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ラスト・メカニック 〜タイムスリップの万能技士は人類滅亡後のアンドロイドを修理する〜  作者: 未来が見えない
第一章 スクラップアンドビルド

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プロローグ

  地球温暖化の影響なのか、極点の氷塊が解けて海面が上昇しているという一説がある。気温が上昇すると共に海面から蒸発した大気が気流に乗っかかり、太平洋を駆けていく。


 その気流は、とある県の海岸沿いに潮風を舞い込ませ、大陸へと流れ込んでいた。空気は澄み、海の香りが辺りに漂う。


 流れ込んだ先には、東京ドーム約三十個分を収容するほどの敷地面積を誇る工場が拠点として構えられていた。工場内では電気炉が稼働し、アークと呼ばれる光と高熱を伴う放電現象が、柱ほどもある黒い電極から流されている。オペレーターの手によって、緻密な確認と操作が行われる中、警告音がけたたましく工場内に鳴り響く。


 電極から放たれる真っ白な光が視界いっぱいに広がったかと思えば、雷鳴の如く鳴り響き、耳をつんざく。瞬間的に熱は三千度を超え、百トンを超えるバケットの中でリサイクル鉄屑は成分調整された素材へと変わっていく。いわゆる『溶鋼』というものだ。


 赤熱した輻射熱で、あたりは赤黄色に光り輝く。


 溶かされた鋼は空気冷却される。赤熱した状態で駆動する設備により摺動し、稼働部によって型へとあてがわれ、四角柱へと形成されていく。酸化スケールが飛び散り、不要な成分が抜けていく。鍛え上げられた鋼は靭性を持ち、工場内のベルトコンベアで運搬され、やがて合金鋼のビレットとして出荷される。


 建屋の外には、なぜか茶色い丸棒材が山のように置いてある。クロム成分が微量しか含まれていないからだろうか、赤錆を出して、酸化膜を張った内側まで錆に侵食されていた。丸棒材はブロック分けされて陳列されているかのような佇まいを見せている。何の素材にもならないガラクタの山のように、リサイクル用にもならず鎮座していた。


 出荷されたビレットはクレーンにより大型トラックに乗せられる。吊られて揺ら揺らと動く三メートル・二トンのビレット。一歩間違えれば即死である。


 大型トラックは工場内中心地の開発研究所へと向かい、到着した荷台から実験棟へと運ばれた。


 無線クレーンのワイヤーによりビレットが吊り上げられる。吊り荷は運搬されたビレット。操作者と玉掛け者が合図を確認し合いながら運んでいく。


 工場内の巨大な鋸切断機により半分以下になった材料は、さらにミクロ切断機によって小さくなっていく。


 ミクロ試料として観察できるようになったそれを、研究所内の実験室で評価する。鏡面研磨された合金鋼の光沢面は、鏡のようになっている。塩酸系の腐食液による作業『エッチング』を行うと、試料の鏡面が少し曇った。


 光学顕微鏡にてミクロ試料の状態を確認する男がいた。くっきりと結晶粒が現出しており、先方の特性と同等の粒界だったことに安堵の息を漏らす。


「よし、いい感じだ……今日も一仕事終えた。明日は特性評価の試験をしなきゃな、報告書も書かねえと……ああ、忙しいな、まったく」


 作業着に名札をつけた三十歳の男は、サイドにツーブロックを入れて刈り込んでいた。保護メガネをかけ、資格保持者のシールがステッカーのように元の色を消すほど貼られたヘルメットを脱ぐ。それを机の上に置き、椅子にもたれて一人呟いていた。


 すると、内線電話が鳴る。


「もしもし、神浦さんですか? 困ったことになりまして……」


 低姿勢で語りかけてきたのは、研究職のバディである「高野」だった。応用研究および開発部門を担当している。神浦はその補佐でもあり、様々な設備に精通した技術者であった。異様にテンションが低めの声に神浦は訝しげになる。


「もしもし、仁です。ええ、何だって??」


 神浦の声が上ずる。


「A社のサンプルを独自ルートで頂きまして、それを特急で依頼したく……」


「おいおい、マジかよ? スケジュール組んで会議もあるのに。それに、次に導入する設備だって考えないといけないのにー」


「そこを何とか! この材料の特性を明日までに報告しないと、上から圧力をかけられていて……」


「高野さん、こっちもね、工数ってものがあるんですよ。無限じゃないんですよねー、有限なんすよー。残業ですか? 嫌だなあ。そうだなあ……一杯奢ってくれるなら?」


「神浦さん、貴方って人は……! 勿論です! 貴方の腕がないとこの仕事は遂行出来ません。頭が上がりませぬ、殿!」


 ヨイショする高野は、電話の奥でノリに合わせてくれていた。気前が良いのが好感が持てる人であった。


「ははは、そこまで言うか。苦しゅうない、面をあげよ」

 神浦もその対応に思わず満足して笑ってしまう。


「本当助かります! では、後ほどそのサンプル持っていきますね」


「はいよー、報酬が楽しみですよ」


 ◇


 神浦は高野が来るまで休憩をすることにした。

 自販機に行き、缶コーヒーのボタンを押す。ピピピと確率機が電子文字を表示するが、『776』でハズレであった。


「この自販機、いつもハズレばっかりだよな。当たった世界線を見てみてえよ」


 自販機の前に立って呟きながら、缶コーヒーの蓋をメコッと開けた。おもむろにスマホを取り出すと、某ソーシャルメディアを開く。なんてことのないつぶやきを書き込んでから、持っていた缶コーヒーをグビッと飲んだ。


「うめ〜、極まるぅ」


 冷えたコーヒーが、熱した体と脳を正常に戻してくれる。


『ガチャン』


 自販機から何かものが落ちた音が聞こえた。


「え?」


 思わず振り返る。


 当選確定のおめでとうBGMも表示もないまま、取り出し口にもう一本、先ほど買った缶コーヒーが落ちていた。


「当たっていたということか? まあ、有り難え話だ、貰っとくぜ!」


 何かの前触れだったのかもしれない。


 それからしばらくして高野からサンプルを受け取った神浦は、光学顕微鏡で鉄鋼材料の組織を覗き込んでいた。


 デュアルモニターに結晶構造の粒界が映る。『α (フェライト)相、γ (オーステナイト)相の、組織』が出ている。いつも通り眉間に皺を寄せ、画面に近寄って食い入るように組織を観察する。


「なんだ? なんかこの模様、変だな……」


 マウスでカーソルを動かして拡大していく。


「なんだ、アプリのエラーか?」


 プログラムコードのスタート画面がズームアップされて表示された。


『Hello master』


 画面一杯に英語で表示される。


「ハロー? マスター?」


 突然の出来事に間抜けな顔になり、気が抜けた声が出る。画面が急に切り替わり、マウスを動かそうにも全く反応しない。


「なんだよ、これ……」


 白くなった画面を注視していると、プロンプトコードが強制的に実行され始めた。


「おいおいおい、嘘だろ!?」


 慌てふためき頭を抱え込む。


「停止! 強制シャットダウンだ!」


 電源ケーブルを外すが、電気を供給していないのに、パソコンは不気味に稼働し続ける。


「は? 何が起きているんだ!」


 訳も分からず立ち止まる。すると画面には意思を持ったかのように文字が入力された。


『ワタシハ、ニンゲン、デス』


 真っ白な画面に黒文字で書かれていた。


『デアエテ、トッテモ、ウレシイ』


 続々と画面上にカタカナで表記される、悪戯のような文章。しかし、どこか儚さも感じ取れるような気がした。


 その間に独自のコードなのだろうか、見たこともない記号が画面を駆け抜けていく。


「俺を馬鹿にしているのか? ハッカーって奴か! 技術情報を盗みに来たのか……最悪じゃねえか、クソッ!」


 突然、白い画面に浮かび上がっていた黒い文字が消え、画面は暗転した。何事かと思い静止する。


「なんだ……?」


 何が起きているのか分からずパニックに陥る。


 すると突然、暗転した画面の中から手(・)が伸ばされてきた。それは無機質で無骨な、何者かの手であった。頭を強く掴まれ、引きずり込まれていく。吸い込まれるように、神浦の身体は画面の中へと収まっていった。


 椅子に座っていたはずの仁の姿はその場から消え去り、誰もいなくなった椅子だけが、惰性でくるくると回り続けていた。


新作です。此処までお読みくださりありがとうございます!

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