第12話 材料集め
ずいぶんと間が開いてしまいました。第12話を投稿しました。
なんとか、確定申告は終了しましたが、まだ相続の手続きがありますので以前のような更新は望めそうもありません。
ぼちぼち、更新したいと思います。
材料集め
side:発知
目が覚めたのは翌朝の日が昇った頃だった。現代なら午前六時頃だったろう。ゲームでよく経験した魔力切れによる倦怠感がまだ残っていた。
「よお、気分はどうだ。」
俺より早く起きていた安兵衞がそう声をかけてきた。
「まだ、だるい。」
「俺も同じだ。少々頑張りすぎた。」
「なんだ、安兵衞もやり過ぎたのか?」
「久しぶりの鍛冶仕事が楽しくてな。シャベル、つるはしの土木道具、馬に引かせる鋤きにくわの農具、鉄管堀の部品に、のこぎりや台鉋、竹割の大工道具、いやあ、楽しかった。」
「俺は温泉探しをやり過ぎた。」
「この仕事中毒ども、ちょっとは自重しなさい。」
俺と安兵衞が話していると、朝餉の用意を運んできた二人の女の子と共に富士子が部屋に入ってきた。
「はい、何はともあれ、水分補給。」
富士子がそう言うと、女の子二人が熱い麦茶を入れた木の椀を俺たち二人に差し出した。この時代に麦茶があるのは助かった。現代でも俺たちは水分補給に麦茶をよく飲んでいたからだ。緑茶、紅茶、コーヒーではカフェインがあり、水分補給にならないと、俺たちの主治医が指導していたからだ。
俺たち二人が麦茶を飲んだところで、俺たちの前に膳が用意された。山盛りの玄米ご飯に味噌汁、大根の煮物だった。富士子も同じものを食べる。さすがに香の物はなかった。
手早く食事を終えると。富士子が女の子二人に指示を出した。
「小夜さんに、菊さん、厠に案内して頂戴。」
「いや、厠ぐらい自分で行くから。」
安兵衞がそう答えるが、富士子がいいからついてこいとばかりに、立ち上がって二人の女の子の後に続いた。
こういう時の富士子に逆らってはいけないことは俺たち二人の共通認識だったので、俺たちは素直に二人に先導してもらって厠へ向かった。
用を済ますと驚いたことに、厠の外で小夜さんと菊さんが待っていて、ひしゃくで俺たちの手に水をかけ、更には手ぬぐいを渡してくれた。また、二人に先導されて部屋に戻った。
二人の女の子が部屋から下がった。三人が仲良くため息をついた。
「で、どうしてこうなった?」
俺が富士子に聞くと彼女が答えた。
「要するに、士分扱いされたのよ。弾正忠家の嫡男ではないとはいえ、長男の命の恩人の医者、役に立つ農具を作れる鍛治師、新しい技術で井戸を掘れる山師。弾正忠家に取り込むなら士分扱いになる。士分扱いなら、身の回りの世話をする人をつけるのは当たり前。最初は私たちひとりひとりに小間使い、独身の安兵衞にはもうひとり別に女の人を・・・」
「ああ、なるほど。身の回りの世話という女の人ね。」
「おい、勘弁してくれ。今更、結婚とか冗談じゃないぞ。」
安兵衞が慌ててそう言った。
「いや、結婚とかじゃないし、大体、今、俺たちは80才の老人じゃないぞ。肉体的には20才の若者だ。俺と富士子は夫婦だから、取りあえずこのままでいいが、安兵衞は今のままひとりで放っておかないだろうな。」
「とりあえず、出来ることをさっさとやって自分たちが住むことが出来る家を古渡に作ろう。城に居候してると、色々干渉されるし。」
安兵衞がそう言って出かける準備を始めた。
多分、そうやって実績あげると、本当に嫁さん押しつけられると思うんだがなあ、発知はそう思った。だが、それは安兵衞にはいいことだから、黙っていようと俺は考えた。富士子を見ると、うなずいていた。そうだよな、せっかく若返ったんだから安兵衞も人生楽しむべきだよ。
俺たち三人と、新五郎殿、そして護衛役十人ほどで、馬車を引き連れて新五郎さんの領地、沖村に向かった。俺と富士子が六郎と花子に乗り、安兵衞がスコップやつるはし、竹用ののこぎりなどの道具類を乗せた馬車を操り、新五郎殿は自前の馬に乗った。那古野から、沖村までおよそ三里ほどとのこと。徒の人もいるから三時間足らずでついた。
上総堀に必要な分の孟宗竹の伐採はすぐに終わったが、孟宗竹の繁殖を押さえるのは難題だった。新五郎殿と話し合って、囲い込む範囲はすぐに決まったが、作業量が問題だった。俺が囲い込む予定の範囲の外周に杭を打ち、縄を渡して堀を掘る位置を示すまでは、昼前にはすんだ。
堀を掘る作業は、つるはしとシャベルをそれぞれ五、六本、新五郎殿に貸し出したので、後は沖村の領民の皆さんで頑張ってもらうことにした。問題ははみ出た孟宗竹の撤去だが、これが厄介だった。竹を切るだけなら簡単だが、竹の地下茎ごと除去しなければ意味がない。俺は地下を探索して地下茎を探し出し、丸ごと除去するようにしたが、地下茎の伸びた本数は七本あり、伸びた距離は長いもので百メートル、こちらで言えば六〇数間だった。合計数百メートルで、深さは三〇センチから深いものは一メートル近い、これを掘って地下茎を取り出す作業は、とうてい一日では終わらなかった。しかも地下茎はすぐに伸びる。ということは俺は地下茎の監視のためにこれが終わるまで沖村から離れられない。
このため、安兵衞と富士子は刈り取った孟宗竹を馬車に積み、その日のうちに那古野の城に戻って上総堀の準備と薬草園の縄張りをすることにした。俺はひとり沖村に残り、数日は地下茎の監視をすることになった。
「発知殿、今日はご苦労だった。これから数日、大変だろうが引き続き、わが沖村のためご助力をお願いいたす。」
夜になって夕食の席で、新五郎殿が頭を下げてそう、礼を言われた。
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。出来るだけのことをしているだけですので、頭を上げてください。まして、佐渡守殿は弾正忠家の重臣、異国の旅の者に頭を下げては沽券に関わりましょう。」
ついつい現代の感覚でこれまで新五郎殿と呼んでいたが、今、新五郎殿の弟、通具殿も同席している。史実では、信長を暗殺しようと兄に進言したほどの人だ、用心に越したことはない。だが、どうも通具殿の様子が俺が思っていた人物とは違っていた。
「いや、兄上が頭を下げるのは当たり前。何しろ、あの虫下しの薬だけをいただいただけでも頭を下げざるを得ぬ。」
そう、横から口を出したのは新五郎殿の弟、通具殿だった。
「これ、兄が客人と話をしておるのに横から口を出すでない。発知殿、失礼した。これは愚弟の弥治郎通具、どうか弥治郎と呼んでせいぜいこき使ってくだされ。それと拙者のことも新五郎でかまいませぬ。」
「そうですぞ、発知殿。特に、発知殿たちはこれから古渡で井戸を掘るとのこと、某もわずか数人で深い井戸を掘るという新しいやり方を是非、見てみたいし、やってみたいと思う。発知殿や安兵衞殿を手伝って、そのやり方を我が物にしたい。」
「弥治郎殿がそう言われるのであれば、真に有り難い話ですが、よろしいのですか?武士が職人のまねごとをしても。」
新五郎殿と弥治郎殿が、きょとんとした顔をした。あれ、俺が変なことを言ったかな。
「いや、民のために竹を封じ込める方法を教えるのも、水を得るために井戸を掘るのも領主たる武士のつとめでござろう。」
新五郎殿がちょっと間を置いてからそう答えた。弥治郎殿もうなずいている。なるほど、戦うことばかりが武士ではないか。これは俺たちのこの時代の武士のイメージを修正しておく必要が出てきたなと思った。
弥治郎殿はそれからも兄の新五郎殿から聞いただろう、鉛筆のことや、これから栽培する薬草のこと、そして、セイヨウアブラナ、サトウ大根などの新しい農作物のことなどを尋ねてきた。やはり、民の生活を豊かにすることに興味があるらしい。
こうして、新しい俺たちの理解者と協力者を得て、俺の沖村での数日は過ぎていった。