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青春とは大人になるための準備である。  作者: 赤枝しゅん


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プロローグ  青春は清楚系、もしくは情熱系、はたまたガリ勉系?

 潮風の温度が優しさを孕む頃、海沿いに位置するこの町の新たな一年が始まる。

 高台にある秋城高校あきしろこうこうに辿り着くにはこの長い一本道の坂を登る必要があった。

 新年度。

 入学式を前に様々な想像を膨らませ、この坂を登る新入生は誰一人、辟易とはしておらず誰しもが何かしらの希望に満ちたような表情をしている。

 それもそのはず。

 この町には海も山も川もある。日本の四季をこの町に居るだけで全て楽しめてしまいそうなロケーションに加えて、今から三年間通う事になる秋城高校は学力日本一、難関大学進学率日本一で、正に選ばれた者が通う、輝かしい未来への切符を配っている高校なのだ。

 よって、この高校はガリ勉君には大人気。しかも勉学以外にイベントも多種多彩で、その数も多く、卒業生みんなが口を揃えてここを選んで良かったなんて言うもんだから普通の人にも大人気。

 ただ、受験する人は限られていた。

 何処よりも人を選ぶこの高校は並大抵のガリ勉では合格出来ない。

 ここを受験する者は必ず一度は神童だなんて呼ばれた事のある人達ばっかりだと聞く。

 それでも、ガリ勉は夢を見る。

 勉強しか出来ずに、中学では浮いた存在だった。しかし、ここに入れば例外無くみんな志は同じ。ならば浮く事は無い。しかもイベントも多彩。

 ここなら何となく諦めていた淡い青春が送れるかも知れない。いや、送れる!

 何故なら、ここの校内カップルの多さもやはり日本一なのだから!

 未来を約束された者同志で楽しいイベントを沢山行うのだから当然と言えば当然だろう。

 他を見る必要がないのだ。この町で、この高校で見つかるのだから。必要ないのだ!

 と、言う訳で説明が長くなったけど、僕は今日からこの高校に通う。

 理由は前述した通りだ。あれは、ほとんど僕の事。クラスで浮いていて、神童と呼ばれた僕は、わざわざ母の妹である晴子はるこ伯母さんのところに居候してまでこの高校へ通う事にした。

 そうでもしないと、僕はずっと浮いたままだっただろうから。僕だってまだまだ少年だ。人並みの青春を送る権利がある。何なら人並み以上の。

 そんな本音を言わずに、とってつけた理由でも、親がすんなりここへの受験を許してくれたのは、僕の浮きまくった学力ともう一つ、母も晴子さんもここの卒業生だという事が効いていたのだろう。

 この坂を登っている皆の顔は晴れやかだ。

 この坂の向こうには希望しか無い。

 遠くに見える青天に映えた真っ白な校舎はまるで雲の城。

 僕らは選ばれた民。

 天空の居住者となるのだ。

 ……なるのだけど。

「な、なんかチャラチャラした奴多くないか……?」

 僕の表情は早速、浮いていた事だろう。

 思わず、一人言を呟いてしまう程にみんなの雰囲気が予想と違う。

 今時、学ランとセーラー服という古風なスタイルなのに、僕のように制服を『制服』としてキッチリ着こなしている奴は見受けられず、みんなそれぞれ自由に着崩していたり、何なら髪の毛を染めている奴も多い。

 おかしい。確かに校則が緩いとは聞いていたけど、ここはスーパーガリ勉が集う高校のはずだ。それなのに僕のようなエリートガリ勉が全く見つからない。みんなどちらかと言うと何も考えていないような雰囲気というか余裕というか……そうか!

 これってもしかして、俗に言う天才達か?

 それなら合点がいく。天才とは生まれ持った卓越な才能によって、この世に生を受けた瞬間から、スタートの位置から常人を突き放している為に余裕があるのだ。

 そしてその差は埋まる事なく、どんどん開き続ける為に天才はどんどん他の事に脇目を降る余裕ができる。ウサギと亀の話のように。

 ただ、現実は世知辛い。ウサギは色んなものに興味を持つが立ち止まる事はない。どんどん吸収して差を開いて行くのだ。

 だから、天才はこぞってこういった格好をしている場合が多い。楽しんでいるのだ。

 人生を。青春を。

 ふ。まぁ良い。そんな天才ゾーンに巻き込まれてしまったのは不運だが、それも教室に入ればおしまいだ。天才は希少だから天才なのだ。

 つまり、これはほとんど奇跡に近い状況なのだ。

「……まーす!」

 僕が強引に状況の整理をしていると、いつの間にかもう学校の近くまで来ていて、同時に少し離れた所から変な声が届いた。

 近づくにつれ、その声はハッキリとしてきて、校門近くまで来るとその内容も正体もしっかりと確認出来た。

「新入生の皆さん! おはようございます!」

「はよーございまーす!」

 それは風紀委員による朝の挨拶運動だった。何故、風紀委員とわかったのかは腕にそう書いてある腕章をしているからだ。それよりも……。

「おー……」

 僕のように小さく感嘆の溜め息を漏らした男子は少なくなかったはずだ。誰もが注視しているその女子二人は紛れもなくそこら辺には居ない美女だった。

 一人は清楚系。

 真っ直ぐな黒髪を肩まで伸ばして透き通るような肌に均整の取れた体型。セーラー服を着る為に生まれましたと言ってもはばからない全身から漂う清廉さ。そしてスラッとした手足から漂う儚げなフェロモンは、その凛とした目つきと相乗して僕達の視線を逃してくれない。

 もう一人はスポーツ系。

 茶色く染められたショートカットは一見、チャラそうに見えるが何よりその太陽のように明るい笑顔はヒマワリのように愛らしく、そしてその思わずネイティブの発音で「ナイスバディ!」と言ってしまいそうな体つきは大人そのもの。真っ白なポロシャツのタイトなラインは中学を卒業したばかりの僕らには刺激的過ぎる。少し短めなスカートから覗かせる妖艶な太ももも挑発的だ。誘ってるんだ。誘ってるんだな?

 清涼感溢れる清楚と情熱たっぷりの快活は、何故か二人ともトラメガを使って朝の挨拶をしていた。

 あの変に輪郭なく割れた声はこれが原因だったのか。

 この距離では必要ないと思うんだけど。それに至近距離で使われると清楚系が普通に挨拶していても語尾に「!」が付いてしまう音量になる。情熱系は元々声がでかいみたいで挨拶する度にハウリングを起こしていた。その度に笑っていた。あなたは完全に必要ないだろうそれ。

 このおかげで、もっと見蕩れていたいのに、立ち止まる事も出来ず、みんな歩く速度を落とす事なく頭を下げながら校内に入って行った。もちろん僕もそうしようとした。

「あ! 君!」

 ピーン! とハウリングが起きる。みんな一斉に耳を塞いで、足を止めると清楚系がゆっくり歩き出す。みんなの視線をその身に受けながら。真っ直ぐ僕を見て、歩く。

「君!」

 今度は普通に声を出しているんだろうけど相変わらずトラメガ越しなのですごくうるさい。しかもこんな至近距離で使われると鼓膜が破けるんじゃないかと心配になる。

 しかし、その清楚系は僕を下から上へ舐めるように見ると、その冷涼な目元を緩ませた。

「靴は学校指定のローファー! ズボンの丈はピッタリ! 学ランボタンも最後までとめていて校章も付けているわね! 鞄も指定はないものの推奨されているものを使用! 髪型も適度に短くスッキリと切りそろえられていて前髪を流しているから表情も分かりやすい! 君こそ秋城高校の模範の形と言えるでしょう! 皆さん彼に拍手を!」

 何が何だかわからないまま、僕はスーパーガリ勉スタイルを隅から褒められ、まばらな拍手を送られた。目のまではニッコリと笑う清楚系。冷静に分析されたのにトラメガを使うからほとんど怒られているようにも感じたが、どうやら僕はこの風紀委員に表彰されたらしい。

 後から来た人も取り敢えず立ち止まって拍手を送るもんだから次第にそれは盛大になって行って、僕は拍手の渦に呑まれた。

 ……そして逃げるように走ってその場を去った。

「な、何だ! 何なんだあれ!? いきなり何が起こってるんだ!?」

 僕は自問自答しながら校舎に向かって走る。いきなり起こったハプニング的イベントに頭がついていかない。表彰されるのは慣れているのに、あんなのは初めてだった。

 走る背中にかけられるようにまた、あの挨拶の声が聞こえていた。



 昇降口について、壁に張り出されたクラス分けを確認する頃には落ち着きを取り戻していた。

 息を整えながら、もしあれで僕が眼鏡をしていたらそこも褒められていたんだろうかと考えられるくらいには回復していた。

 一年一組。覚えやすいクラスに振り分けられていた僕は自分のクラスの下駄箱で靴を履き替えて教室へと向かう。

 少しだけ騒がしい校内に目を向ける事なく僕は廊下を歩きながらさっきの事を思い出していた。

 あの風紀委員二人。やっぱりとんでもなく可愛かったな。特にあの清楚系。間近で見れば見る程、その美しさは際立っていて、真っ直ぐ見つめられたその涼しげな瞳に吸い込まれてしまいそうだった。しかも、あの笑顔。あれは反則だ。明らかに僕に、僕だけに向けられたあの笑顔はもう脳裏に焼き付いて離れない。多分、一生忘れられない。

 文字通り射殺されてしまった。あの技は百発百中に違いない。

 ……彼氏とかいるのかな? いるよな。じゃああの情熱系なら……あれこそいるよな。

 僕は何だか心の内から湧き出る憎悪と頭に広がる希望が混在していてちょっぴり錯乱状態になっていた。

 あの笑顔を独り占めにしている奴を妬み、あの体を独り占めしている奴を嫉み、そしてもしかしたら僕もこの高校でそんな誰かを独り占め出来るんじゃないかと言う希望が根拠もなく湧き出てしまっている。これが入学式マジックか。

 僕の中で僻みや希望が湧くなんていつぶりだろうか。やっぱりここへ入学して良かった。

 願わくば、またあの二人にお会いしてみたいと思う。そして叶うなら少しだけで良いから会話をしてみたい。

 トラメガを使わずに本当の声を聞いてみたい。だなんて思いながら足取り軽く僕は一年一組の教室を目指した。




















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