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第2話 現在と過去

 七月初旬の夕食後、生活が落ち着いたのを機に、ホームでの暮らしを冷静に見つめ直してみた。

 高級有料老人ホームというものは、自分くらいの経歴があれば当然敬意を払われ、自尊心を保ったまま暮らしていける場だと考えていた。現役時代はほとんど周りの者たちより上の立場にいたし、生活レベルも世間よりは数段上だった。

 誇り高く人生のラストステージを送りたい。だが、今の自分は平等の社会に放り込まれている。それどころか、他の入居者からは無口で気難しい者として避けられている感がある。

 入居者の多くは運営に口を挟まず、いずれ世話になる職員たちの機嫌を損ねぬよう、かしこまって生活しているように見受けられる。そうすることがこのホームでの世渡り上手の秘訣なのか。そんなことは、くそくらえだ。俺は、べんちゃらを言うために入居したのではない。

 そもそも元気な人に対応する担当者は数名しか配置されておらず、何か困りごとはありませんか、などと言っている。自分が困っているのは生活上の利便や隣戸のテレビの音漏れなどではなく、自分のプライドが尊重されないことであり、それに対していらだっているのだ。

 五百戸の総戸数がある大規模施設ならともかく、ここはたった百二十戸のホームだ。もう少し個々に合わせた対応をしてくれても良さそうなものだろう。

 ホームのパンフレットには提携のスポーツジムがあるとか、温泉施設への送迎をしているとか、市内循環バスの運行をしているとかが魅力的に紹介されている。それらは目くらましに過ぎない。

 要するに、要介護になるまでの元気なうちは自由という名のほったらかしのホームなのだ。名誉が保たれる場など、どこにもない。許容し難い日々が延々と続いていくのだと思うと気が滅入る。

 おーい誰か、助けてくれ。俺のことを忘れないでくれ。そう叫んでも過去の部下の耳には届かない。たとえ届いたとしても、彼らは目の前にいる上司に仕えるのが精一杯で、終わった人に構っている暇などないのだ。

 当時を顧みると、自分の態度は不遜だった。しかも度が過ぎた。彼らとは、仕事のパートナーとしてだけでなく、もっと寛容で情の通う付き合いをしておくべきだった。それなら退職した翌年から年賀状がプッツリと途切れたり、メールをしても返信が来ないことなどなかっただろう。

 清治は考えるにつれて、くたびれてきた。

 ベランダに出て、夕暮れ前の景色を無心で見た。フェアウェイの緑は梅雨の長雨を含んで瑞々しかった。そこからの眺めは昔の同僚たちに自慢する材料でしかなかったはずなのに、毎日見ているうちにかけがえのない癒しになっていた。

 また部屋の中に戻って、無造作にテレビのスイッチを入れた。経済ニュースを見ながらワインの四杯目を飲んだ時、かつての気ぜわしい職場がまぶたに浮かび、無意識に涙がにじんだ。

 翌朝、ソファーで目を覚ました。空腹を覚えてレストランに向かう途中、擦れ違う介護職員が愛想よく挨拶をしてくれた。清治も「おはよう」と返した。そういうときは気が晴れた。彼女らは清治の顔色が悪いときは気遣ってくれたし、適当な世間話をして気を紛らわしてもくれた。

 それにひきかえ、入居者と交わす形だけの挨拶は心地よいものではなかった。会話に発展しない挨拶を毎日反復して、なんの意味があるのかとさえ思った。

 面倒で厄介なものは極力排除したいところだが、無視をすると不愛想とか威張っているとか陰口を叩かれるのは火を見るよりも明らかだった。頭の中で、あーあと溜息を漏らした。

 入居直後にある長老から、「誰彼に気を許して、自分のことをあまりしゃべらないほうがいいですよ」と忠告されたのを思い出した。ホームの中の話題だけで生きているグループに知られれば、さらに詮索されたあげく、尾ひれはひれがついて広まり、おちおちレストランにも行けなくなるとのことだった。

 そうであれば、自分でプライバシーを守って生きていくか、もしくは、その井戸端会議のお仲間に加わってへいこらするしか道はない。後者はあり得なかった。迎合する生き方など性に合わない。

 清治はこの高級有料老人ホームは形ばかりが高級で、入居者の質がそれに伴っていないことに失望した。彼らからたまに聞こえてくるのは愚にもつかない話ばかりで、もういい加減にしてくれと頭を抱えた。


 清治の小学校時代は温和な性質で一度も喧嘩をしたことがなく、クラスメイトのみんなから好かれた。弱い者いじめをするどころか、虫も殺せぬ優しい子だった。

 都内の公立小学校を卒業する前に、父親から有名私立中高一貫校の名前を告げられた。この中学を受験しろ、という意味だ。中学受験の塾に通っていた身からすれば決まりきった道ではあったが、実際に受験校の名前を聞いた時、公立中学に進む級友とは一線を画す意識が生まれた。

 試験問題はほぼ完ぺきに解答し、父母を交えての面接もつつがなく終えた。父親が霞が関のキャリア組であることも面接官から好印象を受けたに違いない。

 合格通知が届いた日は、母親が親戚中に電話をかけまくった。一人息子として期待をかけられていた清治は、両親からよく頑張ったと何度も褒められた。

 中学から高校にかけて部活には一切目もくれず、目標とする大学の合格をひたすら目指した。塾に通うこともなく、高校のカリキュラムをこなすだけで全国模試の結果は常に上位だった。

 模試によっては成績上位者の高校名と氏名が発表された。他校に進学した同級生に自分の実力を見せつけることが励みになった。クラスでも清治を見る目が徐々に変わっていった。言葉など要らない。成績で存在感を示す。他人が自分を認め、自分が高評価されることが生きがいになっていた。

 そして、現役で丸の内大学法学部に合格した。

 父親はこれからが大事だと戒めつつもご満悦だった。母親は出来の良い我が子に狂喜乱舞した。清治はまだそれだけでは飽き足らなかった。

 大学三年になって、父親から国家公務員への道を勧められた。この時はすでに違う道に進むことに決めていた。役人の地味で苦労の多い仕事を肌身に感じていたからだ。

 清治が狙ったのは国内で一番大きな銀行だった。そこに入れば誰からも一目置かれると考えた。父親は銀行名を聞いて、あの銀行に就職するのならと快諾した。

 清治は大学での優秀な成績が認められて、早々と内定をもらった。次の目標は立身出世だった。入行後は最大限の努力をして営々と働いた。その姿が一年先輩の狩野多喜子の目に留まり、二十五歳の若さで結婚に至ったのだった。

 清治は結婚前に多喜子に条件を付けた。自分は仕事と家庭のどちらを優先するかといえば、迷わず仕事を選ぶけど、それでも良ければ、と。

 多喜子にはもったいない条件に思えた。二つ上の姉はプロのスポーツ選手と結婚して幸せに暮らしていたのも束の間、夫が引退後に仕事に就かず、ギャンブルにのめり込んだのが原因で離別していた。多喜子の願いは真面目に働く人と結婚することだった。そして、秋田の両親を安心させたかった。

 ところが、清治の場合は極端すぎた。新婚生活が始まっても、定時に仕事を切り上げる日はなかった。夜遅く帰宅して多喜子がご飯に手をつけずにいるのを見ると、そんな当て付けがましいことはするなと憤慨し、先に食べておくよう言いつけた。

 多喜子は文句の一つも言わず、毎晩一人で寂しい夕食を取るのが当たり前になった。実家から電話がかかってきた時は、幸せな毎日だと告げた。多喜子の母親は泣きながら幸せだという娘を案じることしかできなかった。

 二年後に男の子の宏也が生まれた。清治は多喜子が育児でどんなに大変そうでも手伝おうとはしなかった。多喜子は一人きりで子育てをするうちに、この子は自分が守ってあげるしかないと覚悟を決めた。

 清治は来る日も来る日も仕事に没頭した。仕事を任せた職場の後輩が失敗したときは、殴り掛からんばかりに罵声を浴びせた。それが原因でその後輩がいくら落ち込んでも、退社後に赤提灯に誘って優しい言葉をかけたことなど一度もなかった。

 いつしか部署内では仕事の鬼どころか、性格も鬼に変貌したと恐れられるようになっていた。清治は労を厭わず業績を伸ばすことに腐心し、上役に認められて三十歳過ぎで係長に昇進した。その後も成果主義を貫く人事制度を味方につけて、とんとん拍子に課長、次長へと駆け上がっていった。

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