第2章1話 後日談、そして、開戦
「……ぅ……ぁぁ」
「おい!かさね!?大丈夫か!?」
人の温かさが、体全体に伝わる。
「がんばれ!
後も少しだ!」
雪菜の声だろうか?
意識が朦朧としていてよく分からない。
ただ、この温かさを手放すわけにはいかないと思った。
「……うん」
日の光が、滑り込むように体全体に侵入する。
本当気持ちいい。
「かさね、大丈夫かしら?」
弥生の声が聞こえる。
何も感じない。
私はお姉ちゃんを許したのだろうか?
「……うん」
言葉がゆっくりと漏れ出して深い眠りについた。
*************
現在私は、大きめの車に揺らされている。
偉い人が乗るような真っ黒の外車だ。
私は服を脱ぎ、お姉ちゃんに傷の手当てをしてもらっている。
どういうわけか、生き延びたようだった。
「これで大丈夫ね……男性陣、もう向き直って大丈夫よ」
そう言うと、皆の視線が私の方に集まった。
この車の空間には、私と月宮弥生、藍川雪菜、遼河に加え、護衛の成人男性3人、少女1人と、運転手2人の合計10人が乗っていた。
「とりあえず、反魔法軍に急襲を受けて赤城に裏切られた状況でかさねが生きてくれたことは、皆の活躍会っての事だと思う。
感謝してるわ」
お姉ちゃんが頭を下げた。
すると、前を向いている運転手と私以外は全員頭を下げ返す。
私もその空気に乗せられて少しお辞儀をした。
すると、少しお腹の傷が痛みを訴える。
「いッ!」
思わず言葉が出てしまう。
すると、雪菜が心配そうに寄ってきた。
「かさね大丈夫か?
少し寝っころがれよ」
そんな彼女の言葉に驚きつつも口を開いた。
「……雪菜がそんなこと言ってくれるなんて意外……」
ふと漏れた言葉が予想以上に大きく反響した。
雪菜は怒ることもなく鼻をならす。
「雪菜の事も順を追って説明できるところまでちゃんと答えるわ」
お姉ちゃんが凛とした顔で私を見ている。
憎悪はいつの間にかにどっかに消えていた。
「……私はどこに向かっているの?」
「その答えはまず、かさねが赤城に斬られたあたりから話すわ」
そういって私の前にお姉ちゃんが座る。
お姉ちゃんから香る、バラのような甘い香りが車の中を暖めていた。
*************
「……あいつまで敵だったのかしら」
弥生は物陰に隠れて呟いた。
「おい!どうにかしないとかさねが死んじゃうぞ!?」
雪菜が小さく密度のある声で弥生に忠告する。
弥生も声のトーンでは冷静に聞こえるが心はかなり焦っていた。
「弥生先生、副会長も裏切り者だっていうのは本当なんですか?」
遼河が話の方向を変える。
弥生は一度彼の方に目をやり、
すぐにかさねと赤城の方へ視線を戻す。
「ええ、その情報は確かよ」
「証拠は?」
「私の証言ね。
あいつと、反魔法軍の人間との情報取引を確認したわ」
「なるほど……」
弥生は副会長が反魔法軍に情報を渡しているのを含めて計画を立てていた。
その計画内容が、
「エクレア高校の生徒先生の命を生贄にかさねの脱出および状況把握……」
なぜ、このような計画になっているのかは後に記述するとしよう。
ともあれ、計画は順調に進行していた。
だが、そこに赤城悠太という異物が現れたのだった。
赤城とかさねの距離がどんどん近づいていく。
距離が狭くなるにつれ弥生の危機感は増幅している。
弥生は赤城が裏切り者だという事は今知ったのだ。
理由は簡単だ。
今この状況で生徒会会員が適切な行動をするなら生徒の安否を確かめるはずだ。
実際、弥生もここに来る途中、
書記の人間がクラスに取り残されている生徒を助けようとしたとき、
空から降ってきた稲妻をまともに食らい感電死した。
そのあと取り残された生徒たちの命については想像の通りだ。
しかし、赤城は自分の仕事を放棄しているどころかかさねを誘惑していた。
少なくとも弥生にはそう見えた。
生徒会ではあれだけ優秀だった彼があんなことをするはずがないと、弥生はすぐに脳を計算する。
出した答えは裏切りだった。
目的はかさねだろう。
二人の距離が一気に近くなる。
「……時間がないわ!ワクチンを用意してちょうだい!」
「危険です!まだどんな副作用が出るか見当もつきません!」
「いいから!雪菜、持ってきなさい」
「お、おう」
その瞬間、弥生の腹が開いた。
赤城が笑顔でかさねの臓器を放出している。
「速くワクチンを!」
「分かった!」
一気に3人の緊迫感が変化した。
今この状況では、3人は確実に弥生の指示に従うだろう。
火の手がどんどん3人に迫ってゆく。
だが、全員が火の存在に気付いていないかのように赤城とかさねだけに注目していた。
「ワクチン、摂取します」
「……かさね、頼むわよ」
ワクチン、それは弥生が生み出した対サーバント抑制薬である。
この薬を投与することでかさねの心に存在している憎悪を払拭できるのだ。
「うッ!……うわッ!」
弥生が嘔吐する。
ワクチンの副作用だろう。
「弥生先生!?」
遼河が叫ぶ。
藍川も心配そうに見つめていた。
「大丈夫よ、それよりあと10秒で突撃するわよ」
弥生が無理やり笑顔を作る。
もう時間がない。
かさねの右足が胴体から外れた。
彼女は完全に衰弱していた。
いくらサーバントとはいえあと5分持てば奇跡だろう。
「行くわよッ!」
その合図で弥生を筆頭に遼河、雪菜と飛び出す。
「な、舐めんな!」
赤城はそう叫びかさねめがけてナイフを振り落した。
「いっけぇぇぇ!」
雪菜の叫び声と共に10本ほどの氷の刃がかさねと赤城のナイフの隙間に滑り込んだ。
そして、10本のうちの1本がナイフに当たり軌道ずらす。
「ッ!これは、研究員諸君。
今結構いいとこだから邪魔しないでもらいたいねぇ?」
赤城が不敵な笑みを付ける。
「赤城……あんた!」
弥生が怒りを込めて叫び散らす。
赤城は余裕の態度を崩さない。
「そんなこと言っても僕に接近すら出来ないんじゃないかなぁ?
こいつの命は今、僕が持ってるも同じなんだよぉ?」
こいつ、それはかさねの事だ。
あと、2回も刺されて血が飛んだらマナ切れでかさねは死ぬだろう。
弥生もうかつに動けなかった。
しかし、
「雪菜……私が赤城に電撃を打った瞬間に赤城の相手をしなさい」
弥生が小声で雪菜に喋りかける。
「は?そんなことしたらかさねは死ぬぞ?」
雪菜の方は小さい声で、しかし強い感情をもって反論する。
「大丈夫よ、策はあるわ」
「……分かった」
もう反論はしなかった。
それだけ信頼があるのだろう。
そして、弥生は遼河の方を向く。
「あなたはかさねを守りなさい」
「私では守りきれないと思いますが……」
「大丈夫よ、刺される回数が少なければいいのよ」
「分かりました」
遼河の方も了承する。
その瞬間、3人の旋律が勢いづいた。
その威圧に赤城も気づく。
ナイフを向けて緊迫状態に入った。
「………」
互いに沈黙が流れる。
「いっけぇぇぇぇ!」
その沈黙を破ったのは弥生だった。
ナイフから黄色く輝く光の槍が赤城の体を貫こうと、一直線に突っ込んでくる。
光の速度には達しているはずだが、赤城は当たり前のようにそれを避け切った。
しかし、黄色い雷が赤城の横を通過すると同時に、微力な輝きが発生する。
麻痺だと赤城は悟り、自分のナイフにマナを込めた。
「ふん、そんなの余裕に回避できるんだけどねぇ?」
そう言うと、赤城のナイフがホースのように水を排出し始める。
すると、水は雷を吸い取りその場に落ちた。
「これで、終わりだねぇ?」
そう叫ぶと、ナイフをかさねに向ける。
遼河はかさねまであと200メートルはある。間に合わない。
弥生もその倍の距離はあり、今から魔法を込めてもおそらく間に合わないだろう。
しかし、雪菜は間に合った。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!」
雪菜の方向が3人を囲んでいた火を揺らす。
すると、無数の氷のナイフが出現し赤城の体を切り裂こうと、一直線に走ってくる。
「ふん」
赤城がそういうと氷のナイフが、一瞬にして消えた。
いや、爆散した。
「な……なんなんだよ、こいつ!?」
雪菜に絶望の表情が走る。
「邪魔なんだよ、屑が。死ね」
赤城の表情が一変する。
すると、大量の水の塊が一気に雪菜に押しかけてくる。
否、水弾だ。
放った速度がほとんど音速に近い。
恐らく当たったら雪菜は肉塊へと姿を変えるだろう。
しかし、
「ハッ!」
いつの間に雪菜の近くにいた弥生が無数の水弾を正確に打ち抜いて破壊していく。
「おお」
「す、すげぇ」
雪菜だけでなく、赤城も驚きの表情を見せる。
弥生のナイフは既に、赤城の腹を刺していた。
「これは、よく間に合ったねぇ」
「……痛くないのかしら?」
「どう見える?」
「サーバントだったのね……」
弥生はそう結論ずけた。
理由は簡単で、雪菜の氷の刃がすべて破壊されたのと、
痛覚がほとんど遮断されている事だった。
「そうだねぇ、正解。
あと一歩で5号を殺せてリードになったのにねぇ」
「……ってことは2号ね」
「そう言う事になる」
そう言うと、一拍おいて赤城が話を続けた。
「どうだい?
今回は僕を見逃す代わりに、5号を殺さないというのわ」
5号とはかさね、2号は赤城を指す。
確かにこの話はうれしい話だ。
かさねが死なず、とりあえず赤城を無力化させるにはその方法しかないのだ。
「分かったわ、……行きなさい」
ナイフを引き離す。
すると、赤城は腹をさすりながら去って行った。
「……それにしてもよく間に合ったな」
「あなたを助けたときの事を言っているのかしら?」
「ああ、そうだ」
「遼河のおかげよ」
雪菜が振り返ると、遼河がかさねに触っていて一緒に光を放っていた。
「強化か……」
「ええ、そうね」
-ー強化。
10種類ある魔法属性の中で一番扱いにくいと言われる魔法だ。
正式名、適正強化・寄生魔法と言い、
対象の人間の魔法を操れるというものだ。
そして、その魔法を自分のエナジーまで強化して扱えるようになる。
かさねは4エナジーに対して遼河は6エナジーあるため2段階強化されたというわけだ。
そして、あらかじめ弥生と遼河の手に結んであった糸が加速空間に弥生を引きずりこんだというわけだ。
最も、普通は対象の人間は動くので使いにくいが。
「けど、かさねのマナは大丈夫なのか……?」
弥生はその反応を待っていましたとばかりに目を光らせる。
「高濃度のマナを飲ませたのよ。液体の」
声は冷静だが。
「おお、それはまたすごいもの飲ませたな」
「いくら、サーバントって言っても3mlも飲ませれば回復するはずよ」
液体状のマナは1000倍以上の濃度を持つ。
今、かさねの体はマナを吸い上げて急速に回復へと向かっていた。
「腹がどんどん塞がっていくのが目視でいますよ」
遼河がかさねを背負い弥生の方へ寄ってきた。
「よし、それじゃあとりあえずここを脱出するわよ」
「「はい」」
そういうと3人、いや4人は学校を出た。
熱に耐えられずに崩壊してゆくエクレア高校を背にして。
「B地点に護衛と車が待っているわ。
そこまで移動しましょう」
と、父と電話をしていた弥生は3人に話しかける。
こうして、月宮かさねは一命を取り留めた。




