④アスク・ミー・ホワイ
その翌朝、実一朗は登校途中で悦子を見かけて声をかけた。
「悦子、おはよう」
しかし、悦子はぷいっとそっぽを向いたかと思うと、実一朗を無視してさっさと歩き去った。
「?」
聞こえなかったのかなと思いながら学校へ向かっていると、
「佐藤くん」
と声をかけられ、振り向いて驚いた。
廣瀬雅実がものすごい形相で実一朗を睨みつけている。
「佐藤くん、君って好青年ぶってるけど実はなかなかの策士なんだね」
「は?」
「とぼけるなよ。後で決着はつけさせてもらうからな」
「???」
フンッと鼻を鳴らして立ち去る廣瀬を、実一朗は狐につままれたような面持ちで見送った。
何なんだあいつ?
悦子といい廣瀬といい、今日はなんだかおかしな日だ。
しかし、そのおかしな雰囲気は学校に到着してますます膨れ上がった。
「あいつだよ、ほら」
「へえ、そんなふうには見えないのにね」
などとヒソヒソ話をしながら、生徒たちが実一朗をやたらジロジロ見ているからだ。
「じっちゃん!!」
五郎が慌てた様子で駆け寄って来た。
「ああ、おはよう五郎」
「じっちゃん、ちょっと来て」
「え?何だよ?」
「いいから早く!」
五郎はなぜか人けのない校舎裏に実一朗を連れて行った。
「じっちゃん、なんでそんなにのんびりしてるんだよ」
「どうしたんだよ、五郎。のんびりってどういうことだよ」
「その様子じゃ、じっちゃん本当に何も知らないんだね」
五郎は呆れた様子で、
「じっちゃん今学校中で噂になってるんだぞ。山本さんを差し置いて杉左近さんと浮気してるひどいやつだって」
「………」
実一朗は二の句が継げなかった。
五郎が何を言っているのかさっぱり理解できない。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。どういうことなのかちゃんと説明してくれよ」
「じっちゃん、杉左近さんにビートルズ見に行こうって誘われたんだろ」
「誘われたよ。だけど断ったよ」
「まぁ、平安の約束を蹴ってじっちゃんを誘った杉左近さんがそもそも悪いんだけどね」
五郎の言うことには、
「杉左近さんの誘いを断るとは不届き者め!」
「佐藤実一朗の分際で杉左近さんを振るなんてありえない!」
「よくも俺たちの杉左近さんを!」
と男子は怒り心頭だが、正直これは大したことではない。
むしろ女子の怒りのほうがより強大で、
「山本さんがいながらしま姉と浮気するなんて絶対許せない」
「よりによって女の敵を選ぶなんて、見る目なさすぎ」
「佐藤くんはそんな人じゃないと思ってたのに、ガッカリよ」
「佐藤くんマチャアキみたいで可愛くて好きだったのに、幻滅」
「人は見かけによらないって言うけど、本当にその通りね」
「見損なったわ」
「ひどい、最低」
「絶望のどん底」
男子と女子で怒りの方向に違いはあれど、一致しているのは「佐藤実一朗はひどい男」という意見だった。
「そうは言うけど、杉左近さんが勝手に俺を誘ってきて、しかも俺断ったんだぞ?それなのにどうして俺が悪者になってるんだよ。むしろ俺は被害者だぞ」
「だからそれが噂の怖いところだよ。尾ひれがついて何が本当なのかもう分からなくなってるんだからさ」
「冗談じゃないよ、どうしてくれるんだよもう」
実一朗は頭を抱えた。
「まぁ人の噂も七十五日って言うからさ、じっちゃんしばらくおとなしくしてたほうがいいよ」
五郎は諭したが、すぐに真顔になって、
「それよりじっちゃん、山本さんにちゃんと謝っときなよ」
「悦子に?」
そうだ、それだ。気が動転してすっかり忘れていた。
「俺が杉左近さんとビートルズを見に行くって、悦子誤解してるのかな。そうか、だからさっき会った時様子が変だったんだ」
「違うだろ。たとえ噂にしろ、杉左近さんと浮気してるなんて話が広まっちゃってるんだから、あれは真っ赤な嘘です、誤解です、ってちゃんと謝らなきゃ」
「さっきから何なんだよ五郎、浮気、浮気って」
「だってじっちゃん、山本さんと付き合ってるんだろ?」
「え?」
「え?」
実一朗のきょとんとした様子に、五郎のほうがむしろ驚いた。
「付き合ってるって、何だよそれ」
「なんだよも何もないよ。みんなそう思ってるよ。あれだけ仲良くていつも一緒にいるのに、付き合ってないっていうほうがおかしいし、不自然だよ」
「………」
周りからそんなふうに思われていたとは、全然知らなかった。
「五郎もそう思ってたのか?」
「うん」
「だってそんなこと…」
3人でいる時、おくびにも出さなかったじゃないかという言葉を実一朗は飲み込んだ。
「付き合ってるの?なんて面と向かって聞くのも野暮だし、わざわざ聞く必要もないからだよ」
「………」
そういえば松江も、悦子がどうのこうの言っていたのだ。
あれはつまりそういうことだったのか。
唖然茫然の実一朗の顔を、五郎は不審そうに覗き込んだ。
「ひょっとして、じっちゃん、まさか山本さんにまだ気持ち伝えてないの?」
「気持ち?」
「好きですって言ってないのかってことだよ」
「言ってない」
「………」
今度は五郎が唖然茫然とする番だった。
「何やってるんだよ!しっかりしてくれよもう!じっちゃん、鈍感にもほどがあるよ。そりゃ山本さんだって怒るよ」
「五郎、俺どうすればいい?」
「今からでも山本さんにちゃんと訳を話して、許してもらうしかないよ」
「訳を話すって、だからどう話せばいいんだよ」
「知らないよ。そんなの自分で考えなよ」
「冷たいな、五郎」
「何だよ、じっちゃんらしくもない。女子のことになるとからきし駄目だなあ、じっちゃんは」
「うるせえよ」
実一朗は言い放ったが、すぐに思い立ったように、
「五郎、あのさ」
「何?」
「俺ってマチャアキに似てるのかな」
「………。今気にすることじゃないよそれ」




