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死に方くらい選びたいでしょう?




「本日は『新・安楽死法』が始まってから5年が経過しました。当時は若者の駆け込みが多くて大ニュースになりましたよね」

「はい。しかし、結果として自殺者が減少しました。こちらのグラフをご覧ください」


 ニュース番組キャスターは、右肩下がりのグラフを見せながら話を続ける。


「この『自殺者』というのは安楽死希望者も含んでいるんですか?」

「はい。安楽死希望者で実際に安楽死された方も“自殺”という括りで統計を取っています」

「それは、自殺者の方がこぞって安楽死をした後で、相対的に減ったのではないのでしょうか」

「いえ、そうではありません。まず安楽死場でのひとりひとりへの丁寧なカウンセリングを行い、生活困窮者を社会福祉へのパイプを上手く繋げられたことで、自殺を考えるほど絶望している方を支援へと繋げられたのが良かったと思います」

「なるほど」

「結果として、日本全体での自殺自体の件数は減ったんです。安楽死場は人生の最後の砦になったということですね」


 そこで、太っていて偉そうな出演者が横やりを入れた。


「まぁ、こんなことを昨今言ったら大炎上するんでしょうけど、自殺者って社会にとってかなり迷惑でしたからねぇ。一昔前は電車に飛び込んだり、行方不明になって何年も経って首吊り死体で見つかったりね、ひとり自殺すると死に方によってはそこに莫大なお金がかかっている訳で。それが減ったっていうのはかなり良かったと思いますよ」


 その発言に他のニュースキャスターは苦笑いを浮かべて話を適当に流した。


「それに、臓器移植のドナーも見つかりやすくなったり、死体の有効活用っていうかね、安楽死場で安楽死した場合は鮮度がいいですし、死ぬ前に健康診断もしますから。安全な臓器や血液が手に入りやすくなって、海外まで行って臓器を移植するということもなくなったらしいですね」

「そうですね。そこは反対派の意見も強いですが、それも強制って訳でもないですので。勿論、臓器提供したくない方はしないままにできますから」

「安楽死場の隣に火葬場が併設されてますし、特殊清掃も必要ないですから、いいと思いますよ。東京だけではなく、各地にも安楽死場を作るという案が出てるらしいですね」

「そうなんです。安楽死場は完全予約制ですので、予約待ちの方が結構いらっしゃるんですよね。しかし、その反面、安楽死教会から根本的な“死にたい原因”を解決する為のアプローチがあって、約8割の方がそこで自殺を踏みとどまることができているんですよ」


 その8割という言葉に、スタジオはざわめいていた。


「東京にしかないんですが、大阪や福岡、北海道にも安楽死場を作るという案が出ているらしいですが、自殺者は減っているのに何故増設が必要なんですか?」

「安楽死場という名前だけ聞くと、安楽死をするだけの場所ではないんですよね。まずカウンセリングが入りますから、結構そこで時間がかかるんです」

「『命の電話』とかじゃ駄目なんですか?」

「『命の電話』というのは自殺を防ぐための電話じゃないですか。安楽死場は死ぬための場所なので、少しニュアンスが違うんです。安楽死場は“死にたい”という気持ちは否定しないんですよね、生活のアドバイスはしますけども、本人の強い希望があれば最終的に確実に安楽死できるわけですから。それに、電話と対面だとかなり希望者の方の受け取り方も違いますし」

「『旧・安楽死法』は不治の病で苦しんでいる方限定でしたけど、なんで『新・安楽死法』で成人後なら誰でもという条件に拡張されたのでしょうか」

「若者の自殺が過去最多を更新し続けたことも背景にありますね。どこにも居場所のない子供たちが駆け込む場所を作ろうという意図もあったようです。とはいえ、成人までは保護者の同意が必要ですけれども。そこはまだまだ問題ですね。子供の安楽死を認める親も少ないですから」

「中には虐待を繰り返している親が安楽死に反対するということもあって、それも大きなニュースになりましたね。そこから児童相談所に繋げるということもできるようになったのは良かったですが」

「結構まだ批判的な意見の方もいますよね。特に先ほどもおっしゃってましたけど、自分の子供が安楽死を選んだ親御さんとか、後は倫理的に問題があるという反対の過激派の方々とか。安楽死場に爆破予告が届くなんて日常茶飯事になってましたよね」

「今は入場する方全員に身体検査、持ち物検査を徹底していますからね。安楽死場に刃物を持った人が入ってきて大騒ぎになったことも何度かありましたし。とはいえ、爆破予告があまりに届くので、安楽死場に最新の爆発物検知器が投入されて建物のスキャンが簡単になって解決しましたね」

「昔から爆破予告ってありますけど、本当に爆破する人は予告なんてしませんから。サスペンスドラマの見過ぎですよ」


 そこで「はっはっは」と現場での笑いの声が流れる。


「大規模なデモもありましたね」

「そうですね。過激派の人が実際押し入って来たりもしました」

「そのときは凄かったらしいですね。安楽死場に来てた希望者の方が“死に方に口を出される覚えはない!”って対抗した動画が拡散されて、かなりの論争がありましたね」

「そうですね。そこで、今回は実際に安楽死場で安楽死の実行待ちの方をスタジオにお招きしてるので、お話を伺って行きましょう」


 そこで現れた人はシルエット的に恐らく女性の方であった。

 全面すりガラスで姿は見えない状態になっており、声も肉声ではなくボイスチェンジを用いての参加形式であった。


「ここでは仮に“A子さん”とお呼びします。よろしくお願いいたします」

「はい、お願いします」


 ボイスチェンジのせいで音声が聞き取りづらかったが、テロップが表示されていたので何を言っているのか読み取ることができた。


「失礼ですが、現在のご年齢はおいくつなのでしょうか」

「年齢は……26歳です」

「まだお若いですし、これからいくらでも人生挽回できるように思いますが」

「色々事情があるので……当事者でないと分からないと思いますが、私は元々家庭環境が酷くて……子供の頃に負った心の傷のせいでずっと辛い状態が続いてます。カウンセリングをして、トラウマに特化している精神科を受診したり、薬を飲んだりもしましたけど、どうしても子供の頃の事を思い出して、急に過呼吸になってしまったり……自傷行為をしてしまったり、治らないんです」

「なるほど……お辛い経験をされて、それがどうしても克服できないということですね」

「仕事をしていても急に過呼吸になってしまったせいで周りに迷惑をかけたり、彼氏ができても私が重いらしくて、結局お別れすることになってしまったり……それに、虐待されて育った子って、親になっても自分の子供を虐待したりするっていうじゃないですか。もう全部、何もかもうまくいかなくて。でも、やっぱり自殺ってかなり勇気がいる事なんです。首吊るとき苦しいのかなとか、飛び降りたら痛いのかなとか、溺れたら苦しいのかなとか……それに、やっぱり自殺って色んな人の迷惑になるじゃないですか。それを安楽死場では全部手続きしてくれるので、誰の迷惑にもならないですし、私は安心してます」

「今、順番待ちということですが、安楽死の予定日は決まっていらっしゃるんですか?」

「はい。まだ少し先なんですけど、来年の5月なんです」

「日にちが決まって怖いという気持ちはありますか?」

「いえ、全くないです。寧ろ、死ぬ日が決まっているので心が楽になりました。それ以降の事は全く考えなくていいので、その日暮らしができるっていうか、将来の不安とか全くなくなったので以前より生き生き過ごせていると思います」

「直前で怖くなったら辞退することもできますからね」

「はい。私はもう終活始めているので大丈夫だと思います」


 シルエットだけの女性は自嘲気味に笑っていた。


「結構寸前でキャンセルする方も多いらしいですね」

「そうらしいですね。やっぱり安楽死とはいえ、自分が確実に死ぬって解ってるのは怖いって思うのが普通だと思います。中には日にちが決まった瞬間にキャンセルする人もいるらしいです」

「それならそれでいいですよね。生きる方向にシフトすることもできる訳ですから。そういう方の職業紹介もやっていますし、悪くないと思いますよ」

「私は『新・安楽死法』が出来て本当に良かったって思います。私は……死にたいというか、生まれて来たくなかったなって思うんです。産まれるかどうかって自分の意思じゃ選べないじゃないですか。だったら、死に方くらい選ばせてほしいって思います。親ガチャって言葉が結構前に流行りましたけど、私は完全に親ガチャハズレだったので。親からしたら私も子ガチャハズレだと思いますし」

「昔はねぇ、親からもらった身体なんだから~なんて言ってピアスもタトゥーも嫌厭されてましたよね」

「それは完全に昔の考え方ですね。親子って言っても、結局は別々の個体なので、血の繋がりにそこまで強い意味はないのかなって思います。それに、ピアスもタトゥーも本人の自由意思じゃないですか。それと同じように安楽死で死ぬことを選べる国になったのは凄く良かったと思います。『新・安楽死法』が出来てから、海外の戦争難民の方も結構日本に来たとかってニュースやってましたよね」

「そうですね。それで結局カウンセリングと生活の保障や福祉で持ち直して、日本に永住して働いてくれている方も増えて、人手不足も解消したりして副産物的に良かったこともありましたね」

「少し治安が悪くなったという声もありますけども」

「警察官の応募可能年齢も拡大しましたが、その辺りは今難しいところではありますね」


 暫く外国人に関する話が続く。


「最期の質問になりますが、A子さんは、もし最終的に安楽死をしないという選択になった場合は何がしたいですか?」


 そう問いかけられたA子は暫く沈黙が続く。


「……“普通”になりたいです。今の時代、多様性の時代で何が“普通”なのかっていうと難しいですけど、月に1回お気に入りの美容室に行くとか、映画とか観て笑ったり泣いたり、春になったら桜が綺麗だなとか、夏になったら海に行ってみたり、秋は美味しいもの沢山食べたり、冬はこたつに入ってミカン食べたり……そういうことがしたいって思います」

「素敵な夢ですね。それが現実になることを私どもはお祈りしております。ありがとうございました」


 A子はスタジオから退場した。

 その後も番組は続くが、俺はテレビの電源を切ってみるのを辞めた。


 明日、俺はついに安楽死場で安楽死を手に入れる。

 俺は『新・安楽死法』が出来てから、割と早く安楽死場を訪れていた。

 

 理由は「普通の人生に疲れたから」だ。


 俺は今70歳。

 普通に働いてきたし、普通に結婚もした。子供もいる。マイホームも建てた。

 子供も結婚して孫もできた。


 でも、定年退職してから毎日することがない毎日になった。

 趣味はなかった。仕事と子育てばかりの人生だったから。

 金に困っている訳でもないし、特に特筆するべきことのない人生であった。

 それの何が不満なのかとバッシングを受けるかもしれないが、俺は冷静になって考えてしまった。

 安楽死場が利用できるようになる数か月前、大きな災害があった。被災地は俺の住んでいる場所からは遠い場所だったので関係ない話だが、それを見てから「もし、これが俺の住んでいる場所だったら」と考えてしまった。

 妻も、子供も、家も、何もかも失ってしまうのはほんの些細なきっかけでそれが訪れると気づいてしまった。

 たまに見かける殺人事件のニュースを見ても、自分がいつ被害者になるとも分からない。

 交通事故もそうだ。何でもそうだ。運が悪いと何もかもを簡単に失ってしまう。


 俺はそれが怖いんだ。


 この先俺が生き続けていても、妻に先立たれたり、子供が病気になったり、事故に遭ったり、家が火事でなくなったり、俺は失うばかりだ。

 何もかもを持っている今、幸せなこの時間を切り取って永遠にしたい。

 俺がいなくなって家族には悲しい思いをさせるかもしれないが、それは俺が死んだ後の話だ。


 だからいいんだ。

 俺はこの幸せを失いたくない。


 もう70年も生きたじゃないか。人生110年時代とか言われているけど、そんなに俺は生きていたいとは思わない。

 俺が健康であと40年も生きるなんて、何をしたらいいか分からない。

 仕事でもすればいいのかもしれないが、70歳を雇ってくれる会社もない。今は年寄りにできるような簡単な作業は全部ロボットがやってくれるから。

 ボランティアとか、何かの同好会とか、色々提案されたし、不安を和らげるようなカウンセリングもされたけど、俺のこの恐怖は分からないだろう。

 結局俺は安楽死場での安楽死を約束された。


 予定日が決まってから、本当に穏やかに過ごせた。

 精一杯家族に奉仕して、一緒の時間を過ごした。

 本当に幸せだった。


 これが崩れていくのは見たくない。


 死にたいという理由は人それぞれだ。

 それがどんな理由であっても、誰かにそれを否定する権利はない。

 産まれさせられることが選択できないのなら、せめて死ぬことくらいは自分で選んで決めたい。


 世の中、事故で死んだり、事件で死んだり、病気で死んだり、自分の意思とは関係なく毎日人が死んでいってる。

 いつかはそれが自分になる日が来るかもしれない。

 だから、選べるうちに俺は安楽死で死を選ぶ。


 俺は自分のベッドで横になりながら、天井を見つめた。

 もう、この天井を見るのはこれが最後だ。


 今まで本当に、ありがとう。




 ***




「中継です。昨夜23時39分頃、千葉県沿岸部を震源とする震度7強の地震があり、10メートルを超える大津波が発生しました。被害は未だ不明であり、自衛隊が出動して救助活動を行っております。余震の可能性がありますので、十分にご注意ください。現在確認されている死者数は138人で、行方不明者は1000人以上にのぼります。再度状況が分かり次第お伝えいたします。被災地の方は命を守る行動をとってください。以上、千葉県旭市からお送りしました」




 END




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