部屋探し
第24回新風舎出版賞、3次審査落選作品(笑)
私は朝食を作ろうと冷蔵庫を開けると、中は牛乳と長ねぎだけだった。―・・・しょうがないなー―私は、買い物に出掛ける事にした。
部屋の扉を出ると、鍵をかけ、私は透明なビニール傘をさし、小雨が降る中を歩き出した。私のアパートの100m先にはコンビニがある。しかし、私はそこを素通りし、更に歩み進めた。少し歩くと、不動産屋が目に入った。―あの時は、どうもお世話になりました――
引越しをするにあたって、一番楽しい時が、“部屋探し”だろう。自分も初めての事だったので、少し大人になれたような気がして、とても楽しかった。自分は、出来る事なら全ての物件を見て、その中から選びたい性格なので、とにかく、近所の不動産屋を全て廻ってやろうと思っていた。
まず、初めに訪れた所は、近所で一番大きな、ちょと名の知れた不動産屋さん。親切・丁寧な接客で、とても好印象だった。早速自分の条件を言うと、「それでしたら、いい物件があるんですよ〜」と、―どんな物件であろうと、初めは、みんなに同じ事言うんじゃないの〜―と、笑いそうになったが、物件の資料を見て、その言葉に嘘がない事を確信し、そして驚いた。それは、自分の想像以上の良い物件だったからだ。もちろん、自分の予算内。「決めます!」と、思わず言いそうになったが、そこは冷静になり、「まだ他の不動産屋さんも見て廻りたいんで」と、本当はめちゃくちゃ気に入ってるのにも関わらず、それを耐え、「そんな物件ごときじゃ、この俺を満足させられねーな」と言わんばかりに低い声でクールに決め、相手にプレッシャーをかけてやった。と、不動産屋さんが、「この物件は、かなり人気物件なので、直ぐ決まってしまうかも知れませんよ。この間も、遠くの方から何人か見に来られましたけど」と、逆に自分bにプレッシャーをかけ、「え!?わ、分かりました〜↑」と、声が裏返りながらアタフタし、この物件を相当気に入っているという事を不動産屋さん側に知らしめるリアクションをしてしまっていた。ほんの数秒までは、自分>不動産屋だった図式が、あっという間に、自分<不動産屋に切り替わってしまっていた。焦った自分は、それから他の不動産屋を廻りまくり、さっきの不動産屋を含め、次の日曜日に3つの不動産屋さんに時間をずらして1つずつ物件を内見させてもらうという、トリプルブッキングという小生意気な事をしでかした。
次の日曜日になり、まず、わたくし一押しの初めに行った不動産屋さんの物件の内見に行く。そこの物件はアパートで、駅から近く、不動産屋さんも駅前なので、そこから不動産屋さんの車に同乗し、1〜2分で到着した。自分の場合、自動車通勤なので、駅から遠い近いはさほどこだわってはいなかったが、遠いより近い事にこした事はない。その不動産屋さんの担当の人は、自分より年下だと思われる青年で、その年でしっかりしてるなーという印象の好青年だった。車を降りると、その外観に感動。更に2階の部屋の中に入ると、無意味にインターホンのテレビモニターまで完備されている。それは自分のこだわりには入ってないよと、なんと、そのうえスイッチ一つでお湯が出るというシステムもあるというじゃないか。しかも、温度設定もスイッチで出来るときやがる。そこの時点で、その好青年に、「よろしくお願いします」と先走りそうになったが、なんとか耐え、「中々いいですね」と淡白に受け答えしていた。しかし好青年は、とっておきの武器を隠し持っていた。好青年は、部屋の奥に行ったかと思うと、突然、雨戸を開け放ち、それと同時に眩い光が自分の顔に降り注いできた。突然の事で目がくらんだが、徐々に目が慣れていくと、そこには、2階から見渡す素晴らしい景色が待っていた。周りには建物が無く、少し先に林があるだけの、眺めでいうと最高の景色だった。そんな景色を見とれている自分に、「景色も最高ですよ。南向きですし、日当たりも抜群です」と好青年は、実にタイミング良く、かつ爽やか口調で言い放った。一方、自分の口は半開きで、「これからお世話になります」と、また先走りそうになったが、他に2つの不動産屋さんの物件の内見もあったので、「考えさせて下さい」と言い、次の不動産屋さんに向かった。
2つ目の不動産屋さんの物件はマンションだった。写真を見せてもらった限りでは、とてもキレイだったので、ある意味初めの物件以上に期待をしていた。そこの不動産屋さんの担当の人は、自分と同年代位の女性の方で、その人の運転で物件へ向かった。そこは駅から少し離れていたが、外観は初めの物件同様とてもキレイだった。部屋の感じもさほど変わらなく、お湯が出るシステムも完備されていたが、決定的に違ったのが、窓から見える景色だった。そこの窓を開けると、そこは隣の家の壁があるだけど、とても景色と言えるものではなかった。それに、初めての一人暮らしで、いきなりマンションというのは、自分自身に許せない所があるように思えた。
3つ目の不動産屋さんの物件の内見の頃には、自分のテンションは下がっていた。“初めの物件以上の物はない”既にもうそれを確信していたのかも知れない。失礼だったが、そこでの不動産屋さんの話は、上の空だった。
そして、何日か後、初めの不動産屋さんに電話をし、そこで契約する事を告げた。結局、不動産屋廻りで、一番初めに訪れ、一番初めに紹介された物件に決まった訳だから、不思議な巡り合わせだ。
契約の日には、40万円位の現金を持っていったが、どうしてああいう時はドキドキするのだろうか。このお金をどこかに落としてしまうんじゃないかと、物事を悪い方、悪い方にもっていってしまう。それどころか、周りの人間全てが怪しい奴に見え、どいつもこいつも自分の40万円を狙っているような錯覚に落ち入る。自分が40万円という大金を持っているのを誰も知らないのに。むしろ、そんな挙動不振な自分が一番怪しかったのかも知れない。
契約は、とにかく自分の名前と印鑑地獄だった。「もういいじゃん」と飽きてきた頃、ようやくそれらも終わり、晴れて契約となった。
続く...




