表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/15

11.自分の名前に悩んでしまうお話

 僕は困っていた。迷っていた。悩んでいた。前回、Redrabbithorseという喫茶店でバイトとして働くことが内定した僕は店長に履歴書を書いてくるように言われたのだ。そこで家に帰って書こうとしたのだが、名前を書く欄で早くも壁にぶち当たった。女子になってしばらく経つがいままで気にもしなかった。名前である。皆、僕を名字でしか呼ばなかったし、僕もフルネームで名乗ることはなかった。そういえば店長に名前を言ってなかったな。さて、困ったな。男の時の名前なんて書けない。偽名を書けば?とも思ったが履歴書って正直に書くもんだと聞いたし、身分証明として学生証の提示を求められたらどうにもならない。正直に書くしかないのか?でも、店長信じるかな?いっそ正直にありのままを話すか?ダメだせっかくの働き口をなくしてしまう。結局、何も記入できないまま朝になった。夕方には店に持っていかなきゃならないのに。授業中に考えるとしよう。もしかしたら妙案が浮かぶかもしれない。

 教室に入るとクラスメイト全員がワッと押し寄せてきた。なんだなんだなんだ?


「ねえねえ裏通りの喫茶店で働いてたって本当?」

「え?」

 なんで知ってるんだ?


「う、うん…」

「私たちも行きたかったな。ねえシフトはどうなってんの?」

 ぐいぐいと聞いてくるな。僕のシフトなんか聞いてどうすんだ?ってかシフトはまだ決まっていない。


「まだ決まってない…」

「ええなんで?昨日シフト入ってたんでしょ?」

 昨日は手伝っただけだ。本当はあそこで働くつもりなんてなかった。成り行きで手伝ったんだ。


「なあんだ」

 がっかりとした様子の彼女だが、すぐにハッと何かに気づいたような顔になった。


「でも、さっきまだ決まっていないって言ってたよね?それって、そこで働くのもう決まってるってこと?」

「うん。今日面接があるんだ」

「あなたなら絶対に受かるわよ。シフトが決まったら絶対に教えてよね。私たちで売り上げに協力してあげるから。ね?皆」

 彼女がクラスメートに目配せすると全員一斉に頷いた。


「ああ、お前が淹れてくれたコーヒーなら十杯はいけるぜ」

「俺なんかオムライスにお前がケチャップでハート描いてくれたら三杯はおかわりするぜ」

「俺はお前が水を淹れてくれるだけで十分だ」

「いや、水じゃ売り上げにならないだろ」

「お前ら、個人で行っても大した売り上げにならねえだろ。俺は部の連中に声をかけて部員総出で売り上げに協力するぜ」

 昨日の昼まで閑古鳥が鳴いて閉店を覚悟するまでに寂れていた喫茶店に行列ができる人気店にも負けないくらいの客が来てくれるなんて。他の連中も感化されて部員総出で来るみたいな事を言い出した。あんましいっぺんに来られても対応できない。


「ね?これだけ来たらお店も繁盛であなたのバイト代も弾んでくれるでしょ?だからシフトが決まったら絶対に教えてよ?」

「うん…」

 どうしよう。採用を辞退しようか。でも、生活費や学費を稼がないと…。懸案事項が増えたせいで授業中も名前のことで妙案が浮かばなかった。昼休みになっていつもの憩いの場へ行くとイケメン君がすでにいた。


「よっ」

 手を挙げてくれたので僕も手を挙げて挨拶する。


「どうした?浮かない顔して」

「実は…」

 かくかくしかじか。


「なるほど名前ね」

「どうしよう」

「何も悩むことなんてないぜ。適当に書いとけよ」

「え?」

 適当にって。


「花子でもワカメでもサザエでもいいって事だよ」

 そんな名前は嫌だ。偽名を使えって事?


「そう」

 でも、学生証を見せろと言われたら?


「ただのアルバイトだろ。そんなの見せろなんて言わねーよ。もし、言われたら辞退するって言え。そうしたら見せろなんて言わなくなる」

「そうかな?」

「お前さんを雇えるかどうかってなったら身元確認なんてしないさ」

 でも、嘘を書くのはちょっと後ろめたいな。


「履歴書なんてそんなもんさ。誰だって正直には書いてないよ」

 本当に?なんか眉唾。でも、他に妙案はないからイケメンくんの案で行くしかないか。


「それでなんて名前にするの?」

「そんなの自分で決めろ」

 名前か。自由に決められるとなると却って難しい。


「何かいい名前ない?」

「ドラミとかウランとかどうだ?」

 真面目に考えてよ。


「お前さんは美人だからメーテルってどうだ?」

 できたら日本人の名前がいい。


「だったら……」


 イケメンくんが考えてくれた名前のおかげでようやく次のステップへ進むことができた。教室に戻って名前を書いて住所と連絡先も記入してとここまでは順調。性別欄に迷いなく女に〇をつけたことには複雑な気分になったが。男に〇をつけようとしてしまったってやるべきだったと思うのに。なんか嫌。で、次は学歴。小学校から書くのかな?職歴は…盗撮とってオイ。セルフツッコミをしたあとは免許・資格。当然ない。うん、順調だ。んで、次は志望動機か。志望動機?


「生活費が欲しいから、と」

 え?ダメ?でも、高校生がバイトする理由って遊ぶ金欲しさか家の家計を助けるためじゃないの?御社の企業理念に共感しましたなんて高校生が書くか?本音と建前は分けるべき?うーん、なんて書こう。


「どうしたの?」

 僕が頭を悩ませていると通りがかった女子が声をかけてきた。事情を話す。


「お金が欲しいからでいいんじゃない?」

「本当?」

「他の人だったらダメだと思うけどあなたならOKよ」

「でも、怒られないかな?」

「怒るわけないじゃない。せっかくの客寄せパンダを手放したりはしないわよ」

 パンダ?男から女になったと思ったらとうとう人間ですらなくなってしまった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ