鉄槌
防爆スレッジハンマー6,800gの全長840㎜…これが僕の愛用品だ。
ネットで買って、同じくネットで買ったベースケースに忍ばせていた。
カボチャを砕き潰し過ぎたので、少しカボチャ臭く元は金色っぽかったハンマー部分もカボチャの色がついてしまっている。
まぁ、今は血塗れなのでカラーは赤だ。
店長は喉を噛みちぎられ、既に死んでいる。
店長は普通に良い人だった。
「仇、とっときましたから…後はゆっくり休んで下さい」
手向けの言葉を贈った後に再びハンマーを振りかぶり、力いっぱい振り下ろす。
店長の頭を砕き、ゾンビになって復活しないようにした。
先輩の姿が見えない…店長を置いて自分だけ逃げたか?
それとも…
「ッッッアアァ!」
首から血を垂れ流した先輩がカウンターの陰から飛び出してきた。
隠れて襲う、か。ゾンビなのに知能高いな。
腕に噛みついてきたが、歯はライダースーツに遮られ僕の皮膚までは届かない。
腕を噛まれたままゾンビと化した先輩を持ち上げて走り、壁に叩きつける。
頭部を打った先輩ゾンビは、衝撃から思わず口を離す。
次の瞬間、ハンマーで頭部を砕く。
「んっく…んふ、んくふふふ」
堪えきれず、笑い声が漏れた。
店長と先輩が死んでいるのに、不謹慎極まりない。
しかし、待ちに待ったゾンビが現れた喜びの方が勝っている。
「クソだな、俺も」
今は、僕って感じじゃない。今日からとにかく強くある必要がある。ならば、僕より俺だろう。
メガネ屋から出ると辺りは思いの外、静かだ。
「また、俺の前だけにゾンビが現れたって訳じゃないよな?それとも、俺は人間がゾンビに見える病気とかか?」
B級ホラーサスペンスの映画とかにありそうなオチを一人で喋りながら、スマホで家族に連絡する。
「母さん?戸締りしっかりして、誰も家に入れないように。父さんに変わって」
「ワタルか、どうした?」
「父さん、ゾンビ映画好きだよね?今、ゾンビ出てるから母さん守って。俺もすぐ、そっち行くから」
タダシは電話には出れないだろうから、L○NEしておこう。
「回りに気をつけろ、ゾンビだ」
芸能人を目撃した時のように連絡を入れる。
そんな中、シオヒキさんから着信がきた。
話をするのはバイクの件がどうなっているか、数年前に一度連絡をした時以来だ。
ちなみに、バイクは前と同じCB400SF/ホンダだ。
「もしもし、ワタル君?例のバイクなんだが、海から見つかったよ。漁の網にかかったそうだ」
タイムリーといえばタイムリーな内容だ。
やはり、誰かがゾンビの存在を知りながら隠そうとしているのだ。
「それより、シオヒキさんも気をつけて下さい。ゾンビ出てるんで」
雨降ってくるんで、みたいなノリで伝えた俺はシオヒキさんの返答を待たずに通話を終了した。
周囲を警戒しながら、バイクを置いた駐車場へ戻る。
どこからか分からないが遠くで悲鳴が聞こえ、辺りが騒がしくなってきた。
メガネ屋がある場所は広い敷地内にスーパーとマクド○ルド、本屋や靴屋等がある。
さっきのゾンビ、病衣を着ていたという事はどこかの病院から出てきたのだろう。
とりあえず、病衣を着ているヤツには近づかないようにしよう。よくあるパターンは「助けて!」と、すがりついたら、そいつもゾンビだったパターン。
生き残れる為には注意深く、洞察力を研ぎ澄まさなければならない。
そして…
スーパーから、何かに追われるように数人が走り出してきた。
「な、なんなんだよ!?あれ、なんなんだよ!?」
出てきたのは、若いカップルとゾンビ…次のゾンビはスーパーのレジ係だ。
あ、女こけた。
あんな高いヒール履いたままで逃げ切れる訳が無いだろう…脱げよ、靴。
男は女を見捨てて車に乗ろうとしているが、鍵が見つからないらしい。
あれ、モタモタしているうちに男もゾンビだな。
勿論、助けにはいかない。必要なのは情報だったので、さっさとバイクに乗って家に向かおう。
悲鳴が響く中、俺はエンジンをかけて走り出す。
遠くから様々なサイレンの音と誘導の掛け声が聞こえる。
タダシや警官たちが動いているのだろう。都心部では自衛隊とかも動き出しているのだろうか?
ゾンビが現れたのは、この街だけかも知れない…両親と合流したら情報収集しなければ。
結局、辺りを見渡すと色々なゾンビがいる。
共通点は充血した目で、白目が真っ赤だ。
最初に見たゾンビが病衣を着ていたので病院から発生したのかと思ったが、そういう訳では無いらしい。
避難誘導に従う人もいれば、どこへともなく走っていく人もいる。
そんな中、どこからか銃声が響いた。
見ると、警官がゾンビに追われている人を助けようと銃を発砲したらしい。
「なんなんだよ、何で死なないんだ!?」
若い警官は胸を撃ち抜いたが向かってくるゾンビに恐怖しているようだ。
最近の若いのはゾンビの常識も知らないのか?頭を狙え、頭を。
こう騒がしくては、叫んだところで声は届かないだろうし先を急ごう。
バイクなら小回りがきくので車よりは動き易いが、普段通りの帰り道は乗り捨てられた車等が邪魔で通れない。
他の道を行くか…仕方がなく方向転換すると、母子がゾンビに追われているのが見えた。
ゾンビは若い男か…首から血が滴り落ちているので、噛まれて死んでゾンビになったヤツだろう。
ゾンビの身体能力は個体よって違うようだ。多分、アスリートや格闘家とかがゾンビになるとかなり厄介だろう。
30代後半くらいの母親と4歳くらいの子供が20代前半の若い男のゾンビからは逃げ切れない。
俺はヒーローになる気は無い。自分自身と家族さえ守れれば、それで良い。
だが…
間近に迫ったゾンビから、母親は身を呈して子供を守ろうとしている。
俺はスレッジハンマーを構えてゾンビに向かってバイクで突っ込んだ。
撥ね飛ばしたゾンビが起き上がるより早く、バイクから飛び降りハンマーで頭を砕く。
「助けるのは今だけだ。早く逃げろ」
いまいちよく聞こえなかったが、母親が礼か何かを言っていたようだった。
もしくは、保護を求めていたのかも知れない。
どちらか分からないが、それは無視して俺は再びバイクで走り出す。