014 嫌だ
すみません少し間があきました。
よろしくお願いします。
振り下ろされる戦槌がスローモーションで見える。
そして、脳裏に浮かぶのはこれまでの記憶。
これが走馬燈という物なのだろうか、とそんなどうでも良いことが頭に浮かんでくる。
走馬燈の中で日陰は幸せそうな笑みを浮かべていた。どの日陰も幸せそうであった。
(ああ…都合の良い場所だけ見せてくれるんですね。それは有り難い…)
死に際まで辛い物を見たくなかった日陰にとっては喜ばしいものであった。もっとも、日陰は今自分の死に際をスローモーションで見ているので差し引きゼロと言ったところであろうが。
(最後までゼロにまとわりつかれるんですね…)
迫り来る戦槌。
(これで終わりですか…案外呆気ないものですね…)
目は閉じたりはしない。
そして、死を目の当たりにした日陰の心の何かが騒ぐ。
瞬間、振りきられる戦槌。
戦槌は凄まじい音を響かせ、土煙を上げる。土煙は日陰とハイオークを包み込み一人と一体の姿は見えない。
やがてもうもうと舞う土煙が止む。そこには地面にめり込んだ戦槌を持ったハイオークと、ハイオークの首にずっと握り締めていた鉈を深々と食い込ませた日陰が立っていた。
「はぁっはぁっはぁっ」
呼吸を荒げてハイオークの首に食い込んだ鉈を引き抜いた日陰。その顔は驚愕の物に染まっていた。
崩れ落ちるハイオークを見ながら日陰は困惑していた。
なぜ自分は生きているのか。
なぜ自分はハイオークを殺したのか。
その問いの答えは至極単純で当然の答えあった。
「…ぃ、やだぁ……」
震える声でそう呟く日陰。自然と涙がとめどなく溢れてくる。
「死に、たく…………」
震える足に力を込める。歯の根が噛み合わずにカチカチと音を鳴らせるが、歯を食いしばって震えを抑える。
「無いッ!!」
地を蹴り駆け出す。
日陰は恐怖していた。もう少しで死にそうになった事実に。そして感じ取った誰かの悪意に。
恐怖に飲まれた感情は死を選んだが、心の奥底に眠る本心は違った。
生きたい。そう思った。
その本心が日陰を突き動かした。
死ぬのが怖い。そんな当たり前のことを今更思い出した。
日陰は、自分は死んでも良い存在なんだと思っていた。世界に見捨てられ、学友に殺されかけてそう思った。
でも、死んでも良い存在だからと言って自分が死にたいと思っていると言うことではないのだ。
死んでも良い存在だからと言って死ななければいけないわけでもない。
ならば自分はどうしたい?
答えはもう出ている。日陰の今の行動が答えだ。
目の前のハイオークの動きを先読みし、かわし、攻撃をする。この三つの工程を行うだけでハイオークは絶命していく。
普段の日陰では決して出来ない行動だ。死が日陰に与えた生存本能が日陰に普段できない動きをさせている。
そうしてハイオークを圧倒する動きでハイオークを蹂躙していく日陰。
最後の一体を倒すも日陰は、次の獲物の位置を確認するため首を巡らせる。周りに広がる血溜まりとハイオークだった肉塊。それを見て初めて全てが片づいたのだと気付く。
それを確認すると、日陰は気を失い地面に崩れ落ちた。
それが安堵による物か疲れによる物かは分からなかった。
血溜まりの中意識を失う彼は死人と変わらない見てくれであった。
自分を取り巻く感触に気持ち悪さを感じて日陰は目を覚ます。
目を覚ますとそこは気絶する前と変わらないダンジョンの閉じ込められた一室の中であった。
寝起きでボーッとする頭であったが、血溜まりに特に驚くでもなく起き上がる日陰。
すると日陰は寝起きでボーッとする頭でどうでも良いことを思い出す。
(あ、宝箱の中身見てないや…)
そう思い宝箱まで歩き中を確認する。中身は何も入ってはおらず空っぽであった。
その事に特に何を思うでもなく、ただ納得をするだけであった。
(そう言えば今何時だろう?)
時計で確認すると今は大体六時間目終了まで十分前くらいであった。
それならすぐに戻らねばと思い日陰は手に持っていた鉈を腰に納めると扉の所まで歩き扉を開ける。が、扉は剣で栓をされており少ししか開かなかった。
日陰は、それを見ても何も思わずただ作業的にドアを蹴り続ける。
何回か蹴り続けると剣が折れ扉が開く。それ程強度のある剣ではなかったのだろう。
日陰はそのまま歩き出す。
モンスターとエンカウントする事なんて一切考慮せずに無警戒に歩く。
幸いなことにモンスターとエンカウントする事はなく、無事に転移装置まで辿り着くことが出来た。今の日陰にはモンスターと戦う気力すら残っていないので本当に幸いな事だ。
転移装置で一階の少し開けた場所に戻ってくる。二階から上はその階の入り口に転移装置があるが、一階は一階を少し進んだ開けたところに転移装置が置いてある。
少しだけある廊下を歩きながら日陰は思い出す。
自分を殺そうとした輩があの中にいる、と。
だが、それを思い出しても日陰は歩き続ける。
寝起きはとっくに過ぎただろうに頭がボーッとするのだ。
ふと自分が怪我をしていることを思い出し左手を見る。左腕は骨が折れ腕から突き出していた。その他にも数カ所ほど切り傷などがあった。
それを見て、恐らく血が足りてないんだろうなと考える。
そんな事を考えていると日陰は入り口まで後少しと言うところまで来ていた。
そ出口まで歩き続け外に出る。外の明かりに目を細めるが次第に慣れてくる。
慣れた目で辺りを見回すと、皆一様に驚愕の表情で日陰を見ていた。それはそうであろう。日陰は血だらけで左腕から骨が突き出ているのだ。驚くのも無理はない。
「ひ、陽向ッ!!」
誰かの悲痛な叫び声と駆け足が聞こえてくる。
見ると、恭子と他パーティーメンバーが日陰の元に駆け寄ってきていた。中にはミリーの姿も見受けられた。
日陰はそれを確認すると迷わずに鉈を抜き放ち刃を恭子へ向けた。
「ど、どうした陽向!そのけーーーーっ!?」
近づこうとした恭子と他のメンバーの動きが止まった。
「ひ、陽向?」
周りからも息をのむ音が聞こえてくる。
「そ、それ、下ろしてくれないか?」
恭子が困惑した表情で言ってくる。それはそうであろう。治療を行おうと駆けつけたのに剣を向けられれば誰だって困惑する。
だが日陰は鉈を下ろす気はない。
だってそうだろう。この中に自分を殺そうとした奴がいるのだから。警戒して当たり前だ。
ここで鉈を下ろす奴がいればそいつはバカか単に気が狂っているだけだ。日陰は、今はボーッとしているがバカでも気狂いでも無い。
「な、なあ陽向。それ、下ろしてくれよ…それじゃあ治療が…」
「そ、そうよ!それ下ろしなさいよ!せっかく治療してあげようって来たのにそれじゃあ治療が出来ないじゃない!」
「そ、そうだ陽向日陰!モンスターに襲われた後で気が動転しているのも分かるがそれを下ろしてくれ!私たちは敵じゃない!」
ミリーの言葉にピクリと反応する日陰。
敵じゃ無い。それを言うのは簡単だ。だが、それを証明する手だてがない。それが無い以上鉈は下ろせない。
「…証明…出来ますか…?」
「証明?」
「はい、証明…です」
日陰の言葉に美波が声を荒げる。
「そんなくだらない事を訊いている場合ではないだろう!今すぐ治療をしなくてはーー」
「くだらなくなんて無いですよ!!」
美波のくだらないと言う発言に声を荒げる日陰。
声を荒げる日陰に美波は驚愕し言葉をつぐむ。他の者も今まで声を荒げた日陰を見た事がないので驚愕を露わにしている。
「な、何をそんな…」
「…証明する手だてが無いなら離れてください。これ以上近づくと敵と見なします」
「なっ!?」
日陰の言葉が冗談では無いことはここにいる全員が日陰の表情を見て理解していた。理解していたが故に混乱した。なぜ彼は本気でこんなことを言うのだろうと。日陰がこうなるに至った経緯を知らない者は総じてそう思うだろう。
そのため皆混乱していた。
「な、なあ、何があったんだ?それだけでも話してくれないか?」
「………話す必要なんてありません。そんなのこの中にいる犯人に聞けば分かることですから」
「は、犯人って?」
「そんなの知りませんよ。顔も見てませんし」
「そ、それじゃあ、何かあったにしろこの中にその犯人がいるって決めつけるのは…」
日陰は不機嫌に顔を歪ませる。恭子とこんな事を話している場合ではないのだ。日陰はここまで話している内に、日陰の言葉にピクリと反応を示す奴らを見つけているのだ。
恭子を言いくるめようと日陰が口を開きかけるが、それはこの場にいるはずのない第三者によって遮られた。
「おや、やけに面倒なことになっているね」
驚き、声の方を見る。そこには、黒のスーツを身にまとった美少女が立っていた。
「校長先生…」
「おや陽向日陰君。大変なことになっているね。治療をしてあげるからこちらに来なさい」
瑞穂は少し驚いたような顔をしたがすぐにその表情を戻し日陰に言った。
日陰は瑞穂の言葉に少しばかり逡巡を見せたが素直に従った。彼女は突如現れた第三者なのだ。そんな彼女が日陰を閉じ込められるはずがない。
そう、血の巡らないボーッとした頭で考えたのだ。
瑞穂に向かって歩く日陰を見て、恭子が驚愕する。
驚愕する恭子に瑞穂は勝ち誇ったような顔で笑いかける。
だが、その勝ち誇ったような顔もすぐに崩された。
日陰の体がぐらりと傾く。
「陽向!」
「陽向君!」
倒れる日陰を瑞穂が瞬時に動き優しく抱き留める。
日陰は瑞穂の腕の中で気を失っていた。
いろいろと限界だったのだ。ここまで歩いて来るのに気を使い、ここまで来てからも気を張って。血も多く流しすぎた。もう限界だったのだ。
腕の中で眠る日陰の頬を愛おしそうに一撫ですると、瑞穂は日陰を優しくお姫様だっこする。
すぐにでも保険医に見せなくてはいけないので踵を返す。
「ま、待ってください!」
踵を返し学校へと向かおうとする瑞穂を恭子が止める。
首だけで後ろに振り返る瑞穂。
「なんです?」
「せ、せめて応急処置だけでもここでやった方が良いです!ですので一旦陽向をこちらに連れてきてください!」
「拒絶されているあなた達に…ですか?」
「い、今はそんな事関係ありません!」
「いいえあります。何やら一悶着あったみたいですしね。ここにいる誰かに任せるわけにはいきません。これは客観的に見た事実です」
「そ、そんな事は」
未だに食い下がろうとする恭子の肩をミリーが掴む。振り返る恭子に、ミリーは首を振ることで意見を表す。
恭子は若干不満げな顔をするも、ミリーの言いたいことの方が正しいと理解しているので黙って俯く。
それを見た瑞穂は、九重にいくつか指示を出すとダンジョンを後にした。
その場にはただただ気まずい雰囲気が漂っていた。
瑞穂が去った後、学校に戻ろうという事になり帰路についた一行。
恭子達は集団のやや後ろの方を歩いていた。
その一帯は空気が重く、話しかけるのを躊躇われるほどであった。
「さっきの校長の態度、気に食わないわ」
重苦しい沈黙を破り、そう切り出したのは美波であった。
「気に食わないって?」
「言葉通りよ。彼女、陽向を愛おしそうに撫でていた。それが気に食わない。それにあの勝ち誇ったような表情も」
「別にそれくらい良いんじゃないの~?」
「良くないわよ。教師が一生徒に向けて言い顔じゃないわ」
「あれれ~?美波っち日陰っちが取られちゃって拗ねてんの~?」
「す、拗ねてないわよ!何言ってるのよ!」
美波の慌てふためく顔を見て円がにっしっしと笑う。
「冗談だよ~美波っちは男の子嫌いだもんね~」
「き、嫌いな訳じゃないわ!苦手なだけよ…」
「二人ともいい加減にしなさい?今はそんな事を話している場合ではないはずよ?」
騒ぐ二人を豊が窘める。美波はシュンとして、円はにっしっしと笑う。
小さなため息を一つすると豊は気を取り直し話を始める。
「彼に何があったのか。それが気になるわ」
「そうね。私達を嫌っているようではあったけどあれほど酷くなかったわ」
「ええ、それに犯人とも言ってました。その犯人が何なのか…」
「まあ、何かあったというのは確実だろうな」
「……………………いっそ……直接訊く」
「それが出来るのかね~。陽向君大分塞ぎ込んでしまいそうだからね~」
「そ、それに校長先生が黙ってないと思うの」
「だろうね。どうするべきかね」
美波はそう言うと、未だに会話に入ってこない恭子をチラッと見るとため息を吐く。
どうやら日陰に刃を向けられたことが相当ショックらしい。瑞穂が去ってからずっとこの調子だ。
どうしたものかと考えていると恭子がぽつりと呟く。
「皆は…」
「ん?なんだ?」
やっと反応を見せてくれた恭子に即座に返す美波。
「皆は、陽向の事どうにかしてあげたいと思ってくれてるんだな…」
「そりゃあ、だってあんたがどうにかしたいって思ってるからさ。友人として手伝うのは当たり前だよ。それに、私達も剣を向けられたんだ。理由くらいは聞いておかないと虫の居所が悪いのよ」
「そう…だね…」
訊いてきた割にはあまり反応を示さない恭子。
これは今日はダメかもしれないなと思いながら美波は話を続けた。
その後も、美波達は会話を続けてはいたが、恭子が入ってくることはなく気がつけば学校までついていた。




