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73 始皇帝陵 1

 秦の始皇帝陵は西安から北東に30km強。驪山からは北に8km、渭水からは南に7km弱の、丁度中間地点に位置している。


 翌日、(よう)鬼山(きざん)は祭壇の準備の為と称して皇帝陵に赴いた。北京出発前に、世宗憲皇帝、雍正帝泰陵を参拝したと同じように、皇帝陵にて、始皇帝の霊魂に依頼をする為に。彼は祭壇を設け、辺りに結界を創り、始皇帝の霊魂に呼び掛けた。


「秦始皇帝陛下。大清帝国第12代皇帝、宣統帝の命を受け、楊鬼山が摂政王、醇親王(じゅんしんのう)載灃(さいほう)殿下のお言葉を奏上致したく。願わくば、その意を汲み給え」

 楊の魂魄には何も入って来ない。やむなく、彼は読誦と祈念を続けた。


「驪山老母の後裔たる祖龍、秦始皇帝陛下。秦人たる政、若しくは真人たる政。我に希求せしもの、汝に全て与えたり。今、その対価を求めん・・・  今一度云う。その対価を求めん」

「朕が(いみな)を呼ぶは誰か?」


「我は楚人なり。我が声忘れたるか?」

「朕、楚人知らず」


「まさに、粗而して人を信じず」

「朕、妄言許さず」


「我、初代秦王にして、汝の高祖父恵文王、()に張儀を遣わした者なり。又、汝の問いに答えた者なり」

「朕、楚人知らず」


「汝、真人なりや?」

「我、真人たり」


「汝が霊魂何処にありや」

「我、蓬莱山にありて、安期生と語る」


「蓬莱山は何処なりや」

「東海中にあり。海神の招きにより可なり」


「その言や良し。然れども、政が霊魂にあらず。抑々、政の魂魄は何処にあらんや」

暫くすると、別の言葉が彼の魂魄に届いた。その言葉の音調は彼がかつて聞き及んだものに似ていた。

「鬼谷先生。我が政なり。秦人にして、秦始皇なり」


「まさに真人、政なり。彼の者、(たれ)ぞ」

「我が海神なり。許せ、鬼谷先生」


 楊鬼山、実体は鬼谷子である男は遂に、始皇帝の魂魄を召喚した。世宗憲皇帝、雍正帝は崩御していた為、(しん)西陵(せいりょう)を主たる住処とする霊魂であった。しかるに崩御した始皇帝は霊魂とならず、魂魄として蓬莱山にあった。死により、本来ならば魄は地に帰すものだが、彼の魂と魄は揃って蓬莱山に向かい、そこに安住の地を得た。神仙に為ったという訳である。


 鬼谷子と同様の神仙若しくは真人となった始皇帝政は、楊鬼山としての彼から、摂政王、醇親王載灃の要望を伝えられた。

 摂政王の要望は、清朝の衰退を食い止める為、雍正帝には死者の軍の統率を委任し、始皇帝には生者の軍の統率を委任する事であった。彼岸と此岸、霊界と人界を統べる事によって、西欧列強及び東夷を大清帝国から駆逐する事が彼の野望であり、世界に冠たる大清帝国の復活であった。

 その為には是非とも雍正帝と始皇帝の力を我が物としなければならなかった。それが実現出来れば、大清帝国は同じ蒙古系のモンゴル帝国の再来となるであろう


 清朝の現状を憂うる余り、醇親王載灃は清朝の命脈を保つ方策を探し、このような結論に至ったのである。愛新覚羅家皇統の継続が第一であったからこそ、それは致し方ない考えであろう。しかし、その片棒を異国の科学者に託すなど、彼の真意は何処にあるのだろうか。そして、その意を解したか否か分からないが、セガランの行動にも疑問が残った。


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