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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
プロローグ

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プロローグ 鎧の向こう側


「……やっぱり、重装備って最高だな」


私は、画面の中に映る自分のキャラクターを眺めながら、満足げに頷いた。


名前は――高橋美咲。


二十七歳。


趣味はゲーム。


そして、何よりも――


「鎧は、重ければ重いほどいい」


友人たちからは、何度も言われている。


『美咲、また重装備?』


『移動速度、半分になってるけど?』


『それもう敵を倒す前に寿命が来るんじゃない?』


失礼な話である。


私は画面の中で、巨大な盾を構えた。


全身を覆う黒鉄の鎧。


肩には馬鹿みたいに大きな装甲。


腰には何本も武器をぶら下げている。


足元には、どう見ても人間が履くものではない金属製のブーツ。


「いいじゃん。これがいいんだよ」


攻撃力?


そこそこ。


素早さ?


低い。


回避率?


ほぼゼロ。


でも――


防御力だけは、誰にも負けない。


「当たらなければどうということはない……っていうけどさ」


私は笑った。


「私は当たってもどうということがない方が好きなんだよね」


これが私だった。


現実の私は、ゲームの中ほど強くない。


人の顔色をうかがって。


空気を読んで。


頼まれたら断れなくて。


嫌なことがあっても「まあ、いいか」と笑ってしまう。


自分を守るのが、あまり得意じゃなかった。


だからなのかもしれない。


ゲームの中では、いつも鎧を着ていた。


分厚い。


重い。


頑丈。


何があっても簡単には壊れない。


鎧の内側にいる限り、自分は安全だった。


――その日も、いつものようにゲームを終えた。


「さて……コンビニでも寄って帰るか」


外は雨だった。


傘を差しながら歩いていると、交差点の向こうから小さな男の子が走ってきた。


信号は赤。


そして――


大型トラック。


「危ない!」


考えるより先に、身体が動いていた。


男の子を突き飛ばす。


視界いっぱいに、ライトが広がった。


衝撃。


雨音。


そして――


真っ白な世界。


「…………」


私は、ぼんやりと立っていた。


床もない。


壁もない。


天井もない。


ただ、真っ白。


「ここ……どこ?」


すると、目の前に一人の女性が現れた。


長い銀髪。


白い衣装。


背中には淡い光。


どう見ても――


「神様?」


「はい」


即答だった。


「やっぱり?」


「はい」


「私、死んだ?」


「はい」


「ですよね」


「はい」


「…………」


「…………」


「もうちょっと否定してくれてもよくない?」


神様は少し困った顔をした。


「すみません。事実なので」


「いや、まあ……そうなんだけど」


死んだ。


改めて言われると、なんとも言えない気分になる。


でも、不思議と怖くはなかった。


男の子は助かったのだろうか。


それだけが気になった。


「さっき助けた子……無事?」


「はい。無傷です」


「そっか」


それを聞いて、私は胸を撫で下ろした。


「よかった」


すると神様が、突然ものすごく真面目な顔をした。


「高橋美咲さん」


「はい」


「あなたには、異世界へ転生していただきます」


「……はい?」


「剣と魔法の世界です」


「…………」


「魔物がいます」


「…………」


「冒険者もいます」


「…………」


「そして――」


神様が両手を広げる。


「勇者や魔王も存在します」


私は数秒、黙った。


そして。


「……それ、ゲーム?」


「違います」


「でも剣と魔法でしょ?」


「はい」


「魔物いるんでしょ?」


「はい」


「冒険者も?」


「はい」


「……めちゃくちゃゲームじゃん」


「違います」


神様は少しムッとした。


「ちゃんと現実です」


「現実……」


私は腕を組んだ。


「じゃあ、死んだらどうなるの?」


「転生です」


「チート能力とか?」


「もちろんあります」


「あるんだ」


神様は胸を張った。


「転生者には、ひとつ特別な能力を授けることになっています」


「へぇ……」


私は少し考えた。


そして。


「じゃあ、すごく強い鎧が欲しい」


「……はい?」


神様の表情が固まった。


「チート能力じゃなくて?」


「鎧」


「魔法とか……」


「鎧」


「剣とか……」


「鎧」


「圧倒的な身体能力とか……」


「鎧」


「…………」


「…………」


神様が小さくため息をついた。


「あなた、ゲームでもずっと重装備でしたよね?」


「なんで知ってるの?」


「神なので」


「便利だな神様」


「褒めてませんよね?」


「もちろん」


「…………」


神様は少し考えたあと、諦めたように手をかざした。


「では、能力を二つ」


「二つも?」


「はい」


「太っ腹」


「あなたがあまりにも鎧にこだわるので」


「やった」


神様の手のひらから、二つの光が現れた。


「ひとつ目は――」


淡い光が文字へ変わる。


《スキンブースト》


「ふたつ目は――」


もう一つの光が文字へ変わる。


《全解除》


「……え?」


私は首を傾げた。


「それ、どんな能力?」


「今は秘密です」


「え?」


「あなた自身が理解することになります」


「いや、説明してよ」


「その方が面白いので」


「神様が?」


「はい」


「趣味悪くない?」


「よく言われます」


神様はニコリと笑った。


「ただし、ひとつだけ言っておきます」


「なに?」


「あなたはきっと――」


神様が意味深にこちらを見る。


「自分の能力を、最初は盛大に勘違いするでしょう」


「…………」


「でも、大丈夫です」


「何が?」


「その勘違いも含めて、あなたの物語ですから」


「いや、全然大丈夫じゃない気がする」


神様が手を振った。


「それでは、いってらっしゃい」


「待って!」


「はい?」


「名前は?」


「新しい人生ですから、新しい名前を」


「じゃあ……」


少しだけ考える。


「ソア」


口にすると、不思議としっくりきた。


「ソア・ミュスカ」


神様は微笑んだ。


「いい名前ですね」


「でしょ?」


「それでは――」


白い世界が、まばゆい光に包まれる。


「ソア・ミュスカ」


神様の声が、遠ざかっていく。


「あなたの二度目の人生を――」


「待って!」


「はい?」


「鎧は!?」


神様が、一瞬だけ黙った。


そして。


「……現地で買ってください」


「ええええええええええ!?」


その叫び声を最後に、私の意識は光の中へ落ちていった。


――そして。


私、ソア・ミュスカの二度目の人生が始まった。


ただし。


このときの私は、まだ知らなかった。


私が欲しがっていた「最高の鎧」が――


この世界で一番、私を破産させる原因になることを。

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