入学試験と魔法の深遠 ⑤
参観者たちの期待と好奇心に包まれながら、それを知ってか知らずかピトロは自らの奇怪な行動を自信満々に続行する。当初の緊張してナンバ走りで歩いていたのが嘘のようだ。
ピトロは直径30センチ大の石盾を作り出しては放り投げていく。
石盾には何かのレリーフが刻まれているのか、様々な文様が彫られていた。
果たして、芸術的な気風によるものか、あるいは先ほどと同じく意味のあるものなのか。
リオネルには未だ分からない。
そのうちに、ピトロは石盾を放り投げるのをやめた。
合計22個の石盾が整然と並べられている。
いちばん内側に、一つの石盾。
その石盾に接触しながら、その外側を4つの石盾が囲む。
さらにその外側を7つの石盾が囲み、最外周に10の石盾がぐるりと円を描くように並ぶ。
最外周の円の直径は2メートルちょっとと言ったところだろうか。
――なんだ、この既視感は。
リオネルは不思議に思いながらピトロを見守る。
石盾の数は22と多いが、一個ずつは小さい。
放置しているだけなので、制御面での魔法コストはゼロだろう。
温存してきた分も含めて未だピトロには魔力的余裕があるようだった。
「石球」
ピトロが開く手のひらの先に石球が現れる。
「来たれ熔亀。堅固なる煉獄を渡りし大いなる霊竜。
我が刃を以って、汝が鱗を顕現せん。
紅泥球」
詠唱が終わると同時に、石球が煌々と熱を発し、赤く光り始めた。
そして、ドロリと液状になり、地面にポタポタと落ち始める。
ピトロは赤い石球を円状に配置されている中央の石盾に投げた。
ベチャリと粘性の物体がぶつかる音がする。
ドロリとした灼熱の泥土は重力に従って、石盾に掘られた溝へと流れ込んでいった。
中央の石盾の溝が泥土で溢れると、次はそれに接触する4つの石盾へと順々に流れ落ちていく。
最後には、22個全ての青黒い石盾の溝に赤々と光を放つ泥土が流れ込んだ。
青黒い中に赤い光が浮かび上がり、溝の形がはっきりとわかる。
リオネルの中で結ばれる既視感。
「召喚魔方陣だと・・・。」
リーチ先生の呟きが聞こえる。
確かに、赤く光るレリーフは先程ガッターグが見せた召喚魔法の際に現れた魔方陣と似通っていた。
そして、ピトロはガッターグと同じ呪文を唱え出す。
「太古に約定せし四精の子らよ。
育てし恩義は何処にあらん。
我は汝との絆を以って呼びかけん。
我が血を以って、汝が姿を顕現せん。」
召喚陣は赤々とした光をいっそう強くした。
「召喚 熔岩融蛇」
ピトロは叫ぶようにして詠唱すると、下方に下げていた右腕を勢いよく上に振り上げる。
それに合わせるかのように、陣から炎が噴き上がった。
いや、炎ではない。
噴き上がるように見えたそれは、陣から抜け出てきたのだ。
巨大な顎を持つ燃え盛る泥土の蛇が天を飲みこまんばかりに口を開けている。
その大きさはガッターグ少年のガルーダの比では無かった。
ピトロが天に掲げた右腕を振り降ろす。
蛇はその標的を天空から地上へ、地上にある箱へと変えて襲いかかる。
その巨大な口の中に箱は飲み込まれた。
ジュワッジュワと何かが焼け焦げ、融かされるような音が響き渡る。
熱気で大気が揺らぎ、空気が揺らめいていた。
人口の蜃気楼の中で、蛇は自らの体を消費しながら箱を消化し続ける。
しかし、次第に蛇はその赤い輝きを喪失し始めた。
と思うと、急速に黒色に炭化していく。
終いには、ボロボロと崩れ落ちて地面に燃えカスの残骸を残して息絶えた。
――箱はどうなった?
リオネルは箱を探す。
しかし、どこにも見当たらない。
あるのは、地面に水溜りのようにして広がった融けた金属だった。
ピトロ・アッガードは普通学院入学試験の魔法の実技で満点を叩き出したのだった。
受験者たちは控室へと戻っていく。
試験終了と共に、参観者たちは各々気分が高揚したまま暫く話に興じている。
アッガード家もそれらの喧騒に混じっていた。
アルナが自分の声援のおかげだと威張ったり、ハイナとカルロスがハイタッチしたりと色々である。
――仲の良い夫婦だ。
「下級の召喚魔法は陣を維持し続けなければならない点で、消費魔力のコストが悪く、かつ陣の制御に神経を使うため魔法の威力に注意を注ぎ難いものなのですが。従って、陣の大きさが熟練度の指標とすら言われている。しかし、ピトロ・アッガードの方法だと陣の維持と制御は基本魔法の石盾の維持コストに抑えられてしまう。普通の方法では10歳で直径2メートルの魔方陣など維持どころか構成する事も不可能なはずですな。そして、余力を作った状態で、あとは、温存魔力を全て威力の方につぎ込めば良かったというわけでしょう。・・・あの二名の間にそれほど魔力量の差は無かったように思われますな。」
リーチ先生は相変わらずだ。貴重な解説要員である。
「やれやれ。確かに革命的な手法ではあるがの。同じ方法で正確な陣を描きだす繊細な技巧が出来る地属性持ちが果たして何人いるやら。彫刻家の職にでも付いていなければ無理じゃないかのう。」
校長が髭を捻って唸る様に感想を漏らす。
「まあ、実用性においては欠陥があるわ。・・・ありますわよね。」
アルナが校長に合の手を入れる。
言葉の言い直しについては今は黙認だ。
「そうじゃな。魔法そのものは目を見張るものじゃし、創意工夫と繊細な技巧は高評価に値するが、実用的では無いじゃろうなぁ。これは試験じゃから、杖や魔石も使用せず己の魔力のみで結果を出す必要があるからのう。そういう場においては必要な措置であったろうが・・・。実際には、あらかじめ魔法陣を魔晶液で描いておけばワザワザあんな事をせんでも良いからのう。しかも、通常の方法で召喚するより手間暇がかかる。余程特殊な状況でない限り、使い道が無いじゃろうな。」
リオネルには魔法陣云々の知識が無い。そのため、リオネルはピトロの魔法には単純に圧倒され、ただただ驚くばかりだった。少なくとも、今のリオネルの知識ではピトロの魔法の非実用性を直ぐには見抜けなかったということだ。
欠陥点を指摘したものの、校長はピトロに高評価を与えているようで、その後もカルロスとハイナに色々とお世辞を言ってピトロを持ちあげていた。
因みに、欠陥点について話している時、ランスは一言も話さなかった。
ぶれない兄である。
校長とカルロスの長話が続きそうなのを見てとったのか、リーチ先生が立ちあがる。
見るべきもの、聞くべきものは全て見て聞いたというわけだ。
「それでは、校長。私はお先に失礼しますよ。」
「ああ、リーチ先生。午後の職員会議でまた会いしましょう。」
「ええ。」
リーチ先生は一通りアッガード家の面々にも挨拶するとゆっくりした足取りで去っていく。
――さて、どうしたものか。
ピトロのクライマックスな演出で忘れかけていたが、リオネルはこの教師を問い詰める必要がある。
試験の始まる前にリーチが取っていた不審な行動。
リオネルと眼を合わせて驚いた表情。
調査の指環。
情報開示。
加護。魔法指向。
両親を伺い見る視線。
リーチが下降階段の付近へと差し掛かったのを見計らい、リオネルも立ち上がる。
「僕、ちょっとトイレ。」
どこぞの眼鏡をかけた名探偵並みに下手な言い訳を残して、リオネルは急ぎリーチの後を追う。
リーチの姿が競技場の観客席の通路から見えなくなるのと同時に、リオネルも階段に飛び込んだ。
「リーチ先生。すいません、ちょっとお時間良いですか?」
リオネルは呼吸を整えながらリーチに尋ねる。
対するリーチは振り返って、階段の上に居るリオネルを見ると驚いた表情をした。
「どうしたのかな。リオネル君。・・・私は未だ君の先生では無いのだけれど。」
リーチはそう問いかけながら、頬を捩じらせたような怖い笑みを浮かべる。
一瞬、怯むリオネル。
しかし、敵意のような物は感じず、むしろ困惑が見て取れた。
おそらく、この表情は笑顔を作るのが苦手なリーチが幼子相手に精一杯の愛想笑いをしているのだろうと、リオネルは理解した。
笑顔を作ると途端に不細工に見える事を悩んでいる人間は前世にもいた。
きっと、リーチも表情筋を使わぬ生活を長らくしてきた人間なのだろう。
――いや、今はそんな事はどうでもいい。
「あの、お尋ねしたい事があるのですが。」
リオネルはそこで言葉を区切る。
どうやって話を先へ持っていくべきか、ちゃんと考えていなかったのだ。
「何かな?」
リーチは先を促す。
リオネルはリーチの顔を見る。
笑顔が苦手な鋭利な顔立ち。
数か所、古傷のような物。
健康そうな日に焼けた顔。
真剣に此方を見詰める漆黒の瞳。
――堅物相手には、真正面から攻めるのみ・・・か?
「リーチ先生は・・・ひょっとして、他人の『被呪』が見えたりするんですか?」
リオネルは真剣にリーチを見詰める。
僅かな表情の変化も見逃すまいと。
そのかいあってか、一応、反応らしい物には気付けた。
リーチは少しばかり眉を動かしたのだ。
だが、その小さな反応をどうとるべきか、リオネルには分からない。
訳の分からない事を言われて、しかめ面をしそうになったのか。
あるいは、図星をつかれて、反応が出たのか。
リオネルは殆ど反応を返さないリーチを見て不安になって来る。
藪蛇だったかと。
このリオネルの行動はどう考えても、自分が被呪持ちであると告白しているようなものだからだ。
リオネルは途端に正面から攻めてしまった事を後悔し始めた。
もっとも、リオネルが、リオネルにとって重要な賭けとなるこの行動に神経を高ぶらせてしまっていなければ、リーチが無反応に近い反応を返してしまった事が、何よりも図星を突かれたと思っている証拠だと判別できただろう。
普通なら、何のことですかと、首を傾げる所なのだから。
リーチは暫くリオネルの不安そうになっていく顔色を見詰めた後、深く溜息をついた。
「誰にも話さないでくれるかな。君の家族にも秘密にしておいて欲しんだが。・・・逆に私は君が被呪持ちだと誰にも言わない。という事で良いのだろうか?」
リオネルはリーチから帰って来た返事にほっと胸をなでおろす。
「はい。そうして頂けると助かります。家族には心配をかけたくないので。」
「なるほど。」
リーチは頷くと、小声で、6歳と言えど男というわけだ。と呟いている。
「それで、リーチ先生みたいな方は珍しいんですか? それとも結構いるもんなんでしょうか?」
「いや、滅多にいないな。・・・もっとも、私のように隠している者も多いだろうから正確な所は分からないが。ただ、被呪が見えるという事を商売の種にしていたウィシャッドレッドとかいう名の変人を一人知っている。独占的にやっていたようだから、逆に言うと商売敵がいなかったわけで、つまり、この種の能力を持っている人間は少ないという推測が成り立つ。」
「そうですか。」
リオネルは安堵する。
被呪が見える人間がわんさか居てもらっては堪らない。
しかし、リーチはリオネルとは対照的に不安げな顔をする。
「しかし、君は怖くないのかね。被呪を持っている事を親御さんに相談しても意気地無しでは無い。どういった呪いがもたらされるか不安な生活を続けると心が折れてしまう事も有る。」
「あー、いえ、それは大丈夫なんです。どういった呪いか分かってますし、大した呪いじゃないんですよ。だから、ご安心を。」
リーチはリオネルの言葉に首を傾げて訝しがる。
到底信じられないのだろう。
「『冥界神の祟り』・・・名前からすると、凄まじく、大した呪いに思えるのだが。」
「名前負けした呪いなんです。」
リーチはヤレヤレと首を振る。
この押し問答では埒が明かないと考えたようだ。
「まあ、良かろう。君がそこまで言うなら干渉はしない。しかし、何か相談したい事があったら何時でも尋ねに来なさい。あの『咆哮』の末の弟だからな。無碍にはせんよ。」
「お気遣い、有難う御座います。」
リオネルはリーチの親切な申し出に謝辞を述べる。
印象を良くしておくに、越した事は無い。
なにせ、リオネルも4年後にはこの教師から何か教わっているかもしれないのだから。
リーチと別れてアッガード家に合流したリオネルは、突然駆け出していったことを怒られた。
警備が厳重な学院の敷地内とは言え、どこに人攫いがいるやら分かったものではない。
リオネルは反省する。
前世の安全神話大国に住んでいた頃の悪い癖が影響しているのかもしれない。
その後、アッガード家は受験者室からでてきたピトロをもみくちゃにした。
キスして、頭をグシャグシャにして、胴上げをして、グルグル振り回して・・・。
この日ばかりはピトロの髪型のクシャクシャ具合はリオネルと良い勝負だった。
――それにしても・・・。
リオネルは両親に笑顔を向けるピトロの横顔を見ながら思う。
――今日は実りある日だった。
今日は、リオネルにとっては魔法の探求においてその心構えを決定する重要な一日だった。
もし、並行世界のような物があったとしたら、今日此処に来たリオネルと此処に来なかったリオネルとでは大きく進む道が分かれていた事だろう。
そう思えてしまうほどに。
だから、今日の主役たるピトロには感謝しなけれなならない。
「ピトロ兄さん。」
リオネルの呼びかけに、ピトロが視線を下へと向ける。
リオネルと眼が合う。
「カッコ良かったよ。」
「リオ!」
笑顔で誉めるリオネルを、次の瞬間ピトロは地面に膝立ちになって抱き締めた。
「ありがとう。リオ!」
――お礼を言いたいのはこっちなんだけどな。
リオネルは小さく苦笑する。
ピトロはリオネルの頭をグリグリと撫で回しながら澄んだ笑顔を見せていた。
冥界神 「めでたしめでたし。皆さま、長らくこの小説をお楽しみ頂き有難う御座いました。」
リオネル「いやいや、未だ終わらないですから!」
冥界神 「でもなぁ。リオネル君。この小説明らかに導入方法に失敗してるんとちゃうか。一話目の中途半端な家族紹介我慢して読み終えても、ひたすら主人公が受け身で観察者態度でいるとか無いわ。君の方から能動的アクションとったこと、いっぺんもないよね。」
リオネル「そんな事言われても、行き当たりばったりで流されていく主人公ってコンセプトでやってるんですもん。シクシク。」
冥界神 「次回、リア獣注意報。」
リオネル「・・・次から旅路編です。」