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4.手錠をはめられ下着売り場まで連行されてしまうお話

 一クラスの男子がほぼ全員病院に搬送されるという我が校始まって以来の非常事態が起きた騒がしい学校での一日が終わった。僕は鞄にノート、筆記具、教科書を入れると立ち上がって教室を出ようとした。そこを女子たちに呼び止められた。


「ちょっと待って」

「僕?」

「そうよ。どこ行く気?」

 どこって、帰るんだよ。たじろぎながらも返答する。女子たちに迫られているのだ。これが普通の男子ならドキドキだろうが、普段から蔑視と罵倒の嵐にさらされてきた僕からしたらこの状況は恐怖でしかない。


「あなた忘れてない?今日は皆であなたの下着選びに付き合うって言ったじゃない」

 そういや…すっかり忘れてた。というより冗談だと思っていたからだ。


「本気…だったの?」

「あったりまえじゃない。うんとかわいい下着を選んであげるから」

 いったい、何の冗談だ?彼女らの意図が掴みきれない。


「何をそんなに怯えてるの?私達はあなたと仲良くなりたいだけなのに」

 仲良く?嘘だ絶対に嘘だ。彼女らが僕と仲良くなりたいなんて絶対にありえない。何か裏があるに違いない。どうにかしてこの場を切り抜けようと策をめぐらしていたら何と女子の一人が僕の腕を掴んだのだ。


「!!?」

 僕が驚くのも無理はない。以前は僕を黴菌扱いして触るのはおろか近くに寄るのも露骨に嫌がっていたのに。さっきだって僕の体をべたべたと触っていたし。彼女たちが何を企んでいるかはわからないが、僕に善意や好意が無いのは明らかだ。このままのこのこついていけば何をされるかわからない。いままでは無視してくれてるだけだったが、実害を加えられるとなると逃げるしかなくなる。だが、僕は両脇を女子にがっしり捕まれ連行される犯人のようにつれていかれた。


-・-・-

 僕らは大手スーパーのジオンに来た。下着売り場は3階にある。ここに来るまでに逃亡計画を練っていたが、前後左右を女子に囲まれていてはどうにもならない。彼女たちを殴り飛ばして、さらにおまけに蹴飛ばして逃げる案もあるが僕は女性に手をあげない主義だ。だから、せいぜい裸を拝ませてもらってそれを資金源にさせてもらうぐらいしかできない。下着売り場に到着。さっそく下着選びに取り掛かる女子たち。


「ねえねえこれどう?」

「あ、かわいい~」

「これは?」

「それもいいね」

「これなんかいいんじゃない?」

「え~ちょっと派手すぎない?」

「あ、これ羽根ついてるよ」

「本当だ、かわいい」

 女子たちは自分のでも無いのに楽しそうに物色している。この隙に逃げ出せばと思われるだろうが、敵もさるものしっかりと僕の両手を手錠で拘束している。さっき、エスカレーターで上の階に行く途中で隙を見て下りのエスカレーターに乗り換えたら下で別働隊に待ち伏せられて二度と逃げないように手錠をはめられたのだ。逃亡を警戒しての伏兵といい手錠といい何が彼女たちをここまで本気にさせるのか。こんなことよりも勉学の方に本気を出すべきだと思う。付近の買い物客の視線とヒソヒソ話が痛い。早く終わらないかな。なんでもいいから早くしてほしい。どうせ着けないんだし。待ちくたびれてベンチに座っていると女子の一人が呼びに来た。もう終わったのかな?ついていくと、女子に下着を渡されて店内に設置されているカーテンがついている小部屋を指差された。僕の記憶が正しければそれはフィッティングルームいわゆる試着室と呼称されるものだ。状況を推理するにこれは……。


「ふむ」

 うんうんと顎に手をやり何度も頷く。頷きながらバレないようにこっそりと周囲を窺う。僕が逃げないように女子たちが周囲を封鎖しているが、どこかに綻びがあるはずだ。そこを隙を見て一気に突破して逃走する。手錠?鉄製じゃあるまいし切断はできる。ただ、走りづらいのは難点だがこのまま大人しく女子たちに従っていたら女物の下着を着けさせられるだろうはだいたい想像がつく。そんな事して何が楽しいかわからないが、状況から察するにほぼ間違いないだろう。そして、僕は女装ましてやブラやパンティまで着けるような趣味は一切持ち合わせていない。逃げるしか道はない。絶対にチャンスはあるはずだ。が、


「え?」

 服の裾を引っ張られたので見たら女子の一人が手でつまんでいた。


「逃げようとしてたでしょ?」

 気づかれた?服を掴まれてたら逃げられない。


「逃がさないわよ。さ、これを試着してみて」

「えーと…」

 僕は必死にこの場を逃れる術を模索した。


「あ、あのさ…試着はしなくてもいいんじゃないかな?選んでくれるだけでいいよ。あとは自分で買うから」

 痛い出費ではあるがしょうがない。


「駄目よ、あんた買ってもどうせ着けないんじゃないの?だから、ここで私たちの前で着けているのを見せないとダメ」

 図星だ。


「ちょっと、どうしてそこまで?それで君たちに得な事ってある?」

「あるわよ。それにあんたは私たちに逆らえない理由もあるしね」

「逆らえない理由?」

「これよ」

 見せてくれたのは小型のカメラだ。


「女子更衣室に仕掛けてあったのよ。あんたでしょ?」

「え?えええええと…ち、違うよ」

 危うく“うん”と言いかけた。


「嘘、こんなことするのはあんたしかいないじゃない」

 それは違う。彼女たちには僕以外の男子は清廉潔白という先入観があるようだ。性善説も甚だしい。


「違うって」

 確かに僕は女子更衣室の盗撮はしていた。貴重な資金源だからだ。しかし、そのカメラを設置したのは僕ではない。なぜなら、僕なら素人に見つかってしまうようなヘマはしないからだ。だが、盗撮をしていたのは事実なのではっきりと否定することはできない。


「本来なら晒し首にしてやるところだけど、おとなしく私たちの言うとおりにしたら不問に処すわ」

「いや、だから…それは……」

 はっきりと否定しないと。だが、盗撮自体は事実という心理的負い目のために強い口調で否定することができない。かと言って人前で女性下着を身に着ける?それは嫌だ。人間にはどんなプライドが無い者であっても決して譲れないものがある。いくらなんでもこれはひどすぎる。ここははっきりと断りを入れておいた方がいいな。


「ごめん、せっかく選んでくれたけど……え?な、なに?」

 女子たちが一斉に僕に視線を集中させてきた。


「な、なにかな?」

 そんなに見つめられたら普通なら照れるだろうが僕からしたら恐怖でしかない。視線をそらそうにも周りを女子に囲まれていてどこを向いても女子と目があってしまう。そして、睨めっこが続く事数分が経過して僕は敗北を認めるしかなかった。女子に手を差し出して下着を受け取る。試着室に入ってカーテンを閉めて溜息。


「なんでこんなことになるんだよ…」

 彼女らの意図がまったく読めない。僕を女装させてどうする気だ。愛でる?それは絶対に有りえない。女子が僕に好意的な感情を抱く事は絶対にありえない。


「そうか、僕を精神的に追い詰める気だな」

 わざわざ金を使ってまでよくやるよ。いや、金は後で請求するつもりか。さて、どうするか。手に持つパンティを見て途方に暮れる。これを穿け?冗談にしか聞こえない。しかし、女子たちは本気のようだ。


「ん?待てよ、パンツとかって試着するのか?」

 男ならまずしない。念のために聞いておこう。


「大丈夫よ」

「で、でも…」

「心配しなくていいから。ここ私のお母さんの店だから」

 そうなの?この女子の言うには選んだ下着はすべてそのお母さんからのサービスだそうだ。って事は店の人に助けてもらえる望みも潰えたな。まさしく四面楚歌。覚悟を決めるか?でもなぁ…。


「もう遅いわね。何やってんのよ!」

 痺れを切らした女子の一人が覗きこんできた。


「まだ、服も脱いでないじゃない」

「だって…」

「自分で脱げないなら私たちが脱がしてあげようか?」

「いえ、自分で脱ぎます」

 女子に脱がされるくらいなら自分で脱ぐ。少し開いてしまったカーテンを再び閉めて服を脱いでいく。上も下もだから裸になる。鏡に映る我が身に嘆息する。こんな体になってしまったがためにこんな目にあう羽目になっている。さて、いよいよ難問に挑戦する。ただ、穿くだけなのに手がブルブル震える。それでも足のところまでもっていくが、今度はガタガタと全身が震えだした。よし、いったん落ち着こう。深呼吸する。気分が落ち着いたところで作戦を立てる。あれこれ考えるから躊躇うんだよな。だから一気に穿いてしまえばいいんだ。しばし瞑想して心を静める。そして、心の中で雄叫びをあげる。うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!うりゃあああああああああああああああああああああああああっ!!!足を通して一気に上にあげる!よし穿けた!


「ゼェ…ゼェ…」

 穿けたはいいが精神的に消耗が激しい。穿くだけなのにこうも疲弊するとは。鏡で確認する。まったく違和感が無い。なんで穿くの躊躇うのか疑問に思われてもしょうがないくらいだ。もしかしたらそんなに意識するものでもなかったかもしれない。かえって男物のトランクスの方が違和感があるくらいだ。その逆だったら違和感どころではないのだが。えと、次は…。


「…これか」

 ブラジャーを手に持つ。どうやって着けるんだ?思案してると、さきほどの女子が顔を覗かせた。


「ねえ、まだ?」

「!!」

 声にならない絶叫をあげる。さっきとは違い僕は裸だ。


「あ、あんた、何やってんだよ!」

「別にいいじゃない。女同士なんだから」

 え?そ、そうか…うん、そうだよね。別にいいよね。え、いいの?


「それ着け方わかんないの?さすがにそこまでの悪趣味は無かったようね」

「……」

 濡れ衣も甚だしい。僕がやった事はせいぜい更衣室や風呂場を盗撮して、それを売りさばいたぐらいまでだ。しかし、一度もそういう騒ぎを起こした事はないのに、いやはやイメージの先入観というのは、げに恐ろしきものかな。


「わかんないだったら私が着け方教えてあげる」

 そういうと、女子は許可も得ずに試着室の中に入ってきた。


「な、ななな…」

 男がパンツ一丁でいてるところにズカズカと乗り込んでくるなんて親のしつけはどうなってんだ。


「なにブツクサ言ってんの。それ貸して」

 ブラジャーを渡すと女子は背後に回って僕に着け方をレクチャーした。それをドキドキしながら聞いている。ドキドキというのはいつ背後から竹串で首を貫かれないかという恐怖心である。女子の中には金を払ってまで仕置き屋に僕の抹殺を依頼しようとする娘もいるだろう。いても不思議とは思わない。あれ?って事は後ろの娘が仕置き屋?


「はい、これで良し。どう、わかった?」

「え?あ、う、うん…一応……」

 女の子って大変だな。


「さ、鏡を見て。自分で見てどう?」

「どうって?」

「かわいいかどうかよ」

 かわいいかどうかって、正直に言えばかわいい。これが自分自身だなんて未だに信じられない。けど、自分で自分をかわいいって痛すぎる。


「ま、まあまあかな」

 そう言うしかあるまい。


「ご謙遜。正直にかわいいって言えばいいのよ。私はかわいいと思うよ」

「そ、そんなこと……」

 女子が僕をかわいい?いくら見た目はそうでも、中身が僕である事には変わりがない。それは女子だって重々承知しているはずだ。女子の真意を図りかねていると女子は“皆にも見せてあげれば?”とカーテンを全開にした。僕はまだ下着しかその身に着けていない。


「ねえ、皆どう?似合ってると思わない?」

「本当だ、似合ってる」

「かわいい」

 以前の僕だったら女子の前にパンツ一丁で出たらたちまち死ぬまで石を投げられていただろう。それがかわいいって、有りえるのか?そんな僕の疑念を知ってか知らずか、女子たちは“次はこれね”と違う下着を渡してきた。ひょっとして、全部試着するの?


「勿論、もうブラの着け方も覚えたでしょ?」

「まあ……」

「全部試着して見せてくれないと帰さないからね」

 何もそこまで、と思ったがふと下を見ると脱ぎ散らかしていた服がいつの間にか無くなっていた。


「あの…僕の服は?」

「全部終わったら返したげる」

 その台詞に僕はブルっと震えた。別に半裸状態だから寒かったというわけではない。服を人質にしてまで僕に下着のファッションショーを強要する事に言い様の無い恐怖心を抱いてしまったのだ。しかし、服が無ければ下着のままで帰るしかない。当然、そうなればお巡りさんにナンパされるのは火を見るより明らかだ。不良ならともかく毒にも薬にもない平凡な一高校生が前科をつけるのは早すぎる。


(ここは言いなりになるしかないか)

 カーテンを閉めて次の下着に着替える。さっきとは違い抵抗感なく着けられた。これが男のままだったら…いや想像するのはよそう。店内を嘔吐物で汚染するのはさすがに申し訳ない。それどころか明日から僕の綽名は“ゲロリンマン”になってしまう。まだ下着はあるようなのでさっさと次を試着する。いろいろチョイスしてくれたようで可愛いものからセクシー系まで中にはセクシーどころでないものまであったが、それはさすがに辞退させてもらった。あまりにもハードルが高すぎる。そして、最後の試着。さすがにここまで来ると慣れてきて鏡の前でポーズを取ったりするようになった。


「うん、それもいいわね」

「結局、どれも良かったじゃん」

「何着ても似合うなんて羨ましいよね。うちらなんか似あう服を選ぶのに苦労しているっていうのに」

 それはお気の毒に。それより僕の服を返して。


「はい」

 もう十分に満足したからかすんなりと返してくれた。これでやっと帰れる。って、アレ?トランクスが無い…。どこ行ったんだ?女子に聞こうにも“僕のパンツ知らない?”なんて言い出しにくい。どうしようか困っていたら女子の一人が察してくれて教えてくれた。


「あれなら捨てたわよ」

 ……。はひ?捨てた…?


「だって、もういらないじゃない」

 ひょっとして、ずっとこれを着けてろと?


「当たり前でしょ。何のためにいっぱい買ったと思ってるの」

「そうよ、あんたはもう立派な女の子なんだから自覚をしっかり持ちなさい」

 女の子…うん、女の子だ。確かに女の子だ。うん。でも、僕だ。


「それにせっかく生まれ変わったんだからさ」

 生まれ変わった?何を言ってるの?


「あの、僕は別に体が変化しただけで生まれ変わったわけじゃ…」

「でも、もう元に戻れないんでしょ?」

「うん…でも、博士を探し出せたら……」

「なに?あんた、元に戻りたいの?」

「だって、それが本当の僕……」

「信じられない。マジで言ってるの?はっきり言ってあんたが元に戻るのなんて世界中の誰も望んでないよ」

 それは言い過ぎと言いたいが多分そうだと自分でも思う。いまのままでいる方が世の為人の為?男の僕は世界中の誰にも必要とされていない?多分そうだろう。でも、だったらせめて本人が必要としてならないとあまりにも僕という人間が哀れすぎる。しかし、その事を女子たちに言う気にはなれなかった。どう言っても理解してくれるとは思えないからだ。彼女たちにとって男の僕という存在はすでに消え失せた或いはそういう事にしておきたいものなのだ。


(やはり、僕は一人だ……)

 女子たちは女の僕を受け入れてくれるようだ。しかし、僕は彼女たちを受け入れる気にはなれない。下着の代金は後日しっかりと返済しよう。もう帰ろう。すると店主のおばさんがうちの学校の女子用制服を持ってきてくれた。そういや、明日から女子用制服で登校するよう言われてたな。娘から連絡を受けた店主が用意してくれていたらしい。しかも、娘の友達ということで料金はサービスしてくれるとの事。そうか…明日から名実ともに女子生徒だな。

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