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「師匠、本当に引き受けるんですか? あの頼み事」
「そうよ! 確かに気になるけど、そんな国の深い部分にまで部外者は入れないわよ」
僕とエルヴィアは師匠を引き留める。
「あの店主の目を見てしまったらな。もちろん、危険なのは重々承知しているが……」
「……はぁ。師匠が行くなら、僕もついていきますよ。もしかしたら本の手がかりも何か見つかるかもしれませんしね」
「わはは……。そうだな、ライリー。頼りにしている」
師匠は優しく笑った。
「え、なにその信頼関係、うらやましい。もちろん私も行きますけどね!」
エルヴィアは追いていかれまいと声を張った。
あの店主は僕たちに、かつての友人の生死を確かめてほしいと言った。彼も幾度か闘技場へ足を運んだ様だが、詮索を察した組員に殺されかけたらしい。おそらく顔も割れているから、今や近づくことすらできないのだろう。
闘技場に近づくにつれ、光り輝く外灯の数が増える。もうすぐ日が暮れるというのに、真昼のような気さえしてくる。
闘技場は大きなドーム型で、その入り口には昼間見た時とは比べ物にならないほどの魔族で埋まっていた。ガヤガヤとした喧騒が、青銅を打ち鳴らすような独特な楽器音で上塗りされている。
巨大な入口の上には、砂岩で出来た大きな像があった。舌をベロンと出した牛の生首が目下の僕たちを、まるでエサが飛び込んできたとでも言うみたいに、舌なめずりしながら嗤っている。
その不気味な光景に、思わず立ちすくむ僕とエルヴィア。それを先導するかのように、師匠は中へと歩を進めた。
それに続いて一歩足を踏み出した瞬間、むわっとする熱気が全身を舐めとった。
「これは………」
広大な敷地の中央にひと際大きな砂地がある。それぞれを一段高い所からぐるりと取り囲むようにして、観客席が敷き詰められている。
まるでコロッセオだ。魔族で埋め尽くされたその席からは、あるところでは歓声が、別のあるところでは悲鳴が聞こえてくる。
外の数倍はあろう喧騒に気後れしていると、真っ黒なスーツを着たバフォルグがコツコツと足音を鳴らして近づいてきた。立派な革靴を履いているようである。
「お客様……。魔族ではありませんね? もしかして……ニンゲンですか?」
速い、もう気付かれた。外の奴らには全く気付かれなかったから油断していた。
「危害を加えることも、迷惑をかけることもしない。だから入れてくれないか。ちゃんと入国証も持っている」
師匠はそう言いながら、銀色の紋章を見せた。黒服はその紋章を一瞥すると、やんわりと口角を上げた。
「いいのですよ、それが無くとも。もとより異種族の方は入れないなどというルールはありません。ただ……その古臭いローブ姿をお見受けした所、十分な軍資金を持っていらっしゃらないようだ。ココではそんなお客様には入場時に100万ホーン分のチップをお渡ししています」
黒服は金色のチップを数十枚握らせてきた。大きく厚みがあって、手のひらにずっしりと重みを感じる。
「そちらでご遊戯なさってください。……もちろんお帰りの際には利子をつけてご返却いただきますが」
彼の口角がさらに上がる。ついに臨界点を超えて、それは不気味な笑みと変貌した。
いつの間にか背後にあった出口には、十数人の黒服が立ち並んでいる。
もう逃げることは許されないらしい。
右の師匠をチラリと見ると、あらら、とバツが悪そうに笑っている。左のエルヴィアを見ると、あわわ、と目をグルグルさせて嘆いている。
はぁ……。どうせこんなことになるだろうなとは思っていたさ……。
「どうします、師匠?」
「大丈夫。それに目的は人探しだ。多少アテもあるしね」
師匠には珍しく考えがあるらしかった。しかしその考えがうまくいったことが過去に何回あっただろうか。
「私たち、もし利子を返せなかったらどうなっちゃうのかしら……?」
「たぶん“地下”行きだろうな」
師匠は地面を指す。
「イヤ! そんな日光の当たらない場所で余生を過ごしたくないわ!」
──ヴォォォォォッッ!!
突然、獣の咆哮が耳をつんざく。咆哮のありかは、すぐ中央の大きな砂地からだった。
『先日街を襲ったこの“魔族喰い”の獣。その名もグルム・ファング。各地で被害を出し続けていたあの個体です。我々はついに生け捕りに成功しましたァ!そして、この獣に挑む3人の勇者がこちら!』
照明が落とされた会場に、反響した声が響き渡る。
ボッという音と共にスポットライトが光る。照らし出されたのは、3人のバフォルグだった。ただ、街で見かけるバフォルグ比べて、かなり細身だ。身に着けた立派な銀の剣と、真っ白に光るマントとは対照的に、今にも溶け出しそうな、暗く虚ろな瞳をしている。
首に嵌められた鉄の輪からも、彼らが奴隷のような扱いを受けていることは、一目瞭然だった。
『さあ! 果たして勇者たちはこの獣に見事打ち勝つことができるのでしょうか! チケットはお近くの黒服までっ!』
拡声器の掛け声と共に、歓声が上がる。
ここでは魔獣と魔族が戦わせられているようだった。それを賭けゲーム程度にしか見ていない観客たちは、さすが魔族としか言いようがない。
観客には、もちろん同族も大勢いる。同族まで貶めてしまうその心は、どす黒い闇で満たされているのだろう。
「本当に戦わせるんですの……?」
エルヴィアは信じられない、という風に口を覆う。
「おや! そこの3人組の方々。勇者側は結構味のある倍率になってきてるよぉ?どうだい一口!」
紙切れの入った木箱を首から下げた黒服が近づいてくる。
「行こう、二人とも。こんな賭けに関わる必要はないよ」
僕たちの手を引く師匠は、悲しそうな顔をしていた。
「……そうですね。今は人探しに集中しましょう。あっちに下に続く階段がありそうです。そこへ行ってみましょう」
2人にそう声をかける。
しばらくすると、ゴングのような鐘が鳴った。その直後金属のはじける音と、唸るような悲鳴が聞こえてきた。それが獣の断末魔なのか、それとも奴隷のバフォルグなのか、考えたくは無かった。
会場の隅にあった、誰にも見向きされないような小さな階段。ちょうどバフォルグ1体分の幅だ。人間サイズであれば、2人ぐらいは横並びで降りられる。
師匠を先頭に、階段を下る。熱気と喧騒がだんだんと遠のいていくのが分かった。
しばらく降りた後、ちょうど中央観客席の真下にあたる、人通りのまったくない通路で、ソレを見つけた。
ここよりさらに地下に続く暗い階段。サビた鉄格子がはめられており、固く閉ざされている。そこから湧き出る暗く重い空気によって、まるで地獄の入り口のように感じられた。
「……!そこで何をしているのですか」
突如曲がり角から現れた黒服のバフォルグが迫る。
「すまない、道に迷ってしまって」
師匠は咄嗟に応えた。
「……お戻りなら横の階段から」
黒服は僕たちをじっと見つめる。
「邪魔したね。すぐに戻らせてもらうよ」
一度退避しようと、さっき下ってきた階段に足を掛けると──
「いや……戻る必要はなさそうですね……」
彼は冷たくつぶやいた。
「ニンゲン3匹がここに入ってきたと、上から報告を受けました。聞けば、金貸しを利用したそうですね」
最初に渡されたチップのことだろう。利用した、というよりさせられたのだが。
「あれは1分で10%の利息が付くことにします《・・・・・・・・》。あなたたちがここに入ってから既に十数分経過している。今の返済額は最低でも200万ほどでしょうかね」
「……付くことにする? ふざけてるのか!」
師匠は言い返す。
「そして今、あなたたちに支払い能力はないと判断しました」
彼は淡々と続ける。抑揚が全くないその声に、不気味さを感じる。
「そんな暴論……。待ってくれ、話を聞いてくれ!」
「“今”、“私”が決めました。あなたたちを連行します」
黒服はすっと指を上げた。
するとゾロゾロと大量の黒服バフォルグ現れ、あっという間に僕たちを囲んだ。
「安心してください。きっと良い奴隷になるはずです。大人しくしておけば、丁寧に連行してあげますよ」
黒服がパチンと指を鳴らすと、バフォルグが一斉にとびかかってきた。
「待って、2人には手を出さないでくれ──」
1人の懇願と、2人の抵抗もむなしく、頭に衝撃を感じると、視界が黒く染まっていった。




