第十話 毒を以って毒を制す
妖怪の体感時間はかなり短いと聞いています。そりゃあ、他の生物とは一線を画す程の長い年月を生きる妖怪ですから当たり前の事でしょう。むしろ、そこら辺の生き物と同じだったら退屈過ぎて発狂するかもしれません。なので、一日寝ていたと思ったら実は十日寝ていたとかは結構ざらにあったりします。一年なんてあっという間に過ぎていきますよ。
という訳で、酒に呑んだ暮れながら早くも数百年(200年~300年くらい)は流れました。曖昧なのは正確に把握していないからですので、どうかご勘弁を。
酒に呑んだ暮れながらと申しましても、実際にはそんな事ある筈も無い。七割方は酒だったとしても、残り三割は割と真面目に旅してたりします。
その道中で何やら蜘蛛みたいな大きい鬼の集団に襲われたり、狐の妖怪に騙されたりと色々しました。お蔭で戦闘力が上がった気がします。自主的に戦うつもりはないのでそこまで必要じゃないんですけどね。
まぁ、私も鬼ですし、戦う事自体は嫌いじゃないんですよね。積極的にしたくないだけで。相手を殴った時など妙に興奮します。
あぁ、そうそう。旅している時はあまり見なかった人間も、最近ではよく見かけるようになったのです。唯、私の知っている人間とは少し違うようで、何と言うか、頭が弱そうなんですよね。おそらく生まれが問題なのでしょうが、どうして後から生まれた人の知能が低いのでしょう? 普通逆でしょうに。
どうでもいいんですけどね。頭が弱かろうがなんだろうが私にとって非常食みたいなものですし。どーしても食に困ったら人間を食べますよ、妖怪だもの。
その非常食な人間達は、近頃『クニ』とかいう物を作ったらしく、有名所では【奴国】とか【邪馬台国】とかあるらしい。で、この国に全体的【倭】もしくは【倭国】と称されているようです。因みに、この情報は偶々私達の目の前を通りがかった人のから頂戴しました。勿論、能力を使ってです。いつの間にやら人間は此処まで偉くなったのかと小一時間ほど考え込んでしまいましたよ。
さて、数百年も月日が流れれば当然私達にも多少の変化があります。と言っても、姿形が変わる訳ではありません。単純に、能力面での話です。
白亜は、岩を操る技能が上がりました。より大きな岩をより多い量で操ったり、その操れる範囲が広くなったのです。
昔は山一つ越えればその制御から外れていた岩が、今では山二つになりました。岩の大きさは自らの身長の約半分程度の大きさでしたが、白亜の弛まぬ訓練のもと、なんということでしょう、今では人間なら簡単にぺちゃんこに出来るほどの大きさとなりました。そして、肝心の物量は……なんということでしょう、天をも覆い、もはや青空の方が少ないではありませんか。
……以前、白亜と食べ物関連で喧嘩したのですが、あれですね、うん。
心が読めても意味のない攻撃を喰らいました。
圧倒的物量、破壊力。白亜の考えている事が「食べ物、無い、殺す」だけ。どうしようもありませんでした。
一瞬変な川の様な物が見えましたね。アレが俗に言う三途の川でしょうか? 赤い髪の毛の女性が舟の中で寝転んでいるのが印象的でした。
私に関して言う事は白亜よりも少ないのです。単純に能力に汎用性が出たというだけでしょう。昔は人間の心を読む事と多少の気紛れや勘違いを起こす程度が限界でしたが、今ではそれだけではなく、人を任意に操ったり、幻覚を見せたり、発狂させたりする事が出来ます。尤も、私の能力は精神面に関する事なので、精神や意思が強靭な方には効果が薄かったりしますが。幻覚なら五感に作用するのでそう簡単に破られませんが、操ったり発狂させたりはその人の気の持ち様次第でなんとかなってしまうのが現状です。因みに、白亜は操れませんでした。
そして、二人に共通してあった事と言えば、妖力が使えるようになりました。
妖怪は無意識の内にこの妖力を使っているようですが、それを任意に使えるようになる事で、出来る事が増えたのです。
一つ目は、妖力により体を堅く出来るようになりました。これは単純に、妖力をその部位に集めることにより、耐久力を増やすのです。妖怪は無意識にコレを行いますが、任意に出来るようになる事で妖力を無駄に使う事が無くなります。
二つ目は、妖力を放出できるようになりました。込める妖力の量により、その威力は変わります。護身の時に己の拳か瓢箪で殴る以外に手段が無かった私にもやっと中・遠距離での攻撃手段ができた事は大きいです。……なんか考る方向が戦闘を前提にしているような気がしますね。鬼だからでしょうか?
まぁ、ここ数百年内に起きた変化と言えばこんなものです。変わっていない事と言えば旅が未だに続いている事と、白亜の変態嫌いと、酒虫ちゃんの愛くるしさぐらいです。むしろ白亜と酒虫ちゃんに関しては拍車が掛かっていると言っても過言ではありません。
そんな私達が、今どこに向かっているかというと……
「……邪馬台国?」
「そうそう。なんでも、男尊女卑なこのご時世にその邪馬台国とやらは女王が国を治めていると聞きましてね。気になったからちょっと見に行こうかと」
「……角とかあるけど大丈夫?」
「大丈夫でしょう。幻覚でなんとかなります」
常人には見破れないでしょう。今まで破られた事はありませんし。
「(ピコーン!)……そう」
む、何やら白亜が思いつきましたね。なんとなく分かりますよ雰囲気で。まあ、言わないという事は大したことではないでしょうし、こんな事で心を読んでいたらキリが無いので気にしない方向でいきましょう。白亜が何かを思いついた、その事実だけでも分かれば十分です。
「……で、後どのくらいで着く?」
「そうですね……日が傾く頃には着くでしょう」
しかし、女王……呪術使いですか。今の人間は昔いたあの人間に比べてかなり劣っているのですが、そういう人間もいるんですねぇ。もしかして、子孫とかそういうのじゃないでしょうか。まぁ、私にとってはどうでもいい事です。
それより、私の能力が効くかどうかなんですけど……まあ、なんとかなる、かな?
「(呪術使い……絶対に何か起こる。……楽しみ)」
~邪馬台国~
むぅ、困った。誠に困ったのじゃ。どのくらい困ったかというと日本の神々が一斉に戦争を勃発させるほど困ったのじゃ。
人間というのは皆一緒が大好きな集団であり、少しでも特異な者が居ればそれは爪弾き、村八分にされてしまう。
妾の様に上に立つ者であれば多少の特異点は神秘となり大衆を導く物となるのじゃが、それも度が過ぎればやはり爪弾き、恐怖の対象になってしまうのじゃ。上に立つ者としてそれではいけない。恐怖で人は導けぬのじゃ。
困ったのう……、初めはほんの出来心、物は試しとやってみたものじゃが、まさか失敗してしまった挙句、この様な結果になってしまうとは。不味い、非常に不味いのう。
此処まで追い詰められたのは人生で初じゃぞ。物の怪の手も借りたいとはこの事じゃ。
都合よく、このクニに強い物の怪が通りかかってくれぬものか……ぬ? この気配は……!?
ぬふ、ぬふふふ。これは神の采配か? 今日はなんと良き日かな。ここ6日間ぐらいの悩みが全て吹き飛ぶわ! まさかこんな都合よくこちらに向かってくる大きい妖力を持った物の怪がいようとは! その物の怪に何ができるかは知らぬが、これだけの妖力を持っているのならきっと大物に違い無い! どうやら邪な考えは無い様じゃし、邪気も感じぬ。良い、実に良いぞ!
ああ、早く来ないか。そして妾の悩みを是非とも解決してほしいものだ。ぬふふふ……。
「むっ」
「……どったの?」
「いや、なんか邪馬台国から邪な気配というか、嫌な予感というか……」
万が一の時は白亜になんとかしてもらいましょう。あの圧倒的物量は恐怖でしかありませんが、味方のなればこれほど頼もしい能力もありません。
「もしもの時は頼みますよ、白亜」
「……潰す?」
「いや、そこまでしなくて良いですよ。軽く捻る程度で」
「……うん」
まあ、私も白亜も能力に頼らずとも十分やれるのでそこまで大事には至らないでしょう。
邪馬台国に到着した訳ですが、特に怪しまれる事は無く、普通に歩いても問題なさそうです。能力はしっかり発動しているようですね。
しっかし、こうして改めてみると、ずいぶんとまぁ、ボロい住居ですね。昔の人間は石造りっぽい住居に住んでいたというのに。私が言うのもアレなんですが、もっと進化していても良いと思うんですがねぇ。
「お持ちしておりました」
「うん?」
「……」
邪馬台国の様子を怪しまれない程度に見ていた所、前方から他の人間とは明らかに違う上等な服を着ていますね。
「待っていた? どういうことでしょう? 自慢じゃありませんが、私は旅仲間以外の知り合いなど皆無ですよ。ましてやこんなところに待っていてくれるような知り合いもいません」
「……右に同じ」
「いえ、あなた達は疑いようも無く完璧に【卑弥呼様】がお待ちしていた方々です」
卑弥呼……?
(ココロ、誰それ)
(このクニを治めている女王ですよ。昨今では珍しい能力を持った人間です)
(……その人間が、私達に用?)
普通に考えたらおかしいんですよね。能力者ならむしろ私達の様なそれなりの力を持った妖怪は願い下げの筈。それなのに、待っていた? 何を企んでいる? 討伐するなら邪馬台国に入れる必要はありません。
むぅ分からん。一体卑弥呼とやらは何を考えて私達を招くのですか? 考えれば考えるほど訳が分かりませんよ。第一、人間が妖怪を歓迎するなど早々滅多にというか絶対にあり得ないんですから。……まあ、此処で悩んでも仕方ありませんね。
(……下手に疑うより、行動した方が良いかもしれません。白亜はいつでも岩を降らせられるようにしておいて下さい)
(……分かった)
「では、こちらへどうぞ」
……いや、別に良いんですけど、この目の前の人間は私達が拒否する事を考えていないのでしょうか? 有無を言わさないどころかまるで着いてくるのが当たり前の如く振る舞っていますね。それほどまでに卑弥呼は絶対的な存在なのでしょうか? ま、よく考えたらそうですね。この時代において能力のある人間は珍しい且つ貴重な存在であり、そんな人間が特別で無い訳ありませんものね。
ふむ、そう考えてみると案外招待されるのは悪い事ではないですね。なにせ、私の好奇心が満たされるのですから。私の生き様は興味、好奇心の向く方へとことん猛進する事ですからね。興味があれば何でもしますし、好奇心が湧けばどこにだっていきますよ。
妙に仰々しい作りをした屋敷の奥。そこに通された私達は、卑弥呼とやらの到着を待っていました。人(妖怪)を呼んでおきながら待たせるとは礼儀も何もあったものではありませんね。人間は増長すると舞い上がって調子に乗るのでしょうか?
「すまぬ、待たせたな」
沸々と人間に対する怒りが湧きあがる中、遂に私達を呼び出した張本人が現れました。矢鱈豪華な服を着て。
容姿は淡麗で、髪の色は烏天狗の翼を思い立たせるような黒。私の様な所々白髪が生えているような黒ではなく、それはもう立派な烏の濡れ羽色です。唇は薄いながらをぷっくりしており、赤みを帯びています。鼻筋はスッと通っており、目付きはその自信の表れかややつり上がって勝気そうな印象を与えます。
要するに何が言いたいのかというと、そこら辺にいる有象無象の人間よりも一線を画しているということですね。しかも、妖怪とは違った何やら特別な力を持っているようですし。
そして何よりも……考えが読めない。この卑弥呼とやらが何を考えているのかさっぱり分からないのです。心を隠すのがよほどうまいと見える。少なくとも、片手間では私の能力は通用しないでしょう。それこそ、本腰を入れなければ。
「妾がこの邪馬台国を治めている女王・卑弥呼じゃ。だが……お主ら物の怪にそんな片書きは無意味じゃろ?」
「よく分かってますね。ところで、今の人間は私達妖怪を【物の怪】と呼称するのですか?」
「今の人間? まさかお主たち、旧世代の物の怪か」
旧世代? また訳が分からない事を……。
ええっと、今の人達から見た旧世代、つまり大昔にあたりますね(あたりまえですが)。で、卑弥呼は『今の人間』という言葉に反応しました。つまり、自分たち以前にも人間がいたということを知っているということ。
この事から旧世代とはつまり、昔いたあの人間達がいた時の時代を指すのでしょう。まったく、私達妖怪からしてみれば昔なんていつの事だか分からないのですからもっと事細かく言ってほしいものです。
「そうか……あの偉大なる祖先様がいた時からの……ククッ、これはまたまた好都合」
好都合? やはり何か企みがあるようですね。ってか、何その物騒な笑い方。もしや邪馬台国に来る前に感じた邪気はあなたですか。クニを治める女王が邪気なんて出していいのかよ。このクニの未来が危ぶまれますね。
「それですよ。態々危険である筈の私達を招き入れて何がしたいんですか? 自殺志願者ですか? 悪いんですけど、生殺与奪は必要最低限しない主義なんですよ。面倒くさいんで」
「……必要に駆られたら遠慮なくヤル」
「流石物の怪じゃな。殺生に全くの抵抗が感じられんわ……。まあ、妾はちょっと術を使ってお主らを予め探っておいたのじゃ。探った上で、危険は無いと判断し招いたのじゃ」
「ほほう、つまりアレですか。私達は人間であるあなたが歯牙に掛けないほどの弱小妖怪であると?」
「……殺戮も辞さない」
だとしたら舐められたものですね。別に強さに矜持とかは持ち合わせていませんが、流石に人間ごとき(・・・)にそんな舐めた態度とられるのは不愉快ですね。下手すれば私の小指一本でも死んでしまう存在だというのに。
「そんな訳ないじゃろう馬鹿者が。大体、旧世代から生き続けている物の怪を弱いと豪語出来るとは何処の軍神じゃ全く……。妾がお主たちを視て、害意を持ってこのクニに近付いているのではないと分かったからじゃ。言うなれば……興味本位か?」
「……噂の妙な術ですか?」
「妙な、か。ククッ、物の怪に妙と言われるとはな。お主らの様な存在の方がよっぽど妙であるというのに」
「私達から見たらあなた達の方がよっぽど妙ですけどね」
「……フン、種族違いから来る見解の違いか。その辺り今度じっくり話し合ってみたいものじゃな」
話すとしたら白亜として下さい。両者の見解の違いなどどうでもいいので……ん? なんですか白亜。「面倒くさい」? 残念、卑弥呼は話し合う機会を永遠に失われましたね。
「話を戻すが、まあ、その通りじゃ。妾は鬼道の使い手でな。それでちょちょいっとお主らの様子や内情を見た訳じゃ」
「鬼道? あなた、神降ろしが出来るのですか?」
「随分博識じゃな。まさか知っているとは思わなかった。まあ、神などといった大それた者は降ろせんし、使役も出来んがな。神霊が良いところじゃ」
……ふむ、成程。先ほどから心に対する防御が堅いと思ったらそういうことですか。ぶっちゃけ、鬼道の事はよく知らないのですが、確か神霊や霊魂をその身に降ろしあれこれする能力だった筈。その事を踏まえて考えてみると、成程、道理で私の能力が効きにくい訳です。
―――この人、その身に二つの魂を入れてやがる。
そりゃあ心なんて読めないでしょうね。二つの思念がごちゃ混ぜになっているのですから。
「……まあ、鬼道とかその辺りはどうでもいいです。それより、私達を招いた理由を教えていただきたいのですが」
「む、そうじゃな。事は早ければ早いほどいい。では単刀直入に言うぞ」
佇まいを正し、元々強い眼光を更に強くする。その雰囲気に合わせて私も白亜も先ほどまでの空気を無くし、真剣に話を聞く態勢を整える。
「……頼む! 一生の頼みじゃ! 妾にその無駄に大きい力を貸してくれ!!」
正直、訳が分からん。




