなところが?」


「父が仕事をするのは、全て自分の為なんです。‘仕事ができる凄い人間だって思われたい’が故に、懸命に仕事をしているんですよ。弟は単純ですから、父は凄いって思っているみたいですけれど、私から言わせれば、‘仕事ができる自分はなんて凄い存在なんだ’って思いたいだけなんです!父は本当に自分の事しか考えていないんです」


父について姉さんがそのように思っているとは知らなかった。そして僕のことも…。確かに言われてみれば父は自分が一番という人間だけれど…。え、じゃあ仕事ができるっていうのは周りに対するアピールなの?僕はそれに騙されていたってこと?


思わず溜息をついた。人間って本当に一枚岩でできているわけじゃないって事だね。姉さんから見た父の姿も、僕から見た父の姿も間違ってはいないだろう。いや、そう思いたい…。


結局、受け取る側の人間の感性によって評価も変わるってことかなあとしみじみ思っている間にも、姉さんはアイロス様に想いを吐露していた。


「私、自分が本当に嫌で…。アイロス様も公爵家の方々も本当に良い方ばかりで…。なのに私、必死でアイロス様は浮気者だから信用するなって…。公爵様達も、私のような女を心の底では婚約者と認めていないに違いないって…結婚した後は、絶対に私をいじめるって…そう思うようにしていたんです」


「……そう…」


「そう思わないと、自分がみじめだったんです…!どうしてこんな幸せな家族がいるんだろうって…!どうして私はこんなに性格が悪いんだろうって…。あの父の子供なんだから、最低最悪な女なのは当たり前だって思うしかなくて…!」


「…ロスヴィータ…」


「アイロス様はずるいです…。どうしてそんなに綺麗でいられるんですか…。私は心底自分が嫌です…。母と一緒に、父の悪口しか言えなかった自分が!父と母の仲を取り持って、幸せな家にしようと微塵も思わなかった自分が!十七にもなって、ただ恨みごとしか言えなかった自分が…本当にクズだって…。父のことを悪く言う資格なんて……全然ないって……」


馬鹿だなあと思いつつも、やっぱり僕と同じ感覚を持っていた姉さんだった。この幸せで穏やかな家族を前に、自分達の嫌なところに気付いて凹んでしまったということだね。その気持ち、すごくよく分かる。きっと僕と姉さんしか分からないことだろうから、アイロス様は戸惑っていることだろうけれど。




静かに涙を拭う姉さんにゆっくりと近付いたアイロス様は、右手をそっと姉さんの頭に置いた。その時のアイロス様は、もの凄く緊張しているようで、肩に力が入ってふうと深呼吸をしていた。頭の上に置いた右手を左右に動かして姉さんを慰めているが、僕からすれば、その慰め方は五歳児の女の子にでもやるかのようなもので、婚約者にやるならば、大胆に抱きしめてあげればいいのに…とつい思ってしまった。




「幸せな家庭に慣れていないと言うならば、これから慣れていけばいいだろう?あまり自分を嫌う必要はないよ」


「……それを言うならばアイロス様もです。その美しい顔が嫌いだなんて…贅沢にも程があります。少しは分けて下さいよ…」


ははは、とアイロス様は楽しそうに笑う。すると姉さんも困ったように笑った。





二人の姿を見て、僕はそっと踵を返した。これ以上は別に話を聞く必要はないかなって。


公爵様と夫人に丁寧に礼を言い、後ほどアイロス様には手紙を書きますと伝えると、ダンジェルマイア公爵家を後にした。


姉さんとアイロス様はきっと大丈夫だ。姉さんは鈍感だし恋愛らしい恋愛をしたことがないから、ちゃんと自分の気持ちを分かっているのか謎だけど、でも姉さんは確実にアイロス様の事を好きになったと思うんだ。アイロス様は…どうだろう?アイロス様とは今日初めてちゃんと話したから、生憎あの人のお気持ちまでは僕には分からない。


「でも頭を撫でて慰めるなんて……子供じゃあるまいし…。もしかしてアイロス様って噂とは全然違って、女の扱い方下手なのかな?」


だとしたらあの二人の恋愛はなかなか進展しないかも。鈍感な姉さんと、女慣れしていないアイロス様って……。アイロス様が父とは全く違うってことはよく分かったけれど、あまり奥手すぎるのも困りものだ。僕が悩む事ではないけれど、早くまとまるようになって欲しいなと願わずにはいられないね。


また近いうちに、二人に会いに来よう。そして色々と聞かせてもらおうかなと思いながら、軽い足取りで騎士団の宿舎へと戻って行った僕だった。


これでこのお話は終わりです!


ただもう少し書けそうかな…と思わなくもないので、気が向いた時に上げたいと思います。

お読み頂きありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ