後編 私は正当な権利を取り戻す。
伯爵令息の顔が青褪める。
「ま、待ってくれ。あの街道が無くなったら、通行料で得ていた我が家の収入が半減する」
「ええ。婚約者である王太子殿下の側近候補のご実家が困窮してはいけないと、伯爵領を通る部分の通行料は恵んで差し上げていたのです。でも私は嫌われ者の悪役令嬢ですから、そんな気配りなどやめにすることにしましたの」
「ちょ、ちょっと待ってください。新しい街道はどこに作るんですか? 子爵領は通るのでしょう?」
ポーション作りで知られる子爵領の子息が尋ねてくる。
いつも私を毒婦と罵ってくる小柄な少年だ。
「あらあら。毒婦の家で生産している薬草では良いポーションなど作れないでしょう? 元々公爵家の人間が王都へ向かうついでだからと、輸送費を加算せず安値でお譲りしていたんですの。これからは王都にある公爵家が経営する薬種問屋からお買い求めくださいな」
「王都への往復費用を加算したら赤字になってしまいます!」
「そうですわねえ。でも薬草畑の管理も薬種問屋の経営も私の管轄ですから、好きにして良いのです。収入が一時的に減少しても、もう王都の騎士団に寄付することもありませんから私のお小遣いは問題ありませんわ」
「……」
騎士団長の息子は無言だ。
彼には暴力や暴言のように直接的な危害は加えられてない。少女の近くを通ると睨まれただけだ。
でも王太子殿下を諫めなかった護衛騎士に好意は抱けないし、私は毒婦で嫌われ者の悪役令嬢とかいう悪党らしいから気に食わない相手に恵んでやったりしない。……今も睨まれているし。
「……周りの貴族の方々、ご自分には関係ないなんてお思いではないでしょうね? 私はもう王太子殿下の婚約者ではなくなります。王太子殿下の婚約者だったから、国のためほかの貴族の方々にも優しくしてあげていましたのよ? ただの公爵令嬢に戻った以上、あなた方は政敵で商売敵、利権を奪い合う相手でしかありませんわ。ご覚悟なさいませ?」
「くっ……そなたになど負けるものか。私は王太子だ! 彼女もほかのもの達も私が守って見せる」
「王子様ぁ……」
私は溜息を漏らした。
「公爵家の後ろ盾のなくなった殿下が、王太子でい続けられるとお思いですの? お父様は最初から、この婚約には反対していましたのよ。生かしておいてもらえるかどうかさえ……ああ、そうでしたわ。我儘を言って王太子殿下の婚約者になったというのは事実でしたわね。あのころは悪でしたもの」
悪だったけれど恋をしていた。
恋をしていたから悪ではなく優しく善いものになろうとした。なにをされても飲み込んで、悪ではないと下手な演技をし続けた。自分の役に立たない人々にも恵みを与えていた。
今は恋をしていない悪、恋を諦めた悪役令嬢だ。
「……」
こちらに怯えた顔を向けてくる周囲を見回し、私は首を傾げた。
「あなた方にとって、私は最初から悪だったのでしょう? 悪役令嬢とかいうものだったのでしょう? どうして悪党に攻撃して反撃されないなんてお思いになられましたの? まさか私が優しく善良で、なにをしても許してくれる人間だと思って甘えていたわけではないでしょう? 優しく善良でなにをしても反撃しない存在に攻撃していたのなら、あなた方のほうが悪ではありませんの?」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それからしばらくして、元王太子殿下と側近候補は死んだと、王家とそれぞれの実家から報告があった。あらあら、悪役令嬢ごときに報告してこなくても良いのに。
少女も死んだらしいので、来年から学園の平民枠を復活させても良いかもしれない。もちろん今回退学にした人間は二度と受け入れないけれど。
とはいえ彼らが生き残っているかどうかもわからない。公爵家に喧嘩を売って学園の平民枠を消滅させた人間など、どこのだれが受け入れるのか。
人を苦しめるのは好きではないので、私は一撃で止めを刺すことにしている。悪なのでどんな相手にも情けはかけない。敵は殲滅するものだ。
……そうは言っても今回は自分の正当な権利を取り戻しただけなので、悪とは言えないかもしれない。
学園を卒業した私は、王弟の大公殿下の求婚を受けている。
私を王家の敵のままにしておきたくないのだろう。小悪党は足を引っ張るだけだが、巨悪は仲間に入れたほうがいい。
父は私の好きにしていいと言ってくれたので、しばらくはのんびり過ごそうと思う。知らない土地に旅行してみたり、公爵家と自分のために新しい事業を考えたりしたい。王太子殿下の婚約者ではない私はもう国のことなど考えなくていいので、父に少々支払った後の収入は全部お小遣いに出来る!
ところで……悪役令嬢が結婚したら、悪役夫人になるのかしら?




