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暗黒竜の海中大戦争

 こうして僕らはどんどん先へと進んでいった。

 兵士らが現れる度に先手必勝とばかりにネルネルをけしかけ、容赦なく捕らえていく。


 やがてネルネルの中が満員になったころ、大きな街へと辿り着いた。

 珊瑚や白亜の石材でできた家々が建ち並び、道ばたには七色の海藻が植わっている。


 はるか頭上から降り注ぐ陽光がそこにプリズムの輝きを投射して、目の眩むほどの色彩を添えていた。おとぎ話のような、とても美しい光景だ。


 ただし住民はひとりも見当たらなかった。そこかしこにボールや籠なんかが打ち捨てられている。魚の一匹もおらず、あたりには肌を焼くような緊張が満ちていた。


 ヴォルグが鼻をくんくんさせる。


「一般市民は避難済みのようですな」


「兵士を何人か逃がして正解だったね」


 外敵襲来の報は、すでに里中に知れ渡っているはずだ。

 僕は街の入り口から、真っ直ぐに伸びた道をじっと見据える。


「この先に強い気配があるね。それが族長さんかな」


「おそらくは……父は人魚族一の武人ですから」


 リリエルさんが強張った面持ちで小さくうなずく。

 ヴォルグも周囲へ気を配りながら僕にこっそり進言した。


「坊ちゃま、慎重に参りましょう。わたくしどもは招かれざる客ですゆえ」


「分かってるよ。それじゃ、ヨハンさんたちは僕たちの後ろに。ネルネルはしんがりね」


「おっけ~~~」


「よ、よろしくお願いします」


 僕らはそれまで以上に周囲を警戒しながら進んだ。街は耳が痛くなるほどの静寂に包まれていて、歩を進めるにつれて殺気がどんどん強くなった。


 そうして辿り着いたのは、巨大な礼拝所だった。


 太い柱が立ち並ぶその最奥には、羽根を持った蛇のような青竜の像が安置されている。屋根は存在せず、大海原を背負って屹立する青竜は威厳たっぷりの佇まいを見せていた。


 あの青竜が、オケアニルの本当の姿なのかも?


(カッコいいなあ。僕の神殿も、これくらいやらなきゃね!)


 そんな戯れ言は心の奥にしまっておく。

 神聖な礼拝所には、人魚の兵士たちが整列していたからだ。


 あれだけ捕まえたっていうのに、まだ百人以上いるみたい。みんな剣呑な目で僕らを睨んでいて、固く口を引き結んでいる。


 そしてそんな彼らを従えるのは、ひときわ大柄な魚人だった。


 縦にも横にもでっかくて、上背も五メートルくらいある。体中が鈍色に輝く鱗に覆われていて、尾は太くて立派で、まるで鯨のようだった。顔つきも他の魚人たちに比べてキリッとしていて、その鋭い眼光は鮫のような残虐さを備えていた。


 あれが人魚一族の族長だろう。目元なんか、ちょっとリリエルさんに似ているし。

 礼拝所に足を踏み入れると、彼はジロリと僕を睨め付けて重々しい口を開く。


「来たか、暗黒竜殿」


「あれ、僕のことをご存知なんですか」


「貴殿はオケアニル様の宝探しに参加されているだろう。先日はうちの兵士を労い、旨い食事まで振る舞ってくださったと聞いている。いたく感謝していたぞ」


「あっ、魚釣り対決での」


 居並ぶ兵士さんの中で、ぺこりと会釈する魚人さんがいた。

 捕った魚を測量してくれた人だろう。


 あのときは海鮮鍋を黙々と食べていたから、口に合うか心配だったけど……どうやら杞憂だったらしい。僕もにこやかに会釈を返しておいた。


 族長さんはどこまでも広がる海へと視線を向ける。


「陸では相当な名声を轟かせているようだな。まったくもって恐れ入る。貴殿が治めるのなら、暗黒竜領は安泰だろう」


「あはは、恐縮です」


「ふふん。当然だな」


「ね~~~」


「ぴぴ!」


 照れ笑いを浮かべる僕の隣で、ヴォルグたちも並んでドヤ顔を披露する。

 だけど空気は一ミリも和まなかった。


「……我が名はネレウス。人魚族を束ねる者なり」


 族長――ネレウスさんはさらに眼光を強め、僕らへ薙刀みたいな武器を向ける。


 彼の背丈を上回るほど巨大な得物だけど、柄に刻まれた多数の傷跡でよく使い込まれていることが読み取れた。人魚族一の武人という話は伊達ではなさそうだ。


 彼はリリエルさんを示して簡潔に言い放つ。


「早急に娘を引き渡し、立ち去るがいい。これは我が種族の問題だ」


「それはできません。僕らは話し合いに来たんです」


 僕は頑として引かなかった。

 彼と真っ向から睨み合いながら懸命に訴えかける。


「生け贄なんて惨いことやめましょうよ。もっと他にやり方があるはずです」


「暗黒竜様の仰るとおりです!」


 ヨハンさんとアンさんも、リリエルさんを庇って声を上げる。


「リリエルは俺の大事なかみさんです! もう二度と手放さない! なんとかならないんですか!?」


「あたしだって母ちゃんが死ぬなんて絶対に嫌だからな!」


「あなた……アン……」


 家族に囲まれて、リリエルさんは大粒の涙をこぼす。海水の中だというのに、その涙は不思議と溶け消えることなく、ヨハンさんたちを護るようにして彼らの周りを漂った。


 ネレウスさんはじっとそれを見つめる。

 胸を打たれた……わけではなさそうだ。


 彼は大きく息を吐いてから、ギンッとまなじりを吊り上げる。


「部外者が知ったような口を利くでない!」


「「「うわあっ!?」」」


 彼が一喝しただけで、轟ッッと唸りを上げて衝撃波が襲い来た。


 慌てて影を広げ、即席の防御障壁を展開してみんなを守る。暗黒竜じゃなきゃ、バラバラになっていてもおかしくないほどの威力だ。突風……いや、違う。ここは海の中だ。


(今のは……水か!)


 おそらくネレウスさんは海水を操って僕らにぶつけてきたのだ。

 つまり、このフィールドすべてが彼の武器ということになる。


 なるほど。たしかにこれは強敵かもね。

 僕がひとり納得していると、ネレウスさんは淡々と、それでいて煮えたぎるような激情の籠もった声を震わせる。


「我ら人魚族は創世のころより海を守護してきた番人だ。それが敵対種族どもは気に食わないらしい。同盟を結び、我らを根絶やしにせんと幾度も戦争を仕掛けてきた。我らも懸命に抗ったが、とうてい太刀打ちできなんだ。よもや残された道は全滅のみ。だがしかし……それだけは族長として認めるわけにはいかなかった」


 ネレウスさんはそこで言葉を切って、リリエルさんをじっと見つめる。

 その瞳に宿した炎は、わずかにも揺らがなかった。


 武器を握る手に力を込めて、彼は続ける。


「我がどれほどの屈辱に堪え、奴らとの和平交渉に臨んだか貴殿には理解できまい。我には護るべき者たちがいる。よそ者にとやかく言われる筋合いはない」


「だったら僕らがその敵対種族ってやつをやっつけます。それなら生け贄なんて不要になりますよね」


「手出し無用。へたにやつらを刺激して、被害を被るのは我々だ」


「そもそもここってオケアニル領ですよね。オケアニルは生け贄なんて許しているんですか?」


「オケアニル様……か」


 ネレウスさんは少しだけ言いよどんだ後、きっぱりと言う。


「あのお方は関係ない。これは我らの独断だ」


「うーん。これじゃ平行線ですね」


 僕はかぶりを振るしかない。

 ネレウスさんは僕の言葉に耳を傾けるつもりなんて毛頭ないらしい。


「それじゃ……こういうのはどうでしょうか」


 僕は軽い調子で一歩前に出る。

 その瞬間に兵士たちが息を呑み、全員が僕へと一斉に武器を向けた。

 重苦しい緊張がまとわりつき、肌がぞわりと粟立つ。それでも僕は堂々と言ってのける。


「僕があなたに力を示します。そしたら話を聞いてもらえますか?」


「……ふっ。舐められたものだな」


 ネレウスさんは喉の奥で低い笑い声をこぼす。

 そうして武器を空高く突き上げて高らかに吠えた。


「このネレウス、太古の昔より研鑽を積んできた古豪なり。たかだか新米の神などに後れを取るつもりは毛頭ないぞ!」


「そういうことなら相手にとって不足なしですよ」


 僕は手足をほぐして戦いへの準備を始めた。

 そのついで、ヴォルグたちへと指示を飛ばす。


「みんなは兵士を頼めるかな? あと、ヨハンさんたちの護衛をお願いね」


「承知いたしました。坊ちゃまもご武運をば!」


「もちろん。後れを取るつもりはないよ」


 僕は朗らかに笑い、影の刃をネレウスさんに向けた。

 海の中だというのに、戦意の火花がバチバチと音を立てはじめる。

 最強格との水中戦なんて、腕試しには悪くない!


「では……行きます!」


「面白い! 暗黒竜の力、見せてみよ!」


 地を蹴り飛び出したことが開戦の合図となった。

 一斉に人魚兵士らが僕らめがけて突っ込んでくる。

 その隙間を縫うようにして泳ぎ、僕はネレウスさんの目の前に躍り出た。


 腰撓めにしていた影の刃を振りかぶり、ひと息のもとに横薙ぎに振るう。タイミングは完璧だった。そのはずなのに――。

「甘い!」


「うわわわわっ!?」


 ネレウスさんの一喝と同時に、またも海流攻撃が飛んでくる。


 今度は唸りを上げる渦潮だ。僕は完全に潮の流れの中に取り込まれてしまい、洗濯機にぶち込まれたみたいにぶんぶんと振り回される。さすがにこれはちょっと酔うかも!?


(早く出ないと! えっと、何かのステータスを弄って……!)


 鑑定魔法で渦潮のパラメータを閲覧し、そのスピードにデバフをかける。

 次第にその動きが弱まっていき、僕はぽいっと海中に投げ出された。


 うう……まだ視界がぐるぐる回ってるよ……。

 よろめく僕を見据え、ネレウスさんは淡々と言う。


「今のうちに降参するがいい。神とはいえ、子供をいたぶるのは趣味ではない」


「それは僕のセリフです。お年寄りは大事にしろって、先代から教わりましたから」


「ふん。立派な心がけだな」


 ネレウスさんはニヤリと笑い、槍を猛スピードでぐるぐると回しはじめる。

 その瞬間、彼の背後に数多の渦潮が発生した。


「ならば我の全力で排除させてもらう! 恨むなよ、若造!」


「もちろん! 恨みっこなしでぶぐうっ!?」


 口上の途中で渦潮に襲われて、カッコ良く決められなかった。

 海底で兵士らと戦うヴォルグたちが心配の声を上げたような気がしたけど、そっちに答える余裕はない。


 僕は渦潮の中で揉みくちゃにされ、鯨の潮吹きよろしく水上へと高く打ち上げられた。


 ざっぱあ!


 しばらくぶりの大気が僕を出迎えた。頭の上に海があって、足の先に二つの太陽が並んでいる。ぐるりと反転した世界の中で、僕は冷静に被害状況を確認する。


 服はボロボロ。おまけにあちこち擦り傷だらけで無様なものだ。

 僕じゃなきゃミンチ待ったなしだっただろうなあ。いやあ、丈夫でよかった。


 やがて最高地点に達した僕は落下をはじめる。

 着水まであと十秒ってところだろうか。


 あごに手を当てて作戦を考える。


「うーん、いちいち渦潮を無効化するのも面倒だなあ。僕も水を使って攻撃してみる? どんな手があるかなあ……あ」


 眼下に広がる大海原を見渡すうちに、ぴんっとくるものがあった。

 脳裏にまざまざと浮かぶのは、前世の動画サイトで見た、とある自然現象だ。


「よし。あれでいこう! えいっ!」


 ちゃちゃっと手早く魔法を発動。

 仕込みが完了したところで着水。


 僕はすさまじい水飛沫とともに海の中へと逆戻りした。


 視界が全部泡で埋まる。その泡を穿つようにして、鮮烈な銀の突きが襲い来た。ネレウスさんの槍だ。それをわずかな動きでかわしたところで、左右から水の塊が飛んでくる。


 息つく間もない猛攻を、僕は紙一重で避け続ける。


「ほらほらどうした! 逃げてばかりでは我には勝てぬぞ!」


「平気ですよ」


 挑発するネレウスさんに、僕はニヤリと笑いかける。


「すでにあなたは僕の術中ですから」


「何……ッ!!?」


 ネレウスさんが眉をひそめた次の瞬間。


 パキパキパキパキ……!


 水上から巨大な氷柱が伸びてきて、彼の体をわずかにかすめた。たったそれだけで青白い表皮が一瞬にして凍り付き、ネレウスさんは顔に驚愕を張り付かせて息を呑む。


「な、なんだこれは……! 水中に、氷柱……だと!?」


「死の氷柱。ブライクニルです」


 海の表面るほどの極寒では、海水の塩分は凍らずに海中へと沈んでいく。

 そうして生成される氷柱は、海水だけでなく触れた周囲の生き物全てを凍り付かせるという。

 ブライクニルと呼ばれる自然現象だ。


 本当なら数時間かけてこの大きさになるみたいだけど、気温ついでに成長速度も弄っておいたから、あっという間に巨大な氷柱になった。


 他にもいろいろやり方はあったけど……いやあ、実際見るとカッコいいなあ!

 ちょっぴりテンションが上がりつつも、僕は平板な調子で問いかける。


「今なら許してあげますよ。降参します?」


「だ、誰が……! この程度の氷など、我の力で砕いて――」


「誰がひとつだって言いました?」


 バキバキバキバキバキ!!


 僕がにっこりと笑った瞬間、ネレウスさんに向けて無数の氷柱が降り注いだ。まるで氷の牢獄だ。氷柱たちはネレウスさんを取り囲み、じわじわとその体を飲み込んでいく。


「ぐっ、お……おおおおおお!?」


 偉大な族長は、そんな叫び声を遺して完全に凍り付いてしまった。


「これで勝負あったよね」


 僕は肩をすくめて海底を見やる。


 ヴォルグたちと兵士らの戦いはいつの間にかぴたりと止まっていて、みんなあんぐりと口を開けてこちらを凝視していた。


 ちょうどいいや。

 僕は手を叩きながら彼らへ呼びかける。


「はーい、ちゅうもーく。ネレイスさんは僕が止めました。みなさんも凍りたくなかったら大人しく投降してくださーい」


 兵士らは一斉に顔を見合わして、武器を下ろして両手を上げた。


 それから僕はすぐに氷柱を砕いてネレウスさんを救出した。

 力を示すのが目的だからね。無駄に冷たい思いをさせたって意味ないし。


 ついでに、ネルネルが捕まえた魚人兵士たちも解放してあげた。相当エネルギーを吸い取られたみたいでふらふらしていたけど、ちゃんと言いつけたおかげか命に別状はなさそうだった。


 使い物にならなくなった兵士団を見て、ネレウスさんも勝負あったと認めてくれたらしい。

 砂地にどかっと腰を下ろして深くうな垂れてしまう。


「よもや本当に我を倒すとは……お見それしたぞ、暗黒竜殿」


「でしょ? 僕ってば強いんですよ」


「……だがしかし、奴らには到底敵うまい」


 ネレウスさんは力なくかぶりを振る。


「奴らは強力な毒と、鉄壁の防御、それに無数の武器を兼ね備えた、無敵と呼ぶにふさわしい存在だ。この我ですら手も足も出なかった」


「それは聞きましたけど……いったいどんな生き物なんです?」


「……口にするのも恐ろしい」


 ネレウスさんは顔を背けてぽつりと言う。

 彼の背後に居並ぶ兵士らもぶるりと震え上がるばかりで、誰も敵の特徴を話そうとはしなかった。それほどおぞましい見た目をしているってことなのかな。


(でも結局そいつらも海の生き物だろうし……ひょっとして珍味系だったりしないかな?)


 だったら美味しくいただいちゃうんだけど。

 そんなことを考えていた、そのときだった。

 数名の兵士が慌てた様子でやって来て、裏返った声を張り上げる。


「大変です! 族長! 奴らです! 奴らが現れました!」


「っっ、ついに来たか!」


 ネレウスさんたちに激震が走る。

 そこで礼拝所に降り注いでいた陽光に陰りができた。

 僕はバッと上を向く。そうしてあまりの衝撃に言葉を失った。


「こ、これは……!」


『グフフフフ……』


『待ちくたびれたぞ……』


『人魚の肉、早く我らに差し出すがよい……』


 そこに浮かんでいたのは巨大な生物たちだった。


 ボールみたいにまん丸な魚。

 固い甲羅を持った奇怪な生物。

 それに真っ黒な棘の集合体。


 おまけにそんな彼らを取りまくようにして、大小さまざまな不気味な魚類が集結している。

 異様な光景を前にして、ネレウスさんは涙を流し、リリエルさんの手を握りしめた。


「ああ、とうとうこの日が来てしまった……棺帝(コフィン・エンペラー)に甲王(シェル・ザ・キング)、棘塊(ニードレス)……やつらにおまえを捧げねば一族を守れぬ父をどうか許してくれ」


「お父様……」


「いやいやいや! ふぐと蟹とウニじゃん!」


 海の高級食材が見事なまでに勢揃いしていた。

 たしかに見た目はちょっと異様だけどさ!?


 前世は貧乏暮らしだったから食べたことがないけれど、その味は保証済みだ。

 お刺身でいただいてもいいし、海鮮鍋も絶対に美味しいはず。寿司なんて最高すぎる。


 僕の魔法があればふぐ毒だって無効化できるし、食材として言うことなしでしょ!

 っていうか手下たちも色々だな……アンコウとか、ナマコとか、大きな貝もいる。


 鮮魚パーティにはもってこいじゃない?


 あたりに響き渡るほど大きなお腹の虫が、ぐぅーと鳴った。

 僕は拳を突き上げて仲間たちへと宣言する。


「こんなの本気で採りに行く以外ないでしょ! みんな! 僕に続いて! うおおおお!」


「おお! 坊ちゃまがやる気ということは……やつら、美味いのですな!? じゅるり!」


「そんじゃぼくもがんばっちゃお~~~っと」


「ぴぴー!」


「なあ父ちゃん、雑魚どもならあたしらでもいけそうじゃね?」


「おうよ! 漁で鍛えた腕を見せるときだ! リリエルを食おうなんてほざく魚どもは全部俺が食い尽くしてやる!」


「は……? 貴殿ら正気か? あやつらの異様な姿を見て何も感じぬのか!?」


 ネレウスさんが狼狽えまくる中。

 僕らは勇ましく飛び出していって、敵対種族連合を文字通り一網打尽にした。



 ◇



 太陽が水平線の向こうに落ちはじめ、空を茜色に染めるころ。

 暗黒竜神殿前の浜辺にて、ネレウスさんは深々と頭を下げる。


「この度はなんとお礼を申しあげていいか……本当に、感謝の言葉もない」


「こちらこそお世話になりました。僕らだけじゃ人手が足りなかったので!」


 僕はにこやかにそう言って、浜辺を見渡す。


 そこでは人魚族の兵士さんやヴォルグたちが、せっせと働いてくれていた。冷凍カッツォグロを保管してある、神殿地下の氷室まで魚を運び入れてくれているのだ。


 その中には例のボスたちも当然含まれていた。

 きっちり仕留めたけど、兵士さんたちはおっかなびっくりって様子だ。


 確かに彼らはネレウスさんが言うように強敵だった。毒を吐いたり棘を打ち出したり、固い甲羅で攻撃を全て無効化したり……これまで出会ってきた中で一番強かった。それは認めよう。


 だけど、食欲に取り憑かれた僕の敵じゃなかった。

 僕はワクワクしてぺろりと舌なめずりをする。


「いやあ、ほんとに味が楽しみです! 思わぬ収穫でした!」


「……もう一度聞くのだが、暗黒竜殿は本気であやつらを食すおつもりか?」


「えっ。何か問題でも? 食べるときはネレウスさんたちもご招待しましょうか?」


「……遠慮しておこう」


 僕が誘うと、ネレウスさんはさっと顔を背けてみせた。


 その顔には色濃い怯えが見て取れた。まあそりゃ、長年苦しめられていた宿敵を食べようなんて考えは浮かばないのかも。僕にとっては高級食材でしかないんだけどね。


(ほかの魚も大漁だったし、そろそろパーティを開いてもいいかもね!)


 そんな計画を立てていたそのとき。


「あ、あの……すみません!」


「む」


 裏返った声にネレウスさんが振り返る。


 するとそこにはヨハンさんが立っていた。

 隣にいるのはリリエルさんだ。陸上用に脚を人間のものに変えている。


 ヨハンさんはネレウスさんの眼光に一瞬だけ凍り付いたものの、ぶるぶるとかぶりを振ってからガバッとその場にひれ伏した。そのまま浜辺中に轟くほどに声を張り上げる。


「ご挨拶が遅くなってしまい、申し訳ございません! 俺は見ての通りの貧乏漁師です。でも……リリエルへの愛は本物です! だからどうか、もう一度俺にチャンスをください! 必ずリリエルを幸せにしてみせます!」


「ふん。人間風情が生意気を言いおって」


 ネレウスさんは鼻を鳴らし、ぶっきら棒に言う。


「だが、あやつらに立ち向かったその度胸は褒めてやる。漁の腕も確かなようだ。認めてやらんこともない」


「あ、ありがとうございます……!」


「だが……リリエルよ」


 そこでネレウスさんは言葉を切って、リリエルさんへ視線を向ける。

 憂うような色の満ちたその瞳は、族長としてではなく、父親としてのそれだった。


「人間の寿命は短いぞ。おまえは必ず置いて行かれる。それでもいいのか?」


「もちろん。だからこそ、今は一緒にいたいんです」


「……覚悟の上というわけか」


 力強くうなずくリリエルさんに、ネレウスさんは軽く吐息をこぼす。

 そうして興味なさげに彼らに背を向けた。


「好きにしろ。私に口出しする権利はない」


「ありがとうございます、お父様!」


「あ、ありがとうございます!」


 ヨハンさんとリリエルさんは深く頭を下げる。

 そこに離れたところから見ていたアンさんがやってきて、ネレウスさんの脇腹をちょいちょいっと突いてみせた。


「へへ。粋じゃん、爺ちゃん」


「『爺ちゃん』などと呼ばれる筋合いはない。呼ぶのなら『お爺様』と呼べ」


「ええー。そんなのあたしのキャラじゃないもんよ」


 アンさんはぶー垂れて、そんなアンさんにネレウスさんはニヤリと笑う。


 人魚族の兵士さんたちも、手伝いに来た亜人村の人々も、一家のことを微笑ましそうに見守っていた。種族の垣根を越えた絆って、やっぱりいいものだ。僕も段々魚人さんたちのビジュアルに慣れてきた気がする。


「これで万事解決かな」


 僕はほうっと吐息をこぼす。

 いろいろあったけど、やっぱり平和が一番だ。

 それを噛みしめていると、後ろから寝惚けたような声が降りかかった。


「やっほ……」


「あ、オケアニル」


 振り返ってみれば、オケアニルがいつもの調子でふらーっと手を振っていた。


「第三回宝探しの、相談に来た……よ~」


「相談? なんの?」


「うん……実は、レイン以外みんな棄権しちゃったの……ぐすん」


「えっ!? なんで!?」


「なんでもなにもないだろ、暗黒竜様」


 びっくり仰天する僕に、アンさんが胡乱げな眼差しを向けてくる。


「暗黒竜様がライバルだなんて普通の人間には荷が重すぎる。あたしだって棄権したさ」


「え、それじゃあ他の参加者さんたちに悪いことしちゃったかなあ」


「気にすんなよ。みんな美味い飯が食えてラッキーって思ってるはずだから」


 アンさんはからっと笑う。

 そうだったらいいなあ。あの人たちが今度神殿に来ることがあったら聞いてみよう。

 そこでふと重大な報告を忘れていたことに気付く。


「あっ! そんなことよりさ、オケアニル。僕、人魚族のトラブルを解決したんだ」


「ふう……ん? それで……?」


「それでって……なんでそんなに他人事なのさ。人魚族ってオケアニルの領民なんでしょ? 勝手に首を突っ込んで大丈夫だった?」


「うん……問題ない……よ」


 オケアニルはゆるーくかぶりを振る。

 その軽い返答に、僕はホッと胸を撫で下ろすのだけど。

 そこから続いた衝撃的な台詞に、ピシッと固まることになった。


「だって我氏、領民の問題はノータッチ……だから」


「は……い?」


 僕は目を瞬かせる。

 そんなこと……ある?

 しばらくフリーズしてから、僕はおずおずと質問する。


「オケアニルって、領民の皆さんに宝を集めさせたり、会場のセッティングを任せているんじゃなかったっけ? 魚人さんもこき使ってたよね? それなのに……領民の間で問題が起きても我関せずなの?」


「うん……だって我氏には、やることがある……から」


「それってまさか宝探しの見物……?」


「もち……ろん。企画運営も、含まれてる……よ」


 オケアニルは悪びれることもなく、のほほんと言ってのけた。


 思わず僕はネレウスさんを振り返る。

 すると、苦虫を噛み潰したような渋面と目が合った。

 リリエルさんも、他の人魚兵士さんたちも、みんな同じような反応だった。


 アンさんが顔色をさっと変え、こそこそとネレウスさんに耳打ちする。


「えっ、それじゃああの宝島も爺ちゃんたちが準備したのか……?」


「左様。毎度我らが会場の整備を命じられている。おかげで貴重な人材のほとんどが駆り出される羽目になってな……なかなかの負担なのだ」


「敵対勢力に狙われたのって、そういう隙があったからなんじゃ……」


 僕は日本史で学んだ、参勤交代制度を思い出していた。

 あれは重い負担を課すことで、大名たちの勢力を削ぐ狙いがあったらしい。

 オケアニルはそれを無意識にやっていたというわけだ。


(そういえば、リリエルさんもネレウスさんも、オケアニルに関して『関係ない』とかなんとか言ってたけど……本当に関わらないの!? それでいてこき使ってたの!?)


 労働力は搾取して、見返りはゼロ。

 それじゃあ完全にガキ大将……いや、ここまでくるとヤクザのやり口だよ!?

 ひょっとすると人魚族以外にも割を食って泣いている人たちがいるのかも……。


「本当に何にも関わらないの? ほら、眷属にして力を分け与えたりとかさ」


「そういうの……我氏、面倒だからやってない……よ。そんなことよりさ、レイン……」


「『そんなこと』ぉ!?」


 あまりに悪気のないコメントに、僕の声は大いに裏返った。

 オケアニルはおかまいなしで、このために用意したらしいフリップを取り出してみせる。


「第三回はひとりだけだし……レインの好きなルールでいい……よ。いろいろあるから……ね。宝島別バージョンでしょ……海底ダンジョンでしょ……大航海マラソンでしょ……」


「ううう……」


「おいおい、爺ちゃん大丈夫か……?」


 オケアニルが競技を羅列するごとに、ネレウスさんは胃の辺りを押さえてうめき出す。

 その苦渋に満ちた顔から、これまでの苦労が大いに察せられた。


 オケアニルはもちろん意にも介さない。気付いてもいないようだった。

 すべての競技を紹介し終えて、どこかキラキラした顔を僕に向けてくる。


「レインなら……きっとどれでも見てて、楽しい……はず。だからどれでもいい……よ」


「参加しない」


「……へ?」


 僕がきっぱりとそう言うと、オケアニルは眠たげな目をわずかに見開いた。

 しばしぽかんと口を開けたまま固まって、視線をゆーっくりとさまよわせてから、おずおずと問う。


「なん……で? レインはお宝がほしいんで……しょ?」


「欲しいよ。だけどさ、この宝探しって領民の皆さんに大きな迷惑を掛けているわけじゃん」


「それが……なに?」


「その上で宝を手に入れたって、嬉しくもなんともないんだよ」


 僕は重くかぶりを振る。


 人魚族の皆さんに多大な迷惑を掛けて、ヨハンさん一家みたいな不幸な家族を生むくらいなら、宝探しなんて参加しないに限る。神殿だってボロボロのままの方がいっそ清々しいくらいだ。


 だけど、そのことがオケアニルにはまるで理解できないらしい。

 頭の上に巨大なハテナマークを浮かべる彼女に、僕はずいっと顔を近付ける。


「宝探しを開くのがオケアニルの趣味だってことは分かるよ。でもね、人に迷惑をかけていいって理由にはならないの。オケアニルはもっと人間以外にも目を向けるべきなんだよ。分かる?」


「え……え……?」


 ガン詰めしても、オケアニルはオロオロするばかり。


 困ったように腕を組んで考えること数十秒。やおら妙案が思い付いたとばかりにハッとして、二本の指を立てて僕に示してみせる。


「宝を倍にしても……ダメ?」


「その分また領民の皆さんに負担がいくでしょ! だったら僕は絶対に参加しないよ!」


「そ、そんな……」


 ガーンとオケアニルの顔色が一気に曇った。

 よろよろと後ずさるうちに、その目に大粒の涙が溜まっていく。

 あ、まずい。言い過ぎちゃったかも。


 僕が自省の念に駆られると同時、オケアニルはだっと踵を返して走り去り、そのまま海へとダイブしていった。


「レインの……バカあ!」


「ちょっとぉ!? バカって言う方がバカなんだけど!?」


 僕の小学生みたいなツッコミが、紅蓮に染まる大海原に虚しく響いた。

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