031 終局、そしてーー
すみませんかなり遅れてしまいました。お待ちしていてくださった方々。申し訳ございません。
最後のまとめ方に行き詰まり、時間をとらせたいただきました。
結局、あまりきれいに纏められませんでしたが、ご容赦を。
さて、この話にて一章終了とさせていただきます。
予定より長くなりましたが、おつき合いいただきありがとうございます。
鳴り響くシステムアナウンス。上空にあるスクリーンの少し上には『event clear』の文字がデカデカと表されていた。その文字を見てようやく実感する。
「クリア…したんですね」
もう体中に力が入らないので、先ほどからずっと座り込んでいるのだが、さらに体の力を抜いてしまう。
「はあぁぁぁぁ……よかったぁ……」
そう言うと恭子も日陰の隣に座り込む。
「あんたたちだらしないわね。もっとシャキッとしなさいよ」
「無理!もう疲れた!」
「…………………私も…」
餡子も便乗してペタンと座り込む。それに続いて他の皆も座り込む。
「まあ、なんだかんだ言って私も疲れてんだけどねぇ」
美波も苦笑をしながら座る。
「あ~~~つっかれたぁ…」
「やっと終わりましたねぇ」
「そうだな。まったく…こんなに忙しいのは久しぶりだ…」
「そうですねぇ…もう明日は戦いたくないですねぇ」
「これだけ街も学校もボロボロなんだから、明日は休校なんじゃありません?」
「休校!本当!?」
「どうだかね。案外、あの校長先生のことだから通常通り授業をする環境を整えそうだけどね」
「そんなわけ無いじゃない。明日は休校よ」
美波に言葉を返したのは、いつの間にいたのやら話に上がった瑞穂であった。
「校長先生、早いですね。戻ってくるの」
「ええ、大した距離じゃありませんから。それよりも…」
瑞穂はそう言うと後ろを振り返る。つられて日陰達も見ると、そこには猛スピードでこちらに向かってくる太陽達の姿があった。
「日陰ぇぇぇぇええええええ!!」
「え、あ、ちょっ…うわっ!?」
そのままスピードを落とすことなく満月は日陰に突っ込んでいく。日陰は満月を受け止めきれずに後ろに倒れる。
「いたっ!」
「日陰日陰日陰日陰日陰えええぇぇぇぇぇええええー!!」
満月は日陰の首筋に顔を埋めると、ぐりぐりと押し付ける。と、思ったら途端に動きを止めた。
「……ううっ…ぐすん……」
そして、泣き始める満月。
「え、ええ!?な、なんですか?どうしたんですか?」
急に泣き始める満月に、オロオロと狼狽する日陰。
そんな日陰に、満月はぽつりぽつりと言葉をこぼす。
「…………し、死んじゃったんだと思ったんだからぁ…………もう、生きて会えないと思ったんだからぁ………バカぁ……」
「あ…」
そこまで言われ日陰は思い当たる。
空には戦闘シーンを流すために巨大なスクリーンが浮いている。そこで日陰が殺鬼に胸を突き刺されたシーンを目撃してしまったのだと。
「…………もう、心配かけさせんなぁ…」
「そうだぞ日陰。もう無茶はこれっきりにしてくれ」
「…………そうだぞ。心配したんだぞ……」
太陽と真月も少しだけ怒ったように日陰に言う。
「アタシも心配したんだからな?」
「そうよ。もう考え無しに突っ込まないようにね?」
「けどまあ、そうしなきゃあの親子が切られてたんだけどね~」
「そう考えると、やっぱり突っ込んだほうが良かったんですよね?」
「そうですねぇ。その点は、ファインプレーですねぇ」
「それでも、その後一人で突っ込むのは阿呆のすることよ!」
「まあまあ。今はいいのではないか?それは本人も自覚していることだろうし」
太陽達に同調して、恭子達も口々に日陰に対して小言というか賞賛というか、まあ、比較的小言的なことを言ってくる。
「あ、あははは…」
皆の小言を聞いている中、不意にきゅっと袖を摘まれる。見ると、袖を摘んでいたのは餡子であった。
「……………………私…訊きたいことがある………」
「ええっと、なんですか?」
「……………………レインボーハニーの入手経路…教えて…」
「あ、ああ。そのことですか」
入手経路と言われ、日陰はある人物にちらりと視線を向ける。すると、無言でコクリと頷かれた。話しても良いと言うことなのだろう。
「えっと…レインボーハニーは、校長先生から貰ったんですよ」
そう言うと、皆の視線が瑞穂に向かう。いや、満月だけは未だに日陰の首筋に顔を埋めていた。おそらく泣き顔を見られたくはないのだろう。話は気になるようなので、少しだけ耳を瑞穂の方に向けていた。
それはそうと、とうの瑞穂はと言うと、沢山の視線にたじろぐこともなく堂々と腕を組んで立っている。
「ええ、私があげたのよ。彼、料理が好きだって言ってたし、お菓子づくりに挑戦してみたいとも言ってたし。丁度良いから譲ったのよ」
その台詞を聞いた途端に、餡子は目をキラキラと輝かせて瑞穂に詰め寄る。
「…………………是非、是非…譲って欲しい…です………!」
餡子のお願いに、瑞穂は笑顔で答える。
「ごめんなさい、もう無いの」
その返答を聞くと、餡子はキラキラした目を一変、死んだ魚のような目をすると、ガクッと膝から落ち両手を地面についた。
「…………………無い…?レインボーハニーが…無い……………?」
茫然とした顔で地面を見つめる餡子に、日陰が気遣わしげな視線を向ける。
だが、そんな二人を後目に、他の者は少しだけ怪訝そうな顔で瑞穂を見ていた。
「あの、どうして陽向が料理好きなのを知っていて、あまつさえお菓子づくりに挑戦してみたいって言うのを知っているんですか?」
疑わしげな顔でそう言ったのは恭子であったが、日陰と餡子を外した他の皆の考えも、恭子のそれと総意であった。
皆の視線の的となっている瑞穂は、けれど、臆した様子もなくいつも通り腕を組んでいる。壇上に立つことが多いから視線には慣れているのだろう。
「だって、ここしばらくはいつも陽向くんとお昼ご飯を食べていたもの。世間話程度に聞いたりはするわよ」
直後、空気が凍り付く。
「………………陽向…」
「は、はいっ!?」
凍り付いた空気の中、笑顔で呼びかける恭子に、日陰は背筋に薄ら寒いものを感じてひきつった声を上げてしまう。
そんな日陰にかまうことなく恭子は日陰の両肩をガシッと掴む。
「次からはワタシと昼飯を食べるんだ。いいな?」
お願いとか誘いではなく命令形な言葉に、日陰はキョドりながらもこたえようとするが、今度は瑞穂から薄ら寒いものを感じ反射的にそちらを見てしまう。案の定、瑞穂が冷たい笑みを浮かべて日陰を見ていた。
「あら?陽向くん、もう私とお昼食べてくれないのかしら?」
「え、ええっと…僕としてはその…どちらでもよくてですね…」
「「どちらでも?」」
「え、あ、いえ、うえっ!?」
二人の揃えられた台詞と冷たい笑顔にパニックになる日陰。
あわあわと慌てる日陰を見て流石に可哀想になったのか、美波が漸く二人に声をかける。
「ほら、お二方。あまり責めるような言い方をすると陽向が混乱してしまう。もうそれくらいにしてあげてくれ」
「そうですわよ。こんなでも一応今回の功労者なのですから、少しくらい休ませて差し上げてくださいな」
リリスも追従するようにそう言う。
日陰はリリスがかばってくれたことに、内心で驚きを露わにする。
日陰に対してきついことしか言ってこなかった彼女が、まさか自分をかばってくれるとは、露ほども思っていなかったからだ。
と、そんな驚いている日陰をよそに恭子と瑞穂は互いに睨みをきかせながら言い合う。
「あなたが余計なことを言わなければ良かったのよ。そうすれば陽向くんに無理させることもなかったのだから」
「余計なことじゃありません~!一教師、しかも校長先生が一生徒と気軽にお昼を食べていることがいけないと思ったので言わせて貰っただけです~!」
「生徒と教師仲が良くて結構ではないかな?」
「生徒が複数ならば問題ないですけど、陽向一人だから問題大ありです!」
「彼は居場所がなかったのだからしょうがないじゃない。それともあなたは、彼に居心地の悪い思いをしながらお昼ご飯を食べろと言うの?彼の学校での安らげる一時を取り上げるつもり?」
いや、実際には美人な瑞穂と一対一で食事をするのはかなり緊張するので、正直心は安らがないのだが、それを言うと後が怖いので言わないでおく。
日陰は、なるべく巻き込まれないようにずるずると後ろに後退り、二人から距離を置く。満月がへばりついていたので動きづらかったが、満月には、心配をかけてしまったので引きはがすことはしなかった。
ずりずりと移動しながらも、日陰はふと、あることを思い出した。
あることと言うのも、殺鬼が最後に言っていた言葉だ。
『アイテムがドロップしていたらおまえが使ってくれ』
彼女が言った最後の言葉。
正直、日陰は彼女に対してあまり良い印象を抱いていない。
背中から胸を一突きされ殺されかけたので当たり前と言えば当たり前なのだろう。
ただ、それでも、最後の言葉くらいは叶えても良いかもしれないと思った。これは、ただの気まぐれだ。勝利の余韻に浸って心が浮かれているからだした結論だと思う。
まあ、何にせよ、使うも使わないもそれがあってこそだ。無かったらそれで終わりだ。
日陰は、システムウィンドウを開きアイテムを確認する。すると、一番新しい入手履歴にそれはあった。
ーーーー惨殺刀・殺鬼。
あの人にしてこの武器あり。なんともまあ、物騒で彼女そのものを表したアイテムに思わず苦笑を漏らす。
「ん…?どうしたん?」
苦笑を漏らしたことに気がついたのか、満月が日陰を見上げる。
「いえ。なんでも」
日陰は満月に微笑みかけると、アイテムを出現させた。
その刀は、殺鬼が持っていた刀と似ており、黒く禍々しい鞘に、これまた黒く禍々しい刀身をしていた。
「それ、ドロップアイテム?」
「そうみたいです」
「……それ使うの?」
「ええ。そうしようかと」
「…そっか」
『おおっ!使ってくれるのか!ありがとな~!』
「ーーーーっ!?」
突然、どこからともなく響いてくる声。
『いやあ~使ってくれないんじゃないかと内心ハラハラしたよ~』
その声は、確かに倒したはずの殺鬼の声であった。
騒いでいた他のメンバーも事態の異常さに気づき臨戦態勢をとる。
満月は、ガバッと起きあがると日陰をいつでも守れる体勢をとる。
そんな日陰達の様子に、今度はどこか苦笑しているような雰囲気で声がする。
『そんなに警戒しなくても大丈夫だよ~。ワタシもう手出しできないから。それに敵意もないし』
「……そう言うことは、姿を現してから言ってください」
『やっだなぁ~。もう見せてるよ』
そう言われ、日陰達はキョロキョロと辺りを見渡す。だが、どこにも殺鬼の姿は確認できなかった。
「……ふざけてるんですか?」
不機嫌になりつつそう答える日陰に、殺鬼は変わらない調子で答える。
『ふざけてないよ~。もういるよ~』
「ですから、どこに?」
『右手』
「は?」
『だから、キミの右手にだよ』
言われ、右手を確認する日陰。そこには、変わらず惨殺刀・殺鬼が握られていた。
『やっ!』
目?が合ったのか、刀から声をかけられる。
そこで、漸く事態を理解する。
「ま、まさか……」
『そう!そのまさか!インテリジェンスソードになっちゃったよ!』
軽く答える殺鬼に、その場にいる全員が愕然とするが、真っ先に回復した瑞穂が口を開く。
「陽向くん。それ捨てるべきよ。危険だわ。変わりの物は私がまた用意してあげるから捨てなさい」
「そうだぞ陽向!変わりはワタシがやるから、そんなの捨てろ!」
「あら?あなたは別に陽向くんに武器を提供しなくてもいいのよ?私が彼にあげると言っているのだから。もしかして、この距離で聞こえなかったのかしら?」
「十分聞こえてますよ?むしろこの距離で聞こえてないと思う方がおかしいんじゃないですか?ワタシは、一教師が、一生徒に贈り物を贈るのはどうかと思って言ったんです」
「あら、それなら心配ご無用よ。今回の件で装備を無くした生徒に対して学校側から支給するだけだから」
「それには及びません。パーティーメンバーのことはパーティーリーダーのワタシが世話をします」
『お~い、捨てろと言った挙げ句にワタシを無視して喧嘩すんなよ~』
「いいえ。学校に在籍している以上学校側で面倒を見ます」
「いいえ。ワタシが面倒を見ます」
『ダメだ聞いてねぇ…』
またもや白熱する二人に言葉を挟むも、華麗にスルーされる殺鬼。
先程までの緊迫した空気はどこへやら。また始まったと、呆れたような空気に変わる。
『はあぁ…もう何でも良いや……とりあえずキミ。ワタシを捨てないでくれよ?』
「はい。武器もありませんしあなたを使いますよ」
『よっしゃ!』
「ちょっ!日陰!危険よ!」
「大丈夫ですよ。所有権を僕が持ってる限り襲ってはこないでしょうし、それに……」
左手で鞘を、右手で柄を握り引き抜く。
「これは良い刀だと『きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!エッチぃぃぃぃぃぃいいいい!!服脱がさないでよおおおおぉぉぉぉぉ!!』」
瞬間、日陰は刀を鞘に戻し瓦礫の山に思い切りぶん投げた。
物を大切にする日陰にしては珍しい行為だ。
『ああああああぁぁぁぁぁ!!投げるなああああぁぁぁぁ!!くそっ!ほいっと!』
叫びながら宙を舞う刀が急にぼんっと煙を出す。そして、煙の中から人が飛び出し綺麗に着地する。
それは、先程まで死闘を繰り広げていた殺鬼であった。
「こらぁ!物を投げるな!」
腰に手をあててプンすか怒る殺鬼。
未だに言い合っている二人。
呆然と事態を眺めているその他。
色々ツッコミたいことはあるのだが、日陰は一言だけ言った。
「もう、休ませてくださいよ……」
日陰が休めるのは、もう少し先になりそうだった。




