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Lv.0でニューゲーム(仮)  作者: 槻白倫
第一章 レベルゼロ
12/39

011 ノーダメージ

 薄暗いダンジョンの中でギンッ高い金属音と共に火花が散る。


 火花を上げているのは一人の人間と一体の亜人だ。


 片方は全長約二メートルの猪の顔を持った亜人、オークだ。全身を茶色の体毛に包まれ、腰には布を巻いているだけの簡素、と言うか原始的な格好だ。右手には大ぶりの鉈を持っておりその鉈が金属音を響かせ時折火花を散らしている。


 片方は高校生にしては低く、約百六十センチメートルの人間だ。残念ながら百六十に三センチ弱足りていない彼は、男子にしては長めの髪をピンで止め、全身黒を基調とした服に身を包んでいる。右手には小ぶりの鉈を持っており、オークの鉈とぶつかっては、時折火花を散らしている。


 二人の力は拮抗しており、スピードで言えば黒衣の少年、パワーで言えばオークが勝っていた。


 二人の戦いは、その火蓋が切られてから差ほど時間が経っていない。それでも黒衣の少年の方は汗だくで見るからに疲れを感じさせた。


 実を言うと黒衣の少年はこのオークの前に九体のオークと戦っていた。ただ、疲れを感じさせる理由はそれだけではなかった。黒衣の少年は九体のオークを無傷で倒しているのだ。


 仲間のいない少年には回復役がいない。そのため迂闊に攻撃を受けることは出来ない。そのため少年は回避と防御を完璧にするために、敵の攻撃全てに注意をしなくてはいけなかった。


 オークの武器はどれもバラバラで攻撃パターンが違う。そのため、少年はオークに会う度に相手の攻撃パターンの分析からは入らなければならなかった。


 武器が全員違うので、相手の攻撃パターン知っていると言うアドバンテージを次に生かせないのだ。


 そのために少年の労力は凄まじい勢いで削れていく。


 違うパターンの敵との連戦で疲労困憊の黒衣の少年は早々に決着をつけようと動き出す。


 オークが大きく振りかぶったのを見ると少年はその腕をじっと見る。振り下ろされる鉈に視線を合わせて、その鉈の腹にタイミング良く自身の鉈を当て軌道をそらす。


 右から左に当てたので腕が首の前に来る。少年は鉈を逆手に持つとオークのうなじに食い込ませる。


「グオオオオオッ!?」


 鉈から手を離し痛みにもだえ暴れるオークの背後を取り少年は壁を蹴り上に跳ぶ。空中で縦にクルリと回転しながらオークの首に食い込んだままの鉈に踵落としを入れる。


 手足が細くおよそ筋肉質ではないであろう少年の踵落としで鉈は勢い良く首を切断し地面に刺さる。


 オークの首がボトリと落ち鮮血が噴き出す。何回見たか分からないこの光景と血の臭いに顔をしかめながらも、少年は地面に刺さった鉈を拾う。


 少年の前に白色のウィンドウが出現し、素材や取得アイテムなどが表示される。少年はそれを一瞥しただけでウィンドウを消す。


 少し疲れたので少年はその場に座り込む。一応周りに警戒をしていつでも戦闘が出来る体制にしてはいる。


 アイテムボックスから水を取り出し一口含みうがいをする。水を吐き出すと残りの水を飲む。


 ボトルの中程まで水を残してアイテムボックスにしまう。


 少年はふと自分のステータスを見る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

名前 陽向日陰 Lv.0

性別 男

職業 一般人Lv.0

称号 永遠の"0"


HP 430/430

MP 392/410


筋力  37

俊敏  45

集中力 50

魔力  33


特殊能力 なし


所持金 405378 M

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー   

 

 ステータスが昨日よりも少し上がっている。と言うことは普通の人で言えばレベルアップをしたという事なのだろう。


 その事に少しの喜びと、やはり比較のし辛い自身のレベルに嫌気がさす。


 少年、陽向日陰は張りつめていた息を吐く。


 瑞穂との約束、ノーダメージでダンジョン攻略をし続けて一週間が経つ。今の日陰がいる階層は十二階だ。二十階ある内の半分は超えたことになる。


 良くもここまで来れたものだと思い小さく笑う。


 日陰はそろそろ戻ろうと思いマップを表示して帰りのルートを映し出した。


 疲れた体を持ち上げ歩き始める。


 疲れの溜まった足を引きずるようにして歩いた。



 ○ ○ ○



「はあぁ…」


 ダンジョンの入り口まで戻ると日陰は張りつめていた息を吐いた。ソロだとすべて一人で警戒しなくてはいけないので移動も気を抜けない。


「ずいぶんと疲れた顔をしているな」


 およそ人に話しかけるような声音でない声で日陰に声がかかる。


「それはまあ、ソロですからね」


 日陰もその声にはもう慣れたものなのか苦笑することもなく答える。


 振り返った先にはショートカットな金髪美女の、ミリーが立っていた。


 一週間前、ダンジョンで倒れてしまった日陰を担いできてくれたのがミリーらしいのだ。それから、日陰を哀れまないし助けてくれた恩もあるミリーとはよく話すようになった。


「疲れるならソロプレイを止めればいい。パーティーを組めば楽だぞ?」


「人間関係が楽じゃないので遠慮しておきます」


「ふん、人嫌いとは難儀な奴だな」


「人が嫌いなわけではないですよ。ミリーさんは好きですし」


 日陰の発言にミリーは頬を赤らめることもなく相変わらず冷たい声で答える。


「私はお前に好かれるようなことをした覚えはないぞ?」


「僕を担いで学校まで戻ってくれましたし、それに僕を蔑んだりしませんし」


「ふん、そうか」


 冷たい声音は彼女の機嫌が悪いわけではなくデフォルトなのだ。彼女は機嫌が良くても悪くても冷たい声なのだ。分かりづらいことこの上ない性格なのだが日陰はそんな彼女のことを気に入っている。


 ダンジョンの入り口に体を寄りかからせるミリーの隣に日陰は腰を下ろす。


「何故隣に座る?」


「遠いとお話が出来ませんので」


「ふむ、そうか」


 一理あると言ったように頷くミリー。六時間目終了までにはまだ二十分位時間があるのでミリーも暇なのだ。苦言を呈さないのもそのためだ。


 ミリーは日陰の顔をチラリと見たかと思うと今度はジーッと見つめ始めた。


「な、なんですか?」


「お前は…」


「はい」


「お前はいつまでそれを付けているんだ?」


 そういってミリーが指を指したのは日陰が髪を留めるために使っているピンであった。


 前髪が戦闘の邪魔になってしまうのでピンで止めていたのだがどうやらすっかり外すのを忘れていたらしい。


 慣れ親しんだからか単に忘れていたからかは分からないが、外し忘れていた。理由として確率が高そうなのが前者であるが、そんなことは今どうでも良い。


 普通男は髪留めのピンなんて使わない。それを付けているのをミリーに見られたのがすごく恥ずかしい。


 慌てて左右二つのピンを外しポケットにしまう。


「すみません今のは忘れて下さい」


「何を恥ずかしがっている?良く似合っていたぞ」


 フッとクールに微笑むミリー。日陰は珍しいものを見たなと思いながらも顔を若干赤らめて言う。


「男としてそれはあまり嬉しくないです…」


「男の子として似合っていたという意味だ。お前が女の子っぽいと言ったわけではない」


 いつもの不機嫌そうな顔に戻るとミリーはそう説明した。女顔と良く言われる日陰はそっちの方を想像してしまったのだがどうやら違うらしい。


 そのことに安堵しながらでもやっぱり日陰としては複雑なものがある。


 憧れの美形が爽やかな美形の太陽である日陰としては髪留めピンが似合うと言うのは複雑だ。いや、太陽も髪留めピンが似合うかもしれない。帰ったら付けてみる必要がある。  


 変な予定を入れながら日陰はミリーにふと思ったことを聞いてみた。


「ミリーさんは髪留めとか付けないんですか?」


「見ての通りショートカットなのでな。付ける必要性がない」


「必要性とかじゃなくて似合う似合わないで考えると似合いそうですけどね」


「そうか?」


「ええ。あっ、そうだ」


 そう言うと日陰はアイテムボックスから音符マークの着いた可愛らしいピンを二つ取り出した。


 これは、姉二人に髪を留めるピンは無い?と聞いてみたらくれたものだ。戦闘中に使うには可愛らし過ぎるので結局自分で髪留めのピンを買ったのだ。


 日陰は立ち上がると音符マーク付きの可愛らしいピンをミリーの髪に付ける。ミリーと日陰はそんなに背が変わらないので付けるのは簡単であった。


 付け終わると数歩下がりうんと鷹揚に頷く日陰。


「似合ってますよミリーさん」


「んむ、そうか?鏡がないと分からないな」


「鏡ならばほらこの通り」


 そう言うと日陰はアイテムボックスから鏡を取り出す。身だしなみに結構気を使う日陰は鏡も仕舞ってあるのだ。 


 鏡を受け取ったミリーは少し顔を赤らめながらもどこか満足そうな顔で鏡の中のピン止めを見つめていた。


「気に入ったのならあげますよ?」


 姉達から物ではあるが、似合えば誰が付けても良いと考えている彼女らなら許してくれるだろう。


 それに、今ピン止めを外したらミリーは残念がりそうであった。せっかく珍しい表情を見ることが出来たのだしばらく見ていたいと思っても仕方ないだろう。


「良いのか?」


「ええ」


「む、そ、そうか…あ、ありがとう」


 そう言うとミリーは嬉しそうに口元を綻ばせた。


 うん、やはりミリーはぶっちょう面よりも笑顔の方が似合っている。


 そうしてミリーはしばらく鏡を眺め嬉しそうにしていた。 




 六時間目も終了十分前になったころだいたいの生徒は集まった。


 女子生徒はミリーが髪留めを付けていることに驚いて、可愛いだの似合ってるだのとキャイキャイとはしゃいでいる。


 ミリーも似合っているや可愛いと言われて嬉しいのか珍しく顔を綻ばせている。


 周りの男子も髪留めを付けて微笑むミリーに見とれて頬を赤く染めていた。


 ミリーの周りに集まっている女子の中には恭子達もいた。まあ、いたからなんだという話なのだが、目に止まった。良くも悪くも日陰が関わった人達だから自然と気づいてしまうのかもしれない。


 そんなミリーの様子を見た後、時間を持て余した日陰は、木陰に入り木の幹に背中を預けながらアイテムボックスの整理をしていた。


 今日は十体のオークを狩り、武器や素材がそれなりに手には入ったので売却をしたり使えそうなものはとっておいたりしていた。


 すると、なにやら複数の視線を感じたのでチラリとバレないように視線をそちらに向けると、どうやらミリーの周りに集まった女子がこちらを見ているらしい。


 それだけではなく複数の男子や外部指導員も女子の視線につられてこちらを見ていた。


 正直かなり居心地が悪いが気づかない振りをしていれば良いだろう。そう思い、日陰はアイテム整理を続けたが視線がいっこうに日陰から離れない。


 不躾な視線にイライラしていると誰かが近付いてくる。


 日陰の前で立ち止まると近付いてきた誰かは日陰に話しかけてくる。


「何をしているのだ?」


 どうやら話しかけてきたのはミリーらしい。


 前屈みになりながら日陰のウィンドウを覗き込むミリー。だが、のぞき込んだところで他人に対して不可視モードにしているので何をしているのかまでは見えなかったのだろう。


「アイテム整理をしています」


「そうか。暇ならば向こうで一緒に話そうと思ったのだが忙しいのならば仕方がないな」


「ええ、わざわざありがとうございます」


「いや、いいんだ。私こそ邪魔をしてすまない」


 ミリーはそう言うと女子達の元へと戻っていった。


 何故日陰がお喋りにお呼ばれしたのかは分からないが、何もしていなくても結局は行かなかっただろう。


 向こうも日陰がいない方が良いと思っているだろうしな。


 そうこうしている内に最後のパーティーが帰ってきたらしく一行は学校に帰ることになった。


 帰り道、例に漏れず集団の最後尾から少し離れたところを歩く日陰。だが、今日は一人ではなく隣にはミリーがいた。


「ありがとうな、陽向日陰」


「何です急に?ピン止めのお礼ならもう聞きましたよ?」


「そうではない。いや、それもあるかもしれないな」


 ミリーはフッとクールに微笑むと言った。


「君がくれたピンのおかげで私は彼女たちと仲良くなれたのでな」


「…そうですか。それは良かったです」


「私はな、今回の外部指導員をやるために日本に派遣されてな。そのせいでこちらにはあまり友人がいなかったんだ。まあ、向こうにもあまり友人はいなかったがな」


 ミリーは自虐的にそう言う。日陰はその言葉を意外だとは思わなかった。平時であれだけ目つきが悪ければ友人もできづらいだろう。


 まあ、だからこそ、彼女に日本での友人ができたことは嬉しく思う。見かける度に一人であった彼女を、日陰は自分が言えた義理ではないが、少し心配になっていたのだ。 

       

「お役に立てたようで良かったです」


「ああ、これ以上ないほど役に立ってくれたよ」


 ミリーはそう言いながら指で髪留めをトントンと叩いた。


「良かったです本当に」


「それで、その、だな…」


「はい」


「私は、お前のことも友人だと思っている。その、日本に来て、二人目の…」


 ミリーのその言葉に絶句する日陰。彼女の言ってくれた言葉は素直に嬉しかった。だが、嬉しかったからこそ困ってしまった。


 今までのような二人の時だけたまに話すような関係ならば続けても良かった、日陰もその関係が心地よかったから。だが、そうでないならば話は別だ。


 日陰はミリーを気に入っている。気に入っているからこそ日陰は彼女と適度な距離を置いてきたつもりだ。


 たまに話すくらいの関係ならば、日陰が陰でなんと言われていようと少しだけ気になる程度だ。だが、近付きすぎて、もしも真月の時のようなことが起きたら日陰は自分を責めずにはいられない。


「…どうした、陽向日陰?」


 結局日陰は、ミリーの言葉に返事を返す事はできなかった。


 自分の中で彼女を気に入っているのなら答えるべきではないと思ったのだ。本当ならば、否定の言葉を投げかけた方が楽なのだろう。だが日陰は彼女に友人ではないと否定の言葉を投げかけることはできなかった。


 それが彼女を思ってなの事なのか、自分の感情なのか、日陰には区別が付かなかった。

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