22話 使えないあたしのアイドル
母親の声で過去の出来事に意識を向けていたあたしは我に返る。
手のひらは汗に塗れて気持ち悪い。
一発逆転させたいなら勉強に集中させるべきではないか?
そう言ってやりたいのに言葉は喉に引っかかって出なかった。
きっと本能的に拒否しているのだ。
「ママはなんで世奈ちゃんがこんな風になっちゃったのかわからない。1番わかるのは世奈ちゃんなんだよ?」
「……はい」
「原因を調べて解決すればきっと元通りになる。いつもパパ言っていたでしょ?効率的にやれって」
「…はい」
反抗的だった時のあたしが、今のあたしを見たらどう思うだろう?
情けない、立ち向かえ、凛奈を思い浮かべろ。
きっとそう言うはずだ。
でもそれは暴力というトラウマを植え付けられてない時のあたしが言えること。
母親にとって気に入らない回答や態度をとれば拳と蹴りが飛んでくる。公共の場である運動公園でも人目が無ければ遠慮なく振るってくるだろう。
だから否定の返事なんて出来ない。凛奈を思い浮かべたってこの前の出来事が脳裏を過ぎる。
今のあたしには支えてくれる存在がいない。
「と、とりあえず、店長に確認して……みます」
「ありがとう世奈ちゃん。ママも頑張るから一緒に頑張ろう?」
「はい…」
「学費払えなくなったらそれこそ大変だからね。根本的な問題は2人で解決して、勉強は世奈ちゃんが頑張る。これで行こうね」
……あたしはこうなってしまったことを凛奈のせいとは思ってない。
仕方なく従っている今でも両親の教育はおかしいと認識していた。
凛奈はあたしの思考を変えて支えてくれた存在。全ては強く恋焦がれてしまったあたしが生んだ結果だ。
でも今回は本当に頑張れるのだろうか。
ずっとあたしを支えてくれた凛奈は本当の凛奈ではない。対応のために作られた性格だ。
あたしと凛奈が出会ったのは、あの人が20歳の時。きっとその頃には模範的キャラが染み付いていたはず。もう変えられない状態にまでなっていただろう。
そんな中、花火大会の時に聞いた凛奈の本心。それを知ってしまった17歳のあたしはあの人を支えとして使えるのだろうか。
「世奈ちゃん」
「は、はい」
「ママは信じてるからね」
母親の瞳は強く光ってあたしの姿だけを目に映す。黒目には怯えるような表情のあたしが反射していた。
勉強、学費、勉強…。やることは決まっているのにこの先が真っ暗で見えない。
「……はい」
今のあたしには誰の声も、姿も、浮かぶことはなかった。




