6.路上で女の子にスカートをめくられてしまうお話
「いやあ、すまねえな。朝飯までゴチになっちまってよ」
がははっと豪快に笑いながら子供の父親は味噌汁を口に入れた。その隣では子供がご飯をがっついている。
「姉ちゃん、おかわり!」
差し出された茶碗を受け取って炊飯器から飯を盛って渡してやる。今日の朝食はご飯と味噌汁と焼き魚と漬物と海苔だ。普段は簡単にすませるのだが今日は客人がいるので味噌汁と焼き魚をつくった。
「あんた、まだ若いのに料理がうまいね」
「ありがとうございます」
褒められた。生まれてこの方、爺ちゃん以外に褒められたことってなかった。生まれてきたことすら責められるほど僕は周りから蔑まれて生きてきた。
「どうでい、今日から俺たちと暮らさねえか?」
「えっ?」
急な申し入れに虚を突かれる。思いがけない事に目をパチクリさせる。
「いや、あんたみたいなべっぴんがこんなところで一人でいてもしものことがあったらと思ってよ」
確かにこの家には防犯という概念が存在しない。金目のものなんて無さそうなのが一目でわかるボロ家だ。せいぜい一仕事終えた空き巣の通り道に使われるぐらいだ。いままではそれで安心できていた。しかし、いまは女の子が一人だ。想像したくもないが襲われる可能性はある。だが…
「お気持ちはありがたいのですが…」
丁重にお断りした。誰かと一緒にいることで傷つくのはもうたくさんだ。
「そうか……」
親父さんは無理強いはしなかった。子供は不服そうだったが父親に諭されると渋々ながらも納得してくれた。でも、一緒に暮らそうと言ってくれたのは嬉しかった。正直に言うと怖かったのだ。誰かと一緒にいることが。
「急に変な話してすまなかったな。でも、気が変わったらいつでも言ってくれ」
きっぱりと断ったのにまだ言うか。でも、それだけ本気だってことか。この父子は僕が冴えなくて愚かで哀れな男だった時から他の人たちと違って蔑んだりはしなかった。根っからの善人ということか。この人たちとならうまくやれるのかな。でも、やっぱり怖いんだ。他人という存在が。
朝食を終えて後片付けをして制服に着替えるわけだが…
「すいません、着替えるんでそろそろ…」
「おお、こいつはすまねえな。おい、帰るぞ」
「ええーっ」
「うるせえ、いいからさっさと立て」
渋る子供を父親は小突いて無理矢理立たせる。ちょっと追い出すみたいで心が痛むが、子供に女の裸を見せるのはよくないね。一緒にお風呂に入った仲だけど。
「じゃあね、姉ちゃん。今日も一緒にお風呂に入ろうね」
…やだよ。すると、父親がオーバーにのけぞった。
「な、なんだと…てめぇ、いま何て言いやがった」
「今日も一緒にお風呂に入ろって」
「一緒に風呂だと?ガキのくせしやがってこんな上玉の裸を拝んだってかぁ?」
「うん、おっぱい柔らかくて気持ちよかった」
「!!!」
ちょっとやばいな。親父さんがちょっとおかしくなりかけている。早く帰ってもらった方がいいな。
「すいません、急いでるんで」
「ああ、そうだったな。おい帰るぞ」
玄関まで見送る。
「邪魔したな。さっき話した件じっくり考えてくれや」
「はい」
その気は無いがリップサービスだ。ドアを開けて外に足を踏み出して…あれ、止まったぞ。あ、こっちに振り返った。
「あのよ…」
「はい?」
「今度、俺とも一緒に風呂なんて……」
じとーーー。子供からも同じ目で見られて親父さんは咳払いして
「すまねえ、なんでもない」
「姉ちゃん、またね」
はい、またね。できるならあまりこないでほしい。ここには子供には害のものがあるから。さて、着替えるか。
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着替えた。鏡で己が姿を確認する。うーむ、似合いすぎるくらい似合ってる。これで中身が元・男で無かったらなぁ。爺ちゃんの遺影に手を合わせる。生前、爺ちゃんはこう言っていた。
“ええか、他の人間がやったことのないようなどでかい事するんじゃぞ”
爺ちゃん、僕やったよ。男子生徒として通っていた学校に女子生徒として通うなんて世界広しといえど僕くらいのものだろう。しかも、こんな美少女。人生って本当に何があるかわかんないな。
「じゃ、行くか」
鞄を持って家を出る。僕は行きも帰りもいつも一人だ。だから…
「おはよ」
「おはよう」
と友達同士、恋人同士で挨拶をかわすという動作をしたことがない。学校で他人と話すことも必要最低限な事以外にはない。例外はあのイケメンくんだが、彼は僕のこの変わり果てた姿をどう思うだろうか。彼とは友達でもなんでもないが、僕にとって彼は唯一露骨に僕を嫌悪しない存在であり、彼にとって僕は唯一本当の自分をさらけ出せる存在であって、仲良くはないが互いに利用価値がある関係とでも言おうか。お、噂をすれば。相変わらず女子たちに囲まれている。彼は注目される。僕はその逆で注目されない。それはずっとそうなのだと思っていた。
「……」
しかし、今日は違っていた。妙に視線が気になる。皆が僕に注目している感じがする。まあ、見た目が美少女だから注目されるのは当然か。美人転校生とでも思っているのかな?まだ学校全体に僕の事は知れ渡っていないだろう。とすれば僕の事を知らない男子から告白される恐れもあるわけだ。そっちの気はまったく持ち合わせていない僕はそんな悍ましい想像なんてしたくはないのだが、見た目麗しい美少女であることは自分でも認めるしかないからそういう身の毛のよだつ想定もしておかなくてはならないかも。美少女の正体が僕だと知れたらそんな心配もしなくて済むだろうが、自分から知らせるのもなあ。ほっといても今日か明日には学校中に知れ渡るだろうから自分から告知することもアルマーニ。だが、それまでに告白されてしまったら?
「うーん」
困った、困った、本当に困った…んがーっと呪文を唱えると“自称”大魔法使いが……現れない。何が悲しゅうて男に告白される心配をしないといけないんだ?
「おーい」
後ろの方から誰かが誰かを呼ぶ声が聞こえる。誰を呼んでいるかは知らないが、僕でないのは確実だ。誰も僕に声をかけたりはしない。そう思って歩いていると、いきなり肩を叩かれた。
「!」
驚いて後ろを振り向くと同じクラスの女子だった。彼女も昨日僕の下着選びに来ていた女子の一人だ。
「もう、呼んでいるのにどうして無視すんのよ」
「え?」
僕を呼んでた?
「何か考え事でもしてたの?」
「ん、まあ…」
何を考えてたかは言えない。
「そうよね。女の子には悩み事がいっぱいあるもんね」
女の子の悩み事は僕には理解できないが。理解したところで役に立つとは思わなかったので理解しようとすらしなかった。
「何か困ったことがあったら言ってよね」
「う、うん…」
「そうそう、大事な事を忘れてたわ。おはよう」
「えっ?あ、ああ…お、おはよう…」
挨拶された。生まれて初めて女の子に“おはよう”って言ってもらえた。たった4文字の言葉なのに、なぜか心に響く。
「どうしたの?ボーっとして」
「ううん、なんでもない」
どうしたことかドキドキしてきた。ひょっとしてこれが恋?
「制服似合ってるじゃない」
「うん、ありがとう」
そう言われると嬉しい。やばい、感動のあまり涙が出てきそうになった。なんとか涙を堪えようとしていた僕は彼女の視線がスカートに向けられていることに気づかなかった。
「下はどうかな♪」
下?下って…と思った時には僕のスカートの裾が目いっぱい持ち上げられていた。
「ああ、嬉しい。私が選んだのを穿いてくれてるんだ」
僕は慌ててスカートの裾を抑えた。
「な、なにすんの?」
「あ、ごめん。ちゃんと女物のパンツ穿いてるかなって」
だからって何もこんな往来でやらなくても。他人の目もあるのに。顔を赤くしてチラチラとこっちを見ている何人かの男子には確実に見られている。
「ちゃんと下着も女物を着けてるって事は女の子として生きることにしたってことだね」
「うん……」
僕にはそうするしか選択肢がなかった。因みにこのパンツにした理由は適当に選んだだけで彼女が選んでくれたからではない。というか、誰がどの下着を選んだかなんて覚えちゃいない。僕らはその後一緒に学校に向かったのだが、女の子と一緒に歩くなんてそんな夢見る事すら許されないと思っていたことが現実となるなんて。また涙が出てきそうになる。
(人間生きてると良いことってあるんだな)
僕は彼女と歩いていると想像しながら学校への道を進んだ。
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制服が似合うと言ってくれたのは彼女だけではなかった。皆が似合うって言ってくれる。それは素直に嬉しいと思う反面、もう男としての僕は存在を許されないどころか無かったことにされそうな気がして複雑な心境である。でも、まあ邪険に扱われているわけではないからあれこれ言うのは我儘だろう。皆が受け入れてくれるんだったらそれでいいじゃないか。だが、事はそうすんなりとはいかなかった。朝のHRで担任が僕を見るなりこう言ったのだ。
「今日から女子生徒か。よく似合ってるぞ」
「ありがとうございます」
ここまでは問題は無い。問題はその後だ。
「よし、皆に自己紹介しようか」
「はっ?」
なんで?
「改めてクラスの皆に自己紹介しないといけないだろ。ほら立って」
言われるがままに起立する。クラスで自己紹介は初日に済ませてある。自分の趣味や得意分野を話す生徒もいればウケ狙いのダジャレを言う生徒もいる。しかし、僕の場合は誰も聞いて無さそうだったので自分の名前と「よろしくお願いします」とだけ言って終わらせたのだ。まあ、他にネタになるような話が無かったのもあるのだが。
「あー……」
どう言おう。皆、注目している。大勢から注目されるようなことなんてなかったから怖い。
「あの……」
必死にセリフを考える。
「いきなりこんな事態になって…えー驚かれた事と存じ上げ奉ります……」
何を言ってんだろう…。
「えー、そのー、なんですかね、まあーそのー所謂って奴ですか…」
しっかりしろと自分を叱咤する。
「そのー、つまり…思いがけず女の子になってしまった次第でありまして…」
次は何て言おう。
「ですから…今日から女子として皆様と学ばせていただくことと相成りました。えと……」
もう少しだ頑張れ!
「そ、そういうわけでございますから…どうか、不束者ですがよろしくお願いします!」
僕は勢いよく頭を下げた。皆の反応はどうだろう?少しして拍手と歓声が沸き起こった。どうやら事なきを得たようだ。ホッとして席に着く。が、しばらくして自分のセリフにツッコミを入れてしまった。不束者ですがって…。嫁入りじゃないんだから……。
どうにか自己紹介も終えて休み時間にトイレに行くのも女子トイレに行けるようになった。まだ緊張はするけど。ただ女子と着替えるのはまだ無理っぽい。女子のほぼ全員の裸を見ているとはいえ、やはり画像と生では違う。それ以外は特に問題は無いだろう。と思うのはまだ早かった。事件は次の休み時間に起きた。廊下を歩いてたら違うクラスの男子に呼び止められて、なんだろうと思って立ち止まったら告白されてしまったのだ。
「僕と付き合ってくださいっ!」
恐れていたことが起きてしまった。僕の事が知れ渡る前に先走る人がいたとは……。もう少し検討してから告白すべきだと思う。どうしようか。断るのは確定しているとしてどう断るか。元・男であることを伏せて断るか。そうすれば男に告白してしまったというトラウマを負わせずに済む。いや、『人間の子は人間さ。天使を夢見させちゃいかんよ』という格言もある。ここは真実を伝えるべきだろう。その方が彼のためでもある。
「あのね、実は……」
僕はありのままを話した。すると
「知ってました」
「……へっ?」
知ってた……。僕が男だったことを知ってた。彼が言うには僕が思ってたよりも早く噂は学校中に流れてらしい。しかし、それならなぜ告白をするのだろうか。
「以前のあなたがどうだったかなんて知りません。いまのあなたが好きなんです。どうか、僕の彼女になってください!」
「ごめんなさい」
なんの躊躇も無かった。悪いけど先述したように僕にそっちの気はまったく無い。即答だったので彼は一瞬怯んだが、諦めきれないのかなおも食い下がった。
「あ、あの、だったらせめて友達からでも!」
友達…以前より心ひそかに望んでいた物…。よもやこの僕に自分から友達になってと言ってくれる人間が現れるとは。だが…
「それもありえないね」
はっきりとした全否定に彼は衝撃を受けたようだ。あまりに衝撃が強かったのか硬直してしまっている。口だけは動いていて「な、なぜだ」などとブツクサ言っている。そんなに断られたのがショックだったのだろうか。というよりも僕が告白を受け入れる事を前提にしていたようだ。なにをトチ狂っているんだろう。ひょっとして内面も女の子になっていると思ったのだろうか。だとしても、僕が言えた事でもないが彼は告白したらどんな女性でもOKしてくれるような格好良い男ではない。自分に自信があるのは結構だが過剰になるのはいけないな。僕は彼を放置して教室にもどった。
―でも、友達なら良かったのでは?―
僕は愛情だけでなく友情にも飢えていた。だから、友達がほしいと思った事もある。でも、さっきの彼と友達になるのは僕が望んでいたそれとは何かが違うような気がした。何がどう違うかは自分でもわからないけど、でもこの違和感がある限りは僕は心に決めた。友達なんていらないと。




