四章 “エージェント”10
〈おまえは、ブルースだな〉
〈はい。あなたは私の先祖ですね?〉
〈いいや。先祖から受け継がれた、おまえの魂に眠る情報、とでも言っておくか〉
〈あなたに伺いたいことがあります〉
〈“エージェント”のことだな〉
〈そうです。同族のチェチェが言っていました。“エージェント”とは、人々の思念エネルギーをまとめる役の者なのだと〉
〈チェチェのことは、もうわしにも刷り込まれた。彼の気配が、わしを目覚めさせたと言ってもよかろう〉
〈彼の話は、正しいのですか?〉
〈ある程度はな。だが、彼も知らないことがある。そのひとつが、五族だ。“エージェント”は、わしら青の一族をはじめ、白、黄、黒、赤と肌の色の異なる者たちが世界中に散らばっておるのだよ。そしてそれぞれが、人類の進化と密接な関係を持っておる。おまえが見た、猿の夢のようにな〉
〈“エージェント”が進化を決定すると?〉
〈それは違うぞ。進化を決定するのは、あくまで人々の思念だ。そこに秘められた、種としての莫大な危機感だ。わしら五族は、現在と未来を結ぶただの橋渡し役にすぎぬ〉
〈なぜ我々のような“エージェント”が?〉
〈生けるものすべてには、特定の種に属しているという認識--犬なら犬という種に、人間なら人間という種に属している本源的認識があり、それぞれには独自の進化の設計図が書き込まれておる。それはふだん、無意識下の函に収められ、時が訪れるまで開封されることはない。
人類がサピエンスからノウスになったきっかけも、そうだった。あのときは世界のほとんどの人々が間近に迫った終焉に底知れぬ恐怖を覚え、民族や人種の壁を超えて思念がひとつにまとまった。そして“エージェント”がその時を報せ、函の鍵を開けたからノウスが誕生した。おまえは分かるかね? 種が滅ぶことは、善人はもとより、どんな悪人にとっても耐え難いことなのだよ。人は殺せても、種は絶やせない。本源的認識が潜在している限りはな。
“エージェント”はその本源的認識をパイプにして、広い範囲で人々と繋がることができる。これは人間だけでなく、あらゆる動物や植物も同じだ。どの種にも“エージェント”が存在し、“エージェント”が絶えた種は進化することをやめ、いずれ滅びる運命にある〉
〈私には腑に落ちません。だいいちにチェチェはなぜ二百五十年も生きているのですか。“エージェント”とは、みんなそのような特異体質の持ち主なのでしょうか?〉
〈・・・未来のことなのでわしにも断言できぬが、チェチェはおそらく保険のようなものだろう〉
〈保険?〉
〈うむ。人という種はノウスにはなったものの、いつ滅びるかしれん。文明の暴走をはじめとするあらゆる危機は止められたが、大きな欠点もあるからな。ノウスが一生に産む子供はだいたいが一人だけだ。二人か三人産むこともあるが、総体的には人口を増やすことは難しい。つまり世界規模の天変地異にでも見舞われて、大勢が犠牲になったら、それで終わりだよ。そのときに“エージェント”の血まで途絶えてしまったらどうなる? 復興の手立てはなくなるではないか。彼の長命は、ノウスがまだ不安定な種のせいだろう〉
〈チェチェはサピエンスの男そのものです。ということは、マイケルの身体つきが変わってきている理由も・・・〉
〈女になるためと言うか? かもしれん。男と女になれば、絶滅を避けられる可能性はある〉
〈それでは、サピエンスはなんのためにノウスになったのか〉
〈男と女といっても、サピエンスに還るとは限らん。次の進化が起こるはずだ。それに二人の変化は、互いに子供を亡くしたせいかもしれんな。血が絶えるのを防ぐためもあるのだろう。無論、本人たちにその自覚はないが。不憫なことだ〉
〈ずっと五百年も千年も生きつづけると言うんですか?〉
〈二人が男と女になって、もう一度ノウスの子を産むかもしれん。そうしたら寿命も訪れる。おまえたち三人は、ともに子孫を残す機会に恵まれなかった。だから一族の血は能力を最大限に活かし、おまえたちを救ってきたのだ。特にチェチェとマイケルは、完全に共鳴しあっている。二人はお互いを刺激することで、未来をつくっていくはずだ〉
〈私は、どうなります?〉
〈ブルース、残念だがわしの情報はここまでだ。おまえは、おまえの世界に戻らなければならない。案じなくともよい。おまえはいずれ、わしらのいる場所へやって来る。この飢え・・・ない・・ばら・・い・・・世界・・・と・・・〉




