アルフレッド
「婚約はもうしばらく保留にして欲しい?」
ステラの使用人から両親とアルフレッドが婚約についての意向を伝えられた時は信じられない思いだった。確かにステラからの脈がなく、自分から好きだと想いを告げた。意識して欲しいと伝えて、その後何度も会ってステラとは良好な関係を築けていると思っていた。
頬を赤らめる姿を見る頻度も増えて、意識してくれていると思っていたのに。
「理由につきましては、アルフレッド様は学園に入学され、多くの女性と知り合います。今までアルフレッド様はカージナル辺境伯領で住まわれており、他の女性と知り合う機会も少なかったかと存じますが、学園で知り合われた他の女性の方と恋仲になるのではないかと危惧されております。もし恋仲になった場合、ステラ様自身が邪魔になってしまうため現時点では保留にして欲しいとステラ様の乙女心ゆえの保留でございますので、応じていただけますと幸いでございます」
「それは婚約を断りたいと思っているのではなく、アルのことを憎からず思っているという解釈でいいのかな」
父上が使用人に確認をとる。
「さようでございます。ステラ様も同じ学園に入学されますので、そのときにアルフレッド様がステラ様をご安心させてくださればご婚約は成立されると思われます」
「第二夫人などの予定もないから問題ないだろう。婚約は期待してもよさそうだ」
13歳のアルフレッドにはまだ難解な乙女心だが、父上は納得した様子だった。
「また、ステラ様はまだ幼くうぶなところがあるため、アルフレッド様よりいただくプレゼントがカージナル領の領民からの税収で買われているのは心苦しいと思われております。ご配慮いただけますと幸いでございます」
「あのわがままなお嬢さんが、よくそこまで成長したものだ。よい妻になりそうだな。だが、そう長くは待てない。アルフレッドが学園を卒業するまでに婚約に至らなければ、新たな見合いを用意させていただこう」
「承知いたしました。当主へそのようにお伝えさえていただきます」
使用人が帰った後で、父上が口を開いた。
「アル、お前がラミネーズ嬢に惚れているのは知っている。頑張って振り向かせるんだぞ。多少強引な方が恋愛経験の少ないうぶな女性は惚れてしまうものだ」
僕はなぜ父上に恋愛指南されているのだろう。
「ほっといてください」
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学園に入学してからというものの、王子と仲良くなるとは思っていなかった。公爵家のご子息など昔から付き合いのある取り巻きはいるだろうに、辺境伯とも長い付き合いになるだろうからとよく話しかけてくる。
「カージナル様は、お慕いされている方はいらっしゃいますの?」
どこぞのご令嬢が頬を赤らめて話しかけてくる。貧乏な辺境伯なんてどうでもいいだろうに。
「います」
端的に答えると気まずそうに去っていった。どうやらその様子をギルバート王子が見ていたらしい。趣味が悪い。
「アル、慕っている女性がいるのか。どんな人なんだ」
「……ギルバート様、のぞきなんて趣味が悪いですよ」
「たまたまだ。それに学園ではギルと呼んでくれ」
「ギルに教えてもわからないよ。プレデビューも僕との婚約の話が持ち上がっていたから見送ってもらったし、まだ入学前の女性だから、見かけたこともないだろう」
「婚約者はいなかったよな」
「そうだよ。いま相手から返事を保留にされてるからね」
「辺境伯の婚約を保留に出来る家のご令嬢なら一通り会ってると思うが」
「ああ、爵位の関係じゃないんだ。父上の意向で本人同士が結婚したいと思えたら婚約しなさいと言われている」
「…なんて羨ましい」
眉をしかめて衝撃を受けた表情のギル。王子ともなれば恋愛結婚なんて無理だろう。本来なら貴族は駆け落ちでもしない限り無理だと思う。
「それで、僕はその子と結婚したいと思ってるけど、その子は学園で僕が他の女の子を好きになるかもしれないから保留にしといて欲しいって言われてる」
「それは遠回しなお断りでは?ほかにいいご令嬢を見つけてくださいという意味の」
思ったことをそのまま言うギルバートに苛立つ。そんなことはアルフレッド自身何度も考え苦悩していることだ。
「いや、どうも本当にそう思ってるらしい。僕が月に1、2回は会いに行くけど断られたことはない」
「なら、愛を伝えきれてないんじゃないか。愛されてるか不安なんだろう」
「好きだと伝えて、定期的に会いに行って、これ以上伝えようがないほど伝えてるよ」
「会うたびに好きだと伝えればいいのではないか?好きなんだから」
なるほど。悔しいが納得してしまった。会うたびにプレゼントで好きだと意思表示はしていたが、直接は伝えていない。押しの強さが足りていなかったかもしれない。
「ふむ、そうか。貴族が家柄だけじゃなくお互い想いあっての婚約か、いいな、それ」
ギルバートの方も顎に手を当てて何か考えている。
「ああ、そうだ。話していて思ったがアルは僕より俺の方が似合うと思うぞ」
「俺?なんで?」
「腹黒そうな雰囲気が」
「うるせーよ」
ぶっきらぼうに言うと楽しそうに笑う王子。
王子と話して、父上の恋愛指南を思い出した。遠回しに断っているのかと思うくらいステラは奥手だ。王子や父のように、強引に行ってみるのもいいかもしれない。
まずは「俺」に変えてみようかな。
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ようやくステラが入学する年になって、入学式のあと姿を捜していた。君だけだと伝えれば、愛していることが伝われば結婚に結び付くだろうと思っているが、内心焦っていた。貴族社会ではこの年齢で婚約していないほうが珍しいのである。ステラは美しく成長していて、学園で他の男が寄ってくるかもしれない不安があった。
もしかしたら去年のステラも同じ想いだったのかもしれない。そう考えると、両想いを期待してしまう自分がいる。
「アルがどのご令嬢も相手にしていないのでな。どんな魔性の女にたぶらかされているのかと思っていたのだ」
王子の声が聞こえた。まずい。好きな人がステラだと話してしまったが、まさか直接ステラに話しかけるとは思っていなかった。というかステラのどこが魔性の女だ。くそ王子が。
「ギルバート様、そのくらいでおやめいただけますか」
声をかけるとギルバートはむすっとした表情をする。
「ギルと呼べと言っているだろう」
文句を言ってくるが知ったことではない。
「それに事実だろう?なにも女性は一人に限らなくてもいい身分にも関わらず、どの女性からの好意もないがしろにしてるから、アルを仕留めたのはどんな美人かと気になっていたのだ。予想よりずいぶん可愛らしい女性だったが」
ステラが固まっているのがわかる。王子と仲がいいというのは伝えていなかったのだから当然だ。
「ギルバート様、思ったままを口にしていては外交に差し支えますよ」
「ここは学園だからな。政務ではタヌキになるさ」
「普段から練習されるのがよろしいかと」
「学園でくらい年相応でいいだろう。お前までジジイのように息の詰まることを言うな」
「では、私も本心からお話しします。私の未来の妻に声をかけないでいただけますか」
たとえ王子でも、ステラを侮辱するような発言をした人間は近寄ってほしくない。なんならステラの前から消えて欲しい。
「なんだ嫉妬か。男の嫉妬は醜いぞ?」
「醜い嫉妬で結構です。ギルバート様から愛する女性を守る方が大切ですから」
「ははーん。俺に盗られるんじゃないかって不安なんだな」
「渡しませんよ。俺のですから」
誰がお前なんかに渡すか。俺がどれだけ惚れ込んでるかも知らないで。
「ハッハッハッ。アルも地が出てきてるぞ。真面目な奴だと思っていたが、ラミノーズ嬢が相当な弱点みたいだな。色恋は年相応で安心したよ」
満足したのか、大口を開けて笑うギルバート。この数分の会話でどっと疲れた気がする。
「少しステラと話したいから、ギルは一人でクラスへ戻っててくれ。邪魔するなよ」
ため息まじりに話すと、王子は「はいはい」と帰っていった。次会ったら心の中で顔面を中心に殴ってやる。
「大丈夫だった?いきなりで緊張しただろ」
「…アルフレッド様が王子と仲がよろしいなんて、知りませんでしたわ」
ステラが顔を真っ赤にしてそっぽを向いている。なんでこっちを見てくれないんだろう。
「言えなかったんだよ。ステラならわかってくれるだろう?」
「……言えませんわね。でも心の準備くらいしたかったですわ」
まともにアルフレッドの方を見ず、伏し目がちに返す。照れてるんだろうか。
「それはごめん。話してみると気さくでいい奴なんだけど、ギルは遠慮を知らないから。前からステラを見てみたいってうるさかったんだけど、まさか直接声をかけに行くとは思わなくて」
「私をどんなふうに話していらしたのですか?」
「片思いしてる女の子って話したよ。でもいい機会だったかも。これだけギャラリーがいる前で、ステラのことが好きだって言えば、学園でステラに近づく虫は湧かないでしょ」
片思いしている女の子だと言われると恥ずかしそうに肩を丸める姿がまるで小動物のように愛らしかった。こんなに顔を真っ赤にして目も合わせられず照れているなんて、どう見ても俺のこと好きだろう。
どんなに恥ずかしがっても、照れてしまっても、意地でも俺のことを好きだって言わせてやりたい。むしろステラの恥ずかしがる姿が見たいと思ってしまった。
アルフレッドに嗜虐心が目覚めた。
これにて完結です。最後までお付き合いありがとうございました。




