8,童貞なんです!
螺旋石が光を発し道が示される。
「こっちか!」
(かがみながら走るのは正直しんどい)
「うわっ!」
そう思っていると傾斜が激しくなった。
「うわわわわ!」
すべり台のように滑っていくと空間が開けだ。
「うわっ、くせえ!」
下水道だ。整備された通路が走っているから走りやすい。
暫く走ると通路が二股に別れている。
「どっちへ行けばいいんだ?」
石に聞く。
石はふわりと浮かぶと道を指し示す。
「こっちだな!」
石が浮かんでいる方の通路に踏み出そうとしたときだ。
「うわっ」
ドーは下水道に転落してしまった。
全身がくさい。
「な、なにすんだよ!」
石はふわふわと浮かんでまた別の方向を示す。
「間違えたのかよ!?」
石は申し訳なさそうにふわふわと揺れる。悪気はないようだ。
「人にも石にも間違いはある」
ドーは下水道から這い上がった。
「しかしこれでは……」
全身がくさすぎる。
石が動き出した。ドーはついていくしかない。はしごが壁に打ち込んである。
上方へと向かう通路だ。マンホールが見える。
「あがれってのか」
ドーは鉄製のはしごに手をかけて通路を上に登った。石はドーのポケットに戻る。
マンホールの蓋があかない。
「重たくてあかないよ!」
うーん、うーん!
「だめだ、もう疲れた」
下水道に雷鳴のような音が響き渡る。
「な、なんだ!?」
妖魔が接近しているのだ。下水に雷撃を流すことで下水道に電気を充満させようというのだ。
「感電させようってのか!」
石もポケットから飛び出して協力した。
「おおりゃあああ!!」
蓋が開いた!
ドーは地上へとモグラのように顔を出した。
賑やかな音が聞こえる。見上げると何かが揺れている。
なんだいったい!?
更に見ると大量の足が見える。足と足の間には布切れが見える。
「パ、パンツだ!」
揺れているのはおっぱいである。
「キャアアアアアアア!!!」
マーチングバンドとサンバ隊はマンホールから現れたドーを見て悲鳴を上げた。
沿道の観客からも悲鳴と罵声が飛ぶ。
「なんだあれは!?」
「バケモノだ!」
「変質者よーっ!!」
見渡す限りのおっぱいとパンツ!
サンバカーニバルの真っ最中だったのだ。
気づかずに踊っているダンサーもいる。女子中高生だ!!
ドーは思わず見とれた。大学生ダンサーズが踊りながらかけよってきた。
大学生ともなると迫力がすごい。ぶるぶる!ぶるるる!
踊りながらドーに蹴りを入れる。ドーは奇妙なる心地よさを感じた。
しかし下水道からは雷鳴が聞こえる。必死に蓋をまた締めるとドーは駆け出した。
「変質者が逃げるぞ!」
ドーは叫んだ。
「ごめんなさい!怪しいものではありません!道に迷っただけです!」
「何者なんだーっ!」
「お、俺は、ただの童貞です!!」
観衆達から嘲笑と安堵のため息が漏れた。
「はぁぁあああ、童貞かよお~」「童貞なら仕方ないな」「ったくどうしようもねえな」
「童貞ですって」「言われてみれば確かに」
「あの童貞臭い服どこで買ったんだろうね」
「いかにも中年童貞だ」「さっさと失せろ童貞!!」「きもぉ~~い!」
「このニオイは童貞臭か」
「すいません、すいません、すいません!童貞なんです。哀れな童貞でございます」
ドーは卑屈に頭を下げながら自然に開く人混みを駆け抜けた。
(妖魔め。ああやって遠隔攻撃を仕掛けてくるってことは、まだ俺を発見できてないってことだな)
「あ、ここって」
気がつけばコーポミヤネ。つまりドーの安アパートの前である。
(こんな格好じゃ外を歩けないな)
全身の下水臭にドー自身も息が詰まりそうだ。部屋に駆け込むと服を脱いで洗濯機に放り込んだ。
「あ、これは」
ズボンの後ろポケットに突っ込んでいたアイテムが洗濯機の水槽に当って音を立てた。
カオサンからもらった十字のような金属だ。
「こうしてみると剣の柄のようにも見えるな」
グリップを握りしめてみる。
「ん!?」
記憶の鐘が鳴る。
「そういえば……!」
ドーは自分の部屋に行くと部屋の片隅を漁った。いつか使うつもりの、というより捨てきれないガラクタ達が程々のスペースを占拠している。
「あった」
例の「光る石」である。以前カオサンがお遣いのお礼だとしてくれた石だ。
螺旋石がふわりと浮き上がった。ドーの手元の石が強く反応し、エメラルドの光を発する!
ドーは柄のくぼみに手元の石をはめこんだ。しっかりと合致する。
サビつき、くすんでいたかに思えた柄が激しい光を発する!
「そうか!」
ドーは螺旋石に言った。
「俺を下水道に落としたのはこのためか!」
ドーは柄を握った。握りを強めるほどに柄は元の姿を取り戻し輝きを増す。
「でも、もし俺が魔王だったらどうする?」
柄の変化がそこで止まった。ドーが柄を床に投げ捨てたからだ。
(莉乃に会えなくなる)