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暗黒竜と因縁

 取るものも取りあえず、僕らは亜人村に直行した。

 そうして村についてすぐ僕は我が目を疑った。

 先日、僕を快く出迎えてくれたあたたかな風景が一変していたのだ。


 村の外を囲む柵が壊れ、多くの足跡が刻まれている。

 家のドアもすべて開け放たれており、荒らされた中の様子がうかがえた。


「これは……何が起きたんですか!」

「暗黒竜様!」


 村の奥から声が響く。

 見れば広場に多くの村人たちが集まっていた。

 みな一様に暗い顔をしていたが、僕を見ると少しだけ表情が晴れる。

 そちらに駆け寄れば代表するようにしてマアドさんが出てきてくれた。

 マアドさんはホッとしたように胸を撫で下ろしてため息をこぼす。


「よかった。来てくれたんだね、暗黒竜様。あたしらだけじゃ、どうしていいか分からなくてさ」

「マアドさん、大丈夫ですか。お怪我はありませんか」

「あたしらは平気だよ。でもね……」


 マアドさんはちらっと村人たちの顔ぶれを見回す。

 彼らの中にフェリクスさんとリタの姿はない。

 マアドさんは肩を落として続ける。


「フェリクスとリタが、神竜教のやつらに連れて行かれちまったんだ」

「……何があったんですか。教えてください」


 僕が低い声で頼むと、マアドさんは小さくうなずいた。

 彼女が言うことには今朝方突然、神竜教の司祭がやって来たという。


 隣町の教会を司るその司祭は兵士らに村の捜索を命じ、多くの金貨を発見。

 その出所を疑われたために村人たちは『暗黒竜からの預かり物だ』と説明したのだが、司祭はまるで聞き入れず盗んだ物だと決めつけ、関与を疑った者――フェリクスとリタを捕らえて連行したのだという。


 その話を聞いていて、僕は思い当たることがあった。


「マアドさん、その司祭の名前って……」

「カルコスって言ったかね。うちの村の監督役さ」


 マアドさんは眉を寄せたしかめっつらでその名を口にした。


「ここは元々、神竜教の所有する土地なんだよ。あたしらはそれを借りるかわりに、多くの税を教会に納めているんだ」

「税金の話はこの前うかがいましたけど……」


 てっきり国政事業だと思っていたが、まさかそれが神竜教の管轄だったとは。

 それだけこの世界で神竜教の影響が強いということなのだろう。

 マアドさんは村の外――等間隔に灯された松明の炎をちらりと見やる。


「あの司祭は魔除けの炎を生み出せるのさ。うちの村が中まで魔物が入ってこないのはその炎があるおかげなんだけど……魔除けの炎を維持するのに、あの司祭は税金とは別に高い金をふっかけてきてね」

「そうそう。そもそも魔物の多い土地を押し付けたのは自分のくせによ」

「その金額も上がる一方だったしな……ほんっと、何が神職だよ」


 他の村人たちも司祭への文句を口にする。


「リタは特にそのカルコス司祭に噛み付いたんだ。『大事な預かり物だからそんな汚い手で触らないでください』って啖呵を切ったのさ。あたしらもフェリクスも止めたんだけどねえ」

「リタらしいって言えばリタらしいですけど……」


 相手はまがいなりにも権力者だ。

 それに何の力も持たない子供が楯突いても、いいことなんてひとつもない。


(でも、その事態を招いたのはそもそも僕だ)


 この村に金貨さえなければ、彼らがそんな目に遭うこともなかったはずだ。

 僕はマアドさんや他の村人たちを見回して、深く頭を下げる。


「本当にすみませんでした。僕と関わってしまったばっかりに、皆さんを危険に晒してしまって……」

「何言ってんだよ、暗黒竜様が謝ることはないさ!」


 マアドさんは僕の肩にそっと手を置き、しゃがんで目線を合わせてくれる。


「あんたはあたしらに筋を通してくれた。あんたに非がないことはここにいるみんなが知ってるさ。悪いのはあの司祭どもだよ」

「マアドさん……」


 大事な村を荒らされて、大事な仲間を攫われたのだから、彼らは僕を罵る権利がある。

 それなのにマアドさんを含んだみんなは、僕にやさしい眼差しを向けていた。

 それは嘘偽りのない温かなもので――僕はそれに応えなければならないと、強く思った。

 僕はぐっと拳を握り、彼らに誓う。


「ありがとうございます。でも、これは間違いなく僕が撒いたタネです。責任持ってふたりを助けてきます」

「暗黒竜様……ありがとう」


 マアドさんは目尻に浮かんだ涙をそっと拭う。

 村の空気がすこしだけ和らいだところで、事態を見守っていたヴォルグとネルネルが意気込みを口にする。


「坊ちゃまが行くならわたくしも参りますぞ」

「ぼくもぼくも! リタを助けるんだ!」

「ありがと、ふたりとも。それなら手伝ってもらおうかな」


 僕はふたりの頭を撫でてそっと笑う。

 そこで――。


「ふうん、レインってば面倒見がいいのね」


 傍観に徹していたエキドゥニルが気のない相槌を打った。

 呆れたような感心するような、皮肉な笑みを浮かべてやれやれと肩をすくめてみせる。


「眷属の揉め事にわざわざ首を突っ込むなんてよくやるわ。我ちゃんからすると考えられな――」

「エキドゥニル」

「な、なによ」


 そんなエキドゥニルを、僕は真正面から見据えた。

 体中から暗黒のエネルギーが湯気のように立ちのぼり、大きな竜の姿を取る。

 少したじろぐ彼女に僕はただ静かに続けた。


「彼らは僕の眷属だけど、友人だ。なにより大事な人たちなんだ。彼らの危機にすぐ気付けなかったのはきみの結界のせいなんだけど……ほかに、何か言うことはないの?」

「ごめんなさい! 二度と勝手なことはいたしません!」


 エキドゥニルはそこで綺麗な土下座を披露した。

 土下座、この世界でもあるんだな。初めて見た。

 冷たい目でそれを見下ろしていると、マアドさんが戸惑った様子でそっと話しかけてくる。


「暗黒竜様……? エキドゥニルって言いましたけど、まさか炎の……?」

「お気になさらないでください。ただのトラブルメーカーです」


 にこやかに断じて僕は土下座したままのエキドゥニルに声を掛ける。


「フェリクスさんとリタに連絡が取れないし、気配も探れないんだ。ひょっとしてまだ何かやってる?」

「我ちゃんじゃないわよ! 眷属の気配を絶つ魔法っていうのがあるのよね。それじゃないかしら」

「ふうん。向こうも準備万端ってわけか」


 きっとこれは罠だ。

 だがしかし、だからと言って足踏みしている時間はない。


「それじゃ僕らは行くけど、エキドゥニルは帰っていいよ。きみが事態をややこしくしたのは事実だけど、これは僕らの問題だからね」

「そのことでちょっと思い出したんだけど……」


 エキドゥニルはそっと顔を上げ、こてんと小首をかしげる。


「レインはそのカルコスってやつを懲らしめに行くのよね?」

「そうだけど」

「ふうん」


 エキドゥニルはニヤリと笑い、ドンッと胸を叩いてみせる。


「だったら汚名挽回よ。あたしも手伝ってあげようじゃない!」

「それって言葉の使い方、ほんとに合ってる? いいからもう帰ってよね」

「そんな冷たいこと言わないでよおおおお! 絶対! 絶対に役に立つからああああ!」

「仕方ないなあ……じゃあ、僕がいいって言うまで手出ししないでよ?」

「もちろんよ! いい子にして待ってるわ!」


 こうして僕らはリタたちの救出に乗り出すことになったのだった。

次回は明日の十七時ごろ更新予定です。

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