024 信じましょう
「はああああぁぁぁぁぁッ!!」
気合いと共に槍斧を一閃する。
「ふんっ!!」
それを、惨鬼も力を込めて受け止める。
ガキンッと金属の衝突音が鳴り響く。
「湯野!喜多ちゃん!撃って!」
「了解!」
「わ、分かりました!」
太陽は二人に指示を出すとその場から飛び退く。
直後、太陽のいたところに魔法が飛来する。
「むっ!」
惨鬼も慌てて飛び退くが、流石の惨鬼も反応が少し遅れたのか、少しだけ魔法を受ける。
だが、その先でも攻撃は待ちかまえている。
「せえあっ!!」
「…ハアッ!!」
祥吾と真月が跳んできたところに迫り、体制の整っていない惨鬼に連撃を繰り出す。
それを、惨鬼は見事な体捌きと剣捌きで凌ぐ。だが、捌かれるだけになるほど二人の攻撃は甘くない。
二人は惨鬼が捌ききれない速度とタイミングを見つけると、隙をついて一撃を入れる。
惨鬼もその攻撃に反応してはいるのだが、完全に回避することは出来ないのか、一撃を受けていた。それも、決して浅くはない一撃だ。
にもかかわらず、焦っていたのは惨鬼ではなかった。
決して浅くはない一撃を受けているはずの惨鬼は、されど倒れることはない。最初と変わらず太刀を振るうその姿勢に、自分達の攻撃が通用していないのではないかと考えてしまう。
「せあぁッ!!」
一撃は威力も精度も落ちることがない。
祥吾は真月の前に出ると、惨鬼の攻撃を斧で防ぐ。スピード重視の真月ではこの一撃を耐えられなくもないが、大きな隙ができてしまうだろうと考えたからだ。
だが、そう考えて行動したのだが、惨鬼の一撃に祥吾も押されてしまう。
(なんつうパワーしてんだッ!)
強力な一撃を凌ぎきった祥吾。その後ろから満月が飛び出す。その少し後に真月が飛び出す。
双子ならではなの陰分身のようなものだ。元々一人しかいなかったので、そこからよく似た一人が出てくれば、必然と元々後ろにいた者と間違え、さらには後ろにはもう誰もいないと思うだろう。その心理を利用した波状攻撃だ。
案の定、その攻撃にはまった惨鬼は驚愕して少しだけ判断が遅れる。その隙を狙い、満月がスキルを放つ。
「双斧・火翼!!」
「防の型!」
惨鬼は満月のスキルを自身も防御系のスキルを使い防ぐ。太刀と双斧が激突する。
だが、惨鬼が防ぐべき攻撃はそれだけではないのだ。
真月は、空いた惨鬼の脇にスキルを放つ。
「…月光連双!」
真月の双剣が月色に輝くと同時に、連撃が放たれる。
最初の一撃が惨鬼の体に当たるが、その感触は肉を絶つものではなく、金属を切りつけるような感触であった。
防御系のスキルが一点集中の防御ではなく、広範囲型のスキルを使い全身を覆ようにしているのだろう。
普通、一点集中型の防御スキルよりも広範囲型の防御スキルは広範囲に及ぶためその分防御が薄くなるのだが、それを感じさせないほど惨鬼の防御スキルは高かった。
真月は負けじと連撃を放つも、全てをその防御スキルにより防がれてしまう。
真月の連撃が終わりを迎えると、惨鬼の防御スキルも終わりを迎えた。その隙を両チームの弓使い、佐野みつ子と昼野真昼が狙い撃つ。満月と真月。それと祥吾は巻き込まれないようにすぐさまその場から飛び退く。
だが、タイミングが分かっていた攻撃であるために惨鬼も簡単に避けてしまう。
距離が離れすぎたために追撃をしようにも少しばかりタイミングが合わない。
次の手をどうするべきか考えていると、惨鬼は不意に構えを少しだけゆるめた。
「ふむ。小休止といこうか」
「なんだい?もうお疲れかい?」
「いいや。まだ余裕さ。ただ、相方が一人片づけたようなのでね」
そう言うと惨鬼は上空のある一点を見る。
惨鬼が見るその一点に、太陽は覚えがあった。そう、街中での戦闘を映し出しているスクリーンがある場所だ。
太陽は嫌な予感を感じつつもそのスクリーンを見る。
直後、驚愕に目を見開く。
太陽のその様子に他の面々も惨鬼を警戒しつつスクリーンを見た。そして、満月、真月も驚愕に目を見開いた。他の者も少なからず驚愕しているようであった。
そこに映し出されていたのは、自分達の最愛の弟だった。
そそれだけならばまだ良かった。だが、そこに映し出されていたのはそれだけではなかったのだ。
日陰は女性としては高身長な鬼の女に太刀で胸を貫かれていたのだ。
「な……ひ、かげ……」
思わずといった感じで呟く満月。
「ほう。お前たちの知り合いだったか。その顔を見るに、どうやら近しい間柄だったらしいな」
惨鬼の言葉は三人の耳に入ってこない。スクリーンに映し出された視覚情報に全てを奪われているのだ。
「なるほどな。お前たちの知り合いであればあやつが興味を持つはずだ……まあ、それはいいか。小休止は終わりだ。さあ、続きを始めようか」
惨鬼のその言葉にハッとなる太陽達以外のメンバー。今は戦闘中なのだ。いつまでも呆けている場合ではない。
「太陽!一旦切り替えろ!今はこっちが先決だ!」
祥吾がそう言うも、太陽は反応しない。
「満月!あんたもしっかりして!あんたこのパーティーのリーダーでしょう?!」
「真月ちゃんもしっかり!今は戦闘中なのよ?」
ももこと真昼も声をかけるが、二人も反応を示さない。
「…ふむ…小休止を取るのは不味かったかな?」
そう一人呟く惨鬼。
惨鬼としては戦闘中のちょっとした世間話として言ってみたのだが、どうやら三人にとってはかなり近しい間柄の者らしい。
「ふむ。ともすれば肉親か?」
そう言えば先ほど「ウチの自慢の弟は強い」と言っていた。であれば、おそらくは今スクリーンに映っている彼が弟なのだろう。
「そうか。お前たちの弟か。まあ、彼も運が悪かったのだな。なにせあの殺鬼に気に入られたのだ。遅かれ早かれ死ぬことにーーーー」
惨鬼はそこまで言うと、言葉を途中で止め、慌ててその場から飛び退いた。
瞬間、今まで惨鬼がいたところに槍斧が叩きつけられる。
轟音と砂煙を撒き散らし、その場にクレーターを作ったその一撃は、先ほどの太陽からは考えられないほどの一撃だ。
その一撃を目の当たりにし、惨鬼はニヤリと口角を吊り上げる。
「ふむ。いい目だ。これは楽しくなりそうだ」
「…楽しくなんてやってる暇ないんだよ」
惨鬼の言葉に、太陽は低く底冷えするような声で言う。
「貴様を殺して日陰に会いに行く。だから大人しく殺されろ」
太陽が見せる感情の発露は、仲間である祥吾達をも思わず一歩下がらせるほどの威圧感があった。
見れば太陽の目は暗く、それでいて冷たく、ひどく静かなものだった。それは、満月と真月も同じであった。
その様子に楽しげな様子で惨鬼は言う。
「ふふっ。随分と楽しめそうだ。さあ、それでは続きを始めようか!」
○ ○ ○
何か温かいものが、日陰を包み込んでいる。その温かいものと同時に、誰かの声がする。
その声と感触に触発され、日陰の意識はやがて表層に躍り出る。
重たい目蓋をゆっくり開ける。
「陽向日陰!大丈夫か!?」
「………陽太…大丈夫……?」
「お兄ちゃん死なないでぇ…」
目を開けば、映り込むのは三人の女性の姿。ミリー、餡子、ゆきだ。
どうして自分は眠っていたのだろうかと一瞬だけ不思議に思うが、気を失う前の事をすぐさま思い出す。
日陰はゆっくりと手を動かし胸元をまさぐる。そこは、女鬼によって貫かれたはずだったが、あるはずの傷は見あたらなかった。それでも、服は破けていたので胸を貫かれたのは確かなようであった。
気怠げに視線を動かし彼女達を見る。
ミリーは気遣わしげに、餡子は額にうっすらと汗を浮かべ、ゆきは涙で顔をグシャグシャにしていた。
餡子は治癒士なので、餡子が胸の傷を治してくれたのだろう。ただ、餡子一人では日陰を運ぶのは難しいので、ミリーが手伝ったと言うところだろう。ゆきは、日陰の姿を見て慌てて駆け寄ってきた、と言ったところか。
そこで日陰は、また思い出す。
日陰が気を失う前に、恭子達が駆けつけてきたことを。
それを思い出すと、日陰は起き上がり二人の腕を掴む。
「…な、んで…」
「…………陽太?」
「陽太?」
「なんで、あなた達がここにいるんですか!ミリーさんは強いんでしょう?!だったら、金本さん達を手伝わないとダメじゃないですか!本倉さんは治癒士でしょう?!あなたが皆を癒さないでどうするんですか!なんで僕にかまってるんですか!早く彼女達のところへ戻らないとダメでしょう!」
「…回復は…雪子に任せて…きた…」
「それでもあなたは治癒士でしょう?!回復力の差は段違いなはずです!早く彼女たちの元へーーーー」
「む~~~!お兄ちゃん、メッ!」
ゆきは未だ目に涙を溜めながらも、怒ったような顔で日陰の二人の手を掴んだ腕をペシンと叩く。
「まずは、ありがとう。でしょ!助けてもらったんだから、ありがとうが先!」
「で、でも」
「いいから!ありがとう!」
「……すみません。ありがとうございます…」
日陰も、諭され気付いた。自分が命を助けてもらったことに。
さっきの態度は、恩人にして良い態度ではなかった。
それを、まさか幼稚園児に教えられるとは思ってもいなかった。
「……気にしなくて…いい…」
「ああ、気にすることはないさ」
二人はそう言うが、日陰は気にしてしまう。危ないところを助けてもらったのだ。気にするなと言う方が無理な話だ。
「あの。でも、本当に、彼女達のところへ向かってあげて下さい。治癒士がいるのといないのでは全然違いますし、何より彼女は強いですし…」
「言われなくても、もとよりそのつもりだ。すまないが私たちはもう行かせてもらう」
「……ゆっくり休んでて……」
言うが早いか、二人は立ち上がる。
二人が立ち去ろうとしているという事は、日陰の傷はもう大丈夫だという事だろう。
「あの…本当にありがとうございました…」
日陰が再度お礼を言うと、二人は軽く手を振ると体育館の外へと駆けていった。
その背中を見送ると、日陰は寝っ転がる。
これで、日陰のやることは終わったのだ。
女鬼とこの体育館の距離はそれなりに開けた。まだ中庭で戦っているだろうが大丈夫だろう。後は彼女達が何とかしてくれる。高レベルプレイヤーの彼女達であれば何とかなるだろう。
日陰は、疲労と安堵から長い息をはく。
すると、ゆきが不安そうなか顔で訊ねてくる。
「…ねえお兄ちゃん…」
「…なんですか?」
「お兄ちゃんは戦いに行かないの?」
「ええ。僕の役目は終わりましたから」
「…そうなの…」
日陰の返答に浮かない顔をするゆき。
その表情が少し引っかかり、日陰は訪ねる。
「どうしたんですか?」
「…お姉ちゃんたちね…勝てないかもって話してたの…」
「ーーーっ!?」
「自分達でも勝てるか分からないって言ってたの…負けちゃうかもって言ってたの…」
彼女達でも勝てないのか?
それならば、誰が勝てるというのだ。今この場にいる全員でかかれば勝てるかもしれない。でも、それでは民間人の防衛が出来なくなる。これは最終手段だろう。
「だから…お兄ちゃんも戦わないのかなって…」
どうする?どうすれば勝てる?
攻撃班が帰ってくるまで粘るか?いや、無理だ。守りながら粘るのはそうとうキツい。攻撃班が帰ってくる前にこちらが負けてしまう。
それに、イベント名は「復活の双鬼」だ。鬼はもう一体いると考えるのが妥当だ。その鬼に戦力を割かなくてはいけないのならば、援軍が来るのも望み薄だ。
じゃあ、どうする?どうすれば生き残れる?どうすれば守れる?どうすればーーーー
「お兄ちゃんが戦えば、勝てるかもしれないのに…」
「え?」
ゆきの放った言葉に思わず間抜けな声を上げてしまう。
「い、いや、無理ですよ?僕が行ったところで勝てる訳ないじゃないですか」
自分はレベルゼロだ。その称号に特殊能力もなければ、特別な武具も持ち合わせてはいない。どこにも希望を見いだせる要素なんて無いのだ。
だが、ゆきはそんなことは知らない。
だからか、ゆきは日陰の言葉に少しムスッとした顔をする。
「勝てるもん!お兄ちゃんが行けば絶対勝てるもん!」
「だから無理ですって。さっき負けたばかりですし」
「でも勝てるの!」
「無理です!」
「勝てるの!」
「無理です!」
「勝ーてーるーのー!」
いやいやと駄々をこねるようにそう言うゆき。それに少しだけむきになって起き上がって反論してしまう日陰。
無理な理由を説明しようと思ったが、ゆきの言葉に遮られる。
「だってゆきがお兄ちゃんをしんじてるんだもん!」
「ーーーーっ!?」
「お兄ちゃんがお兄ちゃんのお兄ちゃんをしんじてるみたいに、ゆきだってお兄ちゃんをしんじてるんだもん!負けないってしんじてるんだもん!」
「………」
「だがら…だから…」
ゆきは次第に目に溜めた涙をポロポロとこぼす。
「お兄ちゃん、いったもん…お兄ちゃんはお兄ちゃんのお兄ちゃんをしんじてるって…だったら、お兄ちゃんのお兄ちゃんもお兄ちゃんをしんじてるもん!ゆきだってしんじてるもん!だから勝てるんだもん!」
そこまで言い切ると、ゆきは声を上げて泣き出してしまう。そのゆきを日陰は抱き寄せて、背中をポンポンと優しくたたく。
「おにいぢゃんはまげないぼんっ!こんどは、ひどりじゃ…無いんだもん!」
その言葉はまさに衝撃だった。
その通りであったのだ。まさしく、その通りであったのだ。
結局、さっきも今までも、一人で戦ってきた。存在的にも精神的にも一人で戦ってきたのだ。誰の支えもなく、一人で。
なるほど。それであれば負けるはずだ。
一人で地に立っているのなら負けて当然だ。
日陰は何の支えもなしに地面に突き立てられたら細い棒切れだ。ちょっと強い風に吹かれてしまえばたちまち倒れてしまう。それが日陰だ。
そんな日陰が一人で誰かに立ち向かおうなど無茶無謀もいいところだ。
「一人じゃない…ですか…」
結局、太陽を信じている自分を信じろとか言っておきながら、自分が自分を信じきれていなかったのだろう。
誰かが自分を信じてくれているなんて思っていなかった。向こうが自分を信じていなかったらどうしようと、そんな不安ばかり抱えていた。まったく、馬鹿げてる。
誰かを信じているならば、そんな不安すら抱える必要なんて無かったのだ。結局のところ、自分の気持ちすらも信じられていなかったのだ。
好きな人は信じているけど、その人が自分を信じているかは自信がない。だから日陰は一人で戦っていた。なんの支えもなしに。だから日陰は弱かったのだ。一人だったから。
「ううっ、ひっく、ふうぅぅ」
嗚咽をもらすゆきの背中を今度は優しく撫でる。
日陰は目を一度瞑る。
ーーーー誰かを信じたいならば、まずは自分を信じましょう。
そう思うと、不思議と胸にすとんと落ちるものがあった。
今日陰の腕の中には、日陰を信じてくれている人がいる。今この街には、日陰を信じて戦っている家族がいる。そう思うだけで十分だ。
一方的な信頼じゃなくて、お互いを信頼する。
今度はちゃんと信じる。
きっと太陽達も日陰を信じてくれている。
だからーーーー
「皆が信じる、自分を信じます」
そう思うだけで一人ではないような気がした。
「ありがとうございます。ゆきちゃん」
手の中の小さな存在がこんなに大きいだなんて思わなかった。
日陰はゆきを離して立ち上がる。
「ちょっと、行ってきますね」
腹は決まった。後は行動に移すだけ。
そうと決まれば、日陰は行動を開始した。




