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Bloody Bless  作者: 館長さん
第1章:北方第6前線基地編

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第5話:みんな笛の音についていった②

 北方第6前線基地、第4ハンガーに隣接する小会議室。


 古びたホログラム投射機が唸りを上げ、青白い光の中にスワスチム北方の広域マップを浮かび上がらせた。上座に立つクローディアの表情は、毅然とした軍人のそれを崩さない。


「状況を説明する。二十四時間前を境に、国境付近で常に一定数観測されていた野生皇獣(おうじゅう)の反応が、完全に消失した」


 クローディアの操作で、ホログラムから赤い点が消え失せる。同時にそれらは、マップ北部に再出現した。


「消えた皇獣(おうじゅう)たちは、どうやったかは不明だが、監視網をすり抜けて国境を越え、荒野北端に集結中。今の所、南下して襲って来る気配はない。これは過去にも前例がある動きでな、ヘアツゥ軍が大攻勢をかける際の常套手段だ。今回も記録通りの動きだな。強いて言うなら、集結している皇獣(おうじゅう)の数が、過去最高らしい」


 クローディアが映像を切り替える。そこには地平線を埋め尽くす黒い影が映し出されていた。無論、全てが皇獣(おうじゅう)である。


「中枢を固めているのは、統制の取れた皇獣(おうじゅう)ブラックドッグ。だが、その周囲を固めているのは、近隣に生息していた野良皇獣(おうじゅう)の混成部隊だ。奴らは何かを待っているとのことだ」


「待っている? 数万の軍勢が、目の前の餌(俺たち)を無視してか? 気味が悪いな」


 俺の問いに、クローディアは視線を向けずに答えた。


「そうだ。そして、奴らが動き出す時こそが、地獄の幕開けとなる。基地司令部は、敵の陣形が完成する前に、先制打撃からの総力戦を決定した」


「総力戦……」


「第1から第3大隊を全て吐き出し、アイアン・デューク級陸上戦艦二隻、グラトニー級高速小型戦闘母艦二隻、および装甲列車アイアン・レイルを投入する。荒野に設置してある地下武器庫および地下弾薬庫も使い放題だ。一部上級士官には、ジークフリートが支給されるとのことだ」


「通常任務じゃ使われることのない金食い虫まで投入とはね。こりゃあ、お偉いさん方も本腰入れてるってわけだ。あー、一度でいいから僕も乗ってみたいもんだねえ」


 リュオンがぼやく。気持ちは分からないでもない。


 ジークフリートといえば、エース級のライダー用に設計された超高性能MA(マシーナリィアーマー)だ。俺たちが乗る量産機――トリオンやギガントとは次元の違う決戦兵器である。先刻、リュオンと話していた新型量産機同様に、俺たちのような下っ端には縁のない代物ではあるが。 


 さらに、アイアン・デューク。全長百五十メートルを超える巨体に、山のような重砲塔を冠した、スワスチム最強の移動要塞。それが二隻も動くという事実が、この戦いの重さを物語っていた。


 ともあれ、これだけの戦力があれば、五十メートル級……いや、凄まじい再生力を誇る八十メートル級の超大型皇獣(おうじゅう)とも渡り合えるかもしれない。本気も本気、全面戦争の構えというわけだ。


「少しいいか、中尉」


 俺の声が、不自然なほど静かな会議室に響いた。ホログラムが示す広域マップの空白期間を指差す。


「これほど大規模な皇獣(おうじゅう)の移動だ。哨戒ドローンが定期巡回しているはずなのに、なぜ昨日まで発覚しなかった? 皇獣(おうじゅう)に我々の観測網を物理的に回避するような知能なんてないはずだ」


 クローディアが言葉を詰まらせると、隣で拳を握りしめていたリュオンが、不機嫌さを隠そうともせずに言い放った。


「決まってるだろ、准尉! あのガネット中佐だ。あの野郎、また僕らをハメやがったんだ!」


「少尉、それは司令部の決定に反する発言だ。すでに情報班の解析は終了している」


「うるさい! あの腰巾着が、まともな神経してるわけないだろ! 准尉を銃殺刑にしようとしたり、リルを自爆させようとしたり……今度だって、わざと情報を止めて僕らを地獄に送り込んで、戦果だけ横取りするつもりなんだ! 許せねえ!」


「いい加減にしろ。それ以上言えばさすがに俺も聞き流すことはできんぞ」


「けど!」


 俺は声のトーンを落とすが、リュオンの怒号は止まらない。作戦室の隅に立つ端末が、淡々と正常を示すグリーンの光を放ち続けている。


「中佐も俺に嘆願書を書いてくださった。三千一枚目のな。その意味は分かるな? あの人は規則に厳しいだけだ、俺たちが憎いわけじゃない」


「……っ、分かったよ! 悪かった、言いすぎたよ。ちっ」


 俺の言いたいことを理解したのか、彼は不満そうにしながらも、再び椅子に深く背中を預けた。機化人(サイボーグ)の体重にも耐えうる設計のパイプ椅子が、乱暴な座り方に苦しそうな軋み音を鳴らす。


「話を続けるぞ。情報抽出班の最終解析によれば、システムに異常はない。敵の隠蔽が我々の想定を上回った、というのが司令部の最終的な判断だ。不本意だが、我々は現状のデータのみで戦うしかない」


 クローディアは自分に言い聞かせるよう、そう締めくくった。


 リュオンはなおも不満げに鼻を鳴らしているが、司令部が正常だと言い張る以上、現場の俺たちにそれを覆す術はない。


「説明は以上だ。残る時間は三十分。各員、直ちに出撃準備に入れ」


 椅子を引く音。靴底が床を打つ音。そして、ハッチが閉まる音。リュオンの荒っぽい足音だけが、虚しく作戦室に残響していた。



 三十分後。


 北方第6前線基地の巨大なMA(マシーナリィアーマー)用ハッチが開き、砂塵を巻き上げて鋼鉄の巨人たちが吐き出されていった。


 雲一つない、突き抜けるような晴天。


 二隻の陸上戦艦アイアン・デュークが、地響きを立ててその巨大な無限軌道で荒野を削り進む。併走する装甲列車アイアン・レイルからは、既に多くの無人機が発進していた。


 俺たちのトリオンとギガントは、その巨大な軍勢の右翼に位置し、他の小隊と共に、鉄の壁の一部として前進を続ける。


 だが、戦域である赤い荒野が視界に入る頃には、全軍の通信が凍りついていた。


 地平線を塗りつぶす、数万の皇獣(おうじゅう)。中枢を固めるブラックドッグ。さらには、多種多様な皇獣(おうじゅう)が、軍隊のように整列している。


 奴らは動かない。吠えない。ただ、彫像のように静止し、こちらを待っている。事前に得ていた情報通りではあったが、いざ目の当たりにすると、背筋の凍るような不気味さだった。


「……なんだ、あれ」


 リュオンの声が、震えている。


 これほどの大軍が、呼吸さえ合わせるように沈黙している。その異様な統制こそが、ヘアツゥ軍による支配の証だ。かなり高位の神官が多数揃っていなければ、こうはならないだろう。向こうも本気というわけだ。


 嫌な予感が膨らんでいく。つい先日までは、散発的な小競り合いが続いていただけだった。なぜ急に、連中は総攻撃の構えを見せたのか。そこには何か、俺たちを倒すこと以外の目的が隠れているような気がしてならない。


『こちら、アイアン・デューク内臨時第1戦術管制室CCC-1。現時刻より、“プロメテウスの火”作戦を開始する。全軍、砲撃開始!』


 スワスチムが誇る陸上戦艦アイアン・デュークの主砲が、一斉射撃を始める。地平線を耕す爆炎のカーテン。数百の皇獣(おうじゅう)が肉片となって宙を舞う光景に、通信回線には兵士たちの熱狂が溢れた。


 だが、歓喜の声が消えないうちに、俺の網膜投影に赤い警告灯が乱舞する。


「ちっ、あれだけの砲撃で、削れたのは手前の一部だけか。“オウカ”、レールガンは使うなよ。再起動までの間、動けなくなられたらさすがに守りきれん」


『ああ、通常兵装で対処する。“オウカ”、Silence(戦闘)-Break(開始)”』


 クローディアの声は、氷のように冷たく、機械的だった。彼女の操縦するガンナーモデルのギガントが、背部の換装式マウントから外した多目的ギガント砲を抱える。砲身が吐き出した迫撃榴弾砲は、爆炎を突き破って迫る皇獣(おうじゅう)達を火だるまに変えた。


『いいねいいね、久しぶりに稼ぎ放題じゃないか! “ハンマーヘッド”、Silence(戦闘)-Break(開始)!』


 爆炎の中から躍り出たのは、リュオンのギガントだった。増設された背部バーニアが青白い炎を撒き散らし、十メートル級の中型皇獣(おうじゅう)の懐へと潜り込む。


 左腕のニードルガンが至近距離で連射され、敵の動きを一瞬だけ止める。その隙を逃さず、右腕のストライクパイルが皇獣(おうじゅう)の眉間を貫通し、衝撃がその全身を爆散させた。


 リュオンは返り血を浴びながらも、すぐさま機体を反転させ、次の一体へと肉薄していく。

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