第11話 弾正忠家の人々
弾正忠家の人々
side:林新五郎秀貞
吉法師様、古渡と熱田で倒れた発知、安兵衞、それに安兵衞が作った様々な道具を富士子が操る馬車に乗せて、わしと五郎左衛門は六郎と花子という黒馬を御して那古野城に戻った。
面白かったのはわしと五郎左衛門が六郎と花子に乗る前に、富士子が馬に向かってこんこんとおとなしくわしらを乗せるように諭したことだ。まるで富士子は馬に言葉が通じるようにだったのが真に怪しかった。
城に戻っても、二人は目覚めなかった。富士子によれば二人は力を使い果たしたので、明日までは目を覚まさないだろうとのことだ。今は富士子が二人に付き添っていた。
城の一室に、殿にご隠居、わし、そして五郎左衛門の四人が集まりわしと五郎左衛門がお二人に今日の報告をしていた。
「すると、熱田の鍛治師に言わせれば、使った炭の量が少なすぎると言うのか。」
五郎左衛門の報告にご隠居がそう答えた。
「はい、安兵衞殿がまるで陶工がろくろを使って椀を作るように、火ばさみとやっとこで鉄を道具にしていく様もおかしいですが、なにより、使う炭の量が常より半分以下どころか四半分にもならないようです。」
「怪しい話だな。しかし無駄に使うのならともかく、使うのが少なすぎるのでは文句は言えぬか。なにより、わずかな時間でそれだけの道具を作っていては文句どころか褒めるところであろうな。」
殿がそう言った。
「おっしゃる通りですが、怪しいことは確かです。まして、作った物が頑丈で使い勝手がよすぎます。これが貧弱なものなら納得がいきますが、短い時間でこれだけ良いものがこれだけの数が作れるとは怪しすぎるのです。」
ご隠居が笑い出した。
「あっはっは。五郎左衛門よ、目の前に安兵衞が作ったものがなければ、そなたが言ったことは難癖以外のなにものではないな。」
わしら四人の前には、彼らが言う「鉄管堀」の道具の数々、それに竹材や木材を加工する道具、そして、土に穴を掘るための様々な道具が並べられていた。
熱田の鍛冶師たちの持っていた鉄を根こそぎ使ったのではないかといわんばかりの数だった。実のところ、安兵衞があの時に急に倒れなければ、この日の内に熱田の鉄を使い切ったかもしれぬ、と五郎左衛門が言った。わしがこの道具の数と質を見たところ、熱田の鍛治師への今日一日の材料の支払いが怖くなるところだ。
「しかし、この四つ又のくわは農具としても使いやすそうだな。そしてこれはシャベルと言ったか、土をすくうのにも、穴を掘るにも使い勝手が良さそうだ。」
ご隠居が言うとおり、四つ又のくわは田でも、畑でも耕すのには便利に使えよう。
「しかし、鉄管堀はよく分かりません。安兵衞が言うには四人いれば、一日で二間から三間の穴が掘れるとのことですが、某にはこれらをどう使うのか分かりません。」
「ああ、それならば拙者が発知殿から絵図面を預かっている。ここにある鉄の道具の他には竹や木材を使うらしい。以前に言継卿からいただいた孟宗竹がわしの沖村にあると言ったら、発知殿はたいそう喜んでいたぞ。」
わしがそう言って、五郎左衛門に絵図面を渡した。五郎左衛門は絵図面をじっと見つめて考え込んだ。殿やご隠居も興味深そうに五郎左衛門を見つめていた。しばらくして、五郎左衛門は殿に絵図面を渡してから言った。
「なるほど、太い竹ひごで鉄管を操つり、鉄管の上下の動きを竹ひごに繋げた竹のしなりを利用して助ける。掘った穴を泥水で満たして、溜まった泥を今度は弁を使った鉄の筒で吸い込む。深くなれば、竹ひごをこの大きな水車のような形のもので巻き取ると言うことですか。真によく考えられています。」
確かにこの「鉄管堀」の絵図面はよく出来ているが、さすがに五郎左衛門、わしが何度か発知に聞いて理解出来たことを絵図面だけで理解出来るとは知恵に長けた者よ。
殿とご隠居が並んで絵図面を見ていた。商売に長け、戦上手で知られたお二人だが、このようなからくりを絵図面だけで理解は出来ないようじゃ、わしが発知に尋ねたようなことを五郎左衛門に尋ねていた。
ようやく鉄管堀のからくりに納得のいったご隠居がわしに問いかけた。
「安兵衞の力はよく分かった。怪しいところはあるが安兵衞の知恵と鍛冶の力は間違いあるまい。でじゃ、新五郎、今日一日そなたは発知や富士子と一緒だった。そなたはあの二人をどう思う?」
「怪しい者です。安兵衞殿と同じで、発知殿の山師の力と、富士子殿の医者の力には間違いないと拙者は感じました。しかしながら、あの二人が怪しい者であることは間違いありません。」
「発知の山師の力、富士子の医者の力、どちらの力も間違いないか。それでも新五郎は二人が怪しいというか。面白いの、新五郎。何を根拠に、二人を怪しいというのか?」
ご隠居が、面白そうな顔でわしにそう問いかけた。
「二人の夫婦の仲が深すぎます。あの二人はせいぜい、夫婦になって一年に足りますまい。あの三人に最初に会ったご隠居様にうかがいますが違いますでしょうか?」
わしはご隠居にそう、問いかけた。
「まあ、そうじゃな。」
「だとすれば、安兵衞殿が倒れたと聞いたときの富士子殿の振る舞いがおかしいのです。あの時、富士子殿は全く慌てていませんでした。それどころか、安兵衞殿のことを罵っていました。それに同じように発知殿が倒れていることを推測したあげくに『たわけ亭主』と罵っていました。似たような出来事が過去に何度もあったとしか、思えません。夫婦になって何十年も経たような仲でありながら、夫婦になって一年ぐらいとしか思えないほど年が若い。怪しいとしか他に言いようがありますまい。」
「面白いな。」
殿がそう言われた。
「狐狸の類いか、それともあやかしの類いか、いや、狐狸やあやかしの類いならこんな絵図面は作れぬか。発知が差し出したのがあの金の銭だけなら、儂もそう思ったやもしれぬな。」
「では、あの三人がポルトガルやベネチアの間者とは考えられませんか?」
五郎左衛門が殿にそう進言した。
「そのおそれは確かにある。ポルトガルは天竺から国一つを奪ったのなら、日の本から一国を奪おうとしても不思議はあるまい。だが、だとしたらわざわざポルトガルが国を奪ったという話を聞かれもしないのに儂たちに語る必要があるか?あの三人が間者なら、そんな話をする筈がない。」
殿が言うことは道理だった。殿が言葉を続けた。
「新五郎が言ったように、あの三人の見た目と中身が合わないというのは確かだ。だから油断は出来ん。だが、過度に警戒する必要があるとは儂は思わん。間者なら、あの三人は油断のしすぎだ。敵地で仕事に熱中のあまり意識を失うなど、間者の振る舞いではないわ。親父殿、そうではないか?」
「そうだな、間者にしては、人が良すぎる。油断は禁物だが、とりあえず発知たちの仕事をよく見て、それが有益ならば学べば良い。とりあえずは発知たちの井戸掘りを見たいところだ。絵図面の通りのことが出来るのか、発知の言うとおりの早さで掘れるのか、見てみたい。」
結局、わしが思っていたとおりの結論になった。安兵衞の鍛治の腕は見せてもらった。次は発知の山師の能力を見せてもらおう。




