Act1 演算室、青い浸食
放課後の演算室。生徒会室横にある立ち入り禁止の部屋。西日が射しこむ部屋で航聖の打鍵音だけが響いている。
隣の部屋では、薫が次回のイベントに向けての企画書をめくり、希は(演算室)航聖の部屋のカウチで漫画を読み、龍輝は窓の外を眺めながら、頭の中で、戦いの動き方のイメージを模索している。
いつも通りの、平穏な「聖域」。
だが、航聖の端末に届いた一通の通知が、その全てを過去のものへと押し戻した。
『Subject:invitation to Strategic Intern - Summer 20XX』
『Sender:Kano Youshin/CEO of K-Logics』
航聖の指が、鍵盤の上で凍り付いた。画面に踊る『大学生限定(Undergraduate Only)』の文字。
それは、同い年でありながら、すでに社会の頂点に立つ加納 耀心からの、音の出ることのない嘲笑であった。
航聖。十九歳にもなって、まだ制服を着ている気分はどうだい?二歳も年下のガキどもに囲まれて、「先輩」を演じるのは、面白いかい?……君のプライドが許さないだろうがね。
このインターンの課題は、大学生の……それもトップレベルの者に向けたものだ。さて、航聖くん、瑞穂でのお遊びはもう卒業して、僕の元に来るといい。
航聖の視界がぐらりと揺れる。自分は十九歳。本来なら、耀心と同じ場所で、同じ空気を吸っているはずだった。
その一年を奪ったのは、加納家であり……そして自分自身の弱さだ。
「……航聖。おま……又そんな顔をしてんのか」
低く、良く響く声。窓際にいた龍輝が、いつの間にか航聖のすぐ横に立っていた。
「……人のメールを盗み見るな、龍輝」
「いや……見たってさ、俺が分かるわけねえだろが……ふーん……耀心……バカ兄貴ね」
「……バカ兄貴……そうか……そうだな」
「……つっても、一緒に遊んだ覚えはねえけどな。雛壇に飾られて、優雅な暮らしをしてた『お坊ちゃま』だからな」
龍輝が鼻で笑い、窓枠に背を預ける。航聖の胸の奥がチリりと焼けた。
「遊んだ覚えがない」のは、また違う意味で航聖もそうだ。
彼が耀心と遊んでいたものは、どちらが「加納家」に相応しいかという、息の詰まる演算の競い合いだけだった。
(……一度、耀心を支えきれずに壊れた僕が……今更アイツに勝てるのか……?)
航聖の指が、マウスのボタンを躊躇する。メールの末尾にあるクリップのアイコン
『Theseusu_Selextion_ver2』という無機質なファイル名をダブルクリックする。
その瞬間、演算室の静寂を切り裂くように、PCのファンが悲鳴のような回転音を上げ始めた。一瞬にしてモニターが純白に染まる。
「……こ……これは……!」
画面の中央に浮かび上がるかつて航聖のの精神を奈落へ突き落した「あの街」の俯瞰図。
数百万の命が数値化され、リアルタイムで変動する電力グリッドの網目。
「さて航聖……あの日……君が選べなかった『答え』を、今度こそ見せてくれ」
耀心のあの声が航聖の脳内に直接響いたかのような錯覚。航聖の瞳が急激に収縮し、指が勝手にキーボードを叩き始める。
「……ちょっと待って……まだ僕に……救える場所が……」
過剰な負荷により、航聖の意識が現実から切り離され、モニターの「演算の深淵」へと引きずり込まれていく__。
フィクションですので、駄文を気楽に楽しんでください。




