020 避難民
太陽達が他のパーティーと合流しようとしている頃、日陰達防衛班の待機する体育館には、徐々に避難してくる人が増えていった。
避難してくる人が来る前に、どうにか体育館にマットを敷き詰められることができたのは、僥倖であった。
日陰は避難してくる人を誘導して体育館内に座らせるといった役目をしていた。
この役目をしていて、日陰はある懸念を抱えていた。それは、避難してくる人をこの体育館に全て収容する事ができるかどうかである。
幸いにして、ここの体育館は他校に比べてみると圧倒的な広さを誇っている。だが、それでもエリア範囲内の町民全てを収容できるかと聞かれれば、はいとは言えなかった。
ただ、運が良かったことと言えば、エリア範囲内には殆ど住宅街しかないので、会社などの企業はエリア範囲外が殆ど。そのため、平日に出勤している人が多い状況なので、収容する人は普段よりも少なくて済んでいる。
今、体育館にいる人数は三百人くらいだ。収容するにもまだ少し余裕があるが、先程からちらほらと新しい人が入ってくる。ここが一杯になるのも時間の問題であった。
だが、ここで嬉しい知らせが舞い込んできた。
「どうやらこの人達で最後みたいだ!」
その言葉を聞き、日陰と同じ懸念を抱いていた者はほっと一息ついた。だが、日陰達の仕事はそれで終わりではない。
「よし、収容は終わった!誘導に回っていた者は各自配置につけ!」
外部指導員の内の一人の言葉に、各々配置に戻る。日陰は、元々体育館内に配置されているので、壁際に移動するだけだ。
すると、突然爆発音が響きわたる。
一番最初に起きた爆発音よりもかなり小さいが、それでも振動がこちらまで伝わってきた。きっと、それなりに近いところで戦闘が起こっているのだろう。
そのことを理解しているのか、避難してきた人々は皆一様に不安そうな顔をしている。
「自衛隊は来ないのか?」
「いや、それよりもギルドの連中は?」
「そうだ、こういう時のギルドだろ?」
「なんでもいいから早く終わって欲しいわ…」
皆が口々に不安げな声を上げる。
だが、結論から言えば、彼らが言ったギルドや自衛隊と言った組織はここに来ることはない。
この強制イベントはエリア指定されていて、エリア範囲内の者の強制参加型だ。そのため、エリア範囲外に出ることもできなければ、その逆、エリア範囲外からの進入もできないのだ。そしてこの町にはギルドも自衛隊の駐屯基地もない。つまり、増援は期待できないのだ。
そのことを理解しているから、今この学校の生徒や教師が動いているのだ。いや、動かざるを得ない状況になっているのだ。
本当であれば、日陰達も守られる対象だ。だが、今は守ってくれる者がいない。そのため、少なくとも戦える日陰達が守るしかないのだ。
日陰はそんなことを考えながら、体育館の床に座り込む。今までずっと立ちっぱなしで疲れたのだ。いくらステータスが上がっているとはいえ、疲れるものは疲れるのだ。
暫くは、ボーッとする。ざわつきはあるものの、それなりの静寂を保っている体育館は居心地の悪い雰囲気に包まれている。皆が不安で不安でしかたないのだ。
そんな中、またもや爆発音が鳴り響く。その音に、小さな悲鳴が上がる。日陰も少しだけビクリとしてしまう。
ただ、それだけでは終わらない。どこからか、子供の泣き声が聞こえてくる。
そちらに目を向けると、小さな女の子が泣いている。身長と格好から推測するに幼稚園児なのだろう。周りにその子の親らしき人物がいないことから、彼女の両親は共働きで、二人ともエリア範囲外にいるのだろう。
周りの人はそんな泣きじゃくる少女に手を差し伸べることも、言葉をかけることもない。皆不安でそれどころじゃないのだろう。だが、それでも気遣わしげに視線を送っている人も中にはいる。でも、やはり自分の子供や家族の事で手一杯なのだろう。向けるのは視線だけだ。
防衛班の人もどうしようかと考えあぐねているようだった。
日陰はそのことに気が付くと、自然と立ち上がり歩き始める。
「ひ、陽向?」
日陰のそれなりに近くにいた恭子が声をかけるが、反応を返さないで歩く。
泣きじゃくる少女に向かって歩く日陰は自然と注目を浴びてしまう。だが、それもどうでもよかった。
泣きじゃくる少女の姿が、夢の中で見た泣きじゃくる幼い自分とダブったのだ。そして、幼い自分は母に言葉をかけられて少なからず安堵したような表情をしていた。状況と配役は違えど、誰かに言葉をかけて貰えるだけで安心するのだ。
日陰は少女の前まで来ると、少女と目線をあわせるためにその場にしゃがむと、優しく微笑みかける。
「そんなに泣いて、どうしたのですか?」
突然声をかけられた少女は驚きに少しだけ体をはねさせる。だが、日陰の笑顔を見て安心したのか、途切れ途切れになりながらも喋り始める。
「あ、あのね。パ、パパと、ママがね、いなくてね。それで、さっきおっきなっ音なって、パパと、ママに、何かあったらどうしようって…」
そこまで言うと少女はまた泣き始めてしまう。
そんな少女を安心させるために、日陰はできるだけ優しい声音を作り、ゆっくりとわかりやすく説明する。
「大丈夫ですよ。キミのパパとママがここにいないと言うことは、キミのパパとママはこのエリアの範囲外にいるはずです。ですから心配しなくても大丈夫ですよ」
日陰の言葉に嘘はない。攻撃班と誘導班の先見隊には索敵能力に優れたものが選ばれている。その先見隊がエリア範囲内を虱潰しに動き回っているのであれば、その網に引っかからないなどと言うことはあり得ない。それに、さっき防衛班の一人が言っていたように、先ほど入ってきた人達で最後で、それでいてここにいないという事は、エリア範囲内にいないという事に他ならないのだ。
だが、幼い少女にはその理屈は分からないようだ。涙混じりの不安げな瞳で日陰を見返す。
「ほ、本当に…?」
そんな少女の瞳を日陰は優しく見返す。
「ええ、本当ですよ。それにですね…」
日陰はそう言うと、少女の頭に手を置いて優しく撫でる。
「自慢じゃないですが、僕の兄と姉は結構強いんですよ?それこそ、この学校でもトップクラスです。それに、他の人も頼りになるほど強い人たちばかりです。ですので、キミは安心してここで待っていれば大丈夫ですよ」
「…で、でも…」
日陰の言葉に、それでも不安なのか小さく俯いてしまう少女。
まあ、それはそうだろう。見も知らぬ人物の見も知らぬ兄弟を信じろなどというのは無茶な話だ。
それに、両親は大丈夫だという事が分かったが、その後は自分が危険だという事を自覚してしまったのだ。その不安はすぐに拭えるものではないだろう。
それでも、日陰は諦めずに少女に言葉をかける。
「それじゃあ、兄達を信じる僕を信じてみてください」
「…え?」
「キミがパパとママを心配するように、実は僕も兄達が心配なんです。今こうしている間も、兄達が危険な目にあっているのではと思うと、不安で不安で仕方ありません」
これは、日陰の偽りのない本心だ。それが、少女にも伝わったのか、少女はまた不安に目を揺らす。それはそうだ。先ほどまで大丈夫だと言っていた人物が急に手のひらを返したのだから。
だが、日陰は、不安に揺らめく少女に変わらず微笑みかける。
「でも、僕は兄達を信じてます。不安ですけど、でも、それでも信じてます。兄達は、無条件に信じることのできる人達です。兄はいつもは少しボーッとしている人ですが、ここぞと言うときは凄くかっこいいんです。キミのパパはどうですか?」
日陰の問いかけに、少女は少しだけ目を輝かせて言う。
「ゆ、ゆきのパパはね。いつもはだらしないんだけど、たまにかっこいいの!でもたまにおっちょこちょいなの!」
少女ーーゆきの言葉に、日陰はクスリと微笑む。
「ふふっ、どことなく僕の兄に似てますね。それで、ゆきちゃんは、ゆきちゃんのパパの事を信じていますか?」
「うん!パパね、おっちょこちょいだけど、約束は必ずまもってくれるの!だからいつもパパのことは信じてるの!」
「それじゃあきっと、パパのことを信じているゆきちゃんのことをパパも信じてますよ。きっと無事だって。きっと泣いてしまってるけど、すぐに泣きやむ強い子だって」
「そうかな?」
「そうですよ。ほら、今ゆきちゃんは泣いてませんしね」
日陰の言葉に、ほんとだと驚くゆき。
「ですから、今泣き止んだゆきちゃんを信じているパパのように、兄達が勝ってくれることを信じている僕を、信じてみてくれませんか?」
「…うん!ゆき、ママ……お姉ちゃ……お兄ちゃんのことを信じる!」
ゆきがなぜ二回も言い直したのかは、この際気にしないことにする。今は緊急事態だ。言い間違いは誰にだってある。それに相手は子供だ。不安で仕方がない今、そこを突っ込むのは止めよう。
日陰は苦笑いが出そうになるのをこらえながらも、微笑む。ただ少し頬がひきつるのは勘弁願いたい。
「ふふっ、僕のことを信じてくれて嬉しいです。あっ、そうだ…」
そう言うと、日陰はアイテムボックスから少し大きめのバスケットを取り出す。
「はい、どうぞ」
「え?これな~に?」
不思議そうな顔でバスケットを眺めるゆきに、日陰は微笑みながら言う。
「それは開けてみてのお楽しみですよ。それじゃあ、開けてみてください?」
日陰に促されゆきはバスケットを開ける。すると、開けた瞬間バスケットの中から甘い香りが漂う。周囲の者はそれに鼻をひくつかせ反応をするが、ゆきの反応はそれだけではなかった。
ゆきは目を大きく見開いて驚いたようにバスケットの中身を凝視する。
「な、なにこれ~~~~~!!」
ゆきの反応に日陰は嬉しそうに目を細める。
ゆきがバスケットの蓋から手を離すと、バスケットの蓋は重力に従って、全開になる。
バスケットの中身を見た周囲の者はその中身に目を奪われる。
バスケットの中身は、虹色に光るビー玉サイズのあめ玉がこれでもかというほど入っていた。
キラキラと目を輝かせるゆきに日陰は説明を入れる。
「これはレインボービーというモンスターの巣にある、レインボーハニーという虹色に輝く蜂蜜で作ったあめ玉です。名付けてレインボーキャンディです」
日陰の説明に、ゆきはさらに目を輝かせる。
「これ、マ…お姉ちゃ…お兄ちゃんが作ったの!?」
なぜゆきは呼び方を間違えるのだろうか?そんな疑問を覚えないでもないが、彼女のキラキラ光る目が説明を催促しているので、日陰はまたもそのことに触れずに答える。
「ええ、そうですよ」
「すご~い!」
「ふふっ、喜んでくれたようでなによりです。それじゃあ、ゆきちゃん。これを皆に配って貰えますか?」
よくよく周りを見れば、周囲にはゆきと同じ園児服を着た子供が沢山いる。その誰もが不安げな目をしていたのだ。
物でつるというのは好きなやり方ではないのだが、この場合は致し方あるまい。
「うん!ゆき配ってくる!」
そう言うとゆきはバスケットを持ち上げる。
「ありがとう、マ…お姉ちゃ…………お姉ちゃん!!」
再三の言い間違い。しかも、最後はお姉ちゃんと言いきった。
なぜだと問いつめたくなる気持ちを抑えながらも、ゆきが元気になったのであればそれで良いかと、納得をする日陰。
日陰はあめ玉を配りにいったゆきの背中を見送ると、立ち上がり自身の配置された場所に戻る。その間、先ほどよりも視線を集めたが、できるだけ気にしないことにした。
それよりも、日陰には考えなくてはいけないことがあったのだ。
今回は、レインボーキャンディがあったからなんとかなったようなものだ。レインボーキャンディが無ければ、ゆきの泣き声が周りに伝播して不安が広がっていたことだろう。
日陰は、ほぼ無意識のうちにゆきの方に足を運んでいたのだが、途中からは算段を立ててはいたのだ。
結局、ゆきは言葉だけで何とかなったが、他の子供達は違う。その不安を解消するためのレインボーキャンディだった。
日陰のアイテムボックスには、まだお菓子の類はあるが、レインボーキャンディよりもインパクトの強いものはない。今回のは、レインボーキャンディの物珍しさで解決できたようなものだ。次は同じ手は使えない。
次また同じようなことが起こっても、うまくまとめられる自信は日陰にはない。
日陰は笑顔でレインボーキャンディを配って回るゆきに視線を向ける。レインボーキャンディをもらった子供は皆笑顔になっている。願わくば、この雰囲気のままイベントが終了して欲しいものだが、多分そううまくはいかない。
日陰は祈るように心中で思う。
(太兄、みつ姉まつ姉…無事に、それでいて早くクリアをしてください…)
それが高望みだということは日陰にも分かっている。だが、それでも日陰は願わずにはいられなかった。
と、日陰が完全に自分の世界に入っていると、不意に目の前に誰かがやってきた。
その誰かとは、随分と背の小さい者であった。それでもゆきよりは余裕で大きい。
誰であろうと視線を下に向けると、そこには恭子のパーティーメンバーの本倉餡子が立っていた。
そのことに少し警戒する日陰。
だが、日陰の警戒を意にも介さずに餡子は両手を日陰の目の前に差し出すとキラキラした目を日陰に向けて言った。
「あめ玉……頂戴…………」
よろしければ、「転生女神の英雄譚~俺だけ勇者になれませんでした~」も見てみてください。こちらはタイトル通り、異世界転生ものになっています。
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