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暗黒竜とドワーフ職人

 ボロボロの敷布を広げて、そこに竜の石像を並べただけの簡素な店だった。


 座っているのは小柄なひげもじゃの男性ひとり。一心不乱に石を削って作品作りに没頭していた。前を通る人々のことなんかまるで気に掛けていないようだ。


 間違いない。さっき馬車からちらっと見えた、あの店だ。


「あの、見てきてもいいですか!?」


「どうぞ。お手並み拝見といこうじゃないか」


 ジュールさんに送り出されて、僕は小走りでそのお店まで向かっていった。

 店は本当に小さくて、雑踏に紛れてしまうほどに存在感がない。


 だけどそこに並ぶ石像たちは、今にも動き出しそうなほどの生命力に溢れていた。まっすぐに伸ばした首も、ぴんっと立った尻尾も、太い脚も、僕の心を捉えて離さなかった。


(すごい! やっぱりレヴニルにそっくりだ!)


 石像にぽーっと見蕩れながら、僕は店主さんに声を掛けてみる。


「こ、こんにちは。見ても――」


「ガキはお呼びじゃねえんだよ」


 店主さんは僕に一瞥もくれることなく、低い声で告げる。


「冷やかしならとっとと帰れ。商売の邪魔だ」


「わーお……」


 前評判通りの頑固親父っぷりだった。


 ちらっと後方のジュールさんを伺うと、力強いサムズアップが返ってくる。こっちの世界でも『頑張れ』って意味っぽいな……。


 僕はめげることなく、特に立派な像のひとつを指さした。


「この石像……レイン様というよりも、先代のレヴニル様に似てますね」


「……む」


 そこで店主さんの手がぴたりと止まった。

 僕の方へゆっくりと顔を向け、少し意外そうに言う。


「坊主は先代様を見たことがあるのか?」


「えっと、本でちょっと」


 曖昧に誤魔化すと、店主さんはニヤリと笑ってみせた。


「ふん。ガキのくせに話が分かるじゃねえか。確かにそいつは先代様を模して作ったものだ」


「やっぱり! すごいです、そっくりですよ!」


「ふはは! そうだろう、そうだろう!」


 とたんに店主さんは相好を崩し、豪快に笑う。

 どうやら無事、お客さんとしては認めてもらえたらしい。

 ホッと胸を撫で下ろしていると、彼は内緒話でもするように声をひそめて言う。


「実を言うとな、俺は一度だけ先代様にお会いしたことがあるんだ」


「ええっ!? いつごろですか?」


「百年くらい前かね。山をウロウロしているうちに迷い込んじまってな」


 店主さんは遠い目をして語る。


 石を探して山を練り歩くうちに、暗黒竜の領土に迷い込んでしまったらしい。

 魔物に囲まれて絶体絶命の窮地に陥ったところ――。


『ほう。客人とは珍しいな』


『あ、暗黒竜様!?』


 暗黒竜レヴニルに助けられたという。


 そのまま彼は神殿で一宿の恩を受け、レヴニルといろいろな話をした。外界での暗黒竜の評判から、おもしろい石の話など。レヴニルは目を細めながら、ずっと楽しそうに耳を傾けてくれた。帰りも麓まで送ってくれて、お互いに別れを惜しんだという。


 店主さんはそう結んで、しみじみとして石像を撫でる。


「あんなに穏やかなお方が邪竜なわけはねえ。神竜教も見る目がねえぜ」


「……ありがとうございます」


「はあ? なんで坊主が礼を言うんだ」


 店主さんは怪訝そうに目をすがめてから、ニヤリと笑う。


「この間、新しい暗黒竜様が出ただろ。遠目にひと目見ただけだが、ビビッときちまってな。先代様と当代様を交互に彫ってるんだ。坊主にはこの違いが分かるか?」


「えっと、こっちとそっちと……あっちが先代様ですか?」


「お見事! なんだ、やけに目がいいじゃねえか」


「あはは」


 店主さんは膝を打って褒め称えてくれた。

 よく似てるけど、こうやって近くで見るとやっぱりレヴニルの方が立派なんだよね。


 僕ももっと力を付けたら、これくらいカッコよく彫ってもらえるかな?

 そんなことを考えていると、店主さんはウィンクを送ってくれる。


「それならその目に免じて、見るだけは許してやるよ」


「おいくらなんですか? できたら買って帰りたいんですけど」


「俺の作品は気に入ったやつにしか売らねえよ。坊主じゃまだまだだな」


「ぐぬぬ……」


「わははは! 見所はあるから精進するといい!」


 僕が歯噛みして悔しがると、店主さんは大声を上げて笑った。


(石像もほしいけど……ほしいのはこの人の技術だよなあ!)


 この人の技術は本物だ。もしも神殿の修復を頼めたら最高だし、大きな石像を彫ってもらったら、いつでもレヴニルに会うことができる。神殿の装飾としては文句なしだ。


 よし。こうなったら仕方ない。正体を明かそう。

 僕は拳をぎゅっと握って、おずおずと切り出す。


「信じてもらえるかどうか分からないんですけど……実は僕――」


「うげっ!? ドワーフまで暗黒竜信仰かよ!」


 そこで耳障りながなり声が響いた。

 びっくりして振り返ってみれば、見覚えのあるふたり組がこちらにやって来るところだった。


(げげっ! さっきのチンピラじゃん!?)


 正門で絡んできた、あのふたり組だ。

 どうやら無事に入場審査をクリアして、お酒を一杯引っかけてきたところらしい。


 赤ら顔の千鳥足で、無駄に態度が大きい。道行く人たちを押しのけるようにしてこっちまでやって来て、ふと僕に気付いて目を丸くした。


「あ? さっきのガキじゃねえか。亜人どもはどうした?」


「ひょっとしてもう売り払ったあとか? ぎゃはははは!」


「……あなたたちには関係ないでしょう」


「あ? なんだその言い方は。年上に対する礼儀ってもんを教えてやろうか?」


 僕が睨み付けると、チンピラのひとりが気色ばんで距離を詰めてくる。


「待て」


 そこに店主さんがすっと割り込んできた。


 僕を背中に庇いながら――ドワーフだから一メートル足らずの身長だけど、五歳の僕にとっては十分大きな背中だった――チンピラたちへとドスを利かせる。


「なんだおまえら。客じゃないのなら、どっかよそに行ってくれ」


「暗黒竜の石像なんていらねえよ。買ったら呪われるわ」


 チンピラふたりは鼻を鳴らし、気味の悪いものでも見るような目であたりを見回す。


「どこもかしこも暗黒竜だ。前に来たときはこんなんじゃなかったのに……この街はいったいどうなってやがるんだ。暗黒竜に洗脳でもされたのか?」


「暗黒竜様がそんなチャチなことするものかよ。気に食わねえならとっとと街を出ることだな」


「言われなくてもそうするさ。こんな不気味な街、願い下げだ」


 チンピラふたりは肩をすくめて言う。

 どうやら本気で辟易としている模様。そりゃまあ、これが普通の反応だよね。


(でもまあ、よそに行ってくれるなら安心かもね)


 これ以上関わってしまうと、いい加減口とか手とか、いろんなものが出てしまいそうなので。

 そんなことを危惧したところ、二人組が今度は店主さに矛先を向けはじめる。

 あ、この展開はマズいかも。


「だいたいドワーフがなんでこんなところにいるんだ。ここは人間様の街だぞ」


「ちゃんと許可は取ってある。文句を言われる筋合いはないな」


「はっ、それで売るのがこのチャチな石像かよ」


「こんなガラクタで金を取ろうなんて生意気なんだよ!」


「っっ、よせ! やめろ!」


 ひとりが店主さんの制止を振り切って、石像を蹴り飛ばそうとする。

 それは僕が馬車から一目惚れした、レヴニルを模したもので――うん。これはダメだね。一線を越えちゃった。


 シュッ!


「へあ!?」


 脚を振り上げた間抜けなポーズのまま、チンピラは固まってしまう。


 僕が影を縄のように伸ばして動きを止めたからだろう。遠巻きに見守っていた人々の間から大きなどよめきが起こる。店主さんも僕の隣で目を丸くしていた。


「な、なんだ、これっっぶぐうっ!?」


「なっ! 相棒!?」


 チンピラを乱暴に投げ飛ばすと、片割れがすっとんきょうな悲鳴を上げた。

 そちらに駆け寄っていくかと思いきや、ギンッと目を吊り上げて僕のことを睨んでくる。

 そのまま彼は腰の剣を躊躇いなく抜いた。周囲からいくつも悲鳴が上がる。


「このクソガキ……舐めやがって!」


「くっ……!」


 剣を振り上げて向かってくるチンピラを前にして、ドワーフの店主さんが慌てて僕を庇おうとする。そんな彼を押しのけて、僕は影を振るった。


「こんなところで剣なんて危ないよ」


 シュパパパパッ!


 振り下ろされた剣は、あっさりといくつかの鉄の塊となって地面に転がった。

 僕の鼻先に柄を向けたまま、チンピラその一は目を瞬かせる。


「な、何が起き……ひいいいっ!?」


 そのまま悲鳴を上げて、倒れた仲間のところへとほうほうの体で後ずさる。

 僕の影が膨れ上がり、竜の形を取ったからだろう。


 怯えるふたりに、僕はわざとゆっくりとした歩調で近付いていく。周囲のざわめきがことさらに大きくなり、チンピラふたりも僕の方を凝視したままガタガタ震えて息を呑んだ。


 こうして僕は彼らの目の前までたどり着き、にっこりと笑いかける。


「どうもこんにちは。さっきあなたが踏みつけようとした暗黒竜です」


 丁寧に名乗ると、彼らの顔からさーっと血の気が引いていった。

 影の竜はこけおどしに最適らしい。それならここでトドメといこう。

 ぐぐっと顔を近付けて、僕は声を弾ませて告げた。


「人のものを壊す悪い子は……僕が食べちゃうけどかまいませんか?」


「で、で……出たああああああああ!?」


 冒険者たちは荷物を取り落とし、奇声を上げて逃げていった。

 店主さんも周囲の人たちも、みんなぽかんとしてそれを見送った。


 ふう。ちょっとスッキリしたかも。

 晴れ晴れとした気持ちでいると、周囲から戸惑い気味の小さな声が聞こえてくる。


「暗黒竜様……?」


「暗黒竜様だ! 間違いない!」


「きゃー! 暗黒竜様、カッコいいー!」


「え、えっと、どうもどうも……」


 小さな声はやがて歓声となり、四方八方から僕に降り注いだ。手を振って応えると、ますます声援が大きくなる。アイドルってこんな気持ちなのかな……悪くないかも。

 そんな浮ついたことを考えていた僕だけど、あっという間に群衆に囲まれてしまう。みんな目がギラギラと輝いていて分かりやすい興奮状態だ。


「サイン! サインください!」


「あっ、ズルい! 僕は握手してください!」


「えええ!? ちょっと待ってください! みなさん落ち着いてうわわっ!?」


 そこで急に手を引っ張られ、人垣から救出された。

 ジュールさんだ。僕の手を握ったまま、彼女は脇目も振らずに走り出す。後ろから残念そうな悲鳴が聞こえたけど、まるで意に介していなかった。


「これ以上はパニックになる。逃げるぞ、少年」


「ううう……騒ぎを起こしてすみません」


「いやなに、いいものを見せてもらったよ。私もスッキリした」


「できれば見なかったことにしてもらいたいんですけど……」


「ははは。無論、上には内緒だとも。報告書が面倒だからね」


 ジュールさんがウィンクして、こうして僕らはお祭りから離脱した。

 結構楽しかったし、あいつらにひと泡吹かせることができたけど――。


(あーあ……あの店主さん、ちゃんとスカウトしたかったのになあ)


 ぽかんとしたままの店主さんとレヴニルの石像が遠ざかって行くのを、僕は名残惜しく見送った。


 こうして商会へと戻るころには査定も済んでいて、僕は商会長さんから熱い歓迎を受け、たくさんの金貨とお土産までいただいた。


 それからジュールさんやセルバンさんに見送られて、夕方ごろ帰路に着いた。


 フェリクスさんは、今度は大量の金貨を持たされて顔面蒼白だったけど……リタはとっても楽しそうで、それを見て僕はほっと安心したのだった。



 そしてその翌日のこと。


 暗黒竜神殿に、大きな荷物を担いだお客さんが現れた。

 もちろんドワーフの店主さんだ。彼は出迎えた僕を見るなりニヤリと笑って、大荷物からレヴニルを象ったあの石像を取り出してみせた。


「当代暗黒竜様への捧げ物だ。受け取ってもらえるかな」


「店主さん……! ありがとうございます! 大事にします!」


「がはは! こりゃ一本取られたぜ。坊主が当代様だったとは恐れ入る!」


 こうして僕はジュールさんの忠言通り、ドワーフを雇うことに成功したのだった。

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