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暗黒竜の断罪劇

 まばゆい景色のなか、おじさんは血相を変えてうろたえた。


「そ、そんなバカな! 火焔竜様より授かりし奥義が、いとも簡単に……!」

「それじゃ、次は僕の番だね?」

「ひいいいっ……!? く、来るなあ!」


 僕がにっこり笑顔で凄んでやると、おじさんはすっとんきょうな悲鳴を上げて尻餅をついた。

 どうやら今の魔法が持ちうる最強カードだったらしい。

 真っ青な顔でデタラメに炎を打ち出してくるが、影で防ぐまでもなく明後日の方向へ飛んでいく。完全に我を失っていた。


 そんな彼へ僕はゆっくりと歩み寄る。

 いつぞや初めて神殿に来たときもこうやって脅したものだ。

 あのときは穏便に帰してあげたけど……今回はダメだ。


「いい? 僕は本気で怒っているんだよ、おじさん」


 涙と鼻水でぐっちゃぐちゃになったおじさんを見下ろして僕は静かに言う。

 そうするとあるイメージが浮かんだ。

 そのイメージが影に伝わって、僕の体にまとわりついて膨れ上がる。


 やがて影はあるひとつの姿を象った。それは天を突くほど巨大な竜だ。

 光をすべて吸い込むような漆黒の鱗に覆われた、気高い威容。

 レヴニルとよく似た姿になった僕は、足元のおじさんをギロリと睨んで大きく吠える。


《暗黒竜を怒らせたらどうなるか……身をもって知ってもらおうか!》

「ひぎゃああああああああ!?」


 僕はそのままぱくっとおじさんを咥え、天高く飛び上がった。

 空を飛ぶなんて初めてだったけど、まるで生まれたときから知っていたかのように翼の動かし方が分かった。雲の高さまで飛び上がり、風を切って何度もぐるぐると回転する。


《すごい! ほんとに竜になれちゃった! 暗黒竜だぞ! わーい!》


 おじさんを懲らしめるという目的を忘れ、僕は空を楽しんだ。

 ひとしきりいろんな飛び方を試したところで満足し、ふたたび広場へ降り立つ。

 そうして咥えたままだったおじさんをぺっと吐き出した。


 おじさんは唾液でベタベタになっていて、泡を吹いて気絶したままぴくりとも動かない。

 途中、何度か取り落としそうになったのが効いたのかもしれない。

 影を縮めて収めると、いつもの僕の姿に戻る。


「ふう、満喫した……って、うわっ!?」


 額の汗をぬぐって一息ついたところでギョッとして声を上げてしまう。

 街の人たちと兵士さんたちが、目を丸くしたまま僕のことを凝視していたのだ。

 てっきりみんな逃げたかと思っていた。まさかまだ残っているなんて。


 足元には気絶したおじさんが転がっているし、さっきの変身も見られたはずだ。

 どう頑張ってもパニックは避けられない。それでも僕は精一杯の愛想笑いを浮かべて頭を下げる。


「あ、あのー……お騒がせしてすみません。怪しい者じゃ――」

『うおおおおおおお!』

「へっ?」


 そこで群衆から割れんばかりの歓声が上がった。

 最初は悲鳴かと思ったのだが、みんなキラキラした笑顔だし、手を振ってくれる人もいる。

 口々に叫ぶことには――。


「よくやってくれたよ、暗黒竜様!」

「そいつ前々からムカつく奴だったんだよ! 街の王様気取りで偉そうにしやがってよ!」

「気に食わないことがあると炎の魔法で脅してくるし……」

「ぶちのめしてくれてスッとしたわ! 本当にありがとうね!」

「は、はあ。どうも……あの、僕って暗黒竜なんですけど、怖くないんですか?」

「そりゃまあちょっとは怖いけど……なあ?」

「正直、スカッとしたってのが勝ってる」


 街の人たちどころか、兵士さんたちまでもがうんうん頷いてみせる。

 どうやらおじさん、人望がゼロだったらしい。なんとなく分かるけど。

 群衆に交じって見ていたヴォルグやリタたちもぽかんとしている有様だ。

 そんななか、足元で小さくうめき声が上がる。おじさんが目を覚ましたのだ。よろよろと身を起こし、目を限界まで見開いて僕を見つめる。


「ま、まさか貴様……」


 そうして広場に轟くような大声で叫ぶことには――。


「貴様が暗黒竜だったのか!? おのれ、わしを騙したな!」

「いやあの、最初からそう言ってたからね?」

「おのれおのれおのれ……どこまでもわしをコケにしおってからに!」


 呆れ気味の僕にかまうことなく、おじさんは勝手にボルテージをぶち上げていった。

 そのままポッキリ折れた杖を向けて唾を飛ばして宣言する。


「このことは本部に報告させてもらう! 暗黒竜が罪もない聖職者を襲ったとな!」

「あー、うん。お好きにどうぞ」


 僕はポリポリと頬をかいて肩をすくめる。

 あれだけ懲らしめてやったというのに、タフというかなんというか。

 ちらっと見上げた空は、すっかり夕暮れ色に染まっていた。


(そろそろ呼ぶかな、最終兵器)


 合図を出すべく片手を上げかけた、そのときだった。

 場に似つかわしくない気怠い声が響いた。


「いったいなんの騒ぎだい」

「おお、ジュールではないか!」


 ジュールさんは僕らを見て怪訝そうな顔をしていた。どうやら本部から戻ったらしい。

 おじさんはぱあっと顔を明るくして彼女のもとまでよたよたと駆け寄る。


「暗黒竜が乱心だ! 助けてくれ!」

「それは大変だねえ」


 ジュールさんは気のない返事をして、棒付き飴をぱくっと咥える。


「だがね……今はそんなことどうでもいいんだよ、カルコスくん」

「は」


 目を丸くして固まるおじさんの鼻先に、ジュールさんは一枚の書状を突き付ける。


「カルコス・トポリーノ二等司祭。貴殿には横領、職権乱用、亜人族への不当な搾取など多数の容疑がかけられている。即時、教会本部まで同行したまえ」

「なっ……!? 貴様、三等神官のくせにいったいなんの権限があって――」

「あいにくあたしの本当の仕事はこれなんだ」


 そう言ってジュールさんは書状の最後を指し示す。

 そこに記されていたのは彼女の名前と、とある仰々しい肩書きだ。


「あたしはジュール・ブロマージュ特別異端審問官。あんたの不正を暴くため、本部から使わされた潜入捜査官さ」

「異端審問……だと!?」


 おじさんは雷に撃たれたような衝撃を受け、絶句する。


「まったく好き勝手やってくれたものだねえ。脇が甘いから証拠は簡単に掴めたんだが、あまりに罪状が多いものだからまとめるのに手間取ったよ」


 ジュールさんは呆れたように肩をすくめるだけだ。


「これだけやれば司祭資格剥奪のうえ除名は必至。おまけに司法の裁きを受けることになるだろうから……まあ、生きてる間に娑婆に出てこられたらラッキーだね」

「ぐっ……ぐぐぐぐ……!」

「やっぱり只者じゃなかったんですね、ジュールさん」

「なあに、少年には及ばないよ」


 ジュールさんはニヤリと笑う。

 こうしておじさんは完全に退路を断たれることとなった。

 これで大団円かと思いきや――。


「そんなこと……認められるものか!」


 おじさんは急に荒々しい怒号を飛ばし、その身から紅蓮の炎を噴き上がらせる。

 ギラギラした目は追い詰められたネズミのそれだ。


「こんなところで終わって堪るか! この街を灼き尽くし、そのどさくさに紛れて逃げてやる!」

「往生際が悪いなあ……」

「愚か者は引き際を知らんのが常だ。それにしても少年」


 ジュールさんは事もなげに言って僕の隣をちらりと見やる。


「いつの間に火焔竜と仲良くなったんだ? 気難しいやつなのに、やるじゃないか」

「へ……? って、エキドゥニル。出てきたんだ」

「当然でしょ」


 隣を見れば、いつの間にやらエキドゥニルが立っていた。

 そのままムスッとした顔で僕の鼻先に人差し指を突き付ける。


「レインったらいつまで経っても合図しないんだから! ひょっとして我ちゃんのこと忘れてたんじゃないでしょうね」

「えっ? そ、そんなまさか、はははは……」


 図星を突かれて、僕は目を逸らすしかない。

 ジュールさんの登場でほぼトドメみたいな空気が流れたので仕方ないだろう。


 しかしエキドゥニルのおかげでまた場の雰囲気は一変した。

 あれだけ爆発寸前だったはずのおじさんがピタリと動きを止め、あんぐりと口を開けたまま動かなくなったのだ。やがて彼は全身から汗を拭きだして、裏返った声で叫ぶ。


「エキドゥニル様!? 何故ここに!?」


 そのままおじさんは炎を引っ込め、エキドゥニルの足元に転がるようにして這いつくばった。


「どうかお助けくだされ、エキドゥニル様! あなた様の忠実なる眷属が謂われのない罪により貶められようとしているのです!」

「はあ? 誰が眷属よ」


 忠実なる眷属に、エキドゥニルは思いっきり顔をしかめてみせる。

 右手の指をハサミの形にしておじさんに伸ばし――。


「あんた、今日限りで破門だから」

「破門!?」


 おじさんからエキドゥニルに繋がっていた糸をチョキンと切った。

 それと同時、おじさんがまとっていた紅蓮色のオーラが雲散霧消する。

 眷属契約を破棄したのだ。これでおじさんは強力な魔法が使えなくなった。


 それを理解し、おじさんはダラダラと脂汗を流してうろたえる。


「ど、どうしてですか、エキドゥニル様! わしは毎年あなたに莫大な寄進をして……!」

「うるさい! レインにケンカを売るなんて何考えてんのよ!」


 そんなおじさんをエキドゥニルは罵倒し、その背中をげしげしと蹴り付ける。


「あんたのせいで二度とラーメンが食べられなくなるところだったじゃない! 二度と顔を見せるんじゃないわよ! こんの薄汚い小悪党が!」

「ぎゃああああああああああ!?」


 トドメとばかりにエキドゥニルが火球をぶつけ、おじさんは炎に包まれた。

 すぐに炎は消えたが、おじさんはぱたっと倒れて動かなくなる。

 おかげで僕は肝を冷やすのだ。


「ちょっ、ちょっと待ってよ。殺すのはやりすぎだって」

「ミディアムレアに留めておいたわ。安心なさいな」

「それってまあまあ焼いてるよね!?」

「安心したまえよ、少年。まだ息はあるし、あたしが適度に治しておくからさ」


 ジュールさんがそう言って、兵士らに指示を飛ばした。

 ともかくこれで僕らの巻き込まれた神竜教とのトラブルに収拾が付いたのだった。

次回は明日の十七時ごろ更新予定です。

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