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後半

そうして、十八歳になりました。

旅立ちの日です。

父は泣いてくれました。母は私を抱きしめてくれました。

私は母に感謝をしました。

そして、また会いに来ると約束をし、箒に乗って旅立ちました。

 

「ロベリア!」

 

空にはリップがいました。

彼女は私よりも先に十八になりました。

白魔女も十八で独り立ちをします。

けれど、ここにいます。

私たちは、約束したのです。

十八になったら、二人で旅をしようと。

そして、いいところがあったらそこで二人で暮らそうと。

 

「お誕生日おめでとう、ロベリア」

「ありがとうございます……リップも、遅れましたけどおめでとうございます」

「ありがとう。それじゃあ、行きましょ?」

 

そう言うと、リップは進みました。

私は後を追います。

たわいのない会話をしました。

そして、夕方になると、とある村に降り立ちました。

少し寂れた村でした。

老人が多く、子どもは疎らでした。

黒い衣装を身にまとった私を見て、老人たちは訝しげな目で見てきました。老人は黒魔女に懐疑的な方が多いので慣れっこです。

しかし、リップを見るなり、一人の老爺が近づいてきました。

 

「も、もしや……白魔女様でいらっしゃいますか?」

「えぇ、そうだけど」

「あぁ……!なんと幸運なことか……お願いです!孫をお助けください!」

「……どういうことかしら」

 

話を聞くと、老爺の孫は二日前に高熱で倒れたそうです。

村の医者に見てもらっても、原因が分からずじまいで困っていたそうです。

 

「……白魔女は傷を治すのであって、病を治すのは医者の仕事よ」

「そんな……!」

 

そうです。白魔女は万能ではありません。

傷を治すことはできます。

けれど、病気を治すことはできないのです。

 

「……でも、お医者様が分からないなら話は別よ。ロベリアが見てあげて」

「……え?」

 

何故私に振るのでしょうか。老爺が私を見て、嫌そうな顔をしているのに。

 

「呪いかもしれないわよ」

 

目が点になりました。

 

「そ、そんなまさか……!うちの孫に限って恨みを買うようなことは……!」 

「恨みってのは、知らず知らずに買ってるものよ。とりあえず、見せてちょうだい」

 

リップがそう言うと、老爺は渋々案内してくれました。

辺りの家は粗末な家が多いのに、老爺が案内してくれた家は少しだけ豪華に見えました。

ベッドには十歳ぐらいの女の子が横たわっており、苦しそうに呻いていました。

私には、見えました。

その子に黒蛇のような影がまとわりついていたのを。

間違いなく、呪いです。

黒魔女が視認できるほどの、大きな憎しみでした。

 

「……やっぱり」

 

リップが眉をひそめました。

「そんな!?ま、孫が……ミーナが呪われるなんて……!!お、お願いです、白魔女様!お助け下さい!!私にはもうミーナしか家族がいないのです!ミーナまでいなくなったら私は死んでも死にきれません!」

 

老爺がリップに縋る勢いで言いました。

 

「……それ、私じゃなくてロベリアに言いなさいよ」

「で、ですが……黒魔女なんかにそんなこと……」

 

老爺はチラリと私を見ました。

その顔は、嫌悪にまみれていました。

 

「そんなこと言ってる場合?あんたの大切な孫を助けたいんでしょ?そんな顔するぐらいならこの子にお願いしなさいよ!」

 

老爺はリップのその言葉を聞くと、気まずそうに視線を逸らしてしまいました。

私は、慣れているからいいとリップに言いました。

 

「あんたって子は……!」

 

それより早く解かないと大変なことになると言い、少女に近づきました。

少女は、おびただしいほどの汗をかいてました。

私は、その子の手を優しく握りました。

すると、まとわりついている黒蛇が私を睨みつけました。


返せ……。

私に返せ……。

強欲な老いぼれが綺麗事を言うな。

お前が返さないのなら、お前の大切なものを奪ってやる。


苦しくなるぐらいの悲痛の声でした。   

古の本で見たことがあります。

術者がかけた強力な呪いが形を持って黒蛇となり、高熱を引き出し、死ぬまでまとわりつくと。

古い呪いですが、現代の黒魔女なら対処できるものです。

 

「……ソルメトゥース・プレカーティー」

 

解呪の魔法を唱えました。

痛み分けの魔法は、使いません。

私は、白魔女ではありませんし、なれません。

だから、黒魔女なのです。

黒魔女らしく、呪いに苦しんでいる方を解放するのが役目なのです。だから、ここにいるのです。

手のひらに大きな光が集中しました。

 

「な、なにを!!」

「黙って見てなさい!!あの子を助けたいんじゃないの!!」

 

後ろでリップと老爺が何やら話してますが、意識を目の前の少女に集中させました。

黒蛇がこちらに襲いかかりました。


ふざけるな……!

何のために呪ったと思っている!

あのジジイが何をしたか知らないからだろ!!


知りません。そんなこと。

貴方が老爺に何をされたのか、何を奪われたのかわかりません。

ですが、幼いこの子を呪っていい理由にはなりません。

貴方からこの子は何も奪っていません。

だから、私は私の役目に則って……この子にかけられた呪いを解きます。


やめろ……!やめろ……!!


ごめんなさい。

貴方はたくさん苦しんだのでしょう。

だから、呪うという方法を選んでしまった。

けれど、その選択は、正しいことではありません。


うるさいうるさい……!!

お前も呪ってやる!!

未来永劫後悔させてやる!!


「……できるものなら、やってみなさい。あなたの目の前にいる黒魔女は、そんなことで倒れるやわな子じゃないわ」

 

いつの間にかリップが私の横にいました。

リップは、私の手に自分の手を重ねました。

 

「私の魔力、貸してあげるわ。だから、このムカつく蛇をあの子から剥がしてやりなさい!!」

 

リップの温かい魔力が私の体に流れ込んできます。

白と黒。

それは混じり合うことのない魔法です。

けれど、互いを支え合うことはできます。

解呪の魔法がリップの力で、より光が強く輝きました。


ふ、ふざけるな!!

小娘ごときが……いい気になりよって……!


黒蛇の声が弱々しくなっていきました。

もう、長くはありません。

だから、込められるだけの力を込めました。

すると、黒蛇は悲鳴を上げ、のたうち回りました。


馬鹿な……!?こんな、小娘たちに……!!


そう叫ぶと、その体はほどけるように薄れ、少女の体から消えていきました。

……終わったのです。

 

「……だあれ?」

 

パチリと少女が目を覚ましました。

私たちを見て、不思議そうな顔をしていました。

その顔は、もう苦しんでいる様子はありませんでした。

「ミーナ!あぁ、ミーナ……!苦しくないのかい?」

老爺が涙を流し、少女に近づきました。

 

「うん、もう平気よ。……でも、汗で気持ち悪いの」

 

少女は、不快そうな顔をし、老爺に訴えました。

無理もありません。

二日前から高熱でうなされていたのですから。

 

「じゃあ、着替えないとね。この子の替えの服はあるかしら?」

「は、はい……!お待ちください」

 

老爺は部屋の奥へ行くと、少女の着替えを持ってきました。

リップはそれを受け取ると、まだ怠そうにしている少女を着替えさせました。

 

「ありがとう、お姉ちゃん」

「これぐらい誰でもできるわ。……ねぇ、この子にもそれ言ってあげて」

 

リップは私を前に出しました。

 

「このお姉ちゃんが貴方の苦しんでいた原因を解いてあげたのよ」

「え?本当?」

「嘘なんてつかないわ!私も手伝ったけど、この子が助けたんだから!」

「わぁー……お姉ちゃんすごい!」

 

キラキラとした笑顔で、少女は私を見つめていました。

 

「ありがとう!お姉ちゃん!」

 

そして、宝石のような眩い笑顔を向けてくれました。

 

「……貴方も何か言うことあるんじゃないの?」

 

部屋の隅で気まずそうにしている老爺にリップは話しかけました。

 

「おじいちゃん、どうしたの?」

 

少女は、きょとんとした顔をしていました。

 

「いや……そ、その……」

「あーっ!おじいちゃん照れてるんだ!お礼はちゃんと言わないとダメなんだよ?」

 

老爺は、孫からそう言われたためか、私に渋々といった様子で頭を下げました。

リップは不服そうな顔をしましたが、私はいいんだと言いました。

それより大事なことがあったからです。

 

「……この子にかけられていた呪いは、貴方への恨みから来ているものでした」

「なっ……!?で、では何故リーゼに!」

「あなたから、大切なものを奪うためだと思います」

「なんて卑劣な……!」

「卑劣……。そうですね、卑劣です。ですが、きっと貴方も誰かにそう思われることをしたのでしょうね」

「……っ」

「私は、それを追求しません。黒魔女は人を裁くためにいるわけではないのですから……。ですが、恨みは消えたわけではありません。貴方の大切なものを守りたいなら、行動を起こして下さい……それだけです」

 

老爺は、何も言いませんでした。

それからしばらくして、ただ一言、今日はお泊まり下さいと言ってくれました。

老爺は、食事を用意してくれました。

柔らかいパンと温かいスープ。

それに、サラダと羊肉を焼いたもの、と充分すぎるほどでした。

食べ終わると、老爺は寝床に案内してくれました。

二人分のベッドが寂しく並んでいました。

 

「あのジジイ、対価の話をしないわね。まさかこれが対価って言い張る気かしら」

 

老爺が部屋から出ていくと、リップは悪態をつきました。

 

「きっとまだあんたのこと、下に見てるのよ。いやね、田舎の偏見で頭が凝り固まった年寄りってのは」

 

ひどく口が悪かったので、つい、こらっと怒ってしまいました。

黒魔女は対価として、特にこれといったものを求めません。その人が出せるものを対価としてもらいます。

なので私からしたらこれは充分すぎる対価です。

リップは眉をひそめ、何か言いたげにこっちを見てきましたが、無視を決め込みました。

怒られるのが怖いからです。

すると、コンコンと扉を叩く音が聞こえました。

リップがはいと言うと、扉がぎぃっと開きました。

そこには、あの少女がいました。

 

「……お姉ちゃんたち、今お話しても大丈夫?」

 

そわそわと不安そうな顔をして、少女は尋ねてきました。

大丈夫、と言うと、少女は顔を綻ばせました。

 

「あのね、あのね!お姉ちゃんたちに渡したいものがあるの!」

 

なんでしょうか?とても気になります。

 

「でもね、まだ途中なの!明日になったら絶対渡すから楽しみにしててね。それだけなの!おやすみなさい!」

 

それだけ言うと、少女は扉をバタンと閉めていなくなりました。


「……嵐のような子ね」

 

苦笑いをしながらリップは言いました。

でも、子どもは、それぐらい元気でいいのです。

次の日になりました。

朝が苦手なリップを起こすのに苦労をしました。

でも、可愛いから許します。

リビングに二人して出向くと、少女がすでに待っていました。

私たちを見るなり、顔を明るくし、近づきました。

 

「おはよう!お姉ちゃんたち!!」

「……おはよう。朝から元気ね」

 

あくびを堪えながら、リップは言いました。

 

「渡したいものはできましたか?」

 

私は、微笑みながら少女に尋ねました。

うん!と元気よく少女は頷きました。

 

「これ!」

 

私たちに見せてくれました。

それは、押し花でした。

手のひらにいっぱいの押し花でした。

 

「最初はね、お花をあげようと思ったの。でも、すぐに枯れちゃうでしょ?それでね、ママが言ってたの思い出したの!こうしたら綺麗なまま残るって!」

 

とっても、綺麗でした。

とても、とても……。

何故でしょう?視界がぼやけています。

 

「……お姉ちゃんどうしたの?」

 

少女が、私を心配そうに覗きこみました。

あぁ、そうです。嬉しいのです。

花をもらったのは、初めてです。

……いいえ、違います。

黒魔女としてもらったのは、初めてなのです。

 

「……ありがとうございます。とっても嬉しくて……つい、泣いてしまいました」

「そうなんだ。へへへっ、嬉しいな」

 

はにかみながら、少女は笑ってくれました。

私もつられて笑ってしまいました。

リップも呆れながら笑ってました。

その後、ありがたいことに、老爺は夕食に引き続き、私たちに簡単な朝食を用意してくれました。

私たちは食べ終わると、少女にお別れを告げました。

 

「……もう行っちゃうの?」

 

寂しそうな顔をする少女に胸が締め付けられる思いでしたが、立ち止まってはいられません。

 

「大丈夫よ。生きていればまた会えるわ」

 

リップが少女に向かってそう言いました。

 

「ほんと?」

「白魔女は嘘をつかないわ。……まぁ、あんたにその意思があればだけどね」

 

少女はリップの言葉に、ぱぁっと顔を明るくしました。

 

「じゃあね、じゃあね!私、大きくなったらお姉ちゃんたちに会いに行く!」

「あら、私たちでもどこに行くのかわからないのに見つけられるのかしら?」

「ふふん!私、探すの得意なの!だから、絶対見つけるんだから!」

「そう……見つけられるといいわね」

 

胸を張って得意げな顔をする少女にリップは呆れているようでしたが、私にはわかります。喜んでいます。だって、口元が緩んでいますから。

……きっと、私の口元も緩んでいるでしょう。

リップが私を見て笑っているんですから。

私たちは少女にお別れを言うと、空を飛びました。

少女……リーゼは私たちに手をたくさん振ってくれました。私たちが見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれました。

青い空の中、私は胸元から押し花を取り出しました。

リーゼがくれた、押し花です。

 

「……落とすわよ」

 

リップが不貞腐れながら言いました。

だって、黒魔女として初めてもらった花なんです。ずっと、見ていたくなるんです。

私がそう言うと、リップはふっと笑い

 

「似合ってるわよ」

 

一言、そう言ってくれました。

恥ずかしいことに、私はまた泣きそうになりました。

けれど、あまり泣くとリップを心配させてしまいます。

だから、ニコリと笑いました。

 

「……下手くそね」

 

私の顔を見ながら、リップは笑いました。


白魔女は感謝される存在。

黒魔女は忌み嫌われる存在。

それでいいのか、ずっと疑問でした。

けれど、そんな黒魔女の私の手には、花があります。

——私は、このままでいいと思いました。

 

白と黒。

正反対で、背中合わせの私たち。

私たちなりに、呪いと痛みと向き合っていけばいいのだと思えました。


私のように、いつかすべての黒魔女にも花が捧げられますように。

貴方も、どこかで黒魔女に出会ったなら。

どうか、一輪の花を捧げてくれると嬉しいです。

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