愛は全くなかったんですか?
最近、ようやく私にも春が来た。
57歳になっても恋人の1人もいたことのない私でも、必要としてくれる女性が現れた。
会社の若い人がマッチングアプリを使っていると聞いて、興味本位で初めてみた。
とはいえ私は57歳だし、マッチングアプリで女性が私を好きになってくれるはずがない。
そんな気持ちで初めて見たが、私のことを好きになってくれる女性が現れたんだ。
奇跡かと思った。
まだ20代の女性で、写真をもらったがかなり可愛らしい女性であった。
私は年齢のこともあるし、写真を送るのは気が引けたけれども勇気を出して写真を送った。
私の顔は普通のおじさんの顔だ。いや、おじさんというよりも、もうおじいさんと言うに近い年齢だ。拒絶されると思った。
しかし、女性はこんな私を受け入れてくれた。
私は毎日その女性とメッセージでやり取りをしたし、実際に会ってみてお話をしたり、食事をしたりした。こんな私のつまらない話を熱心に聞いてくれた。
私はその女性に恋をした。
年甲斐もなく恥ずかしいが、私は本気でその女性との交際を考えていた。
そんなある日、彼女はこんなことを口にした。
「奨学金を返していると生活が苦しくて……なかなか会える時間がとれないかも。その分バイトとかしないといけないし」
なんだ、そんな奨学金なんて。
「いくらなの?」
「200万くらい。毎月2万くらい払ってて生活が苦しい……」
「私がそのくらい出すよ。奨学金を払い終わったら、もっと一緒にいる時間作れる?」
「勿論! バイトの時間も減らせるし、もっと時間とれるよ」
私は彼女に200万円手渡した。
彼女はそのお金で奨学金を返せたと喜んでいた。
「本当にありがとう。でも、まだ生活にゆとりがある訳じゃないんだけど……」
彼女はメッセージで私にそう言って来た。
「どうしたの?」
「生活が苦しくて、サラ金とか闇金からお金借りちゃって、その返済でいっぱいいっぱい……」
「それはいくらなの?」
「大体100万円くらいかな……利息が高くて、全然元本が減らなくて……」
「それも私が払うよ」
「でも、この前奨学金出してもらっちゃったし、悪いよ……」
「サラ金とか闇金とか、元金を返済しないといつまでも自由になれないから。いいんだよ。君の為なら」
私は次に会ったときに彼女に銀行からおろしてきた100万円を渡した。
彼女は私に抱き着いてきて「本当にありがとう!」と言ってくれた。
その際に、私の頬にキスまでしてくれた。
口座に入れると手間になるから直接もらいたいという彼女の願望を尊重して、お金をおろして彼女に渡した。
「本当にありがとう。こんなに一緒にいて安心できるの、貴方しかいない。本当に大好き。ずっと一緒にいようね」
私はその言葉だけで十分だった。
その後しばらくは幸せな時間が過ぎて行ったが、彼女と会ったときにあるとき、彼女が泣いていた。
「どうしたの? 泣かないで」
「お母さんが癌って診断されて……お金がいるの……もう私、風俗で働くしかないかも」
「そんなの駄目だよ! お金は私が出すから、風俗なんて行かないでほしい」
「でも……もうかなりお金もらっちゃってるし……これ以上頼れないよ」
「風俗なんて駄目だよ。私はまだお金はあるし、いくら必要なの?」
彼女はグスグスと泣きながら、金額を言った。
「海外の手術が必要で……500万円必要だって言われた……」
500万円か……結構な大金だなと感じたが、私は彼女に風俗で働いてほしくなくて、500万円を手渡した。
「本当にありがとう! 大好き!」
彼女に泣きながら抱き着かれ、私は本当に満たされた気持ちでいっぱいであった。
使い道のない貯金で、不幸な一人の女性を助けることができるなら、これ以上ない幸福だ。
「しばらく母と一緒に海外に行くから会えなくなっちゃうけど、また連絡するね」
「うん。大変だろうから無理しないでね」
そうして彼女としばらく連絡を取らなかった。
母親のことで大変であろうし、私は彼女に連絡をしなかった。
それから1日、1週間、1か月と連絡がない日が続いた。
私の方はというと、貯金をかなり切り崩したので生活も少し質素になった。毎日必ず飲んでいた朝食の味噌汁を辞めたり、お米も好きなブランドから安いものに変えた。おかずも3品くらいあったのを、もやしだけにしてみたり。
でも、私の心は充実していた。
彼女と出会う前の私の人生は、モノクロで、何の彩もなかった。彼女と会ってからはバラ色になったように感じる。
幸せだ。
あれから1か月と少し経って、しばらく連絡がなかったが、私も彼女の事が心配だったので、連絡してみた。
〈久しぶり。お母さんの容態、大丈夫?〉
すると、すぐに返事が返ってきた。
〈今、トリックスターの前のコンビニ。早く会いたい♡〉
トリックスター?
今、海外にいるのではなかったのだろうか。
一瞬私が不審に思ったところ、すぐにそのメッセージは削除された。
「?」
私は「トリックスター」という店を調べた。
どうやらこの周辺でいうとバーの名前らしいことが分かった。その前のコンビニにいるというので、それほど遠くない場所であったので向かってみた。
久しぶりに会いたいという気持ちがあり、これはちょっとストーカーのような感じなのかもしれないが、それでも、会いたい気持ちが強くあって、私はトリックスターの前のコンビニに向かった。
そのコンビニを見つけたのと同時に、彼女を見つけた。
雰囲気が少し違うので、一瞬分からなかったが確かに彼女である。
私が彼女に声をかけようとしたところ、彼女に別の男性が声をかけた。派手な装いの若い男で、私とは全く違うタイプの男だ。
「聖斗~♡ 遅い~!」
「ごめんごめん、行こうか」
「聖斗、今日アフターしてくれる?」
「亜由美がラスソン歌わせてくれたらな」
「今日はかなりお金持ってきたから、楽勝~♡」
え……?
何が何だか、分からないままに私は彼女の後をつけた。
彼女はセイトと呼ばれた男性に腕を絡め、時には抱き着き、べったりとして歩いていた。
それだけでも十分ショックな事柄であった。
向かって着いた先は、かなりきらびやかで、服数名の男性が映された大きなパネルがある。見たところ……ホストクラブだ。
嘘だ。
そんなお金を彼女は持っていなかったはずだ。
それとも、お母さんの病気の手術代が少し浮いたのだろうか。
だとしたら、私にお金を返すなどしてくれてもいいのではないだろうか。
それとも、私は……騙されていたのだろうか。
そんな、そんなこと……
そんなことはないと思いたかった。
自分の生活の質を下げてまで、彼女にお金を支援した。食事しか楽しみがなかった私の、その楽しみを削ってまで彼女にお金を渡した。
私は納得して彼女にお金を渡したんだ。
それが幸せだと思っていたから。
でも、もし嘘をついていたのだとしたら……
許すことができない。
私は、近くの100円均一ショップで包丁を買った。
今のご時世、包丁なんてどこででも買える。
もう私には何も残っていない。
貯金もないし、家族もいない。親しい友人もいないし、寂しい暮らしが続いて行くだけだ。彼女が私と添い遂げてくれると思ったのに。
もし彼女が嘘をついていたのだとしたら、もう私には何も残っていないんだ。
私に言ったすべてが嘘であったなら、私のお金はもう残っていないに違いない。だから、彼女が逮捕されても弁済能力があるようには思えない。
それでも、彼女が刑務所に行ったとしても数年にしかならない。詐欺で死刑や無期懲役なんて、余罪がなければありえない。
なら、もし、全部嘘だったなら……――――
殺してしまおう。
どうせ、彼女は悪びれることなく他の人にも同じことを言って、同じように詐欺を働いているに違いない。
だったら、私がその負の連鎖を断ち切るために、後の残りの人生を捧げてもいいのではないだろうか。
そうだ。私のモノクロだった人生に色をつけるのは彼女ではない。自分自身だ。
例え、それがバラ色でなく、真っ赤な血の色であったとしても。
私は包丁の包装をとって、取りやすい位置に忍ばせて、彼女の入ったホストクラブへと入った。
中からは爆音の音楽が聞こえてくる。
「あの、セイトさんいますか?」
「ご指名ですか……?」
こんな場所に良い歳のオジサンがくるのは変だと思ったのだろう。受付の派手な男は不思議そうな顔をして私の方を見ている。
「はい。かなり昔の顔なじみで。久々にこちらに来たので。少しだけ顔を出そうかと」
「そうですか。ではご案内します」
そうして、私は席に通された。
周りは当然女性ばかりの中、私は異質な存在であっただろう。
「失礼します~光喜と申します。聖斗さんが来るまで失礼しますね」
そう言って向かいの席に座った。
「聖斗さんに久々に会うので……最近、どうですか……? 売上とか。昔は苦労してたみたいだから」
それとなく私は昔からの知り合いのようにコウキに聞いてみた。
「あぁ~……聖斗さん、結構太いお客さんがついて、ナンバー入れそうみたいッスよ」
コウキは特に警戒心なく、私に話してくれた。
「へぇ……あの聖斗さんがね……どんなお客さんなのかな? 彼、結構前は変なお客さんに苦労してたみたいだからさ」
「そのふと客はまだ若い人ですね。パパ活でお金もらってるらしいですよ」
パパ活……
とても聞きたくなかった言葉だ。もしかしたら……と、考えなかった訳ではないが、考えなかった。
「結構やり手のパパ活女子らしいですよ。騙されるパパの方もどうかと思いますけどね~ちょっと考えれば解ると思うんですけどお、そのちょっと考える余裕がないんでしょうね~。ほんと、モテなさすぎてっていうか、可愛い女の子に頼られたり優しくされたりしたら“まだ自分にもチャンスがあるんだ!”なんて思っちゃうんでしょうね~可哀想に」
「…………」
「あ、ハイボールにしますか?」
「いえ……ちょっとお手洗いに行ってきてもいいですか」
「はい、こちらになります」
私は、鞄の中の包丁を鞄の中で握りしめた。
そして、立った際に彼女のいる席を確認する。彼女は一番奥のVIP席にいた。
迷いはあった。
何かの間違いではないかとも思った。
しかし、私に見せた事のないような笑顔で楽しそうにセイトというホストと酒を飲み、イチャイチャしている。
その笑顔の中には、恐らく私の存在など1ミリも存在しないのだろうと思うと、私は殺意で満たされた。
トイレに誘導していたホストを無視して、私は彼女の元へと行った。
目前まで行っても彼女は私に気づきもしなかった。
「あははははは~それで~聖斗が~……――――」
ドスッ……
「え……」
ドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッ……
「うわぁあああああああ!!!」
止められるかと思ったが、周りのホストたちは誰も私を止めなかった。ただ、叫び声をあげて逃げまどうばかりで。
それに、彼女を殺すまでに数分もかからなかった。
人間を刺したことはなかったけど、肋骨がある部分はなかなか刺さらないなと感じた。
刺している間は夢中であったので、何も覚えていない。
ただ、ひとしきり刺し終わって彼女が死んだのを確認して
私は安心した。
***
「被告人、最後に言いたいことはありますか?」
裁判長が私に対してそう問いかけた。
私は証言台の前。
裁判もこれで終わり。
「私は……ロマンス詐欺被害に遭いました。かといって殺したことはもちろん悪いことだと分かっています。でも、反省はしていますが、後悔はしていません。本当に……こんな歳になってロマンス詐欺に引っかかって、情けないです。生き恥を晒しました。それに、最近の若者は怖いって思いました。私が殺した彼女以外の人も同じようなことをしているって、裁判が始まったり、刑事さんに聞いて知りました。私が子供の頃はそんな酷い事、考えたこともなかったし、携帯電話の普及で時代は変わってしまいましたね。怖い時代になったなと……本当に思います。殺人をした私の方が世間では怖いって話ですけどね……でも、直接包丁を振るって殺さなくても、お金を騙し取られて老後の蓄えを失った私のような老人は、殆どの場合はもうお金も戻ってこないですし、緩やかに死ぬしかありません。勝手にお金を渡したんだろとか、騙された方が悪いって声も勿論聴きましたけど、そんなこと……どう考えても騙した方が悪いじゃないですか。お金を騙し取られ続けて私が殺されるか、直接包丁で私が彼女を殺すしかないって考えてしまいました。刑事さんや検事さんに“それ以上関わらなければ良かったのではないか”と言われましたが、そんな考えには至りませんでした。何百万も騙し取られたと知って、それがもう戻ってこないと同時に思ったら、私はどうしたら良かったんでしょうか……当事者でないと分からないと思いますが、その精神的な衝撃を考えてください。私は……人一人殺しましたので、死刑でもいいんです。でも、この事件をきっかけに考えてほしいんです。ロマンス詐欺だけじゃない。全ての詐欺をしている人、犯罪をしている人、全員に。詐欺だって、相手を殺してしまうかもしれない行為なんです。経済的にもそうですけど、相手の心は傷つきます。それが原因で死んでしまうかもしれない。もう私のような人がこれからでないこと、祈っています」
***
「こんばんは。イブニングニュースのお時間です。本日の特集はロマンス詐欺女性殺害事件についてです。あの事件から10年が経ちました。あれからロマンス詐欺の厳罰化が決定しましたが、未だにロマンス詐欺は減っていません。むしろ、ここ最近の物価高や、AIによる人員削減の影響によって働く先のない方が巧妙なロマンス詐欺をしてしまうケースが増えている様です」
「最近は直接会わずに、写真だけ交換して女性を装って詐欺をするケースも増えているようですね。声もボイスチェンジャーで簡単に変えられますし。2次元でのキャラクターに詐欺をされるということもあるようですが……時代の流れを感じますね」
「更に悪質なのはビデオ通話で詐欺グループで女性を用意して詐欺に及ぶこともあるようです。皆さま、引き続きロマンス詐欺及び、特殊詐欺全般にはお気を付けください」
END




