暗黒竜の頼れる眷属
第二回の宝探しが終わったあと。
僕はアンさんと人魚さんを船に乗せ、彼女の生家へ招かれた。
お父さんにも会わせてあげたいし、改めてお礼がしたいと言ってくれたからだ。
ちなみにオケアニルは二回戦が終わってすぐ即座に帰ってしまった。
『それじゃ、我氏は次の準備をする……ねー』
『えっと、人魚さんってオケアニルのとこの領民だよね? 気にならないわけ?』
『なに……が?』
オケアニルは純度百パーセントのキラキラした目で、こてんっと小首をかしげてみせた。
本当……人間観察以外のことにまるで興味がないんだから。
ともかくそういうわけで僕ら暗黒竜一行は、アンさんを船に乗せて舵を取った。
やがてたどり着いたのは見知った漁村で。
「あれ、ここって……」
「おや? 暗黒竜様じゃないですか」
港に船を停めると、ちょうど夜の見回りに出ていたヨハンさんに出くわした。
ここはヨハンさんの住む漁村だ。船をもらうときに一度だけ訪れたことがある。
ヨハンさんは最初驚いていたけど、すぐににこにこと相好を崩してみせた。
「こんな時間にどうされたんです?」
「こんばんは、ヨハンさん。いやあ、何から説明したらいいか」
「ははは。船に何か問題でも? どれ、俺がちょっと見て……っ!?」
ランタンを片手に、ヨハンさんが船をひょいっと覗き込む。
そうして、人魚さんを見て大きく息を呑んだ。人魚さんは魔法で脚を人間のそれに変えていて、ヨハンさんはわなわなと震えながらも、村中に響くほどの大きな声でその名を叫んだ。
「まさかそんな……リリエル! リリエルじゃないか!」
「あなた……! 会いたかった!」
「へ?」
人魚さん――リリエルさんはヨハンさんに抱き付いてわんわんと泣き崩れる。
ヨハンさんはそんな彼女を抱きしめながらも、さらにアンさんを見てギョッとした。
「それにうちの娘までいるじゃないですか! 暗黒竜様、こりゃいったいどういうことなんですか!?」
「まさか……アンさんのお父さんって、ヨハンさんだったんですか!?」
「なんで暗黒竜様と田舎の貧乏漁師が知り合いなんだよ!?」
アンさんは自分のことを棚に上げて目を丸くした。
こうして僕ら暗黒竜一行は、ヨハンさんの家に招かれることになった。
案内されたのは村の片隅にある小さな一軒家だ。僕らと三人家族が集まるとちょっぴり手狭になったけど、ヨハンさんは僕らそれぞれにお茶を出して歓迎してくれた。
「そうか、暗黒竜様が願いを譲ってくださったのか……」
顛末を説明すると、ヨハンさんは重々しく何度もうなずいた。
隣に座るリリエルさんに視線を送ったあと、僕へ深々と頭を下げた。
「本当に、何から何までお世話になって……感謝の言葉もありません」
「いや……世界って狭いですね」
僕は頬をかいて笑うしかない。
どうりで命乞いのテンションが似るはずだよ。
そんな僕の隣で、ヴォルグは興味深そうに唸る。
「人魚と人間の夫婦とは珍しいな。人魚は滅多に人前には現れないはずだが」
「へえ。俺が海に落ちたところにリリエルが偶然通りかかりまして」
「ふふ……あのときはびっくりしましたね」
「すごい! おとぎ話みたいですね!」
こうして運命的な出会いを経たふたりは惹かれ合い、アンさんが生まれた。
最初は人魚のリリエルさんを気味悪がっていた村の人々も、いつしか一家のことを受け入れてくれて、三人は幸せな毎日を送っていた……らしい。
そこまで聞いて、僕は当然の疑問を口にする。
「それなのに、リリエルさんはなんで海に帰っちゃったんですか?」
「父の……族長の意向です」
リリエルさんはうつむき加減でぽつりと言う。
「私は人魚族族長の娘です。私にしかできない役目を果たすため、里に戻る必要がありました」
「ああ、政略結婚とかそういう話ですか」
「……」
「あれ。違う?」
とたんにリリエルさんは黙り込んでしまう。
その顔色はやけに暗くて……なんだか嫌な予感がして、僕は生唾を飲み込んだ。
家の中に重苦しい沈黙が満ちる中、リリエルさんは今にも泣き出しそうな面持ちで、重い口を開いた。
「私は……敵対種族への生け贄として、捧げられる運命なのです」
「生け贄だって!?」
これには僕だけでなく、アンさんまでもがギョッとして声を上げた。どうやら娘の彼女も知らなかった事実らしい。政略結婚の方がまだマシだった。
ヴォルグも難しい顔をして虚空を睨む。
「ふうむ、人魚族の肉は不老長寿にいいと聞きます。女子であればなお効果があるとか……狙う輩も大勢おるでしょうな」
「えええっ!? アンのお母さん、食べられちゃうの!?」
「ぴぴゅーい!?」
ネルネルとチビニルも真っ青になって震え上がる。
そんななか、アンさんは鋭い眼差しをヨハンさんへと向けた。
「父ちゃん……まさか知ってたのか?」
「……ああ」
「っっ!」
ヨハンさんは力なくうなずく。
その胸ぐらに、アンさんは思いっきり掴みかかった。
「だったらなんでみすみす帰したんだよ! あんたの妻だろ! 止めろよ! 守れよ!」
「……そうするしか、なかったんだ!」
今にも消え入りそうな声でヨハンさんは言う。
わなわなと震える手で顔を覆って、その指の間からは痛恨の思いがこぼれだした。
「人魚族の族長から、リリエルを渡さなければ、この村を海に沈めると脅されたんだ。生け贄になるのはリリエルの血を引くアンでもいいとまで言われて……逆らえなかった」
「そ、そんな……」
アンさんはヨハンさんを放し、縋り付くようにしてリリエルさんに寄りそう。
「なあ、母ちゃん……生け贄ってのは、いつの話なんだ……?」
「……次の満月よ。儀式の準備があるから時間がかかったけど……それももう終わりね」
「っ、だったらあたしが母ちゃんの代わりに――」
「ダメよ! そんなことさせない!」
リリエルさんは声を荒らげ、そっとアンさんを抱き寄せる。
「あなたとヨハンが生きていてくれたら、私はそれでいいの。最期に会えてよかった。大きくなったわね、アン」
「母ちゃん……!」
アンさんは大粒の涙をこぼしながら、リリエルさんにしがみつく。
ヨハンさんもそれを見て静かに嗚咽を漏らしていた。
ようやく再会した家族に降りかかったのは、あまりにも過酷な運命だった。
僕は彼らをじっと見つめる。そこに、ヴォルグがやけに明るい調子で声を掛けてきた。
「ささ、坊ちゃま。これ以上はこの家族の問題。そろそろ夜も更けてまいりましたし、わたくしどもはこの辺で――」
「その話、もっと詳しく聞かせてもらえませんか?」
「坊ちゃま!?」
口上を遮ってヨハンさんたちに声を掛ければ、ヴォルグは飛び上がるようにして驚いた。
そのまま僕の前に立ちはだかって、険しい顔で諭しにかかってくる。
「いけませんぞ、坊ちゃま! 種族間の諍いというのはデリケートな問題! おいそれと首を突っ込むべきではございません! おまけに海となれば慈水竜様の領土! 完全に対岸の火事にございます!」
「だからと言って見過ごすわけにはいかないでしょ。ほらどいて」
「きゃうんっ!?」
ぐいっと押しのけると、ヴォルグは悔しそうに歯噛みする。
「ぐうう……ダメだ! テコでも諦めないときの目をしていらっしゃる……!」
「そりゃまあ、レインだしねー」
「ぴぴぃ」
ネルネルとチビニルは当然のことのようにうなずき合う。
ヴォルグの言っていることは理解できる。
デメリットは無数に挙げられても、メリットはほぼ皆無だ。
だけど目の前で苦しんでいる人たちを放っておくことは、僕にはちょっと難しかった。
「あ。でも、首を突っ込む前に、オケアニルに許可を取るべきかな。海での揉め事ってことは、オケアニルの管轄だよね?」
「オケアニル様……ですか?」
リリエルさんは少しだけ考え込んだあと、ぎこちなく笑う。
「あの方なら……なにもおっしゃらないと思いますよ」
「そうですか? いや、オケアニルならそうかも……」
事後報告でも『かわりに解決してくれたの……? ありが……とー』とかなんとか軽く言ってのけそうだ。
(オケアニルに任せるって手もあるけど、ここは乗りかかった船だもんね)
僕がしみじみしていると、リリエルさんが恐る恐る尋ねてくる。
「でも……暗黒竜様は何をなさるおつもりなんですか?」
「簡単なことですよ。人魚族の族長さんと話を付けて、敵対種族をやっつけます」
「は……!?」
これには一家全員が言葉を失った。
ヴォルグたちは「やっぱり……」って納得顔だったけど。
みんなの注目を集めながら、僕は飄々と言ってのける。
「そしたら問題解決で、生け贄の話はナシになりますよね?」
「いけません! 父は太古より研鑽を積んだ戦士なんです! その父が……彼らには手も足も出ませんでした!」
リリエルさんは血相を変えて訴えかける。
その顔に浮かんでいるのは恐怖そのものだ。
「恐れながら、暗黒竜様は代替わりされたばかりのはず! 敵うはずがありません!」
「なに……?」
それにヴォルグの耳がぴくりと動く。
「坊ちゃまは年若いが、その素質は先代のレヴニル様と比べてみてもいささかの遜色もない! 海の有象無象など恐るるに足らず! 見くびるでないわ!」
「で、でもぉ……」
「くぉら! うちの母ちゃんをいじめるんじゃねえ!」
「みんなどうどう。内輪もめしてる場合じゃないって」
吠え猛るヴォルグと、リリエルさんを庇うアンさんを宥め、僕は笑う。
「ヴォルグが言うとおり、負けるつもりはありません。こうなったからには最善を尽くしますよ」
「どうして……」
そこで生気の抜けたような声が響いた。ヨハンさんだ。信じられないようなものでも見るような目で僕を凝視して、震える声を絞り出す。
「どうして、そこまでしてくれるんですか? 俺たちはあなたの眷属でもないのに……」
「一緒にご飯を食べたら、それはもう僕にとって友達なんです」
そんな彼に、僕はきっぱりと告げる。
「友達が困ってるのは放っておけない。それだけですよ」
「と、友達……? まさかとは思いますが、俺と暗黒竜様が……?」
「もちろん。あっ、アンさんも一緒に鍋を食べたし友達ですよ」
「ええ……いつの間にかとんでもない称号が与えられてやがったよ……」
ヨハンさんはアンさんと、戸惑い気味に目配せし合う。
「友達だから……助けてくれるんですか? ご自分に何の利益もないっていうのに」
「利益ならありますよ。友達がうれしいと、僕もうれしくなりますから」
「あなたというお方は……本当に、邪竜にふさわしくありませんね」
ヨハンさんは呆れたように笑ってかぶりを振る。
そうして大きく息を吐いたかと思えば、真剣な顔をこちらに向けた。その目は今までに見たことないくらいに、強い決意を宿していた。
「そういうことなら俺も一緒に行きます。どうか連れて行ってください!」
「……危ない目に遭うかもしれませんよ」
「危険は承知の上です」
ヨハンさんはぐっと拳を握りしめる。
「俺は己の身かわいさに、一度は妻を手放したクソ野郎です。何の申し開きもできません。だからこそ……ここで立ち上がらなきゃ、家族に会わせる顔がない」
「あなた……」
リリエルさんが声を詰まらせて、ヨハンさんの背中をそっと支える。
ヨハンさんはそんな妻へと力強くうなずいて、やけっぱちのように叫んでみせた。
「せっかく暗黒竜様が手を差し伸べてくださったんだ! エサでも囮でも、なんでもやります! どうかお役に立たせてください!」
「あたしも! あたしも連れてっておくれよ! クソ爺に文句言ってやらなきゃ気が済まねえもん!」
「それじゃあみんなで殴り込みといきましょうか!」
「「おおーー!!」」
僕の言葉に、ヨハンさんとアンさんは拳を突き上げて吠え猛る。
本音を言えば何が起きるか分からないから、ふたりには残っていてもらいたいけど。
家族の問題は家族でぶつかりたいはずだよね。
(ジュールさんも『好きにやれ』って言ってたしね。だったら思うまま好きにやらせてもらおうじゃん!)
僕はにっこり笑ってリリエルさんにお願いする。
「そういうわけなので人魚族のところに案内してもらえますか?」
「……お覚悟は確かなのですね」
「はい。これでも頑固者で通ってるので」
「……分かりました。ご案内いたしましょう」
リリエルさんは僕に深々と頭を下げる。
涙が頬を伝って、床にいくつものしみを刻んだ。リリエルさんは震える声を絞り出す。
「ありがとうございます、暗黒竜様……このご恩は一生忘れません」
「気が早いですって。そういうのは全部解決してからにしてください」
そんな彼女の手をぎゅっと握って、僕はにっこりと笑いかけた。
「全部終わったら、リリエルさんも一緒にご飯にしましょうね。そしたら一家全員お友達です!」
「ふふ……本当に、暗黒竜様はすてきな神様ですのね」
リリエルさんは涙に濡れた顔を上げ、くすりと笑った。
「暗黒竜様の飯はうまいんだぜ! 母ちゃんもきっと気に入るはずさ」
「暗黒竜様、そのときは俺の魚もぜひ使ってください!」
「もちろんです。近々みんなでパーティといきましょう」
冷凍保存したままのカッツォグロを出すときは近いかもしれない。
まだ何の解決もしていないっていうのに、僕の心ではすでに鮮魚パーティが開催されていた。
(そのときはオケアニルも食べてくれるかなあ。そういえば、まだ一度もご飯をいっしょに食べたことないや)
何度か機会があったけど、毎回やんわりと拒否されている。
食欲より人間観察力の方が勝るオケアニルらしいといえばらしいけど。
(よし。次こそはちゃんと誘ってみよう)
そんな決意に燃える僕の隣で、ヴォルグはふふんと鼻を鳴らす。
「ふふん。坊ちゃまの偉大さをしらしめる、いい機会になりますでしょうな」
「あれれ、ヴォルグはケンカを止めるつもりじゃなかったの?」
「ぴーう」
「……あっ」
◇
そんなこんなで、リリエルさんの案内に従って船を走らせること幾日。
ようやくたどり着いたのは、小島のひとつも見えないような絶海だった。
そのど真ん中で碇を下ろして船を停め、僕らはざぶんっと海へと飛び込んだ。
「せーの!」
着水と同時に、僕らの周りをたくさんの大きな泡が取り囲む。
瞬く間に自重によって沈んでいき、真っ白な砂の上に着地した。その衝撃でわずかに砂が舞い上がって、驚いた小魚たちが逃げていく。
それを見送って、僕はゆっくりと息を吸って、吐いてみた。
うん。何の問題もなく快適だ。口の中に水が入ってくることもなかった。
「すごい! 水中でも息ができる!」
「人魚族に伝わる魔法です」
続いて降りてきたリリエルさんがにこやかに言う。
水中だからか、脚は元通り人魚のそれに戻っていた。
人魚族の里は深い海の中にあるらしい。彼女に魔法を掛けてもらったおかげで、視界もクリアだし息もできる。海面ははるか頭上に存在していて水深がかなり深いけど、水圧はまったく感じない。水の冷たさも平気だった。
「便利な魔法だけど……」
試しにぐるぐる腕を回してみる。
息はできるけど、ここは海の中だ。
水の抵抗があるから、僕の動きは非常にもったりとしたものになってしまった。
「慣れるまでちょっと時間がかかるかも」
「ふふ。暗黒竜様ならすぐにコツを掴みますわ」
リリエルさんはおっとりと笑う。
そんな話をしていたところに、アンさんが慌ててやって来た。ヨハンさんと一緒に大きな網や銛を持っていて、漁師なりの全力応戦モードだ。
「なあ、暗黒竜様。あんたの連れのスライム、すげーことになってるけど大丈夫なのか」
「へ? スライムって――」
「あぶぶぶぶぶぶぶ~~~」
「うわあああああっ!? ネルネルがでっかくなっちゃった!?」
振り返ると、超巨大な水まんじゅうがいた。
レヴニルを思わせるくらいのサイズ感で、僕らを余裕で飲み込めそうだ。
膨れ上がったせいか、いつもの少年めいた可愛らしい声から一転して、反響強めの低い声になっちゃってるし。どこからどう見ても怪獣なんだけど!?
僕が慌てていると、チビニルを背に乗せたヴォルグが、おずおずと口を挟んでくる。
「どうやら海水を吸い込みすぎたようですな」
「へいきだよ~~~ちょっと動きづらいけどね~~~」
「も、もう、ビックリさせないでよ。吐き出すことはできそう?」
「う~~~ん。吐いても吐いても、勝手に入ってくるんだよね~~~」
ネルネルはぷるぷる震えながら呑気に言う。
本人はケロッとしているし、問題はなさそうかな……?
「あれ……? でもネルネルって水が嫌いじゃなかったっけ……? 水を被ったら溶けちゃうとかなんとか言ってさ」
たしかいろんなタイミングで水を怖がっていたはずなんだけど。
今回、なんの文句も言わずに海に飛び込んだし、実際平気そうだもんな……。
訝しむ僕に、ネルネルはぷるんぷるんと小首を捻る。
「ん~~~なんか、最近へーきになったんだよね~~~」
「どれどれ……わあ。レベルが上がって能力が増えてる」
鑑定魔法を使ってみると、物々しいステータスが露わになる。
レベルはいつぞや測ったときの6から11に。
スキルも溶解液や万能消化といった従来のものに加え、水耐性やエナジー吸収といった新たなものが燦然と増えていた。
(ひょっとして、こないだの宝探しで信徒が増えて僕の力が増したのかも? それで眷属のネルネルも進化したとか?)
神の力は人々の信仰によって強まったり、弱まったりするものらしい。
先日アンさんに願い事を譲った一件で、多くの尊敬のまなざしを感じた。それが回り回ってネルネルの力になった……のかもしれない。単純にいっぱい食べて成長しただけかも?
ともかく友達が強くなったのならいいことだ。
超巨大ネルネルを見上げて、僕は笑う。
「この調子なら最強のスライムになる日も近いかもね」
「えっへ~~~ん」
ネルネルはうにょうにょとふんぞり返る。
と、そのときだった。和んでいたはずの場を、鋭い声が切り裂いた。
「貴様ら何者だ!」
「そ、その奇怪な生き物はなんだ!」
「うわわっ!?」
岩陰からいくつもの影が飛び出してきて、あっという間もなく僕たちを取り囲んだ。
槍や剣で武装した人たちだ。リリエルさん同様の女の人魚さんもいれば……。
「ぎょ、魚人さん……?」
第一回、第二回の宝探しで遭遇した、あの魚人さんたちもいた。
ぽかんとする僕に、リリエルさんがこっそりと補足してくれる。
「人魚族の男性です。ご存知なかったのですか?」
「それじゃあ、あの魚人さんとリリエルさんって同種族……?」
生命の神秘だな……。
アンさんとヨハンさんも、呆気に取られた様子で魚人とリリエルさんを交互に見つめていた。
「なっっ! 姫様!?」
そこでリリエルさんを見つけ、兵士らに動揺が走る。
魚人さん、水中だとちゃんとしゃべれるみたいだ。
ともかくそれがきっかけで、彼らのまとう殺気が一気に膨れ上がった。武器を握る手に力を込めて声を荒らげる。
「貴様ら、姫を拐かした犯人か!」
「姫を返せ! さもなくば八つ裂きにしてくれる!」
「ひょっとしてこの人たち、オケアニルがリリエルさんを連れ出したことを知らないんですかね?」
「おそらくは……突然いらっしゃって何の説明もなく攫われたものですから、私もビックリしたんですよ」
「お騒がせしてすみません……」
生け贄候補の大事な姫様が忽然と消えたんだ。
そりゃ、人魚族は上を下への大騒ぎになったことだろう。
ちゃんとオケアニルにはアフターフォローまで頼んでおくべきだったかも。
それはともかくとして、僕はみんなを代表して一歩前に出る。彼らとケンカをしに来たわけじゃない。ここは平和的に収めたかった。
「族長さんと話がしたいんです。案内してもらえますか?」
「賊の言葉になど耳を貸すものか! 者ども! かかれ!」
「「「応!!」」」
リーダーの雄叫びを合図にして、兵士たちが一斉に突撃してくる。
これにはヨハンさんたち一家が蒼白になって悲鳴を上げた。
「ひえええ!? 暗黒竜様、どうしましょう!?」
「ビビってんじゃねえよ父ちゃん! 向こうがその気ならこっちだって……!」
「待って待って。怪我人は出したくありません」
腰の短剣を抜き放つアンさんに、僕は冷静に待ったを掛ける。
双方怪我なく収めないと、のちの禍根に繋がりかねない。
仕方ない。ここは僕が……と臨戦態勢を取ったところで、ふと名案が浮かんだ。
超巨大ネルネルを振り返って、にっこりと笑いかける。
「ネルネル。ちょっと頼みがあるんだけどさ」
「な~~~に~~~?」
「あの人たち全員……捕まえてくれる?」
「おっけ~~~」
ネルネルはうにょんっと触手を伸ばして丸を作った後、その巨体に似合わない俊敏な動きで人魚兵士らに襲いかかった。
「いっただきま~~~す!」
「「「うぎゃああああああ!?」」」
哀れ、人魚兵士たちはあっという間にネルネルに飲み込まれてしまった。
体が半透明なので取り込まれた彼らが外からよく見えた。みんな漏れなく気絶したようでピクリとも動かない。なかなか壮絶な光景だった。ネルネルは満足げな声を上げる。
「おなかい~~~っぱ~~~い。げふ~~~」
「溶かして吸収しちゃダメだからね、分かった?」
「はあ~~い。じゃあさ、吸ってもいい~~~?」
「吸うって何を……あ、エナジー吸収ってやつかな?」
さっき鑑定魔法を使ったときに見た、新たなスキルのことだろう。
エナジーってことは生命力? それならまあ、問題ないかも。
「無力化する程度ならいいよ。命の危険がないように、ちょっとずつ吸ってね」
「わ~~~い、うまうま~~~。ほのかにお魚の味がする~~~」
ネルネルはぷるぷると揺れながら人魚兵士たちを堪能する。
どうやら気に入ったみたいだ。まだネルネルの中は余裕があるし、これなら第二陣、第三陣が襲いかかってきても十分対処可能だろう。
順風満帆さに気を良くして、僕は明るく声を張り上げる。
「さ、このままどんどん進もっか! あれ?」
それに返事が返ってこなかった。
振り返ると、みんな苦虫を噛み潰したような顔で僕とネルネルと凝視していた。
「何さ、怪我させてないんだから問題ないでしょ」
「いやあの、さすがにちょっと絵面が怖すぎますゆえ……」
「ぴぃぃー……」
「え~~? 『ちびにるのことたべないでね』って~~? うーん、味見もダメ~~?」
「ぴぴぴぃ!? ぴっ! ぴぴぴぴぴぃ!」
チビニルが及び腰で猛抗議する一方で。
「ごめんね、みんな……」
「お騒がせしてすみません……」
「同情するわあ……」
ヨハンさん一家は、犠牲となった兵士たちの前で黙祷を捧げていた。
むう。平和的な解決策だと思ったんだけどなあ。
身内からの評判が芳しくなさすぎる。
そんなふうに話していると、また別の小隊が現れて鋭い声を上げた。
「おい、そこのおまえたち! 怪しいな、どこの者……うわあああああ!? な、仲間たちが謎の巨大生物に食われてるううううう!?」
「あ、第二陣だ。ネルネルよろしく」
「は~~~い」
「「「うぎょわあああああ!?」」」
「うわあ……」
身内からはドン引きされけど、明らかにこっちの方が早いんだもん。





