021 餡子というもの
すみません。少し遅れました。
それと、11話のステータス欄を訂正しました。職業の欄のLv.50をLv.0に変更しました。
日陰がゆきを安心させた光景を恭子達もしっかりと見ていた。
「陽向…子供の扱いが上手だな…」
「そうね。あの子を萎縮させないように相手と同じ目線になってそれでいて優しい笑顔を絶やさない。随分とこなれたものね」
「…陽向はいいお父さんになるんだろうな…」
「それで、あわよくば自分が奥さんになりたいと?」
「ち、違うよ!」
美波のからかう言葉に、恭子は顔を真っ赤にして否定する。
「そ、そんなことより!…なんか、陽向凄く言い間違えられてたけど、気のせいじゃないよな?」
この話は終わりとばかりに話題を変える恭子に、美波はクスクス笑いながら答える。
「気のせいじゃないわ。彼、ママとかお姉ちゃんとか呼ばれてたわね」
最終的にはお姉ちゃんと言われていたけどと付け足し、それがまた面白かったのか、美波はまたクスクスと笑う。
「なんであの子言い間違えたんだろう?」
「彼の物腰柔らかなところが母親と重なったんじゃない?実際、母親っぽかったし」
「それでも、陽向は男だぞ?なんでパパって答えに至らないんだ?」
「あんな物腰柔らかな父親そういないわよ。うちの父親もあれとは程遠いわ」
「そうか~…まあ、確かに、陽向はどちらかと言われれば母親っぽいしな。料理上手だし、細かいところに気が付くし、いつも優しげな雰囲気だし。それに少し女顔だし」
「最後の、褒め言葉じゃないわよ…と言うか、いつ彼の手料理食べたの?」
興味津々にそう聞いてくる美波に、恭子は淡々とあの日の事を説明する。すべてを聞き終えた美波はニンマリと笑う。
「へ~、あなた彼とそんなに仲良くなってたのね~」
「うっ…」
面白そうにそう言う美波を見て、呻き声を上げ言わなければよかったと後悔をする。
「それに、あなたその様子じゃ気が付いてないみたいね」
「な、なにが?」
「あなた…」
美波は人の悪い笑みを浮かべて、少しためを作った後に告げた。
「あなた、彼と間接キスしてるのよ?」
「へ?」
思わず間抜けな声を上げてしまう恭子。
そして、徐々に美波の言ったことを理解したのかその顔を段々と朱色に染めていく。
「か、かかかかかかかかかか」
「間接キス。間接的な接吻のことね」
「間接キチュ!?」
あまりのことにかんでしまう恭子。それを聞いた美波はからからと笑う。
「やっぱり気付いてなかったみたいね~」
「だ、だって!向こうも気にしてないみたいだったし!それじゃあこっちも気付く訳ないし!」
「いや、その言い訳は苦しんじゃない?」
恭子の言い訳に、話を聞いていたであろうリリスが呆れながら口を挟む。
「で、でも、向こうも…気にして…ないし…」
「あれは気付いてるけど眼中にないんじゃないの?だってお母さん気質だもの。そんなこと日常茶飯事なんじゃない?」
何でもない風に言うリリス。だが、その答えは間違ってはいない。
日陰は、普段家でもそんな感じなのだ。例えば、コップにお茶を入れて飲んでいると、真月が勝手に飲んだり。例えば、唐揚げの最後の一個を箸でつかめば、満月がパクリとと横取りしたり。例えば、居間のソファでゆっくりお菓子を食べていれば、日陰が摘んだものを満月と真月がパクリと横取りしたり。数えればきりがないほどそう言うことがあるのだ。だから、他人とのそう言う感覚に麻痺しているのだ。
「そ、そうなのかな…」
リリスの言葉に若干気落ちする恭子。まあ、誰だって意中の者に眼中にないと言われれば気落ちするだろう。
「まあ、これからさ。その第一歩がパーティーに誘うと言うことだろう?」
「その第一歩って本当に必要なのかしらね?」
「リリス。それは話し合いで散々話したじゃない。それにリリスも賛成だったじゃない」
「フン!結局は多数決で決めただけで、私は良いと言ったわけではないわよ」
「それでも多数決という意見には賛同だったでしょ?なら、もう文句言わない」
「別に文句は言ってないわよ。本当に彼を引き入れる必要があるか疑問を抱いてるだけよ」
「さあね。必要性なんてものは分からないわよ。ただ、あのままじゃ彼早死にしそうだから引き入れるだけよ。クラスで死人が出ても面白くないもの。私としてはそれだけよ」
そう言うと美波は、この話は終わりとばかりに手を振る。リリスも若干不満げながらも、続けることはしない。
リリスは美波から視線をはずすとあることに気付いた。
「あれ?そう言えば餡子はどこに?」
リリスのその言葉に、他の皆もキョロキョロと周りを見渡す。
「あれ?さっきまでここにいたんですけど…」
雪子がおかしいな~と首を傾げながらそう言うと、今度は円が声を上げる。
「あ、いたよ~」
円が指さす方を見れば、そこには、目をきらきらさせながら両手をつきだして、日陰に何かをせがんでいる餡子がいた。日陰は困惑しながら、餡子がつきだす両手から身をそらしている。
その光景を見た全員がはあと盛大に溜め息を吐く。
「しまった…餡子のことをすっかり忘れていたわ…」
美波が額に手を当ててやれやれと言った風に首を横に振る。
他のメンバーもその意見に同意なのか、それぞれ肯定の反応を見せていた。
餡子は、老舗の和菓子屋に生まれた三姉妹のうちの二番目、つまり次女だ。彼女の家の和菓子は近所の住民からも大変人気があり、その上県外から買い求めに来る人や外国人観光客からも人気のお店なのだ。
そんな環境で生まれ育ったからか、彼女は和菓子がとても大好きだ。この歳になるまでも、ずっと三時のおやつには和菓子を食べるくらい好きだ。元々、甘いものが好きなのもあるのだろう。姉と妹は和菓子に飽きたと言っているが、餡子は飽きていない。むしろ食べるごとに好きになっていってるくらいだ。
そうして、好きが転じてか、餡子は和菓子を作るようになった。元々、手先が器用なこともあってか、餡子は見る見る内に成長していった。今では、店の商品棚に並ぶほどの腕前になっている。
そんな、和菓子に愛されたような餡子は、日夜和菓子の事を研究している。そのために、和菓子以外のお菓子も食べるようになった。
そんなある時、彼女に転機が訪れた。
この世界がゲームになったのだ。
拡張された世界に、新たな生物や、新たな文化。新しいものが増えたと言うことは、お菓子にも、それだけ新たな可能性が広がったという事に他ならないのだ。
だが、彼女がこの二年間いくら戦っても、お菓子の素材になりそうなものは見つからなかった。
いくら拡張されたからとはいえ、この町はそこまで拡張されたわけではないのだ。それに、増えたのはダンジョンばかりで、幻想的な場所も、異世界の果実のなる木も生えてはいなかった。
ならば新大陸にいけば何かあるかもと思っていたのだが、新大陸には入場制限がかかっており、足を運ぶことはできないのだ。
新しい可能性が見えてきたというのに八方塞がりな今の状況は餡子にとって面白いものではなかった。
だから最近、虫の居所が少し悪かった。
だが、つい先ほどまたも転機が訪れたのだ。
それが、日陰の出した、レインボービーから取れる、レインボーハニーで作ったレインボーキャンディだ。
餡子はそれを見たとき衝撃が走った。
自分が探し求めていたものがこんなに身近にあったなんてと。
餡子は、是非ともレインボーハニーの入手経路と、レインボーキャンディの制作方法を聞きたいと思った。
だから彼女は、日陰と自分のパーティーの間にある諍いも忘れて、彼に突撃したのだ。
そんなことよりも大切なことが、彼女の目の前にあるのだから、突撃しない手はなかった。
そんな彼女の行動原理など、日陰には予想も、想像すらも付くはずがなく、ただただ困惑だけを浮かべる。
だが餡子は、そんな日陰にお構いなしにズズイっと両手を押し出す。
「あめ玉……頂戴……」
「え、えと…何ででしょうか?」
日陰の疑問は至極当然のものなのだが、新しい可能性を見つけた餡子にはそのことに考えが回らないのか、同じ言葉を繰り返す。
「あめ玉……頂戴……」
「で、ですから…」
「…頂戴」
押し出される手に、日陰は体を後ろへと反らす。それと同時に、彼女の強く、そしてきらきらと輝く眼差しに、少しだけ申し訳ない気持ちになる。その理由は、
「えっとですね…その…」
「あめ玉…」
「そのあめ玉なんですけど……無いです」
あめ玉がもう無いからだ。
餡子はその言葉を聞いた瞬間、ヒュッと喉を詰まらせる。
数秒後、ガタガタと震えだしたと思えば、その場に崩れ落ちる。
「えっ!?」
その場に崩れ落ちた餡子は、焦点の合わない目で譫言のように呟いた。
「…無い?…あめ玉…無い?せっかく…見つけた…可能性が…無い?」
放心したようにそう呟く餡子は黒く長い髪と相まって、少しだけ幽霊っぽかった。なにも知らない人が見たら、ヒッと悲鳴を上げること間違いないだろう。
日陰も、少し怯えながら、どうしたものかと対応に困っていた。
すると、そこに、バスケットを抱えたゆきが日陰の元にやってきた。
「お姉ちゃん!配り終わったよ~!」
「えっと、ゆきちゃん、ありがとう。それと、僕はお姉ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんですからね?」
「え?あ、うん!ごめんねお兄ちゃん!」
日陰は末っ子なので、ゆきにお兄ちゃんと呼ばれ、現実逃避気味に新鮮な気持ちに浸っていると、ゆきがバスケットをつきだしてくる。
「これ配り終わったから返すね!みんな美味しいって言ってたよ!」
ゆきの美味しいというワードに餡子はビクリとはねる。放心状態でそれをやられると物凄く怖い。
だが、そんな餡子を気にとめることもなく、ゆきは話を続ける。
「それと、みんなに配ったけどけっこう余っちゃった」
「………ほ…んと…?」
またもや、ゆきの言葉に反応を示す。目をこれでもかと言うほど開き瞳孔も開いている。滅茶苦茶怖い。
「ん?ほんとーだよー?」
ゆきはそんな餡子にも物怖じせずに話している。
ゆきの返答を聞くや否や、餡子は日陰のもつバスケットに飛びかかってくる。
「うわっ!」
とっさのことで、思わず避けてしまう日陰。
避けられたことで、空を切る餡子の腕。
スチャッと着地をすると、ギギギと錆び付いたロボットの様な音を上げながら、餡子がこちらに首を捻る。それだけでもう凄く怖い。
「な、なぜ避けるの…………………?」
「ひっ…」
思わず悲鳴をあげてしまった日陰は悪くないと思う。それくらい餡子の表情も声も怖いのだ。
「……あめ玉…余ってるなら……ちょうだい…………」
「あ、あげますよ!あげますからそんなに怖い顔しないでください!」
「…………………そう…」
日陰がそう言うと、餡子は目も声もいつも通りのものになっていく。その事に少しホッとしつつも、日陰はあることを思い出す。
「あ、でも。このレインボーキャンディ、ステータス上昇効果がありますから、これ以上は勿体無いかな…」
「…え……?」
ぽつりと呟いた言葉に餡子が先ほどの表情になり聞き返してくる。
「あ、いや、何でもないです!」
完全にびびりながらそう言うと、また餡子は元に戻る。
すると、餡子の後ろから恭子がやってきて、餡子の襟をがっと掴むと猫を持つように持ち上げる。
「ったく。あんまし遊んでんじゃねえよ餡子」
「………遊びじゃない………………これは研究」
「研究もいいけど、あんまし他人に迷惑かけるな」
そう言うと恭子はすまなそうな顔で日陰の方を見る。
「えと、ゴメンな…餡子、お菓子のこととなると見境無くてさ…」
「え!あ、ああ。別に大丈夫です…」
そう言いながらも日陰は恭子から目をそらす。
その日陰の行動に、恭子も表情を少しだけ曇らせる。だが、恭子はめげずに日陰に声をかける。
「あ、あの陽向」
「な、なんですか?」
「その、あの…」
声をかけたはいいが、口ごもってしまう恭子。恭子は、日陰をパーティーに誘おうとしているのだが、以前酷いことを言ってこちらから誘ったのに断らせてしまった事もあり、言い出しづらいのだ。
恭子はギュッと一度目を瞑ると意を決したように口を開く。
「もし良かったら、私達のパーティーに入らないか?」
「……」
「今度は、皆でちゃんと話し合って決めたんだ。陽向をパーティーに入れようって。あ、別に上からものを言いたいわけじゃないんだ!ただ、この間大怪我したお前が心配で、それで、やっぱりパーティーに入って貰おうって決めて……だから、こっちはいつでも大歓迎なんだ!だから、気が向いたらで良いから検討してみてほしい」
「……………」
「……陽向?」
「……………すみません。今は誰かと一緒にパーティー組むのは考えられないです」
日陰は俯きながら精一杯にその言葉だけを絞り出した。その顔を、必然的にしたから覗くゆきは心配そうな顔で日陰を覗き込む。
「お兄ちゃんどうしたの?どこか痛いの?」
先ほど自分を元気づけてくれた日陰がつらそうな顔をしている。その事がゆきを不安にさせる。
ゆきには、日陰と恭子の間になにがあったのかを知らないし、予想もできない。
それでも、自分を元気づけてくれた日陰のつらそうな顔をどうにかして払いたかった。だからこそ、なにが起きているのか分からなくても、何かを言いたかったのだ。
それが、日陰も理解できているので無理矢理に笑顔を作ってゆきの頭を優しく撫でる。
「大丈夫ですよ。痛いところなんてどこもないですから」
嘘だ。痛いところはちゃんとある。
クラスメートに嵌められて心が痛い。完治したはずなのに傷のあったところがジクジクと痛む。恭子達が犯人ではないと、冷静になってみて分かってはいるのに、恭子達に怯えて悲しい顔をさせている事で胸が痛む。
だが、そんなことを子供であるゆきに言えるはずもないし、言う必要もない。そんなことをすればゆきを不安にするだけだ。
「ほんとぉ?」
「本当ですよ」
だから日陰は未だ心配そうに日陰を見上げるゆきに言う。
「うん、わかった…」
若干不服そうではあるものの取り合えずは頷いてくれるゆき。そんなゆきにこれ以上心配をかけないためにも、日陰はゆきをこの場所から離れるように言う。
「さあ、ゆきちゃん。皆の所に戻っておとなしくしていましょうね」
「うん…」
ゆきの頭をポンポンと優しく叩く。ゆきは心配そうにこちらを見ていたが、おとなしく従ってくれた。
日陰はそれを見届けると、無理矢理に作っていた笑みを消す。
「…なあ。今だけパーティーを組むのはどうだ?せめて、危険な今だけでも組んでいた方がいいと思うんだ。状況が状況だし、HPが見えないと不安で仕方がない」
「……無理です…僕の気持ちの整理がついていないのもありますけど……まだ、無理です…」
「そう…か…」
「…………どうして…僕をそんなに気にかけるんですか?」
「どうしてって…そりゃあ、クラスメートだし…」
「そんなことだけでこれほど気になんてしないですよ。なにか、理由があるんですよね?」
「……あるよ」
その答えを聞いて、日陰はやはりといった思いの方が強い。
だってそうであろう。日陰は彼女達に刃を向けてしまったのだ。それであれば、嫌われこそすれこれほどまでに気にかけて貰う理由にはならない。
だから、クラスメートという以外に何か他に理由があるのだろうと思ったのだ。
「それって何なんですか?」
「………………それは…」
恭子は目を伏せる。
なにか、言いづらいことなのだろう。
「お前は、知ったら軽蔑する…」
「軽蔑されるような理由から、僕を誘おうとしたのですか?」
「違う!別にお前を利用したいとかそういう訳じゃない!………私がしてしまったことを、お前は軽蔑するはずだ」
「………それ、僕に言ってもいいんですか?」
「え?」
「僕に言えば軽蔑されるんですよね?でしたら、言わない方がよかったんじゃないんですか?」
軽蔑されるほどの理由であれば、普通なら誤魔化すところだ。それを彼女は隠しもせずに言ってしまった。
後のことを考えてなかったのだろうか?
「……私は、自分がしてしまったことを悔やんでる。だから…これ以上お前に嘘をつきたくない」
「…そうですか…」
彼女はいったい日陰になにをしたのだろうか?
少なくとも、日陰には何の心当たりも無い。だから、彼女がなにをそこまで気にしているのか分からない。
だから、日陰は聞いてみたいと思った。彼女が自分になにを負い目を感じ、彼女がなぜ自分を気にかけるのか。
「…あの」
問いかけるために声を発した瞬間、爆音が轟いた。
「な!?」
爆音に次いで爆風が体育館の中に流れ込む。だが、その爆風には熱を感じなかった。つまり、それは爆発ではないという事だ。
「なにが!」
焦った声で、ミリーが声を上げる。
もうもうと煙る爆音の発生地を見れば、煙の流れで壁が突き破られたのであろう事が分かる。
だが、そんなことよりも、より如実に日陰達に語りかけるものがあった。
「いや~やっぱりいっぱいいるね~」
今この場に似合わないゆったりとした声。だが、その声を放つ者から感じられる強烈な威圧感。
呼吸がうまく出来ずに、何度もむせてしまう。
「んっふふ~鈍ってないね~私の勘も~」
そう言いながら煙の中から姿を現したのは、身長およそ180はあろうかという長身の女であった。だが、その女がただ者ではないことをその女の額から生える二本の角が如実に語っていた。
「さあて…それじゃあ、始めようかな」
鬼の女が獰猛に目を輝かせニヤリと笑った。




