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暗黒竜の小さな懸念

 人魚族のゴタゴタが収束した、三日後。

 暗黒竜神殿前の浜辺では、大きなお祭りが開催されていた。


「浜焼き出来上がりー! さあさあ召し上がれ!」


「タコ焼きの生地が足りないよ! 追加頼む!」


「すみません、ガンテツさん。追加の鉄板をお願いしたいんですが……」


「がははは! あんなデカいのでもまだ足りないか! 待ってろ、すぐに作ってやるさ!」


 あちこちで海鮮料理が振る舞われ、多くの人々が詰めかけている。

 亜人村の人々、魔狼族を含む神殿周辺の友好的な魔物たち。


 それに加えて――。


「暗黒竜神殿ってこんなに活気があるんだなあ……」


「想像してたのと全然違うよな!」


 宝探しの参加者だったり、シュトラントの人たちだったりして、今回たまたま巡礼に来た人々。


「ギョギョ魚……」


「魚魚ギョ!」


 人魚族の皆さん。

 種族も住む場所もまるで異なる者たちが集まって、飲めや歌えやのお祭り騒ぎだ。

 並ぶメニューも様々で、海鮮浜焼き、あら汁、煮付け。そして――。


「それじゃ次のいっくよー!」


「「「おー!」」」


 浜辺の中央で、僕の呼びかけに応えて多くの歓声が上がった。

 そんな中、大きな生の切り身へ静かに手を翳す。


 いつぞや仕留めた冷凍カッツォグロだ。

 さすがに腕部分は怖すぎたのでエキドゥニルに焼却処分してもらって、あとのお魚部分をこうしてみんなに振る舞っている。


 ピカピカまぶしい美味しそうな赤身だけど、その身の中には白い糸みたいなものがちらほら確認できた。よーく観察すると、動いていることが分かる。


 もちろん寄生虫だ。

 地球のものは冷凍すると死ぬんだけど、こっちの世界のはずいぶん頑丈らしい。


 食べたらどうなるかは、さっき鑑定魔法が教えてくれた。『数日もの間、激しい腹痛や嘔吐の症状が続く』……らしい。異世界版アニサキスってところだろう。


 そんな寄生虫を、僕はしかと見極めて魔法を掛ける。

 影を操る魔法でも、能力を増減させる魔法でもない、とびっきり危険な切り札だ。


「状態異常魔法・麻痺!」


 闇色のオーラがカッツォグロの切り身を包み込む。

 すると切り身のあちこちに散らばっていた寄生虫が、びくりと痙攣して動きを止めた。麻痺状態に入ったのだ。これで体内で悪さする心配はなくなった。


 それを影の刃で一口大に切って皿に放り込めば、暗黒竜特製カッツォグロのお刺身が完成する。


 冷凍するとお魚の鮮度は落ちるっていうけれど……オケアニルが一瞬で冷凍してくれたからか、カッツォグロの身は生臭さがまったくなく、ツヤツヤと光っていた。


「これでもう大丈夫! みんなじゃんじゃん食べてよね!」


「「「うおーーー!」」」


 割れんばかりの歓声が耳に心地よい。

 最初はみんな生魚を警戒していたけど、ひとりふたりと試しに食べてみたことで、お刺身の美味しさがあっという間に広まった。主に大人たちに大受けだ。


「生魚がこんなに美味しいなんて知らなかったわ!」


「これは米に合うなあ……」


「なに言ってんだ、一番合うのは酒だろ!」


「ギョギョ魚!」


「ははは、魚人さんもいける口だな! せっかく来たんだ、もっと飲んでくれよ!」


「ふふふ。まだまだあるからたくさん食べてくださいね!」


 そんなふうにワイワイと盛り上がるみんなを見ていると、僕まで笑顔になってしまう。


 魚人さんたちのビジュアルに怯えていた人々も、お酒の力もあってかすっかり打ち解けてしまっていた。慣れた僕も表情が読めるようになっていて、彼らが心から楽しんでくれていることが分かった。


 僕の作った料理が種族の垣根を越えてみんなを幸せにする。

 そんなみんなから、僕は多くの元気をもらう。

 そのうえ美味しいごはんまで食べられるなんて……料理ってすごい!


「って、あれ!? もうない!?」


 ほんわかしているうちに、大皿一杯に盛られたお刺身がなくなっていた。

 まだカッツォグロの身はたくさんあるから、切ればいいだけなんだけど……ちょっと早すぎない!?


 軽くショックを受けていると、くいくいっと袖を引かれた。

 振り返ってみればヴォルグがいて、ずいっとお刺身の載った皿を差し出してくる。


「坊ちゃま。こんなこともあろうかと、確保しておきましたぞ」


「ヴォルグ! ありがとう……!」


 僕はありがたくお皿を受け取る。

 そこには霜のようなサシが入ったピンク色の身から、ルビーと見まがうばかりの赤身など、バリエーション豊かな部位が並んでいた。


 どれも贅沢な厚切りで、ピカピカと光り輝いている。

 この前手に入れたお宝よりもまぶしい輝き……って言っても過言じゃない。

 ぱあっと顔を輝かせる僕に、ヴォルグは深々と頭を下げる。


「このあいだは刺身を頭ごなしに否定してしまい、申し訳ございませんでした。クラーケン同様、別格の味わいで……やはり坊ちゃまの食に関する見識は素晴らしいものがありますな」


「分かってくれたし、気にしないでよ。ヴォルグは僕の心配をしてくれたんでしょ?」


「もったいないお言葉にて! ささ、宴席を確保しております。どうぞこちらへ!」


 ヴォルグに案内された大きなテーブルで、僕はとうとうお刺身にありついた。

 手を合わせて元気に宣言する。


「それじゃあいただきまーす! 夢にまで見た大トロだー!」


 赤身はさっき味見したけど、トロ部分は初めてだ。

 僕は大トロをお箸でつまんで、お醤油を入れた小皿にちょんっと付ける。

 テラテラと光る身がしっとりと濡れて艶っぽい。いつまででも眺めていられそうだ。


 だけど僕は意を決し、とうとうその身を口へと放り込んだ。

 そうして次の瞬間、まるで雷に撃たれたかのような衝撃を受けた。


「おいしすぎる! これが大トロ!?」


「ほう、その部位は大トロというのですか。たしかにとろっとした食感に適した名ですな」


 ヴォルグもほくほく顔で自分の取り分に食いついた。

 舌の上でとろけるとはまさにこのこと。


 筋っぽさは一切なくて、幸せな脂が口いっぱいに広がる。そこに、まろやかなお醤油がアクセントを加えていて……日本人なら誰もが唸る味がそこにはあった。


 前世は貧乏だったし、今世でようやく食べることができた。

 五歳児にしてなんて贅沢な食生活!


「この一切れでいくらくらいかなあ……千円? 二千円? もっとかな……なんて贅沢なんだろう……」


 そんなふうにしみじみしながら、残りのお刺身も少しずつ大事にいただいた。

 赤身はさっぱりプリプリで、中トロはほどよい弾力が楽しめた。


 血合いの部分はちょっと生臭さがあったけど、お醤油のおかげですっと食べられた。

 どこの部位も癖がなくて食べやすく、すっごく美味しい。


 味はやっぱりマグロでありつつカツオっぽさもある。両方の美味しさを併せ持ったスーパー魚ってところだろうか。ひょっとすると、超お得な獲物だったのでは!?


 大事に食べたはずが、あっという間にお皿が空になった。手を合わせて


「ふう、おなかいっぱい。ご馳走様でした」


「ごちそうさまにございました」


 ヴォルグも僕に倣って手を合わせる。

 周囲の人たちも真似しだして、新たな文化として根付くかもしれない。


「しかし坊ちゃま、まだまだ切り身はございますぞ。残りはどうなさいますか?」


「じゃあまた後でお刺身にしようかな。お寿司コーナーも盛況みたいだし」


「いやはや、生魚としょっぱい米……意外な組み合わせがなんともそそりますな」


「そうなんだよ……魚の脂がさっぱり食べられるんだよね……」


 僕らはしみじみとうなずきながら、お寿司コーナーを見やる。

 そこでは大きな木桶いっぱいの酢飯を前にして、フェリクスさんがせっせと寿司を握っていた。その手つきは熟練の職人そのものだ。マアドさんがお刺身のさくを丁寧に切り分けて、そのサポートを務めている。


「はいよ、村長! 追加の刺身ができたよ!」


「ありがとうございます、マアドさん! こっちも寿司百貫完成です!」


「「「うおおおおお! 待ってました!!」」」


 そこに多くの人が群がって、あっという間に完売する。

 熱狂と呼ぶにふさわしい様に、僕はほうっと吐息をこぼす。


「まさかフェリクスさんに寿司職人の才能があったとはねえ……」


「あれは店を出してしかるべき腕前かと」


 試しに作り方を伝えてみたところ、あっという間に物にしてしまった。


 フェリクスさんの握るお寿司はちょうどいい固さで、口に入れるとシャリがほろほろと崩れる。酢飯の調合も完璧。まさに天性の寿司職人なのだ。


 こんな才能が身近に眠っていたなんて……まったく予想だにしなかった。

 ちなみにその寿司コーナーの裏では、ネルネルとエキドゥニルが大食い対決を披露していた。


「うまうまうま~~~! おかわりじゃんじゃん持ってきて~~~!」


「ネルっちやるじゃん! 我ちゃんの分も早く持ってきなさいよね!」


「ぴぃー! ぴぴっぴぴぴー!」


 運ばれてくる料理を手品のように平らげるふたりに、チビニルを含めた観客たちから熱いエールが送られる。神様と張り合うネルネルがすごいのか、なんでも溶かして食べちゃうスライムと張り合うエキドゥニルが常軌を逸しているのか、どっちが正解かは不明だ。


「どこもかしこも賑やかだねえ」


「本当に。レヴニル様もお喜びでしょう」


「ふふ、見せてあげたかったなあ」


 僕らがしんみりとそんな話をしていると、ぬっと僕らのテーブルに影が差した。

 ネレウスさんだ。片手に大きなお椀を持っていて、僕らに軽く会釈してみせる。


「失礼するぞ、暗黒竜殿。相席しても構わないだろうか?」


「もちろんですよ、ネレウスさん。ささ、どうぞ」


「うむ。感謝する」


 そう言ってネレウスさんは僕らの前に腰掛ける。


 お椀の中身はあら汁だった。大きなお魚のぶつ切りやカニの身、ウニなんかがごっちゃになって、くたくたの葉物や根菜類と一緒に煮込まれている。人魚族のネレウスさん用によーく冷ましたものらしく、湯気は立っていなかった。


 ネレウスさんはお椀にそっと口を付け、目を丸くする。


「うまい。これがあの恐ろしい敵対種族連盟のやつらなのか」


「また出たら教えてくださいね。全力で狩りに行くので!」


「頼もしい限りだな。それにしても……」


 ネレウスさんはあら汁コーナーをそっと振り返る。

 大きな鍋を力いっぱいにかき混ぜているのはヨハンさんだ。そこにリリエルさんが追加の具材を持ってきて彼を気遣う。


「どうかしら、ヨハン。疲れたなら私が代わるわよ」


「とんでもない! 力仕事は俺の担当だ。それよりリリエルも無理しないでおくれ。地上での暮らしは久々なんだし心配だよ……」


「ふふ、平気よ。アンもお友達たちも、無理せず休んでね」


「問題ねえさ、母ちゃん。あたしら海の女は生半可な鍛え方してないんでね!」


「「「うっす!」」」


 アンさんとその手下さんたちは、具材を刻みながら溌剌とした声を上げる。


 第一回宝探しでアンさんたちを助け、人魚族の問題を解決した。その恩を返すため、一家総出で調理を担当してくれているのだ。他にも鉄板焼きやタコ焼きなんかも請け負ってくれていて、おかげで僕らはこうして呑気に魚料理を楽しむことができている。


 ともかくそれを見て、ネレウスさんは不機嫌そうなうなり声をこぼすのだ。


「まったく、人魚族の姫を小間使いのように使いおってからに」


「ふふふ。でもリリエルさん、楽しそうじゃないですか」


「ふん。そうでなければ連れ帰っているところだ」


 リリエルさんはヨハンさんと鍋をかき混ぜながら、幸せそうな笑みを浮かべている。

 生け贄になる運命を粛々と受け入れていた彼女とは別人だ。

 そんななか、ヴォルグがネレウスさんへと気遣わしげに声を掛ける。


「しかしネレウス殿、貴殿らも大変だったな。まさかオケアニル様が、海の内政を完全ボイコットしていらっしゃるとは存じ上げなんだ」


「……よその領土の内情など、よほどのことがないと知る由もない。仕方あるまいな」


 ネレウスさんは軽く目を伏せ、ため息をこぼす。


「あの方が宝探しをはじめたのは、先代暗黒竜殿が邪竜とされるより少し前のことだろうか。それまでは本当に空虚なお方でな」


 それまでのオケアニルは自分の神殿に籠もりきりだった。


 寝食の必要がないせいで、放っておくと何ヶ月も、何年も自身の祭壇に座りっぱなしで、海を眺めて暮らすだけ。ときおり訪れる領民や、参拝者にもほとんど反応を示さなかったらしい。


 それでも領民たちはみなオケアニルの世話を焼いたという。

 慈水竜は水を司る。つまり海から生まれた彼らの母も同然だったからだ。


「えっと、つまり領民のトラブルなんかには元々ノータッチだったと……」


「左様。そのかわり、要求の類いはひとつもなかった。あの方は何にも興味を示さなかったからな。本当に心があるのか……疑問に思ったことは一度や二度でない」


「それって本当にあのオケアニルなんですか? 人間観察大好きな困ったちゃんのイメージしかないんですけど」


「変わったのは、宝探しを始めてからだ」


 そんなオケアニルだったが、ある日突然に人間向けの宝探しを企画した。


 領民たちはひどく驚いた。オケアニルが自分から行動したことはこれまで一度もなかったからだ。それでもみなオケアニルのことを慕っていたから、できる限り力になろうとした。


 そこまで説明して、ネレウスさんは眉間を押さえて苦悶の表情を浮かべてみせる。


「それがいつしか宝探しに熱中し、我らを当然のように使うようになってな。今こそ誠心誠意お仕えするときかと、これまで耐え忍んできたのだが……」


「そこを、敵対種族連盟に付け込まれたと」


「ううむ……そうなるな」


 オケアニルは、人魚族が手伝うのは当然って反応だった。


 それが彼らにどんな負担をもたらして、誰かが泣く羽目になっているなんて、思いもしなかったのだろう。仮に気付いたとしても、気に掛けるかどうかは不明だ。上位存在の倫理観を舐めてはいけない。


(人間に興味を持ったのはレヴニルがきっかけだって言ってたけど……レヴニルはこんなことになっているのを知っていたのかな)


 邪竜認定を受けてからは、他のスピリット・ドラゴンたちと付き合いを断っていたという。

 それでも、風の噂程度には聞いていたのかも。

 レヴニルの性格からして、ヤキモキしていたに違いないよなあ……。


 と、そこまで考えて、ふとした疑問が脳裏をよぎった。


「それだけオケアニルは好き勝手していたのに、みなさんの信仰心は薄れなかったんですか?」


 スピリット・ドラゴンの力の源は信仰心。

 レヴニルは邪竜認定でそれが皆無になったから、消滅する羽目になった。


 だったら信徒を信徒とも思わないオケアニルなんて、とうに消えていたっておかしくない。

 そんな疑問を口にすると、ネレウスさんは苦々しい面持ちでかぶりを振った。


「仮にもあの方は海の母。信仰は強固なものだ。だがしかし、近年はそれも揺らぎつつあってな……あけすけに批判する者も出てきている」


「つまりオケアニルもいつか消える可能性があると……?」


「……考えたくもない話だがな」


 ネレウスさんは重いため息をこぼしてみせる。

 静かに耳を傾けていたヴォルグもまた難しい顔で唸り、場に重い空気が満ちた。


(友達を失うのは嫌だなあ……)


 きっとそれは、レヴニルだって望んでいないはずだ。

 ちくりと痛む胸をそっと押さえ、僕は大海原を見やる。


 今日もいいお天気で、遙かな水平線まで見渡せた。

 そのはるか先にオケアニルの住まう慈水竜神殿があるという。


「オケアニルって今どうしているんですか?」


「暗黒竜殿に叱られたのがよほど堪えたようでな、あれから神殿に籠もりきりらしい。少し心配ではあるのだが……今は誰の面会も受け付けないそうでな」


「世話の焼ける神様だなあ。今度様子を見に行ってみますね」


「すまないが頼めるだろうか」


 ネレウスさんは深々と頭を下げる。

 心配だなあ……だけど意地になったときに突いたって逆効果だ。ここはちょっと時間を置いてみて……いや、もっと他にやり方があるかも。


(無理やりドアを開けさせるんじゃなくて、自分から出てきてもらうのってどうかな。日本の神話にもあったよね、天岩戸だっけ)


 盛大な宴会を開いて、引きこもった神様を引っ張り出す話だ。

 オケアニルの興味を引くことができれば、話し合うことだってできるはず。

 そこまで考えて、僕はぽんっと手を打って快哉を叫んだ。


「そうだ! いいこと考えた!」


「坊ちゃま……?」

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