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激しい雨音、人々の逃げまどう足音、建物の崩れる音、悲鳴、怒号。それらすべてが混じり合い、僕たち3人だけの空間へと入り込む。ただこの小屋の中だけは、外の世界と隔絶していると思わせるほどに凪いでいた。そう思ったのは、次第に大きくなっていくその音たちから耳を背けたかったからなのかもしれない。
小屋の入り口に、どこかの住居の壁だったであろう、大きな木の板が飛んできた。カーンと音を立てて割れたその板を見て初めて、外の惨状に目を向ける気になった。
まるで巨大な竜だった。青い鱗を全身にまとい、長い首をうねらせる。三本の爪と大きな水かきが付いた前足を踏み出すたびに、大地が揺れる。目は真っ黒に染まっていて、視界に入る者すべてを破壊せんとしていた。
1人、また1人。侵攻を食い止めようと果敢に挑んだ兵士たちが、小石でも蹴飛ばされたように空へと舞っていく。
「単体でかかるなっ……! 陣形を組みなおせっ!」
どこからかナイアの声が響く。だが彼女たちの攻撃のどれもが、竜の固い鱗にはじかれるばかりであった。
「退避っ! 退避っっっ!!」
兵士たちが前線を退くたびに、竜は家々を破壊して回った。そうしてついに竜は僕たちのいる小屋に、その長い首が届きそうなほどに接近していた。
僕は師匠とエルヴィアを両肩に抱え、逃走を開始する。2人分の重さを抱えた僕の脚は満足に動くはずもなく、後ろから避難してきたトリトニアンたちに次々と追い抜かれていった。
既に前線は崩壊し、侵攻を食い止める者もほとんどいなくなっていた。ナイアの必死の抵抗も、竜の手で軽くあしらわれるだけで虚しく吹き飛んでいくのが見えた。
そんな中、逃げまどう魔族たちに紛れて、彼らと反対方向に突撃しているトリトニアンの姿を見た。竜に比べればよほど小さい槍を片手に、彼は無謀とも思える突進を行っていた。
顔を見た瞬間、忘れるはずがない、と思った。それはついさっきまで師匠を、拷問に近い形で傷つけていたヤツだったからだ。名は確かヴォルク。彼は僕たちの真横を通り過ぎたが、目はまっすぐと怪物を見つめていたらしく、僕たちには気付いていないようだった。
振り返ると、彼は当然のごとく返り討ちにあっていた。槍は簡単に折られ、体は瓦礫の山に飛ばされている。それでも彼は立ち上がり、決死の突進を続けた。
竜は彼を邪魔者と認識したらしく、大きく爪を立てて引き裂いた。全身が鱗で覆われているトリトニアンではあるが、竜の爪を防ぐほどの防御力があるわけではなかった。
胸が割け、血が噴き出す。彼はその場で倒れこみ、動かなくなってしまった。死んだ、と思った。
傍観している場合ではない。とにかく逃げなければ。そう思って前を向きなおすと、確かに後ろから、ざり、と小さく土をひっかく音が聞こえた。
地に伏した彼の手が、わずかに握られていた。彼はまだ生きている。
────畜生。
気付いた時には、師匠とエルヴィアを肩から降ろし、憎きトリトニアンの元へと走り寄っていた。
────僕がもっと冷徹であれば、こんな事しなかったのに。
胸から血を流す彼を担いで、急いで立ち去る。
再び師匠とエルヴィアも抱きかかえ、歩みを進める。三人分の体重が乗った身体は、まるで僕のモノじゃないみたいに動かない。
牛歩のごとき歩みを続ける僕に、竜が追い付かないはずが無かった。
畜生。ナイアでもなく、寄りにも寄ってこんなヤツを救おうとして死ぬとは。なんて馬鹿なんだ。それにコイツは放っておいてもどうせ死ぬ。見捨てていれば、まだ僕たちだけでも助かったかもしれないのに。
ついに重さに耐えられなくなって、その場に膝をつく。僕にできることは背後から鋭い爪が降りかかるのを待つのみだった。
その瞬間。ヒュンと音を立てて槍が飛んでいく。それは竜の黒い右目ぎりぎりをかすめたようだった。竜が反射的に身を縮めたその隙に、額に十字の傷がついた彼は現れた。
「ネレウス……!」
「……そいつら意識がないのか! 俺も運ぶから急いで逃げるぞ!」
無我夢中で走っているうちに、どうにか、竜の射程から逃れることができたようだった。山の上には、逃げて来たであろうトリトニアンが他にも大勢いた。
「ナイアは……他の兵士はどうした!」
「恐らく、全員やられた……。一瞬の出来事だった……」
「くそっ。俺が住民を避難させてる間に……」
ネレウスは歯がゆいとばかりに土を蹴った。竜は未だに暴れまわっていた。
「俺はヤツを倒す。そうまで出来なくても、ヤツを退けなければ、仲間の救出すらできない」
彼はそばにいた住民から槍を受け取ると、それを構えた。
「……1人じゃ無謀だ。あんな奴に勝てっこない」
「じゃあどうすんだ! ナイアを、仲間たちを見殺しにしろってか!」
彼は僕の胸倉をぐっと掴んだ。彼自身にも、焦りといら立ちが募っているのが分かった。
「……作戦がある。僕にも協力させてくれ」




