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最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第5章 名前のない冒険者

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第066話 仮登録

 冒険者ギルドは、治療院より大きかった。


 二階まである石造りの建物に、武器を持った人間が何人も出入りしている。


 扉を開けると、酒と革と血の匂いがした。


 誰も怪我をしていないように見えても、古い血が服や武器へ染みついている。


 壁には、休憩所より多くの紙が並んでいた。


 読めない文字ばかりだ。


「こちらです」


 ネラは受付の横を通り、奥の部屋へ入る。


 中には机が一つと、金属の台へ載せられた透明な石があった。


 リオナとユアンもついてきている。


 セルカは治療院に残った。


「二人は外で」


 ネラが言う。


「でも」

「先に証言は聞きます。測定は本人だけです」


 リオナは俺を見た。


「逃げないでくださいね」

「どこへ」

「窓とか」


 窓には、門の詰所と同じように鉄格子がある。


「通れない」

「そういう意味じゃないです」


 ユアンがリオナの肩を押し、部屋の外へ出した。


 扉が閉まる。


 ネラは椅子へ座り、紙を広げた。


「まず、外套の話から聞きます」

「魔境で拾った」

「場所は」

「採石場」

「黒骨洞の近くですか」

「近い」

「いつ」


 日付は分からない。


 洞窟では、夜と昼を何度も数えなくなっていた。


「黒爪猟犬が来る前」

「それでは記録できません」

「何日前か分からない」


 ネラは日付欄を空けたまま、こちらを見た。


「ガレオ・ダン本人は見ていないと」

「見てない」

「遺体も?」

「採石場にはなかった」


 ガレオの遺体は、崩れた道の向こうに残している。


「他に装備は」

「布と外套だけ持ってきた」

「短槍、弓、金属線、解体道具はありませんでしたか」

「全部は運べなかった」

「残っていたんですね」


 質問が途切れない。


 ガレオの荷物をどこまで見たのか、一つずつ確かめている。


「金属線は持っていった。今はない」

「どこで失くしました」

「黒爪猟犬に襲われた」

「その外套は、いったん預かります」

「返す?」

「ガレオさんのものだと確認できれば、遺失品か遺品として扱います。違えば返します」


 肩から外套を脱ぐ。


 治療院で巻かれた布と、コボルトの上着だけになった。


 町の空気は、洞窟より暖かい。


 外套を失っても寒くはなかった。


 ただ、持っているものがまた減った。


 ネラは外套を畳まず、青い糸の場所が見えるよう机の端へ置いた。


「次に、身元と能力の確認です」

「どうやる」

「水晶へ手を置き、ステータスの公開へ同意してください」

「全部?」

「名前、種族、Lv、基礎能力、犯罪称号の有無です。技能や称号の詳細まで開く必要はありません」

「見せたくないものは」

「隠せます。ただし、必須項目を隠せば登録はできません」


 透明な石へ右手を置く。


 冷たい。


「登録名を」

「セイン」

「家名は」

「ない」

「では、セインの名で公開してください」


 ステータスオープン。


 そう意識すると、いつもの表示とは違う感覚があった。


 自分の内側にあるものへ、細い穴が開く。


 どこまで外へ出すかを選べる。


 名前。


 Lv。


 基礎能力。


 状態。


 犯罪称号は持っていない。


 種族へ触れたところで、指先の水晶が赤黒く曇った。


 ネラが顔を上げる。


「手を離さないで」

「何もしてない」

「そのままで」


 水晶の中へ白い線が走る。


 机の上に置かれた薄い金属板へ、文字が浮かんだ。


 俺には読めない。


 ネラが一行ずつ確かめる。


「登録名、セイン。Lv三十二」


 その下へ基礎能力の数値が並んでいる。


 筋力と敏捷のところで、ネラの指が止まった。


「Lvの割に高いですね」

「何と比べて」

「同じLvの人間です」

「人間とは違う」

「種族は」


 水晶がもう一度曇る。


 金属板の文字が揺れた。


「人型亜種。詳細不明」


 下級吸血鬼とは出ないのか。


 聞きかけて、止めた。


「何」

「何も」


 ネラは水晶の台を横から確かめる。


 割れてはいない。


「未登録種か、測定具との相性が悪い種族では、こうなることがあります」

「登録できない?」

「種族を隠そうとした反応ならできません。ただ、これは隠蔽ではなく分類不能です」


 金属板の端に、黒い点が浮かんだ。


 次の瞬間、文字が一部消える。


 古代竜帝因子。


 異界より転じた魂。


 どちらも表示されていない。


「称号の詳細も読めません」

「犯罪称号は」

「ありません。それだけは確認できています」

「ならいい?」

「よくはありません」


 ネラはすぐに否定した。


「ですが、低位測定で読めない種族や称号を持つ人が、全員犯罪者というわけでもありません」


 水晶から手を離す。


 赤黒い曇りは少しずつ消えた。


「正式登録には、別の測定か、一定期間の活動記録が必要です」

「今は」

「仮登録です」


 ネラは新しい紙を出した。


 扉を開け、リオナとユアンを呼ぶ。


 二人は別々に、森で起きたことを話した。


 大岩熊。


 ダリオの負傷。


 灰色の外套を着た俺が現れたこと。


 熊の血を吸ったことも、リオナは隠さなかった。


「血を吸った?」


 ネラの筆が止まる。


「はい」

「人の血も吸いますか」


 質問は俺へ向いた。


「吸える」


 リオナの肩が小さく動く。


「町の中で吸うつもりは」

「ない」

「許可なく人や家畜を傷つけ、血を吸えば犯罪です」

「血を飲むだけでも?」

「人なら本人、家畜なら所有者の許可があり、傷を残さず、禁制の術を使わないなら、町の条例にはありません」


 ネラは言った後、自分の答えを確かめるように黙った。


「ただし、問題を起こせば仮登録は即座に取り消します」

「分かった」

「本当に分かっていますか」

「許可なく吸わない」

「……それで結構です」


 ネラは三枚の紙へ同じ印を押した。


「セインさんは本日から三十日間、Fランク仮登録者として扱います」

「Lv三十二でも?」

「冒険者ランクは強さだけでは決まりません」


 ユアンが先に答えた。


「信用がないやつは下からだ」

「お前も?」

「俺はEだ」

「リオナはF」

「もうすぐEです」


 また同じことを言った。


 ネラが小さな木の板を机へ置く。


 門でもらった札より硬く、端に金属が埋め込まれている。


「受けられる依頼はFランクのみです」

「高位素材の売却には、担当者の立ち会いが必要になります」

「五日ごとに所在を報告し、三十日以内に五件の依頼を達成してください」

「できなかったら」

「仮登録は失効します」


 木板を受け取る。


 表面には、知らない文字が刻まれていた。


「何て書いてある」


 ネラが指で一行をなぞる。


「セイン、家名なし、Fランク仮登録」


 俺は読めない文字を見た。


 町へ入るために口から出した名前が、初めて形になっていた。

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