12.自分の時給にびっくりしてしまうお話
「聖マキシマムか。すごい学校に行ってたんだな」
僕の出した履歴書を見て店長は感心したようにうんうんと頷いている。どうにか履歴書をでっち上げた僕は学校が終わるとRedRabbithorseへ向かった。店先に『本日休業します』との張り紙があった。定休日ではなさそうだ。聖マキシマムとは私立の学校でお金持ちしか行けないところだ。僕も小学校・中学校と通っていた。
「君って、もしかしてあの…」
履歴書の経歴を見て店長が探りを入れてきた。僕の実家を知っているようだ。別に隠すことでもないので正直に答える。
「そうか。確かに君の家ならマキシマムにも行けるな」
「僕の家を知ってるんですか?」
「私は昔エンパイアキャピタルホテルで料理人をやっていてね。ご贔屓にしてもらっていたんだよ」
そうなのか。店長の腕前なら味にうるさいうちの家族の舌も満足させられただろう。
「でも、変だな。君を見かけた記憶が無いんだが」
「あっ」
店長が見かけなかったのも当然だ。僕は一度も外食なんて連れて行ってもらったことがなかったからだ。
「ええと」
なんて答えよう。もう昔のことなんて思い出したくもないのに。
「深窓の令嬢だったんです。アハハ」
意味不明な事を言って笑って胡麻化した。
「そうか…。いや、ちょっと気になってね。なんであの家のお嬢さんがこんな店に来たのかって」
ああ、そういやそうだ。うちの家族はこういう店には絶対に来ない。迂闊に正直に言いすぎた。
「まあ、何か事情があるようだけどそれは聞かないでおこう」
僕が返答に窮していると店長が気を使ってくれた。
「住所もこの近くだけど、ご実家から離れて一人で生活しているのかな?」
「はい、そうです」
これは正直に答えられる。
「よく親御さんが許してくれたね。君みたいなかわいらしいお嬢さんに一人暮らしさせるなんて。それに通っている高校も公立だし。まあ細かいことはいいか。ところで、いつから入れる?」
「え?」
急に話が変わった。もう、いいのかな?形だけの面接だったんだけど。
「僕は明日からでも大丈夫です」
「そうか。それでシフトの方なんだが。平日は学校が終わって…そうだな5時からでどうだろう?」
「いいですよ」
「何日入れる?週3日ぐらいかな?」
「毎日でも構いません」
「そんなに?できれば学校が休みの日は昼に入ってほしいんだが」
「いいですよ」
「待って。それだと毎日になってしまうよ?」
「はい、そのつもりです」
何しろ生きていくためだ。生きていくためには金が要る。金が欲しければ働くしかない。
「いやいや、君だって友達と遊んだり買い物行ったりするだろ?」
「僕、友達いませんから」
次の瞬間、店長がフリーズしてしまった。が、すぐに解凍した。
「ああ、友達とは彼氏のことも含めて言ったつもりだったんだが」
「彼氏なんていません!」
思わず声を張り上げてしまった。でも、ここはちゃんと言っておかないと。いきなり大声を出したもんだから店長がびっくりしちゃってる。
「す、すみません…」
「いや、なんか聞いたらダメなことを言ってしまったみたいだな。しかし、君だったら友達がいっぱいいそうな感じなんだがな」
そんなこと知らんがな。
「まあ、さすがに毎日はちょっとね。平日は週三日で日曜日と土曜日が休日の時は昼間に入ってもらう。これでどうかな?」
「はい。それでお願いします」
「あと、時給の方だがそうだな…1500円でどうだ?」
「ぶっ」
僕は思わず吹いてしまった。
「せ、1500円?」
「足りないかね?」
「多すぎですよ。だって、チラシには900円って書いてあるじゃないですか」
カウンターに置いてあるチラシを指差す。そこには手書きで『バイト急募!時給900円から』云々と書かれてある。
「あれは他のバイトの給料だよ。君はこれに特別報酬がつく」
「特別報酬?」
「しばらくはお客は君を目当てに来るだろうからね。その手当だよ」
前回の客寄せパンダというセリフが脳裏をよぎる。要するに僕をダシに使おうとしているわけか。時給をバイトが決めるわけにはいかないから店長の判断には従うが他のバイトの子には知られないようにしないとな。この店長は迂闊な事を言うような人には見えないから多分大丈夫だろう。ってか僕以外のバイトも雇うつもりだったのか。まあ、昨日のてんてこまいを見たら僕だけではかなり厳しい。昼間はいないしね。
「さいですか」
シフトも決まった。時給も決まった。あとは何かあるかな。
「私の方からは以上だ。何か質問あるかね?」
質問?何かあるかな…。無いな。
「特にないです」
「そうか。なら面接は終了だ。明日から頼むよ。ああ、そうだ。君、これから何か予定あるかい?」
「いいえ」
「だったら研修しないか?アルバイトは初めてとの事だからな。昨日はそれどころじゃなくて君にしっかりと接客を教えることができなかったからね」
「ああ、はい。お願いします」
接客業だから接客はちゃんとできないとな。僕は店長に接客を教えてもらうことになったのだが、さすが元一流ホテルの料理人、一流ホテル並の接客技術を叩き込んできた。少しでもミスをすると厳しく指摘された。何しろ時間が無いので教え込むに多少厳しくてもしょうがなかった。まあ、その甲斐あってどうにかこなせるようになった。
「ふひーっ」
疲れ果てた僕はテーブルに突っ伏した。
「お疲れ様」
ねぎらいの言葉と同時にハンバーグとライスが僕の前に置かれた。
「あのこれは?」
「昨日言っただろ?メニューも変えるって。味見をしてくれないか?」
この店が長い間、閑古鳥の住処になっていたのはべらぼうに高いメニューが原因だった。昨日、店長はメニューをリーズナブルなものにしていくと言っていた。それがこれか。どれどれ。
「いただきます」
パク。うん、おいしい。
「どうだ?」
「おいしいです」
味を落とさずに余計なものを削ってごくごくシンプルに仕上げる。
「これでおいくらですか?」
店長の言った値段はそれでも他の店よりかは少々割高だがこの味なら高すぎるってことはないだろう。
「これならお客さんも押し寄せてきますよ」
本来なら僕なんかがいなくても店長の腕前なら行列ができる店になっていてもおかしくはない。ただ、ちょっと経営の才能がなかっただけだ。
「ありがとう。こうして再出発できるのも全部君のおかげだ。本当にありがとう」
「えっ?」
店長に両手を握られた僕はびっくりしてもうた。いままで他人にこんなことされて礼を言われたことがなかった。
「はい、僕こそありがとうございます!」
初めて僕を必要としてくれた人に僕は心から感謝した。
次の日
「ねえねえシフト決まった?」
教室に入るなり女子たちが聞いてきた。その前に「面接受かった?」と聞くものだと思う。
「あなたなら落ちるなんて有り得ないって言ったでしょ」
形だけの面接だったけどね。
「それでどうなのシフトは」
「うん、火木土の週三日で土曜日が休みの日は月水金、んで日曜日と土曜日が休みの日は昼間になった」
「今日からスタートなの?皆で押し寄せちゃうからよろしくね♪」
なんか不安になってきた……。