012 ライフガード
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ミリーに友人だと言われてから二週間が経った。
あれから変わったことと言えば、日陰がレベリングの時にミリーに近付かなくなったと言うくらいであろう。
レベリングの方は何とかノーダメージを維持している。だが、階を上がる毎に敵の強さは上がっていき、日陰一人では対処が難しくなってきているのも自覚していた。
日陰は相当レベルが約40だと瑞穂に言われた。だがこのレベルはクラスでは下位にランクインしている。今も40とは限らないが、それでも日陰のレベルは下位であろう事は火を見るよりも明らかだ。
それでも、今まで一人で何とかやってこれたのは、極力1対1の状態を作り出していたのと、単に運が良かっただけだ。
日陰は称号持ちではあるが決して特別なんかではない。異端ではあるだろうが特別では無いのだ。劇的な力もなければ、他を圧倒するだけの特殊能力もない。あるのは縛りのみだ。
日に日に辛くなっていく戦闘。レベルゼロと言う縛り。ここらへんが潮時だ。これ以上は日陰の命に関わる。
それは日陰自身が良くわかっている。いや、もしかしたら瑞穂もここが引き際だと分かっているのかもしれない。彼女ならそれがあり得る。
何にせよ、今攻略中の十五層より上はソロでは行けない。日陰では無理だ。
だが日陰はパーティーを組むつもりは無い。
引っ込みが着かないと言うのもある。だが、それ以上に、日陰は自分だけでダンジョンを攻略したいとも考えているのだ。
今まで人に頼るしかなかった自分が、発破をかけられたからとは言え十五層までやってこられたのだ。だから、最後まで自分一人で成し遂げたいとも思っていた。そうすれば、何か変わるのかもしれない。レベルゼロから解放されるのかもしれない。そうしたら、もう皆に迷惑をかけなくてすむ。
そうした思いが日陰の中にはあった。
それが希望や願望であると日陰は理解していた。実際にはそんなことはあり得ないとも分かっていた。
だが、そうでも思っていないとやっていけなかった。
そうでなければ自分が戦わなくてはいけない理由を作り出せなかった。ただでさ日陰は戦いたくはないのだ。理由を付けなくてはやっていけなかった。
そんな日陰の気持ちなど知らんとばかりに、今日も今日とてレベリングだ。正直嫌気がさす。
憂鬱な気分で、日陰は移動する集団の最後尾より少し離れたところを歩く。
和気あいあいとしている集団に恨みがましい視線を送りながら、日陰は一人とぼとぼ歩く。
日陰は歩きながら遠くの山を眺める。山を眺めるのに特に意味など無かったが、それでもなにもしていないよりかは暇が潰せて良かった。
ボーッと眺めながら歩いていると、ふと、山の木々が激しく揺れている一帯があることに気付いた。
何かあるのであろうかとジーッと眺めるも、木々の揺れは、いつしか収まりいつも通りの静かな野山に戻った。
何だったのであろうかと、その一帯を凝視していると、どんっと何かにぶつかってしまう。
余所見をしながら歩いていたのだから前に気付かずにぶつかってしまうのも当たり前だろう。
「んあ?」
声がすることからどうやら人にぶつかってしまったらしい。
「あ、すいません。余所見していました」
慌ててぺこりとお辞儀をして謝る日陰。
「はあ?てめえふざけてんのか?」
相手の苛立っている声に顔を上げる日陰。その顔を見て内心で舌打ちをする。一番面倒な相手にぶつかってしまったからだ。
「おいおい、ぶつかっといてそれはねえんじゃねえか?」
岸部裕吾。金髪に耳には沢山ピアスを付けている。今はダンジョン装備で分からないが、普段はかなり着崩した、と言うかかなりだらしない格好をしている、いかにも不良と言った生徒だ。
岸部は、日陰を睨みつけ恫喝するような声音で言ってくる。
「ぶつかったんならよ、誠意見せろや?お?」
「僕はきちんと謝りましたよ?頭もきちんと下げました。これを誠意と言わずになんて言うんですか?」
「お前がいくら誠意を込めて謝ったって言ってもな、被害者が許さなかったらそれには誠意がこもってねえって事になるんだよ?わかっか?」
めんどくさい。
日陰の率直な感想がこれであった。
ただ、これ以上面倒になるのも面倒だ。さてどうしたものかと思っていると、周囲がざわついている事に気付く。
どうやら、日陰が気付いていないだけでもうダンジョン入り口前についていたらしい。
周囲の視線がこちらに向いている。ああ、めんどくさい。
「お?こら、無視してんじゃねえよゼロの分際でよ。お前立場分かってる?」
日陰が黙っているのが気に食わなかったのか、さらにつっかかってくる岸部。
「あん?どしたん岸部?」
「あ?仁木か。それがよおーー」
騒ぎを聞きつけたのか、岸部の友人、仁木と上島がやってきた。
彼らも、茶髪や金髪にベタベタにワックスを塗りたくり制服を着崩していたりする。岸部の不良仲間と言う奴だ。教室でもいつも一緒にいる。
「ーーてことがあってよ」
「なにそれ?そりゃあもう土下座っしょ、土下座!」
「地面に頭擦り付けるしかないでしょ~」
「お、それいいね。名案だわ~流石仁木!」
なんて考えている内に彼らの中で日陰の処遇が決まってしまったらしい。
「おい、それじゃあ土下…ってどこ行こうとしてんだこら?」
「え?だってきちんと謝ったんですし僕はもう要済みですよね?それでは、後は友人同士仲良くどうぞ」
そう言って立ち去ろうとしたのだが、肩を掴まれて後ろに思い切り引かれてしまう。
思わず尻餅付いてしまうが、それほど勢いがなかったのかお尻は別段痛くは無かった。
立ち上がり、お尻に付いた土を払う。
「なにするんですか急に。危ないじゃないですか」
危ないと言うより、もう既に転んでしまった後なのだが、とりあえずそう言っておいた。
「おいお前本当にいい加減にしろよ?あんまなめてっとぶっ殺すぞ?」
額に青筋をいくつも浮かべた岸部が睨み付ける。
いい加減にして欲しいのはこっちだ。だがそれも向こうには通用しないだろう。
さて面倒なことになってしまったと考えていると二人の間に割り込む者がいた。
「いい加減にしないか。皆の迷惑だ。これ以上やるなら腕ずくでも止めてやるが?」
二人を睨みつけるようにして割って入ったのは、ショートカットの金髪に日陰の上げた髪留めをしているミリーであった。
「これからダンジョンに入ろうというのに仲間割れしてどうする」
「ミリーさんそれは違いますよ」
思わずミリーの言葉に反論を返す。だが、これだけは言っておかなくてはいけない。
「僕はソロです。仲間なんていません。ですので仲間割れなんかじゃありません」
「俺もこんな奴を仲間だなんて考えちゃいねえ」
「おや、お互い意見が一致しましたね。お互いの意見が一致したところでこの話はお終いにしましょう」
日陰がこの話の終了宣言をすると、岸部とミリーの両者にキッと睨まれる。
岸部は恐らく後で覚えてろよ的なかんじで、ミリーの方は良く分からないが、恐らく騒ぎにしたお前が言うな、と言ったところであろうか。
何にせよ両者から睨まれるというのもあまり気持ちのいいものではない。日陰は睨まれて興奮するようなマゾではないのだ。
日陰は二人の元から去り、集団の端っこに移動する。そこまで行くのに様々な視線を感じたが、気にしない。
「取り敢えずは、仲良くやってくれよお前等」
九重が締めとばかりにそう言うとその場はそれで終わりとなった。
ミリーも外部指導員が集まる所まで戻り、岸部も日陰に向かって舌打ち一つすると意識を九重の方へと向けた。
そうして、九重が毎度恒例の注意事項等を話し、最後に「仲良く攻略してくれ」と言って攻略開始となった。
最後の言葉に日陰は苦笑する。
攻略とはいわば競争だ。誰が早くダンジョンマスターを倒せるかの。それを仲良くだなんて出来ない。出来っこないのだ。
それに日陰は仲を良くする以前にクラスメートと良くする仲が無いのだ。悪くなった仲ならいくつもあるだろう。だが、良くする仲なんてのは今の所一個もない。
「あった」だなんて過去形も使えないほどに皆無だ。
つまり九重の言葉は日陰には実行できない。エラーがでてしまっている。そんなプログラムコードはありませんだ。
もしや自分はプログラムからミスっているのではないだろうか?だれだ、僕をプログラミングしたのは。はい、自分です。
自分でやってきたことだからどうしようもない。
軽くため息を吐きながらも日陰は皆がダンジョンに入っていくのを待った。
全てのパーティーがダンジョンに入ったのを確認すると、日陰もダンジョンに入る。が、
「ちょっと待て陽向日陰」
ミリーに呼び止められてしまった。
ここでは無視をした方がいいのだろう。その方が今後ミリーも日陰を呼び止めることはなくなるかもしれないのだから。
だが、日陰は止まってしまった。なぜだかは分からない。だが止まってしまったのだ。止まってしまったのならば仕方がない。日陰はミリーに向き直った。
「何ですか、ミリーさん」
「お前、なぜ私を避ける?」
「何のことでしょうか?」
「とぼけるな。二週間暗い前から私を避けているではないか」
「たまたまですよ」
日陰のとぼけた態度にミリーは苛立ちながら問い続ける。
「ふざけるな!そんなたまたまがあるか!なあ、私の何がいけない?私が何かしたか?したのならば謝る。だから…避けるのはやめてほしい……」
言葉尻が段々と弱々しくなっていく。ミリーの表情も段々と弱々しいものになっていた。
「別にミリーさんに非はありませんよ」
「ならどうして!」
「それがお互いのためだからです」
「どういう…」
「ミリーさんも傷つかない、僕も傷つかない。そう言うことです」
それは違う。もう既にミリーは日陰に避けられたことにより傷ついている。だからその言い分は間違っている。
だと言うのに、ミリーは言い返せないでいた。日陰のその言葉を発するときの悲痛な表情が、ミリーを黙らせていた。
「それじゃあ行きますね」
黙ってしまったミリーにそう告げると日陰はダンジョンに入っていく。
ミリーはその背中にすら声をかけることが出来なかった。
ミリーは悲しかった。
日陰はあまり会話は多くなかったが、それでもミリーに声をかけてくれた。それに、髪留めもくれたし可愛いとも言ってくれた。それが嬉しかった。
アメリカでは男はミリーに近付こうとはしなかった。ミリーに近付かなかった男達は、単に、ミリーが高嶺の花のように見えてしまい近寄りがたかったのだ。本心ではお近付きになりたくてそう言う関係にもなりたかったのだが、ミリーの鋭い目つきも相まって声をかけられなかったと言うのが事実だ。
だが、そんな男達の心をミリーは知る由もなく、自分は男に嫌われるような人間なのだと勘違いするようになった。
そして、外部指導員として雇われ日本に来てもミリーを取り巻く環境は変わらなず、ミリー自身の考えも変わることもなかった。
ただ、彼だけは話しかけてくれた。ビクビクしながらだったが、ミリーはそれでも嬉しかった。
そんな彼がくれた髪留めを話題に女子生徒と話をし仲良くすることが出来た。
女子生徒と話をする内に髪留めをどうしたのかと聞かれ、正直に日陰から貰ったと言った。すると、女子生徒達の顔が一変して気まずげな表情になった。
そこでミリーは気付いた。日陰はクラスメートから避けられているのだと。嫌われているではなく避けられていると思ったのは彼女達の顔に嫌悪感が無かったからだ。
それなら、まだ日陰はクラスの輪にとけ込めるだろう。それに、日陰の良いところを知って貰いたかった。日陰は避けられるような人なんかではない。そう思い日陰に声をかけてみた。
だが、彼の返答は素っ気ないものだった。彼としても自分を避けている人達と話をするのは気まずいのだろう。そう思いその時は引き下がった。
時間はまだ十分にある。そのうちに仲良くなってくれればいい。ゆっくりゆっくり輪にとけ込んでくれればいい。そう思っていた。
だがあの日から日陰は自分を避けるようになった。
理由は分からない。分からないから彼に訊こうと思った。人生で初めて出来た男友達だ。この繋がりを大事にしたい。
だが、結果はミリーにとって良く分からないものになった。
自分と日陰が傷つかない選択だと彼は言った。だが、それは間違いだ。彼に避けられ自分は傷ついているし、彼の表情を見ると彼も傷ついていた。
もうどちらも傷ついているのだ。その選択は間違っている。だと言うのに、ミリーは何も言えなかった。
彼の言葉は今よりも先の事を言っているように思えたからだ。
だが、それでもミリーは納得が出来なかった。
ミリーは最初の男友達をこのように簡単に失いたくはなかった。
「よし」
次に会ったらふんじばってでももっと話をするぞと意気込みながら、ミリーは一人の暇な時間をいつもと変わらずに過ごした。




