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16ページ目

 種族の多様さは、僕たちにとって救いの手となった。容姿が人間に近い種もチラホラいるようで、顔をジロジロ見られなければバレることは無い。ただ、僕たちの古びた旅着たびぎ姿は浮いているらしく、直接声をかける者はいないが、遠巻きながらチクチクとした視線を感じる。


「ねえライリー。突然襲われたりしないわよね……?」


 エルヴィアは相変わらずビビりっぱなしだった。


「保証はないけど……」


 握りしめた銀の紋章を見る。このちっぽけな補償でも、無いよりはマシだ。


 そんな会話をよそに、師匠はお眼鏡にかなう店を見つけた。


「ここなんて良さそうじゃないか?」


 窓にかけられた赤と白のストライプ柄の日よけ幕、木戸にはリング状の葉っぱが飾られている。小さな窓から店内を覗くと数人のバフォルグが食事をしていた。彼らが手に持っているのはサンドイッチのように見える。確かに僕たちでも安全に食べられそうだ。


 入ってみよう、師匠はそう言って扉を開けた。


「いらっしゃ……!」


 店の奥から元気よく発射された言葉は、僕たちの姿を見た途端に減速していった。


「……なんだ角なしかよ。お前らに出す飯はねぇ、とっとと帰んな!」


 バタンと扉を閉められる。


「……なるほど。別種の魔族同士が共同生活なんてできるのかと疑問でしたが、こういう区別はあるみたいですね。諦めて別のところを探しましょう」


「う、食べたかったのにな……」


 師匠はがっくりと肩を落とした。


 その後も何件か店を巡ってみたが、どれもが門前払いだった。


「なんだその軟弱な身体は。ヒレの一つでも生やしてから来な」

「帰れ。たったの腕2本ぽっちじゃ、ウチの飯は食えねぇよ」

「オイオイ、絶対に入るんじゃねぇぞ。そのくせぇ臭いで店のモンが全部ダメになっちまうぜ」


 そのどの店も僕たちとはかけ離れた姿の魔族が運営していた。


 扉を開けては一蹴されるというやり取りを繰り返すうちに郊外まで来てしまった。中心部の近代めいた直角の建物も見えなくなってきて、辺りには砂岩で出来た古びた建物が大半を占め始めた。むしろこっちがこの国の本来の姿と言われた方がしっくりくる。


「まだ、まだ諦めないよ、私は!」


 師匠は拳を握りしめて、ずんずんと歩みを進める。


「あなたの師匠っていつもこうなの?」


 エルヴィアは僕の耳に手を添えてささやいた。


「まあね……。変人だからさ」


「魔界に来ようとするような人だものね。あなたも大変ね」


 エルヴィアは慰めるように、僕の肩をポンと叩いた。


「ん? この店すごくいい匂いがする!」


 師匠はまた歩みを止めた。


 確かに、香ばしい匂いだ。肉の焼ける匂いとスパイスのような匂いが混ざっている。匂いのもとを辿ると、路地裏にある小さな建物を見つけた。欠けと傷が目立つ黄土色の砂岩で覆われたその店は、まるで古代遺跡の入り口のようだった。


 こんどこそ、師匠はそう言って扉を開けた。


 サビれた店内に客は1人もいない。こぢんまりとした厨房に、白いコックコートを着た一人のバフォルグがいるだけだ。


 彼は僕たちを一瞥すると、あごをクイとあげ、角の小さな席に座るよう指示した。店員はバフォルグだが、ここは他の種族も受け入れているのだろうか。


「やった……! ついに食べられる……!」


 師匠は小さくガッツポーズした。


 傷ついた丸テーブルに、バフォルグ用の大きな椅子。それも使い古されていて、腰かけるとギィと鳴った。店内もかなり古びた様子で、特に手入れもされていないようだ。黄ばんだ壁にはべったりと油がしみ込んでいる。


 メニューはない。店主が調理を始めた所を見るに、出す料理は決まっているのだろう。


 予想通り、しばらくすると、店主が料理を運んできた。


 大きな骨付き肉。豪快に焼き上げられたソレは、鉄板の上に乗せられており、肉汁が滴るたびにじゅわりと蒸発した。さらにかぐわしいスパイスが全体を覆っており、鼻腔をこれでもかと刺激する。


 外で嗅いだ匂いと同じだ。目の前に差し出された料理に、ゴクリと唾を飲み込む。全員の分が出そろったのを確認した後、我慢できないとばかりにエルヴィアが手を伸ばす。それに続いて僕と師匠も肉塊を口に運ぶ。するとすぐに刺激的なうま味が肉汁と共にあふれ出る。


「美味すぎっ……!」


 笑みがこぼれてしまう。


 師匠とエルヴィアの反応も、似たようなものだった。


 バクバクと、まさにそんな擬音が似合う。お互いに会話を交わすことなく、夢中で食べ進めた。


 ふと気が付けば、最後のひとかけらになっていた。名残惜しくも、最後を楽しもうと口に放り込む。


「……ずいぶん旨そうに食うんだな」


 腕組をしながら静観していた店主が口を開いた。


「だって、本当に美味しかったので」


 急に話しかけられたことに驚きつつも、本心でそう応える。師匠とエルヴィアも、うんうんと頷いた。


「お前らなんていう種族だ。人型で俺の料理が口に合う奴は珍しい」


「人間だよ。とある本を探して、魔界を旅しているんだ」


 師匠はあっけらかんと応えた。


「ちょっと、なんでそう毎回正直に答えるのよ!」


 エルヴィアが慌てて師匠の口を押える。師匠はむぐ、とくぐもった声を出した。


「ニンゲン、ダァ……?」


 店主の牛顔が歪む。これはまずい気がする。


「殺される前に早く逃げましょう……!」


 二人の手を引いて、入り口へと向かう。代金を置いていくべきか一瞬迷ったが、そんな律儀な思考はすぐに脳の奥へと消えていった。


 扉に手をかけた瞬間。


「思い出しちまったじゃねぇか……」


 店主の寂しそうな声が小さく響く。扉を開ける手が止まる。


「もう何年も前だ。お前らみたいに、俺の飯をうまそうに食うヤツがいた。あの嬉しそうな顔は今でも鮮明に覚えてる。バフォルグのくせにナヨナヨしてて頼りがいの無いヤツだった……」


 彼は天井を見上げて、思いを馳せるように言った。


「その人は、今は来てないのか?」


 師匠は店主の方へ振り返って尋ねた。


「アイツはお人好しすぎるんだよ。だから連れていかれちまったのさ、“地下”に」


「地下?」


「ああそうか、知らないのも当然か。……説明してやる。座りな」


 彼はまたもや顎をクイと動かし、僕たちを席に戻らせた。そして彼自身も僕の傍にドンと腰かける。下敷きになった椅子からは悲鳴に似た音が漏れ出たが、その衝撃を何とか持ちこたえたようだった。


「この国の中心部には、それはデケエ闘技場がある。そこで負けに負けたヤツが行き着く場所。それが“地下”だ」


 彼は太い指を一本立て、地面に向けた。


「アイツには借金があった。人助けと称して、ツレの借金を肩代わりしてたからな。そして案の定裏切られた。自業自得だ。金貸し共は返済の目途が立たないと分かると、アイツを闘技場まで引っ張っていきやがった。そして一発逆転のギャンブルに参加させて、アイツは負けたのさ」


「ひどい話ですわね……」


 エルヴィアはそっとうつむく。


「もともとあの闘技場は国の戦士を決める神聖な場所だった。だが戦争で名のある戦士が死んだのをいいことに、無能な上層部どもはそれを金儲けに使い始めた。改装と増築を重ねていった結果、今じゃどこにも引けを取らねぇ大都市だ。連日連夜、異種族たちでわんさか溢れてる」


 郷愁と怒りの混じった声で彼は歴史を語り続けた。


 闘技場の改築案は長年あったが、それに反対意見を唱えていたのが国の伝統を重んじる派閥のバフォルグたちだったらしい。彼らはその忠義を持って戦争に挑み、名誉のために進んで死んでいった。だから戦争が終わった後は反対意見を出す者自体がいなくなったという。なんとも救いの無い話だった。


「あそこはまさに無法だ。国はどんどん金を搾り取っている。借金を抱えたヤツ、自暴自棄になったヤツは容赦なく飲み込まれる」


 彼は眉間にしわをよせる。分厚い皮膚がじゃばらに折りたたまれる。


「……お前ら、1つ頼まれてくれねぇか。どうかお人好しのアイツを、モウジャックを探してきてほしい。」


 彼は目じりをぐっと押すと、真剣な目で僕たちを見つめた。


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