黒男
「何で、助けてが言えないんだよ!」
兄、原 渉との通話を終えた原 正は自分自身への苛立ちから声を大にしていた。
タダシと行動を共にしていた警官の1人が言う。
「お兄さん、一般人だろ?格闘技経験者とかじゃないなら、逆に足手まといだ」
タダシたちは機動隊の出動服を身にまとい、民間人の救助、救出、安全確保とまさにてんやわんやだった。
仲間たちが次々と倒れ、死んでいく中、部隊は格闘技経験者や力自慢の一般人も参加する形となっていた。
「ワタル君とは連絡とれたのか?」
部隊の中には原兄弟と縁のあるシオヒキもいた。
「…はい、止められましたけどね」
「そうか、ワタル君には聞きたい事があったが…こんな状況で外に出ろという方が無茶な話だ」
苦笑いを浮かべた後、シオヒキは部隊に指示を出す。
「○△ホテルに生き残った人たちを助けに行く。一般人の方々は署の方へ引き返して下さい」
それを聞いて、胴着姿の男が声をあげた。
「俺はアンタたちについてくぜ。まだまだ、暴れたりないからな」
胴着の男はテコンドーの日本王者になったことがあり、腕に…もとい足技に自信があった。
28歳、身長178㎝、体重88㎏…髪は長髪で一本結いしており、筋肉隆々。
全身からエネルギッシュさが溢れていた。
つま先に鉄が仕込まれたスニーカーを履いており、それは返り血で真っ赤に染まっている。
他にも数名のアスリートや格闘技経験者がいたが、その中の1人が首を横に振った。
「悪いが、さっきの交戦で木刀が折れちまった。素手であんなゾンビみたいな連中の相手はゴメンだ」
7人いたが、3人が抜けてシオヒキ、タダシ、テコンドーの近藤、タダシの同僚の木村が残り、ゾンビたちを警戒しながら慎重にホテルへと向かう。
「まず、少し離れたところから様子を伺おう。こっちだ」
シオヒキの指示に従い、ホテルの近くのビルに入り、2階の窓からキムラが双眼鏡で状況を確認する。
「正面はシャッターが閉まっていて、ゾンビどもは入れずにいますね。しかし、シャッターもかなり攻撃されてます。破壊されるのは時間の問題かと」
「キムラ、裏口付近のゾンビの数は?」
「…今のところ、交戦になりそうなのは6体ってところですかね」
「なら、俺が殿をやるぜ。6体くらい、楽勝だ」
テコンドーのコンドウは強気に言う。
「強いといっても、キミは一般人だ。危険な真似をさせるわけには…」
「シオヒキさんって言ったっけ?弱いヤツが強いヤツを心配するのは余計なお世話ってもんだ」
話が通じるタイプでは無いな…そう思いながら、少し飽きれ気味でタダシとキムラは顔を見合わせる。
「わかった。時間も無い、話はここまでにして裏口からホテル内に入り、救助者と脱出する。各自準備は良いか?」
シオヒキ、タダシ、キムラの武器は回転式拳銃のニューナンブN60だが、これは5連発の小型拳銃。つまり、使用制限がある。
なので、災害救援等で使う物を各自武器としていた。
シオヒキはツルハシ、タダシはレスキュー用の斧、キムラは長尺のバール。
良し、行こうとドアに向かおうとする一行だったが…タダシたちが開けるより早く、ドアは乱暴に開かれた。
「う…ゾ、ゾンビが3体」
キムラは体を震わせながら、バールを構える。
タダシたちがいる部屋に入ろうと、先頭のゾンビが一歩踏み出す。
しかし、急に奥のゾンビがピンボールみたいに弾かれ、前を歩く2体のゾンビに激突した。
激突してきたゾンビは既に頭部が破壊されており、2体は衝撃で前のめりに倒れる。
すると、暗がりからヌッと出てきたハンマーが何の躊躇も無く、モグラ叩きでもするように転倒中のゾンビたちの頭部を順番に潰した。
暗がりに、返り血まみれの黒いフルフェイスヘルメットに黒いレザーのライダースーツを着た男が浮かび上がる。
「タダシ、随分のんびりしてるな」
聞き慣れた声と見慣れない姿に戸惑いながら、タダシは口を開く。
「兄さん?」
ワタルはシルバーのシールドを上げ、小さく頷いた。